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精霊王の大陸  作者: 山瀬
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5 エリ

 エスト男爵の屋敷でゆっくりと休んだ後、わたしとセルア、メリッサ様は事件の詳しい話を男爵にお話した。メリッサが無謀にもお忍びで屋敷を出たくだりでは男爵の眉間に皺が寄ったものの、客人であるわたし達の前だからか何もおっしゃることはなかった。わたしの事情はどう頑張っても隠せず、正直に話すしかなかった。気づけば森にいたという話は我ながら荒唐無稽だったけれど、わたしが精霊であるという話が事前にされていたのか男爵は無言で頷いていた。精霊のことを理解しようとしてはいけない。わたしが人だった時の常套句だ。

 セルアが『検品』のことを話しだしたときに隣のメリッサの肩が震えたのが分かった。当然だ。新しく誘拐されたセルアがされそうになったことを、それよりも前に誘拐されているメリッサ様がされていないはずがない。

 わたし達の前では、男爵は最後まで何も言わなかった。

「辛いことを話してくれて感謝する。こちらからも報告しよう。人身売買集団には1人生き残りがいる。全身火傷を負っていて満足に会話もできないが、その男からこれまでに誘拐した人々の行方を聞き出している。上手くいけば被害者を助けられるだろう」

 全身火傷というと、わたしとメリッサを監視に来た男か。生きていたのね。

「それは、ユーリも助かるかもしれないということですか、お父様」

「無論だ」

「良かった、よかった。ユーリ…っ」

 メリッサ様は涙ぐんでハンカチで目尻を覆った。

「男爵様。私は何人もの人を殺めました。処罰などは、ないのでしょうか」

 セルアが胸に手をあててそんなことを言いだした。

「な、何言ってるのセルア! あなたは襲われたのに!」

「その通りだ。セルアくん。今回の事件に関して、君は被害者だ。何より彼らを絶命させたのは君の力ではない。精霊の行動は、人間の法では裁けないのだよ。だから君は安心して生きて良いのだ」

 にこりと笑みを浮かべた男爵に、セルアも安心したように笑った。

 良かった。これでセルアが裁判にかけられるだなんてことになったら、わたしは何をしていたか分からない。

 嫌なことはひとまず忘れて、ゆっくりお茶でもしておいで。男爵にそう言われてわたし達はお屋敷の花を見ることにした。

 昨日生まれて? そのまま誘拐犯に捕まり助かって男爵邸で花を見る。以前の25年間よりも濃い2日を過ごしている気がする。

 綺麗に整えられた季節の花々を見ながら、色々なことを話す。短い付き合いだけれど、共に過ごした事件をきっかけにわたし達は友人と呼べる間柄になっていた。

「お母様の故郷へ? 素敵ですわ」

「だいぶ遠いから、いつたどり着くか分かりませんが」

 セルアの母親は最近亡くなったのだという。そして父親は愛する妻の魂を捜して家を出た。しばらく家にいたセルアも、まだ見ぬ母の故郷を目指して旅にでることにした。

「わたくしは、一生エスト男爵令嬢という名を背負って生きていくでしょうから、そういった自由な生き方には憧れてしまいます」

 本人的にはそこまで素敵な生き方だと思っていないのか、セルアは苦い笑みを浮かべた。

「それにしても、エリが昨日生まれたばかりの精霊だったなんて知らなかったよ」

「人間だった頃の記憶があるなんて、なんだかすごいですわよね。もしかしてわたくしが知らないだけで、精霊の方々って全員そうなのです?」

「知らないわ。……あ、いえ。知らないです」

「ふふ。砕けた話し方で、大丈夫ですわ。あなたはわたくしの恩人ですもの。誰に文句も言わせません」

 おかしい。

 わたしはわたしであるはずなのに、気付くともう一人の「わたし」に持っていかれそうになる。きっと抗おうとしているのは人間であった頃の、エリとしてのわたし。そしてわたしが飲み込まれそうになっているのは、精霊としてのわたし。どちらもわたしだけれど、考え方や生き方に天と地ほどの差が存在しているのだ。

「どうしたの? エリ」

 ぼうっとして立ち止まったわたしにセルアが声をかける。

 冷静に、人間である頃のわたしとして意識してセルアを見ると、普通の女の子に見える。いい子だし仲良くしたいと思うけれど、それだけだ。けれど精霊としてセルアの魂を見るとどうしようもなく胸が痛くなる。好き、大好き。その輝きをわたしだけのものにしたいと思う。いつか精霊としてのわたしだけになったら彼女に襲いかかるのではないかと怖くなる。

「なんでも。……もしいつかわたしが襲いかかったら、ちゃんと逃げるのよ、セルア」

 セルアよりもメリッサが頬を染めて「まあ」と呟いていた。




「あっちにも何かあるのですか?」

 男爵邸は予想以上に広い。庭園の中心には常時水が湧き出ている水があり、いたく感動したセルアが噴水に入りそうになったのをメリッサが止めたところで、セルアはまだ行っていない方向を指さした。

「あちらは……お客様のお見せするようなものはありませんわ。我が家で使わなくなったものが置いてある倉庫があるくらいです」

 少し考えるように視線を落として、「でも、」とメリッサは付け足した。

「あちらにだけ咲いている花がありますので、ご案内しますわ。そこでお茶にでも致しましょう」

 後ろに付き従っていたメイドの1人が音もなく立ち去る。お茶の準備にでもいくのだろう。わたしの実家も一般的には裕福だったけれど、やはり貴族は規格外のお金持ちだ。使用人の数が違う。

 花をじっくりと堪能しているといつのまにかテーブルや椅子が準備されていて、庭園でのお茶会が始まった。セルアはマナーが分からないと恐縮していたけれど、わざと大口を開けてスコーンをつまんで食べて見せたら少し安心したようだった。

 ――?

 ふと、何か視線のようなものを感じて周囲を見渡す。しかしここにいるのはわたし達3人とメイドが2人だけだ。気のせい? でも今もまだうっすらと何かの気配を感じる。

「どうしまして? エリ様」

「気のせいかもしれないけれど、誰かに見られているような気がして……」

「まあ! まあ! エリ様! やはり精霊の方々は霊感があらせられるのね……!」

「は? 霊感?」

 何を言っているんだという目を向けてもメリッサは動じない。

「そうですわね、ただ滞在するのもお暇かもしれませんし、良ければ我が屋敷に潜むと言われている幽霊をご一緒に探してはいただけませんか?」




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