1991年2月28日 木曜日 22:10~
ケンタに教わりながらHUNTERの死骸回収作業を行った。
まずは、2枚重ねにした70リットル入りの黒いゴミ袋に入る大きさに、HUNTERの身体のパーツを分割していく。
確かに血も出ないし内臓がはみ出たりもしないので、人形を分解している感じでスプラッタにはならないのだが、人工とはいえ元々は生き物である。
人型をしていて、先ほどまで動いていた身体をバラバラにしているのだと、ついつい考えてしまうので気分はよろしくない。
しかも、手や道具だけじゃなく、着ているモノも、足元も、顔も、粘々の体液と雨と泥が混じった汚れに塗れてしまって気持ちが悪くて堪らない。
(こりゃ、次回からはビニールカッパとゴム手袋が必須だな。)
ケンタはどうしているのだろうと様子を窺うと、特に気持ち悪がっている様子も無く、スムーズに手際良くHUNTERをバラして片っ端からビニール袋に詰めている。
まるでゴミ拾いのボランティアでもしているように自然で軽快な感じである。
(ああ、そういえばケンタって医者だったっけ。)
2020年代では外科医ということだったので、HUNTERをバラす作業には耐性があるのかも知れない。
「だいたい、こんなもんじゃないか? 」
ゴミ袋3つ分の口を縛りながらケンタが言った。
私は頷きながらも念のために拾い残しが無いか、工具箱の中にあったペンライトで辺りの地面を照らしながら最終確認を行った。
「OK、大丈夫だわ。」
「そしたら、後はサユリさんとこだな。」
「ですな。」
ゴミ袋はケンタが二つ、私は一つと工具箱を持ち、サユリさんの所に向かった。
HUNTERの身体は中身がスカスカなので、見た目ほど重くはない。
身長が2メートルもあるのに、体重は20キロから30キロぐらいでなので、3つに分割したら、スーパーの米袋を担いでる程度でしかない。
「そっちは片付いたかい? こっちもさっさと頼むよ! 」
ひと仕事終えてゴミ袋を担いでやってきた男二人に、サユリさんの遠慮の無い指示が入る。
「へぇーい。ってあれ? 」
いつの間にか、サユリさんが緑色のビニール傘を差している。
「サユリさん、傘なんて持ってたっけ? 」
金属バットしか持っていなかったような気がするが、
「ああ、これね。さっきの女子高生がくれたのさ。アチラさんは1本あれば足りるらしいからねぇ。イッヒッヒッヒッ! 」
まさか分捕ったんじゃ? と、言い掛けて止めた。
金属バットやビニール傘とか凶器を所持している時に、うっかり怒らせたら危なすぎる。
「あのカップルにはね、ここで見たことも私らと会ったことも全部忘れろってキッチリ言い含めて帰しといたよ。だいたいね、あのサトウコウイチって奴は、こんな雨降りだってのに、人気の無い所に彼女を連れてってエッチなことしようなんて考えてたらしいのさ。
そんな、疚しい気持ちが見え見えだったからね。そこを適当に弄ってやったら簡単に約束してくれたわ。ケッケッケッ! 」
怖い・・・いったい、どういう風に弄ったのだろうか?
何と言ってもサユリさんの中身は海千山千のオバチャンであり、しかも百戦錬磨の政治家でもある。
たかが一般人の高校生カップルを震え上がらせる程度に脅しを掛けるなど、お手のモノだろう。
(やっぱ、脅迫したんだろうなぁ。脅迫したに決まってるよな。)
その腹黒そうな笑顔を見れば良く分かる。
それにしても、サトウコウイチとその彼女、分けも分からずに命を狙われて、助かったと思ったら、ガラの悪い小学生(ホントは高校生)に脅されたのだから災難である。
まあ、サトウコウイチに関しては、17歳の高校生の分際で、生意気にも暗がりに女子を連れ込んで破廉恥な行為をいたそうと企んでいたのだから、今回はキツイ罰が当たったと考えてもらうのが良いと思う。
未来の日本国外務省、事務次官サトウコウイチ、青春の苦い1ページである。
その罰を当てた未来の防衛相であるサユリさんだが、いただきモノのビニール傘を手にして、脅迫行為が実に良く似合う悪党っぽい感じで良い笑顔を見せてくれていた。
人命救助しながら未来を救っているのだから、正義の味方っぽいことをしているはずなのに、ちっとも正義っぽさが見えない。
(おいおい、スケベな未来の官僚も、傍若無人な未来の大臣も、どっちも人間的にヤバイんじゃないの? )
いずれ日本国を担う人たちなのだから、人間的にはキチンと成長することを心より願いたい。
溜息一つ吐いてから、私は担いできたゴミ袋と道具箱を下ろし、ノコギリだけ持って、シトシトと雨の降り続く暗がりの中、ケンタと一緒に次の作業に取り掛かった。
もちろん、サユリさんは、そういう汚い仕事には関わらない。
私がいなかった時には、こういう仕事はケンタ一人でやっていたらしい。
「ところでさ、サユリさんも散々濡れてるよね? 今さら、傘差してるのって意味あんの? 」
雨の中で立ちまわりを演じたのだから、サユリさんもしっかり濡れている。
男二人と違うのは、HUNTERの体液や泥が混じってないことだけである。
「濡れ方にもレベルってもんがあるじゃないか。あんたたちみたいにズブ濡れでドロドロじゃタクシーになんか乗れないよ。それに、こうして傘差してる間に少しは着てるモノも乾いてくるしねぇ。」
そういえば、未成年のサユリさんは、九段下マンションには帰らず、この場からタクシーを拾ってお帰りになるということだった。
「JKは色々と大変なのよ! ってことなんで、後はあんたらにお任せだわ。ユージにキチンと報告しとくんだよ。分かったかい? 」
そう言って、私とケンタの鼻先にビシッと指を突き付けた。
「「へーい。」」
若干反抗期気味の男が二人揃って全く気持ちの籠っていないダラけた返事をしたにも拘らず、サユリさんからのダメ出しは無かった。
自分の分の仕事が終わったので、既に気分はご帰宅モードに切り替わっているらしい。
お腹が減ったとか、お風呂に入んなきゃとか呑気なことを言い出している。
「んじゃ、おっつー! 」
と、去り際に一言発したら、もう薄汚れた男二人に構ってやろうという気は無くなってしまったようである。
そして、なぜか鼻歌でクリエイションの “スピニングトーホールド” を奏でながら、ビニール傘をクルクル回し、サユリさんは颯爽と立ち去って行った。
(小百合さんってプロレスファンだっけ? どうせならピンクフロイドの “吹けよ風、呼べよ嵐” の方が、絶対に似合いそう。)
サユリさんの後ろ姿を見送りながら、これも一生言わない方が良いだろうと決めた。
それよりも、もっと大事なことを伝え忘れていたことに気付いた。
先ほど拾った “円盤状の金属” のことである。
“先読み” にも引っ掛かったことだし、一応リーダーには報告しておくべきと思っていたのだが、
「忘れたって何を? 」
私は尻ポケットに入れていた “円盤状の金属” を取り出して、隣で作業中だったケンタに渡した。
「これって、前回のHUNTER退治でも見つかったヤツだな。どこにあった? 」
ケンタには見憶えのあるモノだったらしいので、やはり拾っておいて正解だった。
「さっき、足に絡まってたHUNTERの腕をはずしている最中に見つけたんだけどさ、そん時に回収しとけって、俺の“先読み” にピンときたんだわ。これってHUNTERに関係あるモノなのか? 」
私の質問にケンタは少し首を傾げて、微妙な顔をしていたが、
「多分、関係あるってのはユージの推測でしかなかったんだけどな。でも、前回のHUNTER退治の時に見つけて、今回も同じモノが見つかったとなると、俺も本当に関係あるような気がしてきたわ。」
“先読み” に従って拾ったモノなのだから、意味の無いモノでは無いはずだと思っていたが、HUNTERに関係あるならば、ぜひ詳しい話を聞いておきたい。
「それじゃ、その話をする前に、後片付けを済ませてしまうか。このゴミ袋の方を先に車に積んじまうから、こっちの残りについての解体はミノルに任せるわ。」
力持ちのケンタは、さっき二人で担いできたHUNTER一体分のゴミ袋3つに加え、途中まで解体が進んだもう一体の分のゴミ袋1つ、計4つを軽々と肩に担いで車に積み込みに行った。
(あのゴミ袋、ちっこい軽乗用車に乗せるんだよな。)
赤くて可愛らしい360㏄のコンパクトレトロカー、“てんとうむし” の後部シートがHUNTERのバラバラ死骸で一杯になるらしい。
(かなり、シュールだわ。)
サユリさんの趣味に従ったとはいえ、絶対に購入する車を間違えている。
こういう仕事に使うなら、四駆のトラックでも買うべきだったろうに。
同じ軽乗用車でも、まだしも軽トラならば納得できるのだが。
(無いモノ強請りしてもしゃーないんだけどさ。)
心の中でブツブツ言いながらも、HUNTERの身体をノコギリで挽く作業には大分慣れてきた。
こんな作業にホントは慣れたくなどないし、うんざりするし、気味の悪い作業には違いないのだが、やらなければ帰れないのだから我慢してやるしかない。
正確さを求められる作業ではないので、手先に集中するよりも、他のことをツラツラと考えながら半分惰性で進めるのがコツのようである。
(もう一人か二人、時間遡行してこないモノかな? )
人手は多い方が良いと思うが、どんなもんだろう?




