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精霊王の大陸  作者: 山瀬
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1 セルア



 母が亡くなって十日が経った。まだ四十歳だった母は原因もなく眠るように息を引きとり、美しい容姿の父がそれに最初に気が付いた。医師の診断などは必要なかった。父は魂の輝きを感じることができる。一目で母が『抜け殻』であることを感じ取った。死因は寿命だという。精霊と交わると人間は長く生きられないのだと。父は人間から精霊と呼ばれる種族だった。

 母が起きなかったその日に街へ降り、葬儀を行う。街での葬儀は小規模なものだった。墓地は私達の住んでいた家の隣に。この十日間、毎日花を変えて話しかけ続けた。

「母さん、お父さんとはもう会えた?」

 風が吹き、墓前に供えられた花が揺れた。あれだけ母を愛していた父は、母の遺体には何の興味も示さなかった。いや…それは違うのかもしれない。一度口づけていた。そして街で共に葬儀をあげた。その日の夜に私に背を向け、家を出ていった。

『リリアの魂を捜しに行くよ』

『え……?』

『この世のどこかにリリアの魂を受け継ぐ者が生まれるはずだ。僕はその人を捜しに行く。じゃあね、セルア。リリアに似てしっかり者の君ならきっと元気に暮らせるはずだ。お金ならいつもの場所にあるからね。さよなら』

 そのさよならは、もう私が生きている間に会うことはないという意味だと理解できた。

「やっぱり、父さんは……人じゃないね」

 精霊は魂の輝きを感じることができる。人を好きになるのではなく、魂を好きになるのだという。母の魂を愛していた父は、血のつながりしかない私のことを心から愛すことはなかった。母との子として親しみを抱いてくれていたし、一緒に住んでいて多少の情はあっただろうが、私の魂に愛情を抱くことは最後までなかった。そう思う。

 母の魂が別人に生まれ変わっていたらその人を愛すのだろうか。その人は母の魂であっても、母ではないのに。

 父にとって、ここに眠るのは母……リリアではないのだろうか。

「母さんは、ここにはいないのかなぁ」

 風が吹く。花が揺れる。この花は母が好きだった。父が家をとりまくように花の種を植えて、せっせと水をやっていた。母は春になると咲く花を見ながら、よく故郷の話をしてくれた。花畑に寝転んで海を見ると、色の対比がとても美しいのだという。

 私は立ち上がった。

 父が生まれ変わった母を捜しにいくのならば、私は母の生きた軌跡を巡ろう。幸い時間は山ほどある。

 数日後、私は鞄を背負って母の墓地の前にいた。

「さよなら、母さん」

 また戻ってくるねと墓石を撫でた。



   ***



「もおおお! いつまで追ってくるのよ~~~~!」

「っはぁ、はあ……ッ」

 道なき道を駆ける、駆ける、駆ける!

 こんなに走るのは生まれて初めてで、もうずっと前から肺が痛い。隣を走る女性も疲れてはいそうだがさっきから元気に悲鳴を上げているから、きっと私よりも体力はある。

「待て! クソッ」

「逃がすな!」

 私達を追いかけるのはいかにも悪人ですと言わんばかりの男達……しかし私はどうして追われているのか分からない! 街へ向かおうと歩いていたら急に女性が走ってきて、巻き込まれたのだ! 何なの、本当に!

「はあっ、もう、無理っ」

「ダメよ、足を止めたら殺されてしまうわっ」

「なんでよ!? いやほんとに、もう無理…!」

 立ち止まる。背負った鞄の隠しポケットに入れていた短剣を取り出して、男達に向かって構えた。小さな石がいくつも埋め込まれた宝剣のような見た目だが、この剣の価値は見た目ではない。

「食らえ!」

 もちろん私に剣の心得などはない。しかしこの剣は、ただの剣ではない!

 柄を握りしめて剣先を男達へ向ける。そのまま思い切り薙ぎ払った。刃が空間を切り裂いたと同時に全ての物を薙ぎ払うかのような強い風が吹き荒れた。足元に咲く花や草がちぎれて空を舞う。男達の反応を確認する余裕などない。驚いたように目を丸くする女性の手を取って逃げ――

「ストップ」

 後頭部に何か固い物を押し付けられた。グリグリと痛いくらいに。男達に囲まれている。こいつら、なんでゴーグルなんてしているんだ。砂埃で失明でもすれば良かったのに。

「痛っ」

 腕を背中にひねられる。短剣が地面に落ちた。それを拾った他の男が「すげえ」と感心したようにそれを見た。

「なんの石だ、これ。エメラルド? とはちげえよな?」

「知るかよ。そもそも宝石なのかそれ」

「分からねえけど、なんか、すげえ欲しくなるな……」

 うっとりとした気味の悪い顔で男は短剣を見つめる。私の宝物。汚い手で触るな!

「なあ兄貴、これ、俺がもらっても……」

「駄目に決まってンだろ! ボケが! おいお前、この剣は何だ。まさかお前、精霊じゃねえよな?」

「そんなこと、言うわけないでしょ。――あぅッ」

 頬が熱い。痛い。私の頭に固いものを押し付けていた男は、他の男より一層凶悪な顔をしていた。怖い。母さんが死んで父さんがいなくなって、一人になった瞬間暴漢に襲われるなんて。情けなくなって涙が滲んできた。髪を掴まれる。吐息がかかるほどの距離に顔を近づけられる。

「よく見りゃ綺麗な顔をしてやがる。それに薄い色素の髪。さっきの風。……お前、もしかして……ハハハ」

 男は唇を歪ませて笑った。

「今日は大量だ」

 首筋に強い痛みを感じて、私の意識はなくなった。


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