1991年5月3日 土曜日 16:00
Target of attack:
Yuki Nagase
21 years old
Japan Business Federation President
Place of the attack:
13 Odori Nishi, Sapporo City, Hokkaido
Date and time of attack:
May 5, 1991 5:15 am
Weapons:
HUNTER × 4
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羽田空港、旧ターミナルビル。
(こんな小っちゃかったっけ? )
1990年代から2020年代に掛けて、拡張を繰り返してマンモス空港に変わってしまう羽田空港だが、この当時は国際線の殆どは成田空港発着だったので国内線主体で昭和っぽい地味目な雰囲気を漂わせる空港だった。
「あそこのカウンター見ろよ! JASだよ、JAS! 」
「JASって、東亜ナントカって言ってなかったっけ? 」
「なんか、小ぢんまりして良い空港じゃね? 」
「このくらいが迷わなくて良いよな。」
「ちょっと、写真撮って来るわ。」
「俺も、俺も! 」
中身ジイサンの若い男二人、馴染み深い青春の記憶を辿りながら、“使い捨てカメラ(ストロボ付き)”を構えた逆お上りさん状態で、楽しそうに空港内をウロウロしていた。
すると、そこに聞きなれない声が掛かった。
「あっ、アラヤシキさん、トガシさん、すみません! 待たせちゃいましたぁ? 」
「「は・・・え・・・はぁ? はっ、はひぃ?! 」」
声の主を見て、自分の声が裏返り、瞬時にして頭の中が真っ白になった男二人。
(な、な、なっ! なんだコレーっ! )
共に背筋には激しい悪寒が走り、同時に眩暈と嘔吐感と痒みにも襲われていた。
「サユっじゃなくて、フジムラさん? 」
「ええ、どうして最後のとこ疑問形なんですかぁ? ウフフ。」
一体どういうことなのだ?
私の目の前では何が起きているのか?
不意の出来事に状況判断が追い付かない。
思考も意識も停止寸前である。
「ミノル、ここはお前に任せる! 俺は先に行く! 」
「何言ってんだ! 普通は逆だろ! 卑怯者! 」
囁き声で別れを告げ、逃げの体勢に入ろうとするケンタの肩をガッチリと掴みながら、まずは現状を正しく認識することから始める。
今、私は、一人の見知ったチビッ子と向かい合っている。
チビッ子の格好はいつもと大して変わらない。
紺色のボーダートップスに臙脂のミニスカートとベレー帽。
足元は白のショートソックスとローファー。
お気に入りの1990年代フレンチカジュアルに身を包んだポニテの小学生じゃなくて女子高生である。
育ちは悪くないし、ルックスだってジュニアモデル(キッズかも)が務まりそうなほどの可愛い系だし、原宿の竹下通りでウロウロしてたら必ずスカウトに声掛けられるという話(本人の自慢話)もあった。
しかし、その中身は未来の日本の国防を担う防衛大臣であり、柄が悪くて、口が悪くて、一国の大臣としては品性に欠けるという評判の次期首相候補だったはず。
それなのに、
「私たち、北海道旅行なんて初めてなんで、とても楽しみにしてるんですよ! よろしくお願いしますね。」
などと言いながら礼儀正しく頭を下げる、お嬢さまが目の前にいる。
(こんな人、知らないんですけど! 俺の知ってるサユリさんは何処に行った? )
小首を傾げたり、口に軽く手を当てて笑ったり、足を交差させたり踵を立てたり、そんな身のこなし、サユリさんがするはずない。
「あ、そうだ。友だち紹介しますね。」
こちらの意識が混乱して飛びまくっているというのに、サユリさんには気にする素振りもない。
(えっと、友だち? そう言えば、そんなことを聞いた記憶が?! )
状況整理する暇も与えてくれず、サユリさんはマイペースで話を先へ進めていってしまう。
「高校で同じクラスの “真島由紀さん” と “菱井里香さん” です。二人ともゴールデンウィーク後半の予定が無いって言うんで誘っちゃいました。」
サユリさんの後ろに控えていた二人の女の子が、モジモジしながら前へ出てきた。
「初めまして、真島由紀です。北海度は初めてなんで、とても楽しみなんです。」
二人のうち、一見スポーティで健康的な雰囲気のショートカット少女が被っていたベレー風なキャップを取ってペコリとお辞儀をした。
「私も北海道は初めてです。あ、初めまして、菱井里香です。」
もう一人、こちらは少し大人しい、真面目そうな感じに見える文科系っぽいセミロング少女である。
「「「よろしくお願いしまーす! 」」」
「「は、はい。」」
サユリさん含めて3人並んだリセエンヌスタイルの “オリーブ少女” が、そこにいた。
一応、感想を述べておくが、見てくれだけなら揃ってそこそこの美少女たちである。
そう言えば、北海道行きの話が出た際に、ユージとサユリさんの間でこんな取り交わしがあった。
『サユリさんは一応未成年なんだし、男二人と北海道旅行なんて許されないよね? 』
『そんなん、オナ高の友だちと一緒に行くって言えば、全然ヘーキだわ。うちの親なんて子ども放置で、毎日選挙区のゴールデンウィークイベントで挨拶回りじゃん! けっこう引け目感じてるから、寂しげに上目遣いでおねだりしたら即OKよ! カッカッカッ! 』
『こんな急な話に乗ってくれる友だちなんて、いるのかよ? 』
『そりゃ、なんぼでもいるわ。ウチみたいな中高一貫のお嬢さま学校はね、親が仕事一辺倒で、彼氏もいないから、ゴールデンウィークどころか盆暮れ正月も何もすることが無いなんて女が腐るほどいるのよ。一声掛けりゃ何人でも集まるわい。』
『いや、何人でもは困るぞ。上限2人にしてくれ。』
『おっけー! 』
ってな感じの会話を後ろ耳で聞いていた気がする。
その時は、コンビニで急遽買い求めて来た “札幌旅行ガイド” に気持ちが入っちゃっていて、そっちの話は気にも留めようともしていなかった。
だから、すっかり忘れてしまっていた。
それじゃ、今のサユリさんは同級生と一緒ってことで学校モードのお嬢さま仕様?
何か悪いモノ食ったとか、脳を病んでるとかいうわけではないらしいので、まずは一安心。
ってことは、JK3人組みと一緒に行く北海道旅行?
(なんてこったい! 心の準備ができてないし! 現役JKとなんて、どう接すれば良いのか分からんぞ! )
猫被ったサユリさんなんかに驚いている場合じゃない。
サユリさんは兎も角、友だち二人の前では毅然とした年長者であり、引率者でいなければならない。
同じ思いでいるはずのケンタと、顔を見合わせてフィストバンプ。
「これは忠告だが、JKの前じゃ、おやじギャグは止めた方が良いぞ」
「よし! 分かった。」
ここは大人の男二人が小娘たちの保護者として、しっかりと力を合わせていかなければならないのだが、
「アラヤシキさん、トガシさん、搭乗手続き済みました? 私たちこれからなんですけど、荷物運ぶの手伝ってもらえませんか? 」
猫被っていてもマイペースを崩さないサユリさん。
「え、ああ、おーけ・・・い? 」
オリーブ娘たちの手元にはキャリーケースが1人1個づつ。
しかも、3つともたかが3泊4日の国内旅行なのに、海外7泊以上用のLサイズケースである。
「それじゃ、カウンターまでお願いしますね。」
あっさりと荷物を押し付けるサユリさん。
猫被っていても、やることはいつもと一緒。
(それにしても、1990年代のJKは、こんな大荷物持って旅行すんのか? )
「え、良いんですか? けっこう重いですけど二人で大丈夫ですか? 」
「私のも、けっこう重いです。」
とか、言いながら、サユリさんに右倣えでキャリーケースを、私とケンタの前に置くオリーブ娘たち。
(重いって、いったい何が入ってんだよ。)
などとは言わず、
「え、ん、ああ、このくらい大丈夫。」
と、笑顔で対応する男二人。
なんだか、良く分からないうちに大荷物を押し付けられてしまったような気がする。
この調子では、札幌着いてからも、荷物持ちさせられるかもしれない。
まあ、こっちは力持ちのケンタがいるから大丈夫なのだが、意表を突かれて呆けっとしていたら、全てが向こうのペースに持っていかれそう。
「それじゃ、私たちはあそこのベンチで航空券の準備しよう。」
「うん、そだね。」
「私の航空券、バックの奥に入っちゃったみたい。」
「時間あるから大丈夫だよ。」
あっさり荷物を手放したオリーブ娘たちが、キャイキャイ言いながら搭乗手続きカウンター前のベンチに向かったと思ったら、
「あ、そうだ、大事なこと言い忘れてました! 」
とか言って、サユリさんがニコニコしながら1人で戻って来た。
そして、手を後ろに組んで、上体を右に15度くらい傾けて、ついでに頭も5度くらい傾けたポーズをとって、開口一番!
「おい、お前ら! 分かってんだろうな! 」
元の、いつものサユリさんに戻っていた。
「この旅行中に見ることと聞くこと、全部忘れろ! 良いな! 」
「「はい。」」
正気に戻ったサユリさんが、ちょっと嬉しかった。




