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癌で余命宣告された私が時を遡って、美少女を助けたり、仲間と一緒に怪獣と戦ったりするお話 ~ RETROACTIVE 1990  作者: TA-MA41式
1990年に時間遡行した私が、初めに巻き込まれた事件と出会いのお話
35/82

1990年11月28日、水曜日 01:00~

 「アキラは自転車に乗れる? 」


 裏口に積み重ねた備品を音を立てないよう慎重に取り除きながら小声で聞いた。


 「乗れますよ。私、自転車大好きなんです。」


 「ああ、そう言えば、そうだったよな。」


 と、不意に口をついて出た返し。


 「え? 」


 「ん? 」


 またもや別時間のイメージらしきものが過っていた。

 ビルが立ち並んだ都会の街中をロードバイクで走る大人の女性の後ろ姿。

 一瞬で消えてしまったが、それは大人になったアキラの後ろ姿だったと思う。


 「あ、いや、なんでもないわ。」


 小声でごまかしながら作業を続けた。


 (アキラと私の関係って、いったい何だったんだろう? )


 無関係ということは無さそうだ。


 (私が時間遡行させられたことにも絡んでんじゃないか? )


 11月27日、火曜日、20:00、JR中央線下り電車、立川駅から日野駅の間。

 ここを狙って時間遡行させられ、誰かを助けるように指示された。

 そうすれば、未来とあの未来人の男が救われるだけじゃなく、私の人生の大部分も修復されるとのことだった。

 誰かを助けようにも周囲にいた人々は、アキラ以外の全員が死んでしまったのだけれど、


 (アキラで正解だった? )


 そんな気がしてきた。


 (それなら、何が何でも生き延びなきゃな! )


 殆ど諦めかけていた依頼達成に希望の光が差した。

 怪我をして不自由な左手を庇いながらの辛い作業にも自然と力が入る。


 「これで大方の障害物は取り除けたな。」


 「そうですね。」


 備品は壁際に積み、自転車はスポークとペダルが絡んでいて外すのに苦労したが、何とか頑張って正常なポジションに戻した。


 「4台ともMTBですね。イガラシさんの趣味だったのかも・・・っ! 」


 それまで触れないようにしていたイガラシ氏の名前がうっかり出てしまい、アキラが苦し気に言葉を切った。

 みるみるうちにアキラの顔色が悪くなっていく。

 間もなくして、両手を口に当てながら、ゼイゼイと荒い息を吐き始めた。


 (いかん! )


 人質に取られアイスピックを突きつけられた時の恐怖や、イガラシ氏の悲惨な最後の様子を思い出してしまったらしい。


 (こりゃ、たぶんトラウマになるな。)


 思春期の女の子が、目の前で尋常ではない人の死に方を見てしまったのだから当然のことである。

 そもそも、電車の中でのことから始まって今に至るまで、全てがPTSDの原因になるような出来事ばかりである。


 (とりあえず過呼吸は何とかしなきゃ。)


 私は呼吸の乱れたアキラの手を引いて、顔を私の胸に押し付けるようにして抱き寄せた。


 「呼吸の感覚を長くしてごらん。少し息を止めてからゆっくり吐き出すを繰り返してみようか。」


 アキラは言われたとおりの呼吸を繰り返していたが、徐々に落ち着いてきた。

 ほどなくして、


 「もう大丈夫です。」


 と、顔を上げて言った。

 呼吸は正常に近くなったが、もちろん本調子というわけでは無さそうである。


 (大丈夫です・・・か。)


 その言葉、これで何度目だろうか?


 (大丈夫なはずがないじゃないか! )


 それでも「大丈夫」と言わなければならない、この異常で過酷な状況から一刻も早くアキラを連れ出してやらなければと、心底から思う。


 「アラヤシキさんのシャツ、ドロドロにしちゃいました。」


 私の腕の中で恥ずかしそうにしながら、自分の鼻水や涙や汗が沁み込んだ、元は白かった私のシャツを労わるように撫でた。


 「今度、シャツ、プレゼントします。」


 子どもが、そんな気遣いしなくて良いよ、と言い掛けたが止めた。


 「嬉しいね。楽しみにしてるわ。」


 そう答えたのは、二人で生き延びる約束のつもりだった。


 (絶対生き延びて、新しいシャツを買ってもらうぞ。小学生の小遣いじゃ辛いかもしれないけど、遠慮はしないからな。)


 その約束が果たされるという保証は何処にも無いが、この約束がアキラの心の支えにはなってくれるだろう。

 明日から先の世界があると信じることで、この難局を乗り越えようとする気合も強くなる。

 もちろん、私もこれから先の人生を諦めるつもりはない。

 せっかく貰った62歳+αの人生である。

 今度は多少前向きに進んでみても良いかなと思っている。


 「さてと、脱出作戦の打ち合わせするか。」


 「はい。」


 アキラは私から離れる時、少しだけ名残惜しそうな仕草をみせたが、直ぐに一歩下がって敬礼する真似をした。


 「でさ、自転車なんだけど、せっかくあるんだし、外に出たら走るより絶対に良いと思うんだ。車だったら通れない道もあるだろうけど、自転車なら道は選ばないし、小回りも利くし、化物たちよりは遥かにスピードが出るから、取り囲まれさえしなければ絶対にイケる。」


 ハンドル、ブレーキ、チェーン、ギア、ペダル&クランクアーム、もちろんタイヤの空気、ついでにライト、4台ある全てが走行に問題無いのは確認済みである。


 「ダウンヒル用がありますね。頑丈ですけど下り専用だし、重すぎて私には無理かな。他の3台はクロスカントリー用、長距離用だから軽いし、ギアはフロント3段リア9段のドライブトレイン、すごく良いバイクですよ。サドルとハンドルの調整もできるから私はこっちかな。アラヤシキさんにもクロスカントリー用を勧めます。」


 ポカンとする私を置き去りにして、アキラは何か難しいことを単語を並べていた。

 オタク女子小学生という以外に、こんな属性もあったらしい。

 趣味の幅が広いのは良いことだと思うが。


 「よし! それでいこう。サドルやハンドルの調整はできるか? 」


 「工具がありますから大丈夫です。」


 いつの間にか自転車専用の工具箱を見つけていたようである。


 「んじゃ、自転車の準備はアキラに任せることにするから、音を出さないように注意して。俺は表の様子を見てくるわ。」


 アキラを物置に残して店舗内に戻ると、ギガマウスたちの体当たりは一段と激しくなっている。

 先ほどまでと違い、ガシャガシャという金属音が聴こえなくなっているので、ドアの上半分くらいをカバーしていたシャッターが完全に破壊され、外側では木製ドアが剥き出しになっているらしいことが分かった。

 しかも、せっかく新たに積み上げた備品の甲斐も無く、山は徐々に後退し崩れ始めていた。


 (もって、あと数分ってところか。)


 それまでにBARを脱出しなければならない。


 実は、裏口の作業をしながらアキラと話し合って決めた作戦がある。

 かなり危険を伴う “トンデモ作戦” だが、それを決行しなければ生き延びることはできなさそうである。

 ビルの一部を破壊してしまうことになるので、後々の問題になるかもしれないが、それは緊急避難として扱われることを祈って強行するしかない。

 幸い、このビルはイガラシ氏から聞いた話だと、住居の無い5階建てのテナントビルで、現在使われているのは2階にある健康食品会社の事務所だけで、3階と4階はその会社の倉庫、1階はテナント募集中で、5階は管理会社の物置になっているということだった。

 よって、夕方以降の人の出入りは殆ど無いらしい。

 最初にビルの下まで逃げ込んできた時を思い出してみても、人の気配は確かに無かった。

 それに、ビルの真ん前でけっこうな大騒ぎをしたと思うが、誰かが様子を窺っていたということも無かったと思う。

 もっとも、辺りに気を配る余裕は殆ど無かったので、確実とは言えないが、ビルを丸ごと倒壊させるわけではないので2階より上に人がいても、たぶん大丈夫だろう。

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