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精霊王の大陸  作者: 山瀬
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6 セルア


 エスト男爵のお屋敷には、美しい子供の霊が出るのだという。目撃したのはメリッサ様とメリッサ様の母親の男爵夫人、庭師の3人。男爵は一度も見たことがないようで、見間違いだと長い間あしらわれ続けているらしい。しかし3人の目撃情報は共通しており、幽霊は銀色の髪をした美しい顔立ちの子供なのだとか。そして身体が透けていると。

「月の光が髪に当たってキラキラと輝いていたわ」

 とはエスト男爵夫人の証言である。

「あれは、3代前の奥さまと一緒に屋敷にきた従者の少年の霊ですじゃ」

 とは超高齢ながらも現役で仕事をこなす庭師、ドムさんの証言である。

「そんなこと、初めて聞いたわ」

 日差しが強いからとメイドさんに渡された帽子をかぶり(メリッサ様は日傘をさし、エリはいらないと断っていた)、目撃情報を集めていく。エリは「幽霊なんているわけない」と言っていたけれど、何だかんだと付き合ってくれている。メリッサ様も楽しそうに聞き込みを行っていた。

「死者のことをあまり話題に出すのもナンですからのう」

 それは、ドムさんが10代の頃の話である。当時彼は庭師の見習いとして屋敷に出入りしていた。3代前のエスト男爵夫人が嫁いできたときについてきたのが、その幽霊疑惑のある少年だったらしい。基本的に嫁ぐ際に異性の使用人をつけることはなく、使用人達の間で話題になったのだとか。

「夫人と少年の歳は離れていましたが、少年はそれはもう美しい容姿をしていましてな。愛人ではないかという噂もありました」

 その噂を裏付けするように、夫人は少年を傍に置きたがった。最初は気にしていなかった男爵も、次第に少年を目障りに感じるようになった。

「そこからは、詳しい話は分からないのですが、当時の旦那様が少年を切り払ったと聞いております」

「ええ! 殺したんですか!?」

 余りにも従者の少年が気の毒すぎる。それは化けて出てもおかしくない。もちろん今の話が全て真実ではないかもしれないけれど、心の底から同情してしまう。

「それで、その従者はどこで殺されたのよ」

「……ふむ。噂では庭園の隅にある倉庫の付近だと聞きましたぞ。まあもう60年も前の話ですから、記憶は曖昧ですがのう」

「ありがとうございました。行ってみます」

 仕事を邪魔した私達をドムさんは「お気をつけて」と笑顔で見送ってくれた。

 向かうのは倉庫である。メリッサ様が客人に見せるものではないと言っていた通り、庭園からはちょうど見えないように配置されていた。屋敷内を通り裏口から出る。倉庫……というより別邸と表現すべき建物があった。私の家が3つくらい入りそうである。屋敷も大きいがこれが倉庫とは……私の家は犬小屋レベルなのではないだろうか。

「あそこよ。お客様を案内するような場所ではないけれど」

「大きい……」

「貴族ってそういうものよ、比べちゃだめセルア」

 メイドさんが扉を開けて、メリッサ様を先頭に倉庫に入る。中はきちんと整理がされており、定期的に清掃されているのか埃などは一切ない。エリが見渡すように周囲に目を向けていた。

「うーん。うっすらと何かの気配はするのだけど……」

「やはり明るいうちは幽霊さんも現れないのかもしれませんわね」

 倉庫内は2階建てになっていて、いくつかの部屋に分かれている。大人数を招待するお茶会などで使う機会の多いテーブルや椅子は手前の部屋に、奥には歴代の当主やその家族の使っていた家具などがしまわれているらしい。

 許可を得てひとつひとつ扉を開けていくが、特に何も感じない。

「セルア様。とりあえず捜索は止めておきましょうか。今夜は満月だそうですわ。夕食後に改めてこちらに来ませんか?」

そもそも幽霊は何を目的に現れるのだろう。自分を殺した当主はもういないだろうに。




 夕食まで時間があるということで、私は一度部屋へ戻った。いくつもある客室を使わせてもらっているものの綺麗すぎるし広すぎる。少し落ち着かない気持ちで椅子に座っていると、エリが遊びに来た。

「セルア。遊びにきちゃった。入るわね?」

 するりと部屋に入りベッドに座る。

「どうしたの?」

「セルアは、お母様の故郷を目指して旅をしてるのよね」

「うん、まあ」

 昨日家を出たばかりだけど、とは心の中で付け足しておく。

「ねえ、わたしも一緒に旅をしたいの。あなたと一緒にいたいのよ」

 真面目な顔をしたエリの提案に、ドキリとして目を逸らしてしまう。誘拐集団のアジトからの帰り道にも情熱的なことを言われたが、あの時は色々あって疲れていて複雑な思いを抱いてしまった。しかし改めて冷静なときにエリの言葉を受け止めると、何とも言えず恥ずかしくなってしまう。これまでは家族としか関わっていなかったし、父さんは私のことを真正面から愛すことはなかった。母さんは私のことを愛してくれたけれど、それは家族としてだ。

 他人からここまで直球に好意を伝えられたことなんてない。咄嗟に違う話題を振ってしまう。

「……エリは、昨日生まれた精霊なんだよね?」

「そうよ」

「それなのに、あの……言葉とか、分かるんだね。私よりもずっと年上に見える」

「これがいつの記憶なのかは分からないけれど、人だったときの記憶があるのよ。エリっていうのも、その時の名前なの。25歳のときに流行り病で死んじゃってね。気づいたら精霊になっていて、森の中にいたの」

「ごめんなさい、聞かない方が良かった?」

 無神経なことを聞いただろうか。そう思ったが、エリは「全然」と首を振った。

「セルアになら良いわ」

 私が思う事ではないだろうが、本当に気にしていない風な物言いだ。

 人だったときの記憶。魂の記憶ということだろうか。父さんからたまに精霊についての話を聞いたことがあったが、前世の記憶があるなんて話は聞いたことがない。エリだけ特別なのだろうか。

「だからね、今のわたしには予定も、しなきゃいけないことも何もないのよ。護衛とでも思って、わたしを連れて行ってほしいの」

「わ、分かった。よろしく。エリ」

 勢いに流されて了承してしまったけれど、エリの嬉しそうに笑う顔を見たら撤回なんてできるはずもない。きっと2人のほうが旅も楽しいだろう。

 ……そういえばエリは何の精霊なのだろう。

 共に晩餐室へ向かいながら、ふとそう思った。



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