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癌で余命宣告された私が時を遡って、美少女を助けたり、仲間と一緒に怪獣と戦ったりするお話 ~ RETROACTIVE 1990  作者: TA-MA41式
1990年に時間遡行した私が、初めに巻き込まれた事件と出会いのお話
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2027年11月26日、金曜日 06:00~

 今日も私は普段と同様、朝早くから大学に出勤していた。

 未だ事務系職員の勤務時間も始まっておらず、開門して間もない午前6時。

 学内に守衛所の警備員しかいない時間帯に好んで出勤するのが、10年来の習慣になっている。

 だだっ広い大学の敷地内には、私以外の教職員の姿は見えず、もちろん学生などいるはずもなく、何処にも全く人の気配がしない。

 これが昼日中なら、辺りは常に学生だらけ。

 美大独特の雰囲気を湛えたキャンパスの其処彼処で、クリエイターの雛たちが発する喧騒と、所構わず無秩序に巻き散らされる熱気と臭気で若者酔いしそうなほどになる。


 (それが、ほんの数時間遡れば、同じ学内とは思えない静寂の世界だから。)


 ちなみに私が研究室を構えるのは、大学構内で割と新しめの建物に見えるメディアデザイン棟。

 今、身のまわりに感じられるのはコンクリートと金属とガラスに囲まれた空間が持つ無機質で硬質な感触、校舎に染みついて離れなくなった揮発性画材の臭い、それにピリリと冴えた晩秋の早朝に漂う冷気だけ。

 昼間には満ち満ちている有機質な感触は何処にもない。


 (これが良いんだわ。)


 一人きりで、誰にも邪魔をされず、自由に思索を巡らせることができる早朝のひと時は、私にとって仕事を始める前には欠かすことのできない貴重な充電時間。

 その心地良さを僅か小一時間ほども味わいたいがために、10年間、誰よりも早い出勤を繰り返している。

 思えば、母校の美大ここじゃないで大学院を出てから40代の半ばまで、やたらと忙しく24時間勤務が日常の広告代理店に身を置いて、その後フリーランスになってからはアートディレクターなどという生意気な肩書を振り回しつつ50代半ばまで、常に騒然とした人混みの中で生きてきた。

 働き、遊び、飯を食うなど、1日の活動のうちで一人きりでいられた時間など殆ど記憶になく、睡眠時以外には孤独とか静寂とは無縁な生活を続けていた。


 (その反動なのかね? )


 そうとも言えるし、そうではないとも言える。

 私は、物心ついた時から人付き合いが苦手で、人との濃い繋がりや、それが多く生じる可能性がある環境を面倒に思ったり苦痛に感じたりする性質だった。

 友人も恋人も、長く継続して付き合うことは殆ど無く、これまでの人生に於いて、学校や職場など一つの環境で過ごす一定の期間が終われば、そこにあった人間関係も濃い薄い関係なく全て一区切りつけてしまってから次へ移るということの繰り返しだった。

 だから、私には幼馴染みだの、長年の友だの、親友だのという類は一人もおらず、それで十分に満足し、これまで不自由無く生きてこられた。

 だから、反動があろうが無かろうが、いつでもどこでも一人を好み、一人になりたがる人間なわけで、自分にとって最も居心地の良い一人になれる時間帯を見つけ、それが仕事を始める前の充電時間として使えるタイミングにあるならば、日々の心の平安を守るためにも、決して見逃すようなことは無かっただろう。


 それにしても、こんな “社会的欲求”や“承認欲求”の希薄な人間が、よくも社会的にドロップアウトせずに生きてこれたものだとつくづく思う。

 歩むべき道がほんの少しずれていたら、引き籠りのニート生活へまっしぐらだったに違いなく、そうならなかったのは、たいへん運が良かった。

 おそらく、人間関係を煩わしく思っていながらも、それなりの忍耐力と自己防衛本能は持ち合わせており、これに加えて大勢に逆らえない小心者だったのが上手い方向に働いたらしい。

 つまり、学校や職場で生じる面倒臭い人間関係をほどほどに耐えつつ、自分の立場を安全に維持するために必要な “人付き合いを演じる” ぐらいのことはできており、そのおかげでドロップアウトせずに済んだのである。

 こんな性質の私が、ビジネスにおいて一時期デザイナーなどというコミュ力の権化のような職業に就いていられたのも、大勢の大学生の面倒を見ながら研究室を預かるという矛盾を抱えていられるのも、この “人付き合いを演じる” が、できているからだった。


 (でも、ストレスは溜まるんだけどな~苦笑)


 さて、早朝の研究室である。

 10年近くも壊れずに働き続けている安物のコーヒーメーカーがたてるコポコポという微かな音。

 これに、朝飯代わりに齧っている歌舞伎揚げのボリボリという音が加わり、いつもと変わらない朝が過ぎていく。

 成人する前後から、酒に煙草、そしてトロみが出そうなほどに濃く入れたコーヒー、所謂大人の嗜好品は全て頭に Heavy が付けられるほどに嗜んできた。


 (これじゃ、癌になっても当たり前ってこと。)


 中でもコーヒーは常時傍らに置いていないと落ち着かないほどで、講義中や許されるならば会議の席にも愛用の容量500ミリリットル蓋付き真空断熱マグカップを持ち込んで、一息つくたびに啜っている。

 かつては煙草もそうだったのだが、今どきは喫煙できる場所が少な過ぎて、受動的禁煙状態に置かれてしまっており、その代わりにコーヒーを飲む量と常備菓子である歌舞伎揚げの量が激増していた。

 程なくして、コーヒーメーカーがカチッと音を立て、保温モードに切り替わると、研究室内に香ばしい匂いが漂い始めた。

 早速愛用のマグカップにたっぷりと淹れたてのコーヒーを注ぎ、応接用ソファの長椅子側にヨイショと腰を下ろしてから一口啜る。


 静寂が続く大学構内。

 メディアデザイン棟1階の最奥にある研究室。

 20畳ほどのスペースに、本棚、事務机、応接用ソファセット、冷蔵庫などが適当に配置され、美術デザイン系の教材・資料から映画やアニメ関連の書籍とDVD、さらには仕事と趣味が半々で集めた玩具の類など、自分の好きなモノが雑然と詰め込まれた空間。

 ここで一人嗜むコーヒーの味は、毎朝のことながら格別である。


 「この憩いの時間が、あと半年で無くなるってのは少し寂しいかなぁ。」


 両手で抱えたマグカップを口から離し、ポツリと呟いた。

 別に感情も何も籠っていない、下手な芝居の脚本を棒読みしたような惰性の呟きである。

 おそらく、「コーヒーが美味いなぁ」という程度の呟きが、時機を得た言葉に置き換わってしまったようである。


 (ふん)


 思わず自嘲した。


 (多少感覚が人よりズレていても、人間なんだから心の片隅に余命宣告が蟠るぐらいはしてるってことだよ。)


 そう一人で納得しながら、もう一口コーヒーを啜った。

 その時、


 『ウァ・・・タ・・・イ・・・イカ・・・ 』


 異変は、何の前触れも無く起きた。

 静まり返った研究室の中で、唐突に人の声がしたのだ。

 途切れ途切れで、掠れていて、不明瞭だが、明らかに研究室の中、それも手が届くほどの近くに感じられる間合いから。

 それは、確かに人間の、聞き覚えの無い男の声だった。

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