1991年1月10日、木曜日 以降の話
別立てで、第1章と第2章の幕間のお話やってます!
「RETROACTIVE 1990 番外編 ~ 私が過去に遡ってひと騒動終えた12月のある日、もうすぐ亡くなる叔父と再会するお話 ~」
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全5話になります。
少ししんみりした主人公の思い出話ですが
かなり雰囲気が違う内容なので本編とは別立てにしました。
お時間のある方はぜひお立ち寄り下さい!
その後、アキラとは一度だけ会った。
12月23日、クリスマスイブ前日の日曜日。
アキラに誘われて、2027年では立体歩道に覆われてしまっているが、1990年では露天のままだったJR八王子駅北口で待ち合わせをした。
世間一般の小学生のクリスマスイブは家族団欒で過ごすのが普通なので、アキラなりにイブを意識した日が23日ということだったらしい。
そして、小学生の小遣いや貯金で買うには、さぞ厳しかったであろうブランド物のシャツをいただいてしまった。
流石に大人としては貰いっぱなしで心が咎めたので、お礼に2027年では別会社になってしまったが1990年では健在だった大手デパートの最上階レストランフロアでランチをご馳走した。
食後はブラブラと階下に降りて、途中のジュエリー&アクセサリー売り場で彼女が気に入っていたドルフィントップのペンダントを買い、その場でプレゼントした。
その日のアキラは私とのデートを意識してくれたのだろう、軽めのメイクと少し背伸びした装いで現れたが、初めて出会った時に少年と見間違えたのが信じられないほどの美少女ぶりだった。
細身で小顔だから実際の身長よりも高く見えるし、太めのベルトが付いた濃いグレーのフレアスカートに黒タイツ、足元はヒールローファー、買ったばかりのドルフィントップは赤のタートルニットの首元でキラキラと光っている、そんな1990年代らしいレディースファッションが良く似合っていた。
「また連絡して良いですか? 」
「もちろん。」
そう答えたのが、二人の最後の会話になった。
年末年始の私は広告代理店でのアルバイトが忙しく、1990年代のアナログワークに戸惑いながら、2027年のITデジタル社会を恋しく思いつつ、プライベートな時間など殆ど取れず、忙しく過ごしていた。
ポケベルにはアキラから何度も連絡が届いていたが、会うには至らなかった。
いつの間にか年が明けて1991年。
昨年から世界が注視し続けていたペルシャ湾岸に於いて、遂に多国籍軍による“砂漠の嵐作戦”が開始される1週間前。
1月10日、木曜日。
アキラの一家はアメリカへ引っ越して行った。
今、私の手元には、出発当日の成田空港から送られたと思われる2つのポケベルメッセージのメモ書きが残っている。
11月28日の夜明け前、小雨の残る救護テントの傍らでアキラに渡されたポケベル番号のメモ紙に一緒に書き込んでおいた数字、
11014
外出中だった私は、その数列が浮かぶ液晶画面を見て直ぐに近くの電話ボックスに飛び込み、微かな感情の昂ぶりと感慨を覚えながら、
32
と、返信した。
それから、少し間を置いた後、液晶画面が再び点灯し、
14106
と、数列が表示された。
電話ボックスの中で思わず吹き出してしまった。
周りに誰もいなくて良かった。
おそらく、小6女子が大人に対して面と向かっては絶対に言えない言葉、ポケベルの魔法があってこそ伝えられる、これ以上ないほどに背伸びしたメッセージ。
そんな液晶画面を眺めているうちに私の顔は綻んでいた。
(こんな大人だって躊躇うようなメッセージ、素で寄こしやがって。)
公衆電話機を前にして相当な勇気を振り絞ったに違いない。
そんな可愛らしくて精一杯の心が込められたメッセージに感動を覚えながらも、
(いったいどんな顔をして、こんな数列を入力したのだろうか? )
そんなことを考えると、ついつい声を出して笑いそうになる。
0106
今、私ができる最前の答えを返信し、私は電話ボックスを後にした。
アキラから、それ以降の返信は無かった。
公衆電話機のある場所から離れてしまったのか、既に旅立ってしまっていたのかも知れない。
だから、私が最後に送ったメッセージが届いたのかどうかも分からない。
そういえば、アキラの父親の在米期間は5年と聞いた。
5年経ったら1995年、いや1996年か。
その頃の私はポケベルから携帯電話に持ち替えていたはずである。
アキラから渡されたのはポケベル番号だけで、他の連絡先交換なんかはしていない。
私の固定電話番号はポケベルに発信したから知ってると思うが、それも5年後には変わってしまっている。
もしかしたらアキラは、もっと色々な情報を交換したかったのかもしれないが、私の忙しさにより、その機会は失われてしまった。
(まあ、しゃーないんじゃない。)
別に慌てることは無い。
私とアキラの間に、縁とか絆とか言うべきものがあるのならば、いずれ必ず再会するに違いない。
なんとなく二人の関係性には恋愛の匂いがするように感じていたが、仮にそうだとしても今ではない。
流石に思春期の女の子相手に恋愛感情は持ちようが無い。
向こうはどうか知らないが、こっちは“ごっこ遊び”になってしまう。
(出会い直しが必要だよね。)
もっと、ずっと先の、大人になったアキラとの出会いである。
(楽しみは先に取っとけば良い。)
アキラも私も共に生き延びたのだから、生きているのだから、再開の時が5年先なのか、もっと先の話なのか知る由も無いが、ずっと楽しみにして待っていれば良い。
(それまで、こいつは取っておいて、大人になったアキラに見せてやろう。なかなかの黒歴史になるぞ。)
私は悪戯っ子のようなニヤニヤ笑いを浮かべながら、ポケベル番号と二つのメッセージ、そしてペン習字でも習っているかのような綺麗な文字で記名されたメモ紙を眺めていた。
(亜紀良で、読みがアキラか。んで、苗字は越永。お互いに、文字数、画数が多くて、書くのが嫌になりそうな名前だよな。)
どこかで聞いたことがある名前だな? と、思ったのは一瞬。
私は折りたたんだメモ紙を定期券入れの中に仕舞い込むと、先ほど一袋を空にしたばかりなのに、かまわず新しい歌舞伎揚げの袋を開けた。
第1章「1990年に時間遡行した私が、初めに巻き込まれた事件と出会いの話」
次話エピローグで終了、一区切りです。
第2章始まる前に、
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