1990年11月28日、水曜日 00:30~
(それにしても、もう積めるモノはあんまり残ってないぞ。)
残していたソファも今回は積み上げたのだが、これは中が空っぽな作りなので、初めは軽過ぎて積んでも意味が無いと判断して放っておいたモノである。
他に、そこそこ重量があるカラオケや音響設備などは既に全部使ってしまっていた。
(カウンターや食器棚は据え付けだから動かせないし、残っているのは冷蔵庫ぐらいか。)
残されていた最後の重量級ユニット、家庭用よりは多少大きめで中身の入ったままの業務用冷蔵庫を引っ張り出して山の麓の押さえとして追加した。
あとは、クーラーボックスが5個あったので、これを水で満杯にしてから山に乗せた。
天吊り式のスピーカを無理矢理天井から引き剥がして乗せた。
封切り前の酒瓶を集めて段ボール箱に詰め込んだモノを乗せた。
これだけやって、山全体の目方は大分増したような気がする。
但し、何もしないよりは良いだろうという程度。
(せいぜい、数分で破られるのが、10数分後に伸びたって感じかな。)
ギガマウスたちの体当たりで揺れ続ける山を見ながら唸った。
(根本的な打開策が必要なんだけど。)
何か良い考えは浮かばないものかと、スカスカになった店内を探っていた。
(いずれ、ドアが破られてギガマウスが雪崩れ込んでくる。結局、最後は戦闘になるってことだが、武器になりそうなものは・・・ )
諸々の楽器、掃除用具、消火器、日曜大工用の工具一式など、戦うための武器になりそうなモノは一か所に纏めておいたのだが、
(鈍器ばかりじゃ、多数相手にしたら絶対に負けだわ。他に何か無いのか? )
カウンターの内側で気になるモノを見つけた。
ガスコンロから伸びたオレンジ色のホースを目で辿った先に、LPガスの中型容器が剥き出しのまま2個並んでいる。
(地下の店舗でこういうのってありなの? カウンターの中は火気だらけだぞ。消防法とかに引っ掛からないの? )
だが、何かに使えそうな気がする。
(ガス? 引火? 爆発? 火災? )
物騒な単語が次々と浮かんでくるが、何か使い道がありそうな気がしてきた。
そういえば、昔観た映画で、家庭用のガスボンベをゾンビの群れの中に放り込んで爆発させるシーンがあったが、映画的な表現だったとしても、けっこう豪快な大爆発だった。
それと、勤務していた大学での防災訓練で、カセットボンベの爆発実験を見たが、あんな小さな缶でビックリするほどの火が出ていた。
(ギガマウスの表皮は熱に弱そうだし、ガスの爆発に巻き込んだら一気に殲滅できそうじゃん? )
但し、問題は、
「こんなトコで、ガス爆発起こしたら私たちも巻き込まれちゃいますね。」
いつの間にか、アキラが隣にいた。
私の視線の先にあるLPガスを見て、意図を察したようである。
「そうなんだよな。化物道連れにして自殺なんて洒落になんないよな。」
目的は生き延びること。
そうでなければ、なんで1990年に遡行してきたのか意味が無くなってしまう。
「そういう感じの映画、前に “12チャン” でやってたの観ました。警察署の地下に大勢の悪者が雪崩れ込んできたタイミングを狙って、ガスボンベか何かを爆発させてやっつけるの。主人公の警察官たちは鉄板みたいなモノで爆風とか防いでました。」
その映画は私も知っている。
子どもなのに、随分マイナーな映画を知ってるなと思ったが、よくよく考えてみれば、オンデマンドの無かったこの時代、レンタルビデオも2泊3日で1,000円ぐらいした時代、まだまだ自宅で映画を観たい映画好きならテレビに頼るわけで、そんな中で日本未公開のマイナー映画を頻繁に放送していたのは12チャンだった。
「あれは溶接に使うアセチレンボンベだったっけ。」
LPガスとどう違うのか知識が無いので分からないが、爆風や炎を遮れる盾さえあれば何とかなるのだろうか?
(いやいや、そんな簡単なもんじゃないだろう。)
こんな狭い店内でガス爆発が起きたら、隅から隅まで火の海になる。
籠った空間での爆圧は凄そうだし、熱も半端じゃないだろう。
酸欠にもなるだろうし、助かる確率は限りなく低そうである。
(却下。)
他に考えられる打開策は無いものかと店内を見回していたのだが、ふとある変化に気付いた。
(裏口の方が大分静かになったな。)
表は相変わらずだが、私とアキラが逃げ込んだ裏口からは体当たりの音が聴こえなくなっている。
同じビルの表と裏、そんなに離れてはいないはずで、表側での大騒ぎは裏にも聴こえているだろう。
音にひかれる習性があるギガマウスなら、釣られて表に移動しているかもしれない。
「これってもしかしたら、ワンチャンあるんじゃね?! 」
「ワンチャン? ワンチャンス? 変な端折りかたしますよね。語尾も変だし、方言ポイです。」
伝わってるんだから一々突っ込まないでよと、お願いしながら、私は店舗と裏口のある物置スペースを隔てているアルミサッシをそっと開けて様子を窺った。
「音しませんね。」
「だな。」
私たちがBARに逃げ込んだばかりの時には、裏口の方が大騒ぎだったのだが、今は物音ひとつしない。
だからと言って、安易に確かめるためにドアは開けられない。
「探ってみますか。」
物音を立てないよう細心の注意を払いながら、手前に積み重なった備品や自転車を避けながら裏口に近づき、そのすぐ横に立った。
目の前にあるのは平坦なスチール製のドア。
これ一枚隔てた向こうにギガマウスがいたなら、絶対に分からないはずないのだが、
(ぜんぜん音しない。おいおい、ワンチャンがツーチャンにランクアップか? )
次に深く息を吸い込んでから止め、ドアに耳を押し当ててみた。
ギガマウスたちが息を潜めてじっとしているはず無いのだから、近くにいたなら例のジャリジャリした鳴き声ぐらい聴こえるはずだった。
ところが、
(全く何も聴こえないし。)
確信を得るためには、もう一つだけ試しておきたい。
右手で拳を固く握りしめ、ドアを軽く叩いた。
ゴンと鈍い音がしたが、それっきり変化は無い。
もう一度、今度は少し強めに叩いた。
叩いて直ぐ、ドアに耳を押し付けて暫く待った。
(いたら、反応しないわけがないよな。)
そのまま1分ほど待った。
ドアを叩く音を聞きつけたギガマウスがいたら、もう反応があるはずだと思う。
(開けてみようか。)
私は、離れて見守るアキラにドアを開けるジェスチャーをして見せた。
無言で何度も頷くアキラに軽くウインクしてから、ドアのロックを外した。
カチャン!
実はそれほどでも無かったのだろうが、緊張している私たちの耳には残響音が残るほどの大きな音が鳴ったように感じられた。
そして、また暫く待ったが何も起こらなかった。
(これぞ運命の分岐点ってやつだな。)
ドアノブに手を掛け、ゆっくりと一杯に回してから手前に引いた。
手前に積み重ねた備品や自転車のせいで、内開きのドアを大きく開くことはできないのだが、外を覗く程度なら問題無い。
10秒ほど掛けて、僅かに5センチほどの隙間が開いたので、もう一度呼吸を止めて慎重に覗いてみる。
(真っ暗だ。)
深夜なので当り前だが、直ぐに目が慣れてきたので、ドアの前の状況が徐々に分かるようになってきた。
(2匹死んでる。)
ドアの前で、ピクリとも動かないギガマウスが2匹折り重なって倒れている。
頭部の変形が著しく、胴体の所々が潰れたり、不自然に折れ曲がったりしている。
おそらく、私たちを追い掛けて押し寄せてきた中にいた2匹だろうが、後続のお仲間たちの下敷きになって圧死したのだろう。
(他には? )
何もいなかった。
地上に続く階段は下の数段までしか見えないが、これならば裏口周りはクリアと言っていいだろう。
私は再び、ドアを閉めて静かにロックをしてから、アキラに向かってサムズアップした。