1990年11月27日、火曜日 23:40~
現年齢で一回り以上年下の、実質半世紀以上も年下の小6女子に可愛いとか言われた。
流石に全然嬉しくない。
いったい私は、この非常時に何をやってるんだろう?
穴があったら入りたい、布団があったら頭から被りたい、プールがあったなら直ぐに飛び込んでしまいたい。
水を張ったバケツに頭から突っ込むでも良い。
「まあまあ、サコファリンクスなんて名前がスーッと出てくるだけ凄いと思いますよ。普通、そんなの知らないですもん。」
仮にも2027年では大学教授だった私が、小6女子に上から目線で宥められるとは、このままイジケモードに突入しそうになった。(これも頑固な年寄りにありがち)
褒められたのだから、ありがとうと言えば落着するものを、
「そんなん、誰でも知ってるでしょ。」
と、今度はダラケモードでカウンターに上体ごと左肘をついて、先ほど戸棚から見つかった救急箱でアキラが応急手当てしてくれたアイスピックの傷に巻かれたガーゼの結び目を、指でグリグリと弄ったりしていた。
「誰でもは知らないですよ。深海魚の話なんて、学校でしても誰も喜ばないから。」
アキラはそんなことを言いながら溜息を吐き、ついでに触っちゃダメだと叱るように、私の手をガーゼの結び目から引き離した。
「まあ、確かに女の子の会話のネタで深海魚は無いよなぁ。」
小6女子が集まって、サコファリンクスだのマクロファリンクスだのチョウチンアンコウだのについて語っている様子はとても想像できない。
「ちなみに、アキラのイチオシは何さ? 」
「一押し? ですか? 」
「あれ? あ、そう、一押しね。一番好きなやつ。」
時代に即した些細な言葉選びというのは難しい。
1990年にイチオシという言い回しは無かっただろうか?
あっただろうが、一般的ではなかったのかも?
通じないわけではないようだが、会話がつっかえてしまう。
「一番好きなのはダイオウグソクムシかなぁ。でも、ラブカとかミツクリザメもカッコ良いから好きだし。」
余程、この手の話題が好きなのか、ホンの少し前には泣き腫らしていたアキラの目が、キラキラしている。
今、こんな話をしていられる状況では無いというのは十分に承知しているが、私もついつい嬉しくなってしまった。
「アツイねぇ! ダイオウグソクムシ! それにミツクリザメ、エイリアンみたいでカッコ良いよなぁ! 」
「熱いんですか? 」
また、つっかえた。
日本語を破壊するダメな大人だと思われてそうな気がする。
「アキラは深海魚ファン? 」
「深海魚だけじゃなくて、生き物ファン。っていうか理科大好きな感じですけどね。」
なるほど、未来の理系女子というわけである。
理科好きは良いけど、変人扱いされるから女の子同士の話題は選んだ方が良いと思う。
男の子が相手でも、たぶん深海魚の話題は難しいだろう。
「別に深海魚の話ばっかしてるわけじゃないですよ! 」
「うん、そりゃそうだろ。」
他には何を話しているんだろう?
1990年の小6女子のトレンドは何があったのだろう?
「えっと、うーんと。フセインとか多国籍軍の話とか? スカッド対パトリオットとか? 即位の礼とか? あと台風とか? 」
何だか固そうな話題がボロボロ出てきた。
確かに1990年ではタイムリーな話題かもしれないが、小6女子の会話が盛り上がったりはしないだろう。
それに、子供同士でお天気の話はどうかと思う。
小6女子なら、そろそろファッションとかコスメにも興味が出てくるものだろうに、アキラはけっこう変わり者らしい。
「テレビドラマとかの話題は無いの? マンガは読まないんだっけ? 」
「テレビは観ます。好きなのあるから。マンガはお母さんが読んじゃダメだって言うから、時々友だちに借りてこっそり読むだけ。あまり面白いマンガに出会ったこと無いから、好きじゃないかもです。」
そういえば、1990年はまだ受験戦争が続いていた時代である。
将来の高学歴高収入を目指して子どもを勉強させようと必死になる親が沢山いたはずで、そんな家庭ではマンガは悪書であるとして焚書の対象にしていたケースは多かったように記憶している。
アキラも、そのような方針で育っているらしいが、もちろん自分で望んでそうなっているわけではなさそうで、ここに来る前にマンガの話を振った時、少し寂しそうな顔をしていたのには、そんな事情が有ったのかも知れない。
「んじゃ、マンガは置いといて、テレビ番組はどんなのが好き? 」
「あー、えーと、データ少佐とか、ピカード艦長とか。」
どんな番組が好きか? と聞いたら、キャラクター名が出てきた。
そう言えば1990年は、あのシリーズがオンタイムだったような気がする。
もしかしたら、アキラは、
「カーク船長は? 」
「好きです! 」
トレッキーなのは確実なようだが、もう少し探ってみる。
「ちなみにオキタ艦長は? 」
「尊敬してます。」
「ブライトさんは? 」
「左舷にこだわり過ぎですね。」
「んじゃ、ベスは?」
「艦長じゃないですよね? 」
何となく見えてきた。
私と同種、昭和オタクの臭いがプンプンしてきた。
「昼間は学校だし、夕方は塾があるから、テレビは夜しか観れないけど、どうしても観たいのはお母さんに頼んで録画してもらってるから。」
どうやら共通の話題が見つかったようである。
せっかくなので、「どうしても観たいの」というところを、もう少し突いてみたくなった。
それに、アキラがもっと聞いて欲しそうにしていたので、昭和の特撮からアニメの話題を片っ端しに振ってみたら、殆どが当りだった。
しかも、今、自分が置かれている状況下に於ける心境を例えるならば、
「あの生き物は怖いですけど、希少動物には違いないし、日本だけに現れたのだとしたら駆除するのが正しいとは言えないです。ヤマネ博士の気持ちが良く分かります。」
だそうである。
1954年のモノクロ怪獣映画を知っている小6女子というのも希少動物並みの価値があると思う。
「こんなこと言っちゃアレなんだけど、アキラみたいな綺麗な女の子の口から、アニメやら特撮やらの話題がバンバン出てきたら、みんなビックリしちゃうよね。同級生じゃ、たぶんついてこれないでしょう? 」
「うん、みんなテレビの話題は月9とかだし、今の人気のアニメはムーミンかな。銀英伝とかウィンスペクターとかの話振っても分からないんですよ。」
「え? 振るの? 」
「振りますよ。」
その辺りに遠慮が無いのは、2027年のオタク女子や腐女子に通じるところもあるが、まだまだオタク差別の激しい1990年では、少々生まれるのが早かったという感じではないだろうか?
「美少女が台無しだって言われたりするでしょ? 」
「そんなの関係ありません。これが私なんですから、“天使を夢見させてはいかんよ” って感じです。」
サラリと、自分が生まれる前に放送していた某特撮ヒーロー番組、11月の傑作群のセリフを引用したりしている。
とても小6女子とは思えない、末恐ろしい強者である。
今回はちょっとおバカな話に寄ってみました。
失礼しました。




