1991年2月27日 水曜日 00:30~
九段下マンションの204号室で行われた飲み会は、22時過ぎた頃に解散になった。
そのまま、寄り道せずに真っ直ぐ帰ったので、日が変わる前に八王子の自宅に到着することができた。
(それにしても、よく飲んだわ! 明日、バイトだってのにな。)
帰って直ぐ部屋着に着替えて日課の筋トレをしながら、今日の出会いを振り返った。
飲み会参加者は4人共に時間遡行者だったわけだが、其々のキャラが濃すぎて些か疲れる顔合わせだった。
予想外の展開にもなってしまい、正直言って未だ状況が良く飲み込めていない。
これから色々と面倒臭くなりそうな予感はしたが、境遇が似た者同士ということもあって、それなりに馴染みやすく感じられた会ではあった。
ちなみに、サユリさんはタクシーに乗って港区白金にある自宅へと帰って行った。
平日の18時から21時は、東大合格を目指してお茶の水にある有名予備校に通っているということだったが、サボり早退してきたらしい。
本人が言うに、2度目の受験なんて勉強しなくても楽勝だそうで、普段から適当にサボりまくって夜の自由時間に充てているそうである。
それにしても、祖父が資産家で父親が与党の代議士、所謂超の付くお嬢様というヤツであり、しかも秀才だという。
これらについては、将来に親の地盤を引き継いで衆院選に立候補し、当選7回で防衛大臣にまで上り詰める人物なのだから、別に不思議に思ったりはしない。
問題は、あのオバチャンのノリと、羞恥心の無さが、現在通っているという小中高一貫のお嬢様学校でも発揮されているのではないかと思うと、恐ろしくて鳥肌が立った。
私がそんな場に遭遇することはあり得ないだろうが、例えうっかりでも怖いモノ見たさなんて絶対に起こらない。
そんなサユリさんが、何故、時間遡行することになったのか聞いたら、これは実に分かりやすかった。
未来の日本国防衛相とその子孫の系譜を抹消するために行った某国の謀を阻止するためだったという。
遡行理由が未来の維持なので、無事に依頼を達成した(経緯までは聞いていないが)彼女は、そのまま未来人の記録に残っているらしい。
私の時に比べたら目的がハッキリしていて、成否の確認が容易な依頼だったようで、羨ましい限りである。
ケンタは、私と一緒に九段下から都営新宿線に乗った。
自宅が笹塚にあるということなので、京王八王子に向かう私とは途中まで一緒だった。
その間、色々と話をしたのだが、彼の遡行理由は、初期研修医として通っている大学病院に入院中のある人物を某国による暗殺から守るということだった。
私の時と同じく、守るべき人物の指示が明確でなかったため苦労したそうだが、これも何とか依頼は達成できたとのことである。
そして、彼の場合も未来人の遡行者記録に残っているという。
どうやら、私以外の3人は未来人の遡行者記録に残っているようだった。
依頼を達成してもしなくても、未来が変わってしまい、遡行した事実が失われてしまうなどという理不尽な目に合っている時間遡行者は私ぐらいである。
この後の人生の行方も定かでなくなってしまっているので、私の場合はサユリさんやケンタ、ユージたちと違い、同じ人生の歩みを辿ることになるとは限らない。
その話をしたら、3人揃って羨ましいと合唱された。
「生まれかわって人生やり直せるようなもんじゃないですか。」
「ある意味、個人的な行動に関しては規制が無いようなもんだから良いじゃない。」
「タイトル付けるなら“転生したら自分だった件について”って感じじゃないの! 良いわね、あんた! 」
まあ、そんな風に思わないでもない。
時間遡行者としての孤独を紛らわせる相手も見つかったことだし、1990年代を歩いていく不安も大分解消された。
但し、
(やっぱり、出会うことになったか,妖怪 “白坊主”。)
コードネーム:HUNTER、それは2027年で買った週刊誌に載っていた人型の化物ということで間違いないだろう。
(皆の話じゃ、大したことない化物ってことだけど。)
汎用性が高いらしく、1990年代に出没する某国製の化物は殆どがこれだという。
私が1990年に来ていきなり遭遇した “ホワイトシーサーペント” や “ギガマウス” などは、彼らは初めてのケースだと言っていた。
「そもそも、CARRIERやEATERを、あんな使い方するなんて異常なんだよ。死傷者2,000人以上なんて、歴史改変のレベルを遥かに超えて歴史破壊だよ。亡くなった人の中には、未来に直接的、間接的に影響を与える人物が絶対いるに決まってるんだからな。」
これはユージの談であるが、私を含めて皆が同意した。
私が、かつて歩んだ1990年では、あんな化物が出現した事件など起きていない。
社会全体に大きな影響を及ぼし、人類に新たな記憶を刻み付けるような事件が起きたという事実は、それだけで世界の歴史を変えてしまう力を持っている。
そこまでして、確実に亡き者にしなければならなかった重要な人物が乗っていたということになるのだろうが、もし私がそれを阻止していたなら、あの事件は某国による無差別テロということになる。
その無差別テロに化物たちを用いたことにより、過去の人々が警戒感を抱き、化物の正体が未来から送られた人工生物であると知ることは無いにしても、様々に対策されてしまったら、“ホワイトシーサーペント” や “ギガマウス” など、所詮は生き物でしかないのだから、威力も効果も激減してしまうだろう。
時間遡行者4人のうちでも、
「今後、CARRIERやEATERが、こっちに現れると想定して、奴らを相手にして我々のできることは何かを考えていかなきゃならんな。」
ケンタがそんなことを言うぐらいなので、政府や自治体でも化物対策には万全を期すようになるだろう。
ところで、“ホワイトシーサーペント” や “ギガマウス” には、未来人が付けたコードネームがあると言う。
“ホワイトシーサーペント” は、CARRIER で、“ギガマウス” はEATER だそうである。
その詳しい生態も、ユージたちが持つ資料にあった。
〈EATER〉
全 長:2~3メートル
体 重:40~60キロ
活動時間:1時間(単独) 20時間(補給アリ)
移動速度(水上):時速20~30キロ(但し個体差アリ)
移動速度(陸上):時速5~10キロ(但し個体差アリ)
特記事項:空気振動による索敵に長けているが、その他の感覚器官は無し。
音を出すモノ、空気を震動させるモノの全てを獲物として認識する。
獲物の死骸(タンパク質)をCARRIERに運ぶよう行動はプログラムされている。
口内に並ぶ鋭い突起は歯ではなく骨格の一部が露出しているモノである。
口の開閉の際には、これが上下反対方向にズレながら嚙み合わさり切断力を高めている。
消化器系は持たず、口から入ったモノは咽喉嚢に蓄積される。
〈CARRIER〉
全 長:320メートル
体 重:4000トン
活動時間:20時間
巡行速度(海上):8ノット
特記事項:体内にEATERを400体格納しており、攻撃対象と接すると、これらを解き放つ。
EATER コントロールのため、低周波音発生機能を備えているが、その他の感覚器官は無い。
用途は主としてEATERの運搬と生命維持だが、その巨体を用いて船舶を沈めた記録もある。
どちらも、運動機能を司る程度の脳は備えているが、その行動はロボットと同じで幾つかのプログラムパターンに従っているだけなので、応用能力は全く無い。
それについては、実際に実物を見ている私が感じたこと、そのままである。
EATERは音がするモノに只管突進し、口の中に入れるという行動以外には、生物らしい動きを一切見せていなかった。
CARRIERも同様であり、定期的に咆哮し、EATERを出し入れする以外には何もしていない。
どちらも、それ以外のプログラムパターンを持っていなかった。
その機能は昭和のマイコンロボット並みでしかなかったということである。
活動時間は寿命のことだろうが、短く設定されているのは、任務が完了した後、速やかに活動を停止し、海ならばそのまま魚の餌にして証拠を隠滅するためなのだろう。
体構造が脆かったのも、早めに分解させるためだったのかもしれない。
今回は陸上での使用だったのでシッカリと証拠を残してしまったが、本来ならば船舶などを相手にした大規模な作戦行動の後でも襲撃の証拠を残さずに消滅できていたに違いない。
(ギガマウス、400体もいたのかよ。)
正しく空母であり補給艦でもあるCARRIERには、その艦載機に当たるEATERは、キッチリ400体が格納されていたと言う。
その400体に夜の都下の街が蹂躙され、罪もない市民、警察官や消防隊員たち2,000人以上が死傷してしまった。
人道上決して許されないテロ行為である。
だが、一度やったからには、またやるだろう。
その場合、今より過去をターゲットにはしない。
もっと早い時期に化物の存在が知られてしまうような愚は犯さないに違いない。
せっかく作った生物兵器の効力が低下してしまうようなことをするはずがない。
それならば、EATERやCARRIERが出現するのは、今より先のこと。
(また、あの化物たちとやり合うことになるかもしれないのか? )
サユリさん、ケンタ、それにユージと一緒に行動するということは、そうなる可能性もあるということである。
この時代で生活している時間遡行者は他にもいるらしいが、ユージにスカウトされて化物退治のボランティアとして活動するメンバーはサユリさんとケンタの2人のみ。
そこに、私も強引に加えられたわけだが、
(かつての俺の人生じゃ考えられないな。)
人間関係に執着がなく、生死に対しても鈍感であった私。
できるだけ世間との付き合いを薄くして生きていた私。
そんな私が、1990年代にやってきた途端、陰ながら世界を救うヒーローの一員のようなマネをしようとしている。
(妙なことになっちゃったなぁ。)
世界を救うなど、そんな大それた実感は全然湧いてこないが、ふとアキラの顔が浮かんだ。
(アキラが生きている世界を救うか。)
1990年に遡行して、そこにいる “ある人物” を救う。
あの依頼は、まだ続いているのかも知れない。
世界が無くなれば、アキラも生きていられなくなる。
化物と戦いながら、せっかく一緒に生き延びた同士を再び危機に晒すわけにはいかないだろう。
(そういう風に考えれば、けっこうヤル気になってくるもんだな。)
但し、この世界を救う仕事、決して楽ではなさそうである。
化物相手にやり合うのだから、下手をすれば命の危険だってあるかもしれないのだ。
死んでしまったら、人生の修正なんてできなくなってしまう。
(生まれ変わって人生やり直すどころか、人生が早めの店仕舞いになっちゃうよ。)
享年25歳は流石に勘弁して欲しい。
(死なないように、先輩たちを見習わせてもらうとするか。)
あの3人、“HUNTER狩り”については既に経験者ということで、かなり余裕をかましていたが、こっちは初心者。
今後は彼らにご指導を仰がなければならない。




