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精霊王の大陸  作者: 山瀬
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4 セルア

 誰かに身体を触られた感触で目が覚めた。ワンピースに手がかけられているのに気が付いて全力で目の前の相手を押しのけた。

「うわぁあああ!」

「痛ぇ、おい! 暴れるな!」

 そこは少し広い空間で、周囲には男達がいた。多分私達を追いかけていた奴らもこの中にいる。皆一様にニヤニヤとした顔で私を見つめていた。まるで見世物みたいだ。違う。奴らにとってこれは見世物なのだ。これまで生きていて初めての恐怖に喉が渇いて声が出なくなる。なんでこんなことになっているのか。

「いいぞぉ!」

「ゆっくり脱がせー!」

 髭面が近づいてくる。指がワンピースにかかる。

「や、止めて…!」

 眠っていたからか、私を拘束するものは何もない。私が立ち上がって逃げても、周囲の男達は座って立ち上がろうとしなかった。どうせ逃げられないと思っているのか、逃げることさえも見世物の一部なのか。歩いて追いかけてくる髭面から距離を取っていると、座っている男にぶつかった。お尻を蹴られて地面に倒れる。

「痛っ!」

「おいおい。商品に傷をつけるなよ」

「おっと、すまねえな」

 倒れた私のもとに髭面が歩み寄り肩を掴まれる。振り払うとワンピースを破られて、肩が露わになった。

 そんなことを繰り返していく内に、恐怖で体力は削られていく。服もかろうじて身体を隠す程度だ。決死の覚悟で殴りかかっても避けられて地面に倒れ伏し、私の傷が増えただけだった。

 男の一人が立ち上がる。

「そろそろ牢を見てくるぜ。様子だけ見て戻るから、さっさと検品始めといてくれよ」

 素早く私の後ろへ回り込むと首元を掴まれて髭面のほうへ投げられた。

「おお、悪いな。楽しんじまってたぜ」

 髭面の男が近寄ってくる。恐怖と羞恥で全身が熱い。

 さよならと告げて家を出た父さんの顔が脳裏に蘇る。こんなところで娘が襲われていることを知っても父さんは慌てないのだろうか? これが母さんだったらきっとこいつらは細切れにされて殺されるだろう。私だったら? 大変だねえと笑って終わる? そんなことないよね、父さん!?

 さよならと言って家を出ようとした父さんは、一度私のほうを見た。

『……ああそうだ、どうしても困ったことがあったら僕の名前を呼びなさい。きっと君のことを守ってあげられるだろう』

「た、助けて! ――父さんっ! 風の精霊、セロ!!」

 部屋の隅で何かが光る。私のようなただの人間でも気分が悪くなるほどの魔力がその場に流れ込み、パチンと音を立てて弾けた。私以外のその場にいた人間が絶命していた。実体を持った風の刃で身体を真っ二つにされていた。目の前にいた髭面の男がゆっくりと倒れる。彼の血が私を染め上げていた。温かい。どろりとしていて、鉄くさくて、気持ちが悪い。その場で嘔吐しても気持ち悪さが止まらない。目の前で人が死ぬのは、母さんで経験があったけれどこんな状況は知らない。

「大丈夫!?」

 私を巻き込んだ女性が駆け寄ってくる。誰もが目を疑うだろう惨状に目もくれず私の元へ走り寄ってきて、強く抱きしめられた。あなたにも血がついてしまうとか、今までどこにいたのとか、色々と聞きたいことはあったけれど何も声にならなかった。涙すら出ない。ガタガタと震える私を彼女は抱きしめ続けていた。


   ***


「起きた?」

 ガタガタと規則的に身体が揺れる。咄嗟に立ち上がると、低い天井にしたたかに頭を打ち付けた。

「いったぁあああ!」

「もう、急に立ち上がったら危ないわよ。座って座って」

「ここは……」

 馬車、だ。柔らかなクッションに細やかな細工の施された壁。ふわりと香る花の香り。気づけば私の服も清潔感のあるものに変わっていた。ボロボロのワンピースを着ていたはずなのに……。

「うっ、おぇぇええ……」

 真っ二つになった人達を思い出す。吐き気に襲われたけれど、胃袋が空っぽなのか何も出ず、唾液だけがぽたりと垂れた。

「大丈夫、ですか?」

 前に座っていた、初めて見る女の人に声をかけられる。仕立ての良い服を着ているが髪はところどころ焦げていて、疲れた顔をしている。

「起きられてすぐですか、まず感謝をお伝えさせてください。わたくしはメリッサ・エストと申します。あなた方のおかげで、わたくしはあのような状況から助かることができました。この感謝を忘れることは一生ございません。わたくしの名にかけて、あなた方へお礼をさせてくださいませ」

「助けた? 私があなたを?」

「メリッサ様もあの人さらい集団に捕まっていたのよ。わたしと一緒に牢屋にいたのだけど、あなたが危ないようだったから助けに行ったら、もうすでに終わっていたの。その後気を失ったあなたを連れてメリッサ様と逃げ出して、助けを呼びに行ったのよ。近くにいたエスト男爵の兵が来てくれてね、今男爵家に向かっているの。話は変わるけれど、あの時もう少しわたしが部屋に入るの早かったら、わたしも首ちょんぱだったわよね~」

 笑顔でそう付け足す女性に私は再び口を押さえる。

「エリ様。不謹慎です」

 何となく女性――エリの空気の読めなさは父さんに通じるところがある。私は父さん以外の精霊を見たことがないけれど、テキスト上では気まぐれで薄情であることが多いと記されていた。他者に合わせることをしないとも。

「ごめんなさい。そうだ、ねえ、あなたの名前は? わたしの名前はエリというのだけど!」

「セルアといいます」

 エリは目を輝かせて私の両手を彼女の両手で包み込んだ。

「セルア、セルアね。ねえセルア。わたし、あなたのことが一目見た時から大好きなの。あなたの魂にどうしようもなく惹かれるのよ」

 前に座るメリッサ……様が呆気にとられたようにエリを見ている。

「えっエリ様ってそういう……いえ、わたくしは偏見はございませんが……」

「あいつらから逃げるときに、セルアの方へ向かって良かったわ。あそこで離れていたら二度と会えなかったかもしれないもの!」

「………」

 膝の下で拳を握る。エリに言いたいことはたくさんあった。

 アンタが来なかったら私は巻き込まれなかった。大好きとか言って、どうして人さらいに追いかけられたまま私に向かってくるのか。そのせいで私は父さんの力で何人もの男を殺すはめになった。

 それを全て堪える。どうして、なんて言っても通じないことは分かっている。十中八九エリは精霊なのだろう。人間と精霊は姿かたちこそ似ているが違う生き物なのだ。考え方が根本的に違う。人間にとっての悪は精霊にとって悪ではないし、精霊にとっての正義が人間にとっての正義ではない。ここは割り切るしかない。

「そういえば、私の荷物は……」

「ございますわ。鞄は荷物用の馬車で運ばせています。こちらの短剣だけ、エリ様のご意見で持ってきておりますのよ」

 メリッサ様がにこりと笑って革の鞘に包まれた短剣を渡してくれた。

「ありがとうございます」

「その短剣、妙な気配がなくなってるわ」

 エリが短剣を覗き込む。いくつか埋められていた石全てにヒビが入っていた。

「これは、父さんが魔力を込めてくれたものだから……今日全て使い切ってしまったんだと思う」

「まあ。セルア様のお父様も精霊だったのですか?」

 貴族のお嬢様に敬称を付けられるのは少し居心地が悪い。

「はい。……風の精霊です」

 様々なものに精霊は宿るが、風、地、火、水の四大精霊は滅多にいないとされている。自然を操る力を持つために貴族や王族が接点を持ちたがるというが、この四大精霊は特に気まぐれでそれが難しいのだとか。

メリッサ様は「そうなのですね」と微笑んだ。

「父に会いたいと思われますか?」

「思いませんわ。わたくしが仲良くなりたいのは、命を救っていただいたセルア様ですもの」

 恥ずかしくなって俯く。

「……試すようなことを聞いて、すみません」

「いいえ。もしお会いしたいと思うとすれば、風の精霊様としてではなくセルア様のお父様として、ですわね」

 これまで友人と呼べる存在がいなかったので、メリッサ様の言葉が思いのほか心に響く。色々な不安も相まって目尻に涙が浮かんできた。すかさずエリが顔を近づけてくる。

「セルア、泣いているの? わたしもセルアと仲良くなりたいわよ?」

「これはちょっと、疲れちゃって……」

「ふふふ。とりあえず、今日はゆっくりお休みしましょう。お二人の都合が許す限り、我が家の屋敷でたっぷりとおもてなし致します」



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