とってもいい子
「ヨーカン!」と、叫んでしまったから、みんなの視線が一気に私に向いた。
そういえば、この世界の人にとったら、ヨーカンとは意味不明な言葉。
それを、突然叫ぶ女。
うん。普通に怖いわよね……。
不審者じゃなくて私は人畜無害の王女ですよ、ということを示すため、皆さんに笑顔をふりまいてみる。
と、背後から、ユーリの不機嫌極まりない声が聞こえてきた。
「時間切れか……。ほんと、あのクソチビ、うっとうしいよね」
私は、すぐさま後ろを見上げるようにして、ユーリに反論した。
「ちょっと、ユーリ! あんな、愛らしいヨーカンに向かって、なんてこというの!」
「どこが? あれ、あざとくて、うっとうしいだけだから。しかも、アデルを追いかけてくるなんて、しつこくて、気持ち悪い」
「こら、ユーリ! ヨーカンの悪口は私が許さないわ! ヨーカンは私の家族なのよ!」
「はあ? 俺、あんなのと家族になるつもりないけど?」
「それでいいんじゃない? だって、ヨーカンは私と家族で、ユーリとは関係ないもの」
「へええ……?」
そう言って、ユーリが私に向かって冷ややかな笑みを浮かべた。
ぞわっとした。
私、なにか怒らせた……?
「あー、それは王女様がひどい。関係ないだって、かわいそう、主」
クスクス笑う声。
びっくりして、声のほうを見る。
「えええ! ラスさん!? いつの間に」
驚きすぎて、飛び上がってしまった。
だって、隣に、ラスさんが立っていたから。
全然、気が付かなかったわ。
気配がなさすぎるんだけど……。
ラスさんはにやりと笑って、小声で私に言った。
「さすが、王女様。主の心をえぐれるのは王女様だけだね。おもしろいから、どんどんえぐってやってよ」
と、意味不明な怖いことを楽しそうに言うラスさん。
「で、何? そこの女とクソチビと一緒に、おまえも俺に消されたいの?」
体の芯から冷える声で、ユーリがラスさんに言った。
「こわっ。……さっき、小さめの黒いドラゴンが上空を飛んでいるのが見えました。ここを特定されるのも、すぐかと」
「あんなクソチビ、捨ててきてって言ったよね?」
「だから、俺はドラゴンとは手合わせしたことはないって言ったでしょう? 無理です」
淡々と答えるラスさん。
私はあわてて割って入った。
「あの、ラスさん。さっき、ヨーカンから呼びかけられたから、私、返事をしたの。もうすぐ、来ると思う。でも、大丈夫。ここはカフェだから、中に入らないように待っていてもらうから。ちゃんと、話せばわかってくれる、とってもいい子なの。だから、心配しないで」
途端に、ラスさんがククッと笑い出した。
すっきりした顔立ちに、表情が現れた。
一見すると地味なのに、ラスさんも美形なんだなあと気づく。
「あー、やっぱり、王女様、最高。ドラゴンを犬みたいに扱うなんて……」
そう言って、また、ラスさんが笑った。
ラスさん、お仕事の時はすっとしてるけど、意外と笑う方なのね。
と、そこへ、イリスさんが近づいて来た。
「驚いた。ラスって笑えたのね? 初めて見た……」
え? そうなの?
と、その時だ。
開いたままの窓から、ヨーカンがこちらをのぞきこんできた。
「あ、ヨーカンが来た!」
うれしくなって手をふった私。
(かあさん、会えた!)
ヨーカンのかわいさに、にんまりする。
その直後だった。
「ぎゃー!」
「きゃあ!」
「ひいいっ!」
「うわああ!」
「なんだ、あれ!?」
「まさか、ドラゴン!?」
「怖い!」
と、大騒ぎになった。