斉藤京子さんの受難 1991年3月23日 土曜日 02:40
ふと気づけば、辺りは静寂に包まれていた。
京子だけじゃなく、チビッ子も燕男も同時にフリーズしていた。
その場にいた、3人の耳には雨音さえも聞こえていなかった。
唯一、鯨男だけがドヤ顔で静寂の外にいた。
凍結して10秒くらい経ってから、
「死になさいっ! 」
最初に意識を取り戻したチビッ子の蹴りが、この場に静寂をもたらした元凶、鯨男の脇腹を抉った。
「おぶっ! 」
チビッ子は、横倒しになって転がった鯨男にさらに一発蹴りを入れて、京子の視界から退場させた。
「俺が代わりに聞こうか? 」
意識を取り戻したばかりの燕男が声を掛けてきたが、チビッ子は手でシッシッと追い払いながら、
「娘さんの相手は私がやるから、あんたたちは後片付けしときな! 誰かに見られる前に “白いの” さっさと袋に詰めて、駐車場から車持ってきて積んじまいな。神社の横でぶっ倒したヤツと、あんたが飛ばしたそいつの頭も忘れずに拾ってくるんだよ。」
そんなことを指示した。
(“神社の横でぶっ倒したヤツ”ってことは、ここに転がってる首無しの変態と、初めに出会った変態は別な人だったのかしら? 変態は2人いたのね。そんで、この人たち、変態2人をやっつけちゃったってことなの? )
変態2人に連携されてたということなら必死に走ったのに逃げきれなかったのも納得である。
と、そこまで考えて京子はハッとした。
(そうよ! びっくりして頭の中から抜けてたけど、この人たち人殺しじゃない! )
京子は、どうして自分がこんな状況に陥っているかを思い出した。
男2人の有罪は決定しているが、チビッ子も良い人っぽいけれど、頭を拾って来いなどと物騒なことを平然と言っているし、彼らの仲間なら共犯者決定である。
そんな3人組が、事件の目撃者である自分を放っておくはずが無い。
早速、悲鳴を上げるべく口を開いた。
たぶん、今度は声も出るだろう。
「きゃあ・・・ 」
ゴツッ!
アスファルトを叩く金属バットの重たい音。
その音を立てたのはチビッ子である。
何やら凄まじい圧を感じた京子は、上げ掛けた悲鳴を飲み込んでしまった。
「まあまあ、娘さん、落ち着きなさいな。」
そう優しく諭すように言いながら、チビッ子は京子の前にしゃがみ直した。
話し掛けてくる声音は優しいままで、相変わらずパンツ丸見えの蟹股なのだが、その手には鯨男が手放した金属バットがあり、さっきとは少し雰囲気が変わっていた。
「娘さん、あんた、京子さんだっけ。ごめんなさいねぇ。ウチの連中、こんなんばっかなのよぉ。」
チビッ子が溜息を吐きながら、空いている手で京子の頭を優しく撫でた。
その表情は、さっきの鯨男に見習って欲しいと思うほどの慈愛に満ちた笑顔なのだが、
(なんだろう? 優しくされているはずなのに、チビッ子の手がズッシリと重いんですけど? )
チビッ子の笑顔を見ているうちに、心臓がバクバク言い出した。
雨で濡れていなければ冷や汗が顔を伝うのが分かったと思う。
たぶん、手汗も凄いに違いない
「京子さん、あんたにゃ怖い思いをさせて申し訳ないと思ってんだけどね、これは私らの仕事なんでねぇ、勘弁して欲しいんだよ。良いかい? 」
ここで「勘弁できない」などと言ったら何をされるか分からないので、京子は大急ぎで何度も頷いて見せた。
そして、
「わ、わた、私、何も見てないし、あ、あ、あたしじゃなくて、あなたたちが人を殺したなんて、し、知らないし、見てないしっ! お願いしますっ! みっ、見逃してくなはっい! うぅっ! 」
噛みまくってしまったが、せっかく口が利けるようになったのだからと、全力で命乞いを始めた。
「え? 人殺し? あんた何言ってんの? 」
チビッ子が、キョトンとした顔で京子を見る。
何のことやらさっぱり分かりませんが? という感じである。
(何? この子惚けてるの? 私の言ってること通じてなかった? )
だが、直ぐにチビッ子は京子の言っている意味を理解したらしく、「アッハッハ」と声を出して笑いながらピシャピシャと生足の膝を打ち、回復したらしい鯨男と一紙に黒いゴミ袋を手に提げて後片付け? をしていた燕男を呼んだ。
「ミノル! ちょっと、それっ、そうそれっ! こっち持ってきて! 」
チビッ子は燕男の手から、ゴミ袋を受け取ると中に入っていた白くて丸い塊を取り出した。
「ヒィッ! 首ぃ! 」
京子は引き攣った声を出して、首を左右に振った。
それを見たチビッ子は笑いながら言った。
「良く見てごらん! こいつは人なんかじゃないよ。」
そう言われて、恐る恐るチビッ子が手に持った白い塊を眺めてみると、
(あ、人じゃない。血も出てないし。)
人間の首なら千切れて血が出ないわけがない。
切り口も真っ白で、白い粘々した液体が垂れているが、そんな体液を流す人間なんていない。
それなら、これが人間でないのなら、この3人組は人殺しではない。
それは分かったのだが、
(でも、それならこれは何? さっきまで動いて私を追い掛けて来てたんだけど? )
チビッ子には、京子が問いたいことが伝わったようで、
「まあ、知りたいこと、聞きたいことは山ほどあるさねぇ。ヤレヤレ、困ったねぇ。」
そう言いながら、バットで自分の頭をコツンコツンと軽く突いた。
そして、徐にデニムスカートの尻ポケットに手を突っ込み、何かを取り出した。
「ほれ、あげるよ。」
いきなり目の前に差し出されたので、京子は一瞬ドキッとしたが、それは “ポップキャンディ” だった。
「ホントは、こういう時には一服したいんだけどねぇ。何せ今はJKだろ。未成年なんだから飴しゃぶって我慢しなきゃねぇ。」
「じぇーけー? 」
渡されたポップキャンディを握りしめながら首を傾げる京子の様子を見て、チビッ子は「おっと失礼」というポーズを取りながら自分の額をピシャリと打った。
「JKじゃわかんないよねぇ。女子高生だったわ。アッハッハーッ! 」
「ええーっ?! うっそーっ! 」
思わず声が出た、反射的に出てしまった。
このチビッ子って中学生、もしかしたら小学生かもと思っていたのに、なんと高校生?
「なんだい? 何が “うっそー” なんだい? 」
京子の反応に対して、チビッ子が即座に敏感に反応した。
一瞬にしてチビッ子の顔から笑顔が消えていた。
言ってはいけないことを口にしてしまったらしい。
チビッ子のコンプレックスを刺激してしまったらしい。
「な、なっ、なんでもないです。もっと、大人なのかなーって、思って。」
あからさまにわざとらしい京子の言い訳を、チビッ子は、
「フン! 」
と鼻であしらうと、しゃがんだままズイッと一歩前へ進み京子に詰め寄った。
そして、口から取り出したポップキャンディを京子の鼻先に突き付けて言った。
「あんたが、あの白いのについて聞きたいことがあるのは分かってるさ。でも、こっちは言えないのさね。でも、これだけは教えとくよ。憶えときな娘さん、いや京子さん。
あんたは今晩、あの白いのに殺されそうになってたところを、私らに助けてもらったんだよ。私らが来なければ、あんたはグチャグチャの変死体になって、今頃あの世行きだったんだよ。
そのことについて、別に感謝しろとは言わないけどね、一応これだけは言っておくからね。良くお聞き! 」
京子は鼻先数センチにあるポップキャンディに刺殺されそうな恐怖感を覚えながら、コクコクと頷いた。
「良いかい? 今日、ここで私らに会ったことは誰にも言っちゃダメだよ! あの白いのについては好きに喋っても良いけどね、どうせ言ったって誰も信じちゃくれないだろうから、黙っとくのを勧めるがね。でも私らのことはダメだ! もし言ったら、ただじゃおかないよ! 分ったかい? 斉藤京子さん! 」
チビッ子が、フルネームを付け足したのは、今晩のことを京子が誰かに話したら、いつでも3人組がやってくるぞとの脅し!
すっかり個人情報を握られているのだから京子には逃げ道など全く無い。
「分かったのなら、返事くらいしたらどうだい! 」
小娘を叱りつけるオバチャンの一声!
「はっ、はいぃっ! 」
京子の返事を聞いたチビッ子は、
「良い返事だねぇ。」
そう言ってニヤリと笑った。
京子は震えあがった。
(怖い、この子怖い、いちばん怖い。もう嫌! 神さま、こんな一日、早く終わらせて! 早く明日になって! )
先ほどお賽銭を入れた神社は今も彼女の後ろにあるけれど、神さまも“時間を進めて下さい” なんてそんな無茶なお願いされても困ってしまうだろう。
でも、僅か105円のお賽銭以上のご利益はあったと思うのだが、果たして彼女はどう考えていることやら?
以上、第2章のプロローグでした!
次話の投稿ですが~
今後は日曜日の投稿が都合悪くなりそうなので
土曜日に前倒しさせていただきます。
よって[毎週、火、木、土]の
投稿スケジュールとさせていただきます。
時間は12:00過ぎころ、又は16:00過ぎころになります。
よろしくお願いいたします。