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ぱんけーきイズでっど  作者: アラタオワリ
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第一章    DAY:LOVE MINUS # 推し (1)

仁科妃美香には推しがいた。ネットと現実世界の境界をぶち壊したサイバー・ヒーローと騒がれていた「KZ」である。AIシステムが常態化した日常ではまがい物であったものが、新たなリアルへと急激に様相を変える。そんな時代に現れたエポックメイキングなアイドルと言えた。

「身体が覚えるまでに新曲の振り入れも何とか間に合ったぜ、ふう。

危なっ」

そんな彼女自身もKZのように、誰かに推されるアイドルなのであった。

「夢中にやっていたら、メンバーは誰もおらんし。お昼の食べ物でも買いに行ったんかな?

まあ、いいわっ。誰かのブツを少し貰いましょうかね。

アッ、KZが昼に告知するって、言っとったじゃんか。いけね・・・・」

スマホの電源を入れ、マッハな指使いで迷わずアプリのアイコンをタッチ。

『ノベンバー・ソウル・ランド』のタイトルが現れ、オープニングムービーが始まる。

「うっ、今日もウチの推しはとうてぇえいなあぁぁ・・・・」

見た目はクールで冷たく見える少女のハートはむぎゅむぎゅされて無事殺された。

ムービーが終わったロビー画面では『NEW』のサイン文字が点滅している。触れると、レッドベースのタータンチェック・スーツをセットアップで決め、ブルーグレー色の軽く耳にかかったウルフカットヘアをなびかせるKZが現れた。

「ヤッバァッ」

少女はイヤホンを耳にグッと押し込んで、全神経を集中させて静かな優しい尊い声色にダイブしていく。

「仮想世界と現実の境界のクロスオーバーを好まない人達の揶揄は僕の耳にも入っています。所詮、オープンワールドはAIのアルゴリズムが出した数値で揺れるだけの、魂の無いモブによるエンターテイメント。現実逃避に過ぎない。麻薬のようなもので自制を出来ない弱い人間は人生を棒にふるとか。そんなことはないのにね。

新しい思想は今にも産声を上げようとしている。ここ『ノベンバー・ソウル・ランド』で。

あと少し。その為にも・・・・」

「ギャッ、痛っ」

彼女は息をのんで言葉を待ちかまえ過ぎて、イヤホンを押さえていた指が耳たぶを滑り、貫通したてのトラガスを引っ掛けてしまったようだ。

「血は出ていないからOK。さあ、早く続けておくれよ」

「・・・・必要なもの。

それはみんなの笑顔だったり、みんなのハッピーのコードなんですね」

KZは天を一瞬仰いで少し照れた顔をしながら続けた。

「さあ、もう発表しなくちゃね。

緊急イベント【ソウル・イン・ザ・スイーツ・フェス】を開催します。

スイーツがもたらす幸せの恍惚エネルギーは妬み嫉みのような低俗な動物欲求も溶かしてハッピーにさせる神。常識過ぎて未熟と言える『ノベンバー・ソウル・ランド』(NSL)のメタバース世界を真にブレイクスルーさせる魔法のコードを皆さんから募集します」

妃美香はうっかり、家にいる気分で体をよじって甘い言葉を漏らす。

「ひゃっ、いやだああん、スイーツなの? うーん」

どこかオカルトちっくな話ではあるが、清い声の音色に完全服従は致し方ない。

「推しには反抗的になれん。クソでパンクな小娘が、綺麗なわたしになりましたありがとうさようなら」

すっかり初心な少女を気取って、語彙をバグらせて左手は顔を覆い、右手に掴んだスマホを天に突き上げて呻いている。推しはその姿を見たかのようなタイミングで語りかける。

「ちゃんと向き合ってくれて嬉しい。

それぞれが愛してやまないようなスイーツ店やパティシエを共有させて欲しい。でも、自作のオリジナルのスイーツも大歓迎です。ハイブランドが良いってわけでもないから。個人的にはパーソナルな感情が包まれたパンケーキなんて最高です。画像やレシピだけでなく、初めて口にした時の感動エピソードを一緒に添付して欲しいな。参加するには、NSL内のショップで無料ダウンロードできるメモリー・メイカー・アプリを使うのがお勧めです。これを使えば簡単に君の感動がポーション化出来るし、可愛いサムネも作れるから。

それに、魅力的な特典がたくさんあるから、参加して損はないと思います。

ありがとう・・・・バイバイ、好きです」

「あ、はい、あ、好き・・・・って

イタイイタイ・・・・軟骨に触っとる、痛いって。

こら、リン! 」

「あ、ごめんね、ヒミちゃん。わざとじゃないよ」

妃美香が所属するアイドルグループ【MAPLE BEADSメイプル・ビーズ】の最年少メンバーであるリンは、ヒミのイヤホンから指先を離して言い訳を始めた。

「ヒミちゃんが悪いんだよ。さっきから呼んでるのに来ないんだもん」

リンは直ぐにバックからヘアブラシを取り出すと、乱れてしまった妃美香の髪の毛を整えながら言った。

「来てみたら動画に熱中していて、見たこともないような動き方で興奮をしてるから」

一気に現実に引き戻された妃美香は恥ずかしさから荒っぽい言葉で問い詰める。

「オイ、リン、こいつ。いつから見てたんだよ。あれは運動だぞ。クールダウンだ、分からないのか馬鹿! 」

最年少の妹はちょっと目を細めながら、疑い満載の微笑を浮かべた。

「まあ、いいけどね。わたしはアマネと違って口は堅いし。よかったね」

「うっ」

妃美香は言葉を返すことが出来なかった。

リンは大好きなヒミの地団駄踏んだ瞬間に見せる大好物の表情に満足していた。ちょっとお姉さんの気分で髪の毛を更に愛情をもって整えながら言うのであった。

「ハイハイ、少し待っていてあげたんだからね。もう。可愛んだから。

楽しそうにして悪いかなと思ったんだけど、うるさい石倉マネージャーをブロック出来ないから声を掛けたの、意を決してね。

・・・・ハイ、お待たせ、きれいになりました。うわぁ、かわいい。

ヒミちゃんは金髪ショートボブが本当に似合うよね。前髪の長いのがまたこれ、天才。私と違っておでこを出す方が似合うんだからうらやましい」

妃美香はいつものクールな表情に戻り左の口角を上げて、丸顔のリンの頬をゆっくりと突いていつもするお決まりのご機嫌取りを始める。

「リンのボブも可愛いぞ」

妃美香は長い指でリンの頬をつまんでむぎゅむぎゅする。

「わたしはヒミちゃんみたいなシュッとしたクールを目指したいけど、自分でも似合わないのは分かっている。丸顔で清純なロリカワイイ担当ですからね、フン」

妃美香はリンの耳の上あたりに指を差し入れながら。

「でもさ、このインナーに入れたピンクの色がいいアクセントになっていて、リンのカワイイがより刺さるよ」

「え、そうなの。これぐらいなら、マネージャーもうるさくないかなって思って。気付いてくれてたんだ、うれしい」

「すぐ気づいたわ」

「やったー。でも誰も言ってくれないからさ」

「鈍感だな。ウチは朝イチでその髪の毛に触れたぞ」

「え、噓! 

早起き過ぎて記憶になかった。そうなんだ、ごめんね。

イヒヒ、でもうれしい」


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