1991年2月28日 木曜日 21:50~
「ミノル、遅かったじゃないか! 」
「あれ? 」
右足に絡んだHUNTERの腕を引き摺りながら駆け付けた先では、既に事は終わっており、サユリさんは事態が飲み込めずに呆然としている高校生カップルに、色々と言い含めている最中だった。
「もう片付いてたんだ。」
「当り前だよ。こんな木偶の棒相手に時間掛けてらんないわ。」
そう言いながらサユリさんが金属バットで指し示した辺りを見ると、首の無いHUNTERの胴体が転がっていた。
(お見事です・・・汗 )
その胴体はキレイなモノで、手足の欠損や殴られた痕も無い。
大して争うことも無いまま、手際よく片付けられたように見える。
「ちょろいモンだよ! はっはっはーっ! 」
ここは素直に流石リーダーと感心するべきところだろう。
散々手古摺った挙句、足にお土産をぶら下げた私なんかが心配するほどのことなど無かったようである。
「ケンタはどこ? 先に来ていただろ? 」
「ああ、車取りに行かせたよ。荷物運ばなきゃなんないからね。」
毎度、やっつけたHUNTERの死骸はバラバラにして、ゴミ袋に入れて持ち帰るんだそうである。
バラバラにすると聞いた時にはゾッとしたが、HUNTERには内臓の殆どが無いし、血液も赤くないので、グロい絵面にはならないということだった。
確かに、頭を飛ばしても血が噴き出してくるようなことは無かったし、切り口には粘性の高い透明な体液が滲んでいるだけだった。
「こっちはもう直ぐ終わるから、あんたも後片付けやっときな! 」
「へぇへぇ。」
右足に絡んだ腕が邪魔になってイライラするが、人手が限られるので撤収の準備は進めておかなければならない。
ひとまず胴体はそのままにして、少し離れたところに落ちていたHUNTERの頭を拾ってきて、胴体と一緒に纏めておいた。
その頭、金属バットで思い切り殴られたのだろう。
無傷の胴体とは異なり頭部は空気の抜けたバスケットボールのようにグニャリと拉げており、粘々の体液が溢れ出ていて気持ちが悪かった。
(ああ、私とケンタがやっつけた分のHUNTERも拾って来なきゃなんないか。頭はけっこう飛んだけど、道路までは出てないはずだし、先に拾っとくか。)
右脚が不自由なので胴体を一人で運ぶのは難しいが、自分で飛ばした頭ぐらいは拾っておかねばなるまい。
ところで、何故、後片付けをしなければならないのか?
そのままにして、化物の存在を世間に知らしめたほうが良いのではないか?
今日、九段下マンションを出発する前、仕事の段取りを指示されていた時に質問したのだが、
「本来、この時代にあるべきじゃないモノは、極力消してしまわなきゃならないんだよ。そうしないと歴史にどんな影響を与えるか分からないからね。」
とは、ユージの言葉である。
本来、HUNTERは与えられた任務の終了後、つまり短い寿命を終えた後には、極めて短時間でドロドロに腐り、土に返る仕組みらしい。
それは一種の自爆装置のようなモノらしく、機能を停止すると同時に全身の細胞が崩れ出し、完全に溶けて消えてしまうわけではないが、十分に証拠隠滅できるレベルまでに原形を失ってしまうのでHUNTERの身体は一見して汚物の類にしか見えなくなるそうである。
ところが、寿命以前に外的な要因で機能を停止した場合は自爆装置が作動しないので、暫くの間は原形を留めてしまうらしい。
つまり、私たちにやっつけられた場合はHUNTERの全身丸ごとが残ってしまうということである。
「だから、必ず回収しとかなきゃならないんだよ。」
そういうことらしいが、昨年11月に出現したEATERやCARRIERには自爆装置なんて付いていなかったようで、その存在をマスコミ通じて散々世の中に曝け出してしまったわけだが、あんな事件が起きた後ではHUNTERのみ存在を隠蔽したところで、既に歴史は随分変わってしまった後であり、手遅れだと思うのだが?
これについて、ユージは私たちが気にすることではないと言った。
「あの事件は、確かに歴史に影響を与えたと思うけど、被害者遺族は別として世間って奴は時が過ぎれば記憶が薄れていくもんだからね。今後もEATERやCARRIERが連続して出現するならば兎も角、あれっきりで二度と現れなきゃ、5年や10年後には単なる謎として、UFO墜落とか、ニューネッシーなんかと同列に扱われるような事件になっちゃうんじゃないかなぁ? 」
なるほど、そうかもしれないと思う。
EATERやCARRIERのインパクトは大きいし、本来ならば生きていたはずの人々の命を沢山奪ったわけなので、間違いなく1990年に大きな爪痕を残した重大な事件ではある。
しかし、人の生き死にや、首都圏の交通網に一定期間障害を与えたことによって、本来あるべき因果関係に多くの狂いを生じさせたとは思うが、事件そのものに国家を転覆させたり世界の未来を変えてしまうほどの影響力があったかと言えば、それほどのことでは無かったのかも知れない。
日本全国津々浦々では人々の日常生活に変化は起きていないし、東京都民への影響も事件現場周辺のみに限定されている。
経済活動も事件による影響は大して受けておらず、間もなくバブル崩壊が始まるというのに2月の日経平均株価は20,000円台中ほどを維持していた。
おそらく、今後の日本は “大規模獣害事件” など気にしている場合じゃなくなって、従来の歴史通り順調に “失われた10年” に突入していくだろう。
「EATERやCARRIERについては、既に起きてしまった事件だから、それによって変わった歴史については、もうどうしようもないんだよね。それについて思い悩むのは止めて、もう考えないようにした方が良いんだよ。」
事件の当事者だった私としては、考えるなと言われても難しいが、ユージが言っている言葉の意味は分かる。
「某国の基本プランは分からないんだけどさ、HUNTERを送り込んで日本人の誰かを殺しに来るからには、日本の未来に何らかの影響を与えてやろうって考えてのことなんだからさ、そんな暗殺行為を地道に阻止し続けていけば、確実に未来は本来あるべき形に向かっていくことだけは確かだと思うよ。それに、今できることなんてHUNTER狩りしかないじゃない。」
人は目の前にある “できることをする” しかないということだ。
それを積み重ねて未来を守れるなら、それを続けるしかない。
そのためには、毎回の後片付けも大切ということなのである。
(しょーがないな。)
それじゃ、さっさとHUNTERの頭を見付けてくることとしようか。
「おーい! 車持って来たぞ! 」
足首のオマケを引き摺りながら歩いていたら、ケンタが後を追い掛けてきた。
手には工具箱、肩には大容量のボストンバックを担いでいる。
「俺が先に行って後片付けしてるからさ、ミノルはまず邪魔なモノを外せよ。」
そう言って、折りたたみノコギリとペンチが入っている工具箱を渡して寄こした。
「サンキュ! 助かるわ! 」
礼を言って、工具箱を受け取った。
ところで、何故、狭い軽乗用車の中に都合良く工具箱を搭載していたのだろうか?
この男、いつも工具を持ち歩いているのだろうか?
DIYが趣味とか?
理由を聞いてやろうかと思ったが止めた。
何となく身も蓋も無い返事が返ってきそうな気がした。
「ノコさず外せよ~ノコギリだけに! 間違って自分の足を切ったら痕がノコるから、気を付けろ! ってな! 」
「・・・ 」
まさか、この工具箱はギャグネタのために積んでいたのか?
(いや、そりゃないだろ・・・? )
この男、常にダジャレを考えながら生きてるんだろうか?
日常生活にある全てのモノに絡んだダジャレをストックしてるんだろうか?
それとも、毎度即興でダジャレを考えて、適当に口に出しているのだろうか?
そうだとしたら、ある意味天才である。
医者になるより、芸人を目指すべきだったろう。
同じことをしようとしても私の頭は、そんなに素早く回転しない。
もちろん、同じことをしようなどとは絶対に思わないし、人並みの羞恥心があれば思うはずがない。
(もしかして、無いのか? 羞恥心? )
何となく遣る瀬無い気持ちになったので、この件については考えるのを止めた。
(めげてる暇があったら、まずはこの鬱陶しい手を外そうか。)
散々地面を引き摺っているので、HUNTERの右腕は泥だらけなっていて、皮膚も破けてボロボロになっていたが、私の右足首を掴む手はガッチリと固定されたまま、少しも緩んでいない。
一種の死後硬直かも知れないが、指無し手袋のような単純で稚拙な形をしている割には相当頑丈にできている。
切り取り作業をする前に彼方此方弄ってみたのだが、
(こうまでガッチリ固まってちゃ、ペンチで引き剥がすのは無理だな。ノコで、この親指っぽいとこを切るしかないか。)
早速、親指っぽい部分にノコギリの刃を当てた。
HUNTERも生き物には違いないし、人型をしているモノをバラすのはあまり気は進まないが、このまま足にくっつけて引き摺り続けているわけにもいかないので、我慢してノコギリを挽くことにした。
ゴリゴリッ! パキッ!
その親指っぽいところは簡単に切れた。
握る力は強いが、その構造はやはり脆く、ノコギリを二度往復させただけで骨ごと切断することができた。
(これで、やっと解放・・・ )
しぶとく私の右足首を離してくれなかったHUNTERの右腕がバサリと地面に落ちた。
足首には捻挫か肉離れっぽい鈍い痛みは残っているものの、邪魔者が無くなったので歩くのに不自由は無くなってスッキリした。
(さてと、これで後片付けするに支障はないぞ。)
ケンタの後を追う前に、切り離したHUNTERの腕と切り離した親指っぽい部分を持っていくのを忘れちゃならない。
そう思ってしゃがんだ、私の視線の先に異物が見えた。
「ん? なんだ? 」
直径5センチほどある円形の黒光りするモノ。
「石? じゃないな。」
拾って手に取ってみると、厚さ1センチほどある円盤状の金属だった。
「周りに記号みたいなモノが彫ってある? うーん、暗くてよく見えないな。」
そう言えば現場で気になるモノを見付けたら残らず回収してくれと、ユージに指示を受けている。
何を指しているのか分からなかったが、この異物を見た瞬間 “先読み” が発動していたのだから、
「これは回収しといた方が良いってことなんだよな。」




