1991年2月26日 火曜日 20:20~
一定数の人が集まればヒエラルキー、階層構造というモノが成立する。
会社や団体などの集団活動を円滑に進めるため、上下関係、力関係を明確にした指揮系統、命令系統とも言えるが、一般的な全ての組織に於いて必須の構造とされる。
そして、多くの場合、その頂点に位置するのは、誰もが認める実績や人望を備えた人物であり、人格者であることも求められる。
但し、例外もある。
私は今、その例外を目の辺りにしているのかも知れない。
時には、勢いでヒエラルキーの頂点に到達してしまう者もいるのだということを認めざるを得ない。
歴史上、数多の暴君が勢いで誕生しているが、時勢に乗るということも、確かに才能の一つと言える。
もちろん、目の前の人物に実績や人望が備わっていないとは言わないし、もちろん人格も、人格が、人格は、いや、どうなんでしょう?
「いやいや、あんたたち、見た目は若造でも中身はジジイなんだから、もっとシャキッとしなさいよ! シャキッと! 特にミノル! あんたねぇ、コンピュータオタクの馬鹿話なんか、ぶん殴って止めれば良いのよ! ガツンとねっ! はっはっはーっ! 」
コーラしか飲んでないから素面のはずだが、なんだか酔っ払いのオバチャンにしか見えないこのお方こそ、この場におけるヒエラルキーの頂点に君臨する藤村小百合、17歳(自称)、高校2年生(自称)、未来の日本国防衛大臣(本当)なのである。
初対面から未だ20分ほどしか経過していないのにも関わらず、既に下の名前呼び、しかも呼び捨て、明らかに格下扱いである。
それを、瞬時に私に受け入れさせ、文句を言わせる隙を与えず、そういうモノだと受け入れさせてしまう、正しく一種の才能と認めざるを得ない。
「あの、サユリさん。」
「何だい? 」
この商店街のオバチャンみたいな返しで、捻じ伏せられてしまうのだ。
ユージも、ケンタも、この勢いで捻じ伏せられているのだろう。
彼らも、サユリさんにとっては完全な格下扱いである。
しかもこの方、唯一 “さん付け” で呼ばれてるし。
それにしても、どうしても言っておきたいことがある。
さっきから、目障りでしょーがない!
「サユリさん。あのね、一応は女子なわけなので、スカートの中には気をつけていただけると助かるんですけど。」
目の前で、一人掛けソファの上で思い切り胡坐を組み、しかも、呑んだり食ったりしながら、人の空いてるグラスや取り皿を見付けては注いだりよそったりと、所謂オバチャンにありがちな忙しなさでバタバタしているので、膝丈の制服スカートが全開で中身が丸見えなのだ。
「あれ! ミノル! あんたJKのパンツ見て興奮したのかい? 嫌らしいねぇ! 」
全然、興奮しない。
するわけがない。
中身オバチャンで、外見が小学生である。
そんなゲテモノ見て興奮するようになってしまったら、もはや出家して俗世間と縁を切るしかない。
「ね、ね、知ってる、パン、ツー、まるみぇ~ってさ。知ってる、やらない? やったことない? 」
何か私の隣に、一人で勝手に手を叩いたり、親指と人差し指で作った丸を目に当てている大男がいた。
「いやぁ、今日はアルコールが沢山あるこーる、ってか!」
いやいや、ケンタくんよ。
君のオヤジギャグは誰も聞いていない。
皆の耳にはオヤジギャグを透さないフィルターが装備されているみたいなんでね。
それと、できれば、言う前に必死に口を押えて笑いを堪えるの止めてくれないかな。
(これで良かったんだっけ? )
たった4人しかいないのに、混沌の飲み会になってしまっている。
名目は私の歓迎? 顔合わせ? いや、何かもっと大事な話があるはずじゃなかったのか?
すっかり、出来上がったように見えるユージは、ソファに踏ん反り返って、馬鹿話をスルーして一人でスマホモドキを弄っている。
かく言う私も、けっこう酔っ払いなので、今から真面目な話をされるのも面倒臭い気がしてるが、
「ところで皆さん、今日は飲み会、のみかい? プッ! クククッ!」
どんな脈絡があったかは知らないが、含み笑いと共に唐突に発されたケンタのオヤジギャグ。
それを耳にした本人以外の3名は顔を見合わせた。
「そうだよ。今何時? 」
徐に顔を上げて時間を確認するユージ。
最近、漸く左手のSWATCHを見る習慣が戻った私が即答した。
「21時半。」
「ちょっとぉ、こっちは未成年なんだからさ、そろそろお開きの時間だよ! こんな夜遅くまで女子高生を連れまわしちゃダメって世間の常識だろっ! いつまで引っ張ってんだい! さっさと仕事の話しなさいよ! ユージ! 」
(仕事? 時間遡行者が集まってする仕事ってなんだ? )
いち早く真顔に戻ったサユリさんが、ユージの頭をコーラのペットボトルで小突いた。
この方、この場では唯一の素面のはずなのに、時間なんか気にする素振りも無くて、一番盛り上がって騒いでいたはずなのに、一瞬にして全責任をユージに擦り付けた。
「え? 何? みんな、どうしたのよ? ちょっと聞いて、このまま飲酒してて、いいんしゅか? ププッ!」
「黙りなさい! 」
場の状況に乗り遅れたケンタのオヤジギャグを、サユリさんの容赦無い一言が押しつぶした。
「んじゃ、早速、話を聞こうかい。」
サユリさんに急かされて、ユージが探し物をしている。
たぶん、サトウコウイチとかいう人物が襲撃されるとか記されたプリント用紙だろう。
「机の上。さっき、テーブルに酒並べてた時に、机に置いてたから。」
「おお、そうだったっけ! 」
慌ててオフィスデスクに走り、直ぐにプリント用紙を見付けたユージは、その位置に立ったまま話を始めた。
「まずは、読むから聞いてよ。
Code: Hunter
Number: 2
February 28, 1991, 21:30
Kasumigaokamachi, Shinjuku-ku, Tokyo
Target of attack:
Koichi Sato
17 years old
Ministry of Foreign Affairs of Japan
Administrative Vice-Minister
他にも個人の識別情報が届いてるから。
明後日、木曜日、行けない人は? 」
行ける人じゃなくて、行けない人という聞き方に誰も手を上げない。
たった4人しかいないのだから、妥当な確認の仕方だと思う。
ところで、
「この住所って、神宮外苑だよね? そこ行って何すんの? そもそもCode: Hunterって何? 」
私にとっては当り前の疑問なのだが、それを口に出したら、
「「はあ? 」」
サユリさんとケンタにハモられてしまった。
「ちょっと、ユージ、あんた説明してないのかい? 」
「あ、そう言えば、してなかったわ。うっかりしてた、テヘペロ。」
「なんだい、そりゃ! ジジイがやったって可愛くなんかないんだよ! 」
サユリさんはユージに向かって罵声を放ち、すかさず私に向き直った。
「あんた、何時からいたの? 」
「15時過ぎくらい。」
「その間、何をしてたの? 」
「パソコンの話、聞かされてた。」
サユリさんが盛大な溜息というヤツを発し、今度はユージを睨みつけた。
「こんのパソコンオタクっ! 有望な新人が来たって言うから、もう話はついてんだと思ってたわ! あーっ、もーっ、私が話するから! それ貸しな! 」
サユリさんはユージの手からプリント用紙をひったくると、ソファから降りて私の目の前で仁王立ちになった。
「単刀直入に言うよ! 未来のどっかの国から送り込まれてくる化物を退治するのが私らの仕事。毎回、ユージのパソコンに送られてくる情報に従って、ある日、ある時、ある所に出向いて、殺されそうになってる人を助けたり、破壊工作を事前に防ぐのさ。
で、今回は、この紙に載ってるサトウコウイチって人物が襲われる前に、コードネーム “HUNTER” って、真っ白い木偶の坊みたいな化物を2匹ブッ倒すんだよ。
それをやるに当たって、腕っぷしに自信があるっていうミノルがスカウトされたってわけだ。分ったかい? 」
たいへん、分かりやすい説明でした。
そして、否やは許されないという強制力もしっかりと伝わってきました。
「なんで、俺がそんなこと? 」
という言葉、ホントは言いたかったけれど諦めます。
ありがとうございました。
既に連載終了した番外編の方にも
ポツポツとお立ち寄りいただいている方がいるようで
嬉しいかぎりです。
ありがとうございます。
第2章のお話も、ここらでちょうど1ダースになりましたが
よろしければ、評価&ブックマークもよろしくお願いいたします。




