1991年5月5日 日曜日 06:00
札幌での仕事は終わり、後片付けも半分終わった。
新型HUNTERのうち2体はケンタが掘った穴に埋めた。
木々の根元に埋めたので、分解の早いHUNTERの死骸は良い肥料になるだろう。
さらに2体を埋められるほどの大きな穴を掘るスペースが見つからなかったので、これらは後で豊平川か石狩川にでも捨てに行くことにしてアトレーに積んでおいた。
「新型HUNTERのサンプルって持って帰れないかな? 」
脳と運動機能を調べたいとケンタは言っているが、
「1日も経ったら腐敗臭がしてくるだろうから飛行機に手荷物として持ち込むのは無理。この時代のクール宅急便は冷凍が無いから配送も無理。アトレーを延長借りしてフェリーで帰るか? 」
「東京まで丸1日、間違いなく腐って骨ごとドロドロになってるわ。そうなるとサンプルとして無価値。こいつらマジで自然に返りやすいエコ使用だから日保ちしないんだよな。」
「サンプルは次回に持ち越しするしかないんじゃないか。」
「うーむ、こっちに知り合いの病院でもあれば場所借りしたんだけど、北大にも医大にもコネ無いし、そうするしかないねぇ。」
口惜しそうにするケンタだが、腐りやすいのもHUNTERの優れた機能の一つ、我々のような者に細かく調べられないための自爆装置である。
良い方法は無いものかと色々考えてみたが、結局は今回は捨てて帰るしかないということで、話は落ち着いた。
いずれ、新型HUNTERには東京に戻ってからも再びの遭遇がありそうなので、その時まで我慢である。
そう言えば、もう一つ後片付けをした。
目を覚ました(覚まさせた) “ナガセユウキ” を二人掛かりで説得(脅迫? )し、我々に会ったことは言わないし、化物に襲われたなんてことも絶対に言わないと誓わせた。
その後、逃げるように公園を走り去って行った未来の経団連会長の後ろ姿を見送ってから、
「いつもなら、これで撤収って感じなんだけどねぇ。」
「そうはイカの金玉って感じだな。」
「おい、それJKたちの前で絶対に言うなよ! セクハラだかんな! 」
ということで、今日一番の問題に取り組むことになった。
いつまでも “北海道資料館” にいるのは憚られたので、同じ大通公園の12丁目に場所を移したのだが、今、その中ほどにあるベンチに並んで腰掛けたヒシイさんとマシマさんの前で、地べたに正座させられているサユリさんがいた。
我々のチーム内では滅多に、ではなく絶対に見られない絵面である。
友だち同士の中には、ヒエラルキーなど存在しないらしい。
けっこうヤバい状況にあるのは分かっているのだが、笑いが込み上げてきて抑えるのが辛かった。
(うーん、新鮮! )
はてさて、HUNTER退治の現場を見られてしまったことについて、サユリさんはどう言い訳するつもりなのか?
打ち合わせも無く3人がめいめいに言い訳しだしたら収拾がつかなくなるので、私とケンタは隣のベンチに腰掛けて、成り行きを傍観することに決めた。
「正直に言うわ。あの化物はね、未来の某国から転送されてきた生物兵器なの。自分たちの都合の良いように過去を変えてしまおうというのが彼らの目的よ。私たちは、未来を守ろうとする別の勢力からの依頼で戦ってるの。」
(えぇっ? えーっ! )
このチビッ子、全部ゲロってしまった。
(何? 開き直ったの? 馬鹿じゃないの? 馬鹿なの? )
思わず立ち上がって首でも絞めてやろうかと思った私の腕をケンタが掴んで止めた。
「これ、たぶん作戦だよ。この後で、どう繋げるのか分からないけど、一般人が、そんなSFみたいな話を信じるわけないじゃん。」
「あ、そっか。」
「サユリさんには、サユリさんの考えがあるだろうから、成り行きを見ていよう。」
「りょ、了解した。」
浮きかけた腰を再びベンチに落とし、黙ってJKたちのやり取りを聞くことにした。
「サユ、そんなこと本気で言ってるの? 」
「全然信じられないんだけど。」
うんうん、そりゃそうである。
そんな話を信じるのは子どもだけである。
高校生にもなれば既に大人な常識を備えているはずなので、現実的と懸け離れた話は信じてもらえるはずがない。
「本気よ。本当のことだもの。嘘なら、もっと上手な嘘をつくわよ。」
「それも、そうか。」
「確かに、そうじゃなきゃ、あんな化物の説明つかないかも。」
「うん、サユが私たちに嘘つくわけないものね。」
「私、信じる。」
あれ?
あっさりと信じているではないですか?
このJKたち、頭がどうかしているのではないだろうか?
これもサユリさんの、信じられないが人徳というモノのなせる業なのか?
(なんて恐ろしい・・・ )
そう言えば、ヒシイさんが言っていた。
『サユリさんって、勉強も運動も優秀だし、誰にでも明るく優しく接するし、性格が柔かいからボランティアみたいな学外活動でも、すごく評判良いんですよ。』
どうやら私の知らない、もう一人のサユリさんってのがいるらしいので、そちらのサユリさんの人徳ということなのだろうが、
(ちょっと待て、そんな事実を丸ごと信じさせて、一体どうしようって言うのさ? )
サユリさんが何を考えているのか、さっぱり分からない。
私なんかより地アタマは良いはずなんだから、上手に円く収めてくれるもんだと思っていたのに、その意図が全く見えない。
「私たちは未来を守る方の勢力からのメッセージを受け取って、そこに記されてる場所に行って、未来を変えてしまおうとする勢力が送ってくる生物兵器を迎え撃っているの。今回は、その場所が札幌だったってこと。」
何の捻りも無く、そのまま話している。
誤魔化そうとする意思は無さそうな感じである。
「サユたちにメッセージを送る未来の勢力って本当に正しいの? 騙されていたりしないの? 」
「それはないわ。未来を変えてしまおうって方の勢力は、人の命なんて何とも思っていない悪魔だもの。それと戦おうとする勢力なんだから、私たちは正義だと信じてる。」
「人の命を何とも思っていないなんて、凄く危険なんじゃない? さっきだって、あんな化物相手に怪我までして・・・ 」
「そうね。危険かもしれないけど。これは誰かがやらなければならないの。」
「でも、サユがそんな危険なことしなきゃなんないなんて、私嫌だ・・・ 」
「ありがとう、リカ。でもね、知ってるでしょ、去年の11月に中央線で起きた事件。あれも未来を変えようって悪魔の勢力の仕業なの。敵は平気で1000人以上の人の命を平気で奪うような、とんでもない奴よ。あの事件では、アラヤシキさんが凄く頑張って戦ってくれたけど、それでも沢山の人が亡くなったわ。私たちに、そんな事実を見過ごして戦わずにいるという選択肢はないのよ。」
「サユ・・・ 」
「どうして、そんなことに・・・」
「心配・・・アラヤシキさんも・・・ 」
えーと、いったい私は何を見せられているのだろう?
会話は盛り上がって、ちょうど今は3人して手を握り合っていたりするところ。
そろって、涙ぐんでいたりもする。
サユリさんの芝居がかったセリフのおかげで、この場はすっかりヒーロードラマの中盤ぐらいのクライマックスシーン化してしまっている
なんか、途中で私の名前も登場していたみたいだが、まるでアニメか特撮ヒーローが正体ばれた時にやる件みたいである。
それと、一部が死亡フラグっぽく聞こえるので、ちょっと勘弁して欲しい。
「なんか、この妙な流れ止まらなくない? 」
ケンタに意見を聞こうと思って隣を見たのだが、
(あ、いない? )
いつの間にかベンチを離れて、噴水で水遊びしていた。
良い歳した大男が靴下脱いで池に足を浸してバシャバシャやっている。
その絵面はハッキリ言って酔っ払いにしか見えないのだが、
(まったく、なんて奴だ! 面倒な話を振られる前に逃亡しやがって! )
まあ、現状ではそれが正解っぽいわけで、逃げるなら誘ってくれよと言いたい。
だが、流石に深刻な顔して盛り上がってるJKたちを残して、私まで一緒に揃って水遊びしに行くわけにもいかない。
「アラヤシキさん! 」
ヒシイさんからお声が掛かってしまった。
もう逃げようが無い。
何を聞かれることやら、何を言われることやら、もうサユリさんが全部決めてくれたら、それに乗っかるから勘弁して欲しい。
「私たちも手伝います! ね、ユキも手伝うよね。」
「はへぇ? 」
私の声が裏返ってしまった後は絶句である。
どうして、そういう流れになった?
「当り前でしょ友だちなんだから。」
マシマさんも同意しているし。
「ありがとう! 二人とも! 本当に嬉しい! 」
サユリさん! なんで感動のシーンしてるっぽくしてんですか?
ここは、お断りすべきところでしょう。
これは絶対にヤバいやつだと思うんですが?
俄かに事情を知った部外者が手伝うっていったって、いったい何を手伝わせるというのか?
新型HUNTERなんかが登場したおかげで、今後の戦闘は今までよりも危険度が増してしまっている。
そんな状況でJK二人が加わっても戦力になるどころか、足手纏いになるに決まってる。
そんなことは、サユリさんにも分かっていると思うのに、
「でも、二人には絶対に守って欲しいことがあるの。私たちの戦いは、絶対に内緒にして欲しいの。家族や学校の友だち、もちろん警察にも言っちゃだめ。このことが公になったら、歴史が変わっちゃうから。
それに未来との通信なんて、もしバレたら、その情報を悪用しようって人が現れるかもしれないでしょう。そんなことになったら、私たちが戦っている意味が無くなっちゃうの。
二人とも、これは約束だからね。絶対に絶対よ! 」
「分かってる! サユの言うとおりにするよ。ね、リカ。」
「もちろんよ。サユ、安心して! 誰にも言わないから安心して! 」
「ありがとう! 頼りにしてるわ!」
あ~あ、なんか口留めは成功したっぽいんですけど。
払った犠牲が大き過ぎるような気がするんですけど。
これから、いったいサユリさんはどうするつもりなんですかね。
「アラヤシキさんも、これからよろしくお願いします。私たち頑張りますから! 」
もう、ここまで話を進められたら頷くしかないんですけど。
ユージには、なんて言って報告したら良いんでしょうか?
責任は全部、こうなってしまった原因を作ったサユリさんに預けるしかない。
全く、とんでもないことをしてくれたもんだよ、このチビッ子は。
「ところで、ユキとリカは、どうして今朝の私たちが “北海道文学館” にいるって分かったの? 」
「それは、これを見たから。」
ヒシイさんが取り出したのは、見覚えのある札幌市のエリアマップ。
(あれ? あれって、もしかして・・・もしかすると・・・っ! )
風向きが変わった。
もの凄い向かい風が吹いてきた。
風速80メートルくらいの逆風。
全身の血の気がスーッと引いていき、額や手や背中に冷や汗が滲むのが分かった。
「サユが1人で出掛けて行くのに気づいてから、直ぐに私たち後を追い掛けようとしたんだけど見失っちゃって。でも、昨日、エントランスのソファでお話しした後に、アラヤシキさんが忘れていったエリアマップがあったんです。後で返そうと思って預かっておいたんですけど、それを見たら “北海道文学館” に赤く印が付いてて、AM5:15って書き込みがあったから、たぶんそうだろうって思って。」
(あ~、これはヤバいやつだ! けっこう危険なやつだ! )
サユリさんが、こっちを見ている。
まだ、地べたに正座させられて、事情聴取状態のサユリさんがこっちを見ている。
絶対、怒ってるし。
笑ってるっぽいけど、奥歯ギリギリしてる音が聴こえてきそう。
(ああ、誰か、神さま、助けて! )




