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癌で余命宣告された私が時を遡って、美少女を助けたり、仲間と一緒に怪獣と戦ったりするお話 ~ RETROACTIVE 1990  作者: TA-MA41式
1990年に時間遡行した私が、初めに巻き込まれた事件と出会いのお話
29/82

1990年11月27日、火曜日 23:20~

 (くーっ! )


 独りで支えるとは言ったモノの、アキラが離れた途端、ドアを押すギガマウスの勢いが1.5倍ぐらい増しになった。

 非力そうに見える小6女子の力も、けっこう侮れないものである。


 (頼むぞ! なんか良いモノ見つけてくれよ! )


 店内に入ろうと忙しなく暴れているギガマウスの真っ白で気味の悪い頭部を横目に見ながら心の中で手を合わせた。

 ドタドタ、ガタガタ、バタバタ、ガシャガシャ、ジャリジャリと、ドアの向こうは化物たちのお祭り騒ぎである。

 あまりの騒音に心が折れそうになる。

 いったい何匹のギガマウスがいるのだろうか?

 ドアが開いた時に見えた数は数体。

 ちなみにBARの入口真正面には壁が見えたので、たぶん右か左に上り階段がある。

 裏口と同様に階段スペースは広くないようなので、一度に大量のギガマウスがドアの前に溜まることはできないが、今聴こえてくる例の算盤の玉を弾くような鳴き声から察するに、新たに近所から殺到した数も相当加わっているようで、


 (俺と力比べしている分だけで5、6匹はいるんじゃねーか? )


 半分しまったシャッターに、ガシャンガシャンと大きな音を立てて体当たりを仕掛けているモノもいるので、少なく見積もって10匹以上。

 それらを一人で支え切れているのだがら、我ながら良く頑張っていると思うが、あと1、2分で限界が訪れそうな感じがしている。


 「アラヤシキさん! これ使える? 」


 脳天をドアに押し付けたまま首を回してアキラを振り返った。

 アキラが手にしていたのは、2本のギター。

 たぶん、イガラシ氏の私物だろう。

 申し訳ないがハンマー代わりに使わせてもらうことにしよう。


 「アキラ! こいつ、この1匹は中に入れる! 入れたら、何とかしてドアを閉じる! その間、頑張ってこいつの相手をしててくれ! できるか? 」


 一応、「できるか? 」と問われているが、否は言えない状況だということは賢いアキラなら十分に理解できているだろう。


 「やる! 」


 力強い返事が返ってきた。


 「よーし! 行くぞ! 」


 私はドアを抑えていた右手を外し、既に殆どがドアの内側に入り込んでいたギガマウスの頭部に手を回し、おそらく首根っこと思われる部位を探り当てると鷲掴みにした。

 脂っぽい粘膜に覆われた、およそ生き物らしくないシリコンゴムのような触感にズブズブと指が食い込んでいくのが何とも気持ちが悪かったが、我慢して腕に力を込めて引っ張った。


 「しゃーっ! 」


 掛け声一つで、ギガマウス1匹を店内に引き入れるのに大した力は必要無かった。

 もともと店内に力づくで押し入ろうとしていたところに加勢してやったのだから、まるで釣り上げられた魚のような勢いで飛び込んできて、身体をくねらせながらカウンターの椅子を薙ぎ倒し、床を滑って一番奥の壁に激突した。


 「頼むぞアキラ! 」


 「は、はい! 」


 背中はアキラに任せて、私は正面に集中した。

 押し返してくる力が1匹分減ったことで、かなり楽になった。

 今まで拮抗していたのだから、こちらが大分有利になった。

 ドアの隙間に入り込んでいたのは1匹だけだったので、新手が加わる前に閉じてしまえば良い。


 「んぐ、うんぐぅーっ! にっにゃーっ! ん、ん、うぐぅおーっ! 」


 素で聞かれたら却って力が抜けてしまいそうな不細工な気合が次々に口から飛び出してきて、それとともにドアの隙間が閉じていく。


 カチャ!


 ドアが閉まる音。

 命の繋がる音が聴こえた。

 すかさずロックして、背後を振り返った。

 ギガマウス1匹を店内に引き入れてから、おそらく10数秒。

 その間、アキラはギターを振り回して戦っていた。


 「大丈夫か?! 」


 「はい! 」


 アキラに怪我は無い。

 それどころか、ギガマウスの頭部が陥没するほどのダメージを与えている。

 私は足元に転がっている、もう一本のギターを拾いあげ、ネックを持って構えた。


 「よくやったぞ! 交代だ! 」


 アキラを脇へ寄せ、鎌首を持ち上げて威嚇するギガマウスの頭部を、良い感じの重量があるストラトキャスターのボディで横薙ぎに掃う。


 「いくぞっ! ふぇんだぁーーーぱぁーーーんち! 」


 バイーン!


 緩んだ弦の鈍い音色と共に、ギガマウスの頭部が拉げる嫌な感触が手を伝ってきた。

 もう一発必要かもしれないと思って直ぐに構え直したが、


 「やったっぽい? 」


 尻尾は未だウネウネと動いていたが、つま先で頭部を蹴ってみても反応を示さない。

 ギガマウスは私の一撃で絶命していた。


 「よし! 次はドアの補強だ! 」


 正面入り口の外にいるギガマウスたちは、ドアの内側に獲物がいることを知ってしまったので、今も引っ切り無しに体当たりが繰り返され、表はお祭り騒ぎである。

 奴らにドアノブを回したりロックを外したりはできないが、数が集まれば体当たりでドアを突き破ってくるだろう。


 (シャッターが下まで降りていたらなぁ。)


 イガラシ氏が開店前に出入りするため半分だけ開けていたのだろうが、シャッターが完全に降りていたなら、BARの正面入り口は心配する必要が無いぐらいの強度を確保できていただろう。


 (残念がって、どうにかなるもんじゃないし。)


 もう一度、ドアを開けることは不可能。

 シャッターは諦めて、内側から補強するしかない。

 急がなければ、ドアのロックや蝶番がもたない。


 「ソファとテーブル、アンプとかコンポとか、全部ドアの前に積み上げよう! 」


 私は重そうな家具や備品を片っ端からドアの前に運んだ。

 アキラも、未だそんな力が残っていたのかと驚くほど、積極的に手伝ってくれた。

 数分して、ドアが見えなくなるほどの高さで家具や備品の山ができた。

 もうBARの中は、すっかり滅茶滅茶である。

 やむを得ない非常時とはいえ、罪悪感を覚えてしまう。


 「「はぁーっ」」


 ひとまずは安全確保。

 私とアキラは向かい合って互いの健闘を無言で称えるように視線を交わすと、殆ど同時に深い安堵の溜息を吐いて、その場にヘナヘナと崩れ落ちた。

 当り前のことだが、アキラは最後のドア補強作業で体力をほぼ使い尽くしてしまったようである。

 両手を床について何とか自分の上体を支えている状態であり、時々咳き込みながら苦し気に肩を上下させて荒い息を吐いている。

 私の半分くらいしかない華奢な身体の小6女子が、電車を脱出してから、ぶっ通しの追い駆けっこ、ドアを挟んでギガマウスとの力比べ、さらにはギターを振り回して戦った後、アンプやコンポを抱えてドアの補強まで手伝ったのだから無理も無いことである。

 アキラがいてくれて本当に良かったと、一連の奮闘を褒めてやりたかったのだが、情けないことに私も息が切れてしまって声が出てこなかった。

 その代わり、感謝と労りの気持ちを精一杯込めながら、力比べの影響が未だ残っているのでプルプルと筋肉の痙攣が止まらない右手で、できる限り優しくアキラの肩を抱き、頭を撫でてあげた。

 それはアキラを激励しながら、気持ちを落ち着けるための、ささやかなスキンシップのつもりだったのだが、ここまで全く弱音を吐かず、足手まといにならないようにと、必死の我慢を続けてきた彼女にとっては張りつめていた心の緊張の糸がハラハラと解けてしまうほどに嬉しい労り、待ち兼ねていたご褒美だったらしい。

 漸く一息つけたことで、本来の子どもらしい感情が溢れてきてしまったのだろう。

 徐に顔を上げ私を見つめるアキラの目が、見る見るうちに涙で一杯になった。

 嗚咽と共に綺麗な顔が、クシャクシャになっていき、やがてポタポタと大粒の涙が止めども無く零れ落ちてきた。


 (え、あ、ハンカチ! )


 こういう時は、黙って涙を拭ってやるのが然るべき大人の対応と思ったのだが、そう言えば自分のハンカチは荷物と一緒に電車の中に置いてきた。

 アキラのハンカチは、私の左腕の傷口に当てられており、すっかり血塗れである。


 (しまった! どうしよう? )


 大人の対応ができなくなってしまった。

 ここ何年も女子の涙に遭遇することは無かったし、子どもの涙など一度も出会う機会が無かったので、どう対応するのが正しいのか分かりかねる。

 でも、このまま泣き顔を放置されるのは女子なら嫌に違いない。

 アキラの泣き顔はちょっと可愛かったので、私はこのまま眺めていたいような気もしたが、そういうわけにもいかないだろう。


 「と、顔拭くモノ、タオルか何か、あるんじゃないかな? 」


 カウンターの裏側を探せばタオルかティッシュぐらいは見つかるだろうと思い、立ち上がりかけた私の胸に、


 ドン!


 と、軽い衝撃。


 「おっとっと! 」


 その勢いで床に尻餅をついてしまった私の背に両手を回し、しっかりと抱き着いて、思い切りシャツの胸に顔を埋めるアキラがいた。


 (あらら、ハンカチも、タオルも要らなくなっちゃったかぁ。)


 音を立てないように、おそらく歯を食いしばって、アキラは静かに泣いている。

 そんな彼女の背中を撫でてやりながら、涙なのか鼻水なのか、その両方なのか、じんわりと温かく滲み込んでいくモノの感触を黙って胸に受け留めていた。


 日頃、子どもは煩いとか汚いとか言って、得意としなかった私にしては、とても意外なことなのだが、この状況を決して不快には思っていなかった。

 それどころか、命懸けの緊張状態が続く展開に晒されてガチガチに強張ってしまっていた心身が、腕の中にいるアキラの温かな体温を感じているうちに解されていくような気がしていた。

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