表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
癌で余命宣告された私が時を遡って、美少女を助けたり、仲間と一緒に怪獣と戦ったりするお話 ~ RETROACTIVE 1990  作者: TA-MA41式
1990年に時間遡行した私が、初めに巻き込まれた事件と出会いのお話
8/82

2027年11月26日、金曜日 16:00~

 私は、恋愛関係から友人関係まで、殆どの対人関係において熱したことが無く、相手からどんなに強い感情を向けられても、それが愛だろうが、怒りや憎しみだろうが、同じ強さの感情を返してやることをしない人間だった。

 それどころか、目の前で渾身の愛を訴える恋人の話を聞き、表面上はそれなりの受け答えをしていながら、実は時間の経過を気にしながら夕食の献立や明日の仕事のスケジュールを考えていられるような嫌らしさを併せ持っていた。


 (セックスの最中に会議のプレゼン内容を頭の中で暗唱していたこともあったっけ。)


 そんなこともできる人間だった。

 さらには、この歳にもなれば近しい間柄にあった肉親や友人の不幸にも度々接することになるのだが、生前はたいへん世話になったり、世話をしたりとか、周囲からは親友と認識されていたほどの関係(私が認識していたわけではない)があった相手に対しても、本物の悲しみのようなモノを味わったことが一度も無い。

 二度と会えなくなる人間に対する哀惜とかいうものが込み上げてきたことがないので、臨終の枕元や葬儀の席では深刻な顔をしていても、それには多分に演技が含まれていることを自覚してしまい、その冷たさで自己嫌悪に陥ることも多々あった。

 虐めにあったことも、虐待されたことも無いし、当り前に親の愛情を受けて不自由なく育ったはずの私がどうして、こんな世間と斜めに接するような性質になってしまったのか?

 原因に思い当たる節が無いので、生まれ持った資質としか言いようがない。


 (こういう人間を、世の中じゃ “人でなし” と言うんだろうねぇ。)


 しかも、こんな性根を向けられるべきが、他者に対してだけではないことが今回のことでよく分かった。

 間もなく自分自身の命が終わろうとしているのに、悲しいだの怖いだの不安だのという強い感情が溢れてくるようなことも無く、今後に溢れてきそうな予感も無く、気持ちは淡々としている。


 (感情的になるよりも、こっちのほうが楽なんだよな。)


 どんな事実でもあっさりと受け入れ、深く考えることをしない。

 何事も、自分の死でさえも受け流してしまえば、感情に振り回されることもなく、物事が(今回の場合は終活が)スムーズに運ぶ。

 こんな、普通の感性で生きている者なら呆れ果ててしまうような対応が、今までの私は無意識に、当り前のこととして実践できていた。

 但し、それは、


 (今朝までだったな。)


 あの得体の知れない声の主とのやり取りが切っ掛けになって、今日一日中、思考が掻き乱されっぱなしの、苛々しっぱなしだった。

 こんなことは、私の過去の日常に於いて数えるほどしか経験がない。

 しかも、あの一連の問い掛けに対して納得できる答えを見つけられなければ、封印の向こうに何があったのかを知らなければ、終活を始めるどころではないような、「?」を抱えたままでは死にきれないというような気分になってしまっている。


 (こういうのも生への執着が湧いてきたって言うのか? だったら超迷惑だわ! )


 人並みな生への執着とは、かなりズレていると思うが、これまでの冷静過ぎる自分に比べると、人間らしい感情の動きが生じているような気もする。


 (でもなーっ、苛つくんだよ! )


 もう少しで封印の扉が全開して、答えが見つかりそうな気がしたのに、その数歩手前、中途半端で不完全燃焼のまま、声の主に置き去りにされてしまった。

 残り1問で時間切れになってしまった試験の答案が回収される時のような、もしくは微妙に手が届かない背中の真ん中当りが痒くてたまらないとか、全速力で忘れ物を取りに帰った先で何を忘れたのか度忘れしてしまった時などに感じる悔しさや苛立たしさを10倍掛けしたような不快な気分である。


 「今日の阿頼耶識先生、なんか当りがキツイっすよね~ 」


 「なんか~ アラさん、嫌なことでもあったんじゃね? 」


 そんな学生たちの陰口がチラホラと耳に入ってくる1日だった。

 今朝の出来事は誰にも話しておらず。

 声の主が何者なのかは分からずのまま。

 普段通りに研究室で学生たちと接し、授業スケジュールをこなし、提出されたレポートや課題の採点を終え、16時少し前には大学を出て帰路についた。

 もちろん、相変わらず心は穏やかではない。


 (ところで、もし「生きたい」と答えたとしたら、私は生きて何をしたいんだろう? )


 これについて、何度も考えてみた。

 その答えは、何度考え直してみても、


 (空白だな。)


 この後の人生が仮に延長されたとしても、そこには何もない。

 目標があるわけでも、見つけられるわけでもないと思う。

 大学を定年退職したら、その後に待つ人生は、食べるために適当な仕事を見つけ、大して重要でもない雑事に携わりながら、時間を浪費し続ける独居老人として生きていくだろう。


 (若ければ、切り替えだって利くかもしれないが、この歳じゃ無理だろう。)


 それを心配する必要は余命宣告のおかげで無くなったわけだが、それでも溜息ぐらいは出る。

 どうにもスッキリとしない気持ちを抱えたまま帰路を辿り、いつものように小田急線生田駅で各駅停車を降りた。

 小田原・片瀬江ノ島方面行きの電車が発着する2番ホームの中ほどから、連絡橋を渡って北口に向かうべく歩き始めた時。

 突然のことだった!


 (くぅっ?! )


 今、背を向けたばかりの電車の進行方向から、全身の毛が逆立つような悪寒が襲ってきた。

 それは、身の危険を覚えるほどに強い悪意の塊のように感じられた。

 思わず振り返った私の左右を、数人の降車した客が通り過ぎて行ったが、悪意の出どころは彼らではない。

 私の立ち位置より30メートルほど電車の進行方向に寄った、ホームに掛かった屋根が途切れる辺りで、私の視線から逃れるように姿を隠した者がいた。

 慌てていたので目が泳いでしまい、それが何者なのかを瞬時に捉えることはできなかったが、


 (なんかヤバイ! )


 ホームの端まで悪意の基を突き止めに行こうとは思わなかった。

 一刻でも早く、この場を離れなければならないという衝動に駆られ、私は即座に走り出していた。


 (あいつはダメだ! あいつは洒落にならん! )


 そう本能が告げていた。

 姿が見えていなくても、その危険度は十分に察せられる。

 付近に潜むライオンの気配を察知して、その姿を見る前にシマウマが一斉に逃げ出すのと同じことで、理屈ではなかった。

 どうして逃げたのかは、後でゆっくり考えれば良い。

 前を歩く人の脇を擦り抜け、階段を2段3段飛ばしで駆け上がり、自動改札を抜け、北口へ続く階段を大急ぎで駆け下り、駅舎を出てからもさらに走り続けた。

 津久井街道に掛かった駅前横断歩道を渡り、毎度の帰宅時にはおなじみのコンビニの自動ドアを潜ったところで漸く一息ついた。


 「いらっしゃいませ。」


 若い女性アルバイト店員の声で我に返った。

 通りに面したウィンドウの前で雑誌を立ち読みする振りをしながら、外の様子を窺いつつ、最近は滅多に走ることなど無かったので、すっかり荒く乱れてしまった呼吸を整えなければならなかった。


 (いったい、なんだったんだ? )


 今のところ、私の後を追い掛けてきたような者の姿は見えない。

 駅舎の中にいる間は離れずに私の後についてきていた悪意が、表に出た途端、すっかり跡形も無く消えていた。

 今朝に続いて、本日二度目の異変だったが、今の奴は全く身の危険が感じられなかった朝の声の主とは違う。

 私に向けられた戦慄するほどの悪意によって、今も手指や両膝が小刻みに震えている。

 いっそのこと、このまま交番に駆け込もうかとも思ったが、


 (交番は家と逆方向だし、少し遠いしな。)


 交番は津久井街道を自宅とは逆側、向ヶ丘遊園方向に500メートルほど行ったところにあるが、電車のホームを降りたところで悪意を向けられ、身の危険を感じたというぐらいで、相手にしてくれるものだろうか?

 具体的に襲われたわけではないし、悪意を向けてきた相手の姿も確認できていない。


 (行くだけ無駄だな。)


 時刻を確認したら、もうすぐ17時になろうとしている。

 このまま、暫くコンビニ内で時間をつぶして、安全そうだと確信できたら、そのまま帰宅する人波に紛れて外に出れば良い。

 コンビニから自宅まで約10分。

 マンションはオートロックだし、24時間セキュリティだし、部屋は5階だし、ベランダは独立型だし、帰宅して閉じ籠ってしまえば大抵の危険は避けられる。


 (くそっ! 今日はとんでもない日だわ! )


 コンビニの天井を仰いで、肺の中の空気を一息で吐き出すような大きい溜息をついた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ