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癌で余命宣告された私が時を遡って、美少女を助けたり、仲間と一緒に怪獣と戦ったりするお話 ~ RETROACTIVE 1990  作者: TA-MA41式
1990年に時間遡行した私が、初めに巻き込まれた事件と出会いのお話
20/82

1990年11月27日、火曜日 20:25~

 「こりゃ、超ヤべーわ。」


 「超? やばいんですか? 」


 「あ! 」


 1990年には未だ使われていない言い回しだったか?

 少年が首を傾げている。

 2027年じゃ標準語化してる言い回しで、1990年に合わないモノは他にもある。

 あまりキレイな言葉遣いにはならなさそうなモノが多いので、特に子どもの前では気をつけて話すことにしよう。


 「つまり、すごく、やばい状況だなってこと。」


 “やばい” は、古くからある日本語なのでセーフである。


 (いっそ、電車の下に潜り込んでみるか。)


 もう一度身を乗り出して、今度は電車の下を覗いてみた。

 暗くて見え難かったが、身を乗り出して直ぐの真下は未だ鉄橋の上にあった。

車輪の位置とガードレールの間に、幅は非常に狭いが何とか足場を確保できそうな余裕もあった。

 そこを這って行って日野駅側の岸に辿り着けば、市街地までは目と鼻なはずだった。

 かなりの冒険だが、25歳当時の私は毎日の筋トレも欠かさなかったし、アルバイト先の広告代理店で主催していた草野球チームでセカンドを守っていたぐらいなので、体力には余裕があるはずだった。


 (子ども一人補助しながらでも、何とかいけるでしょ。)


 人を襲う大小の化物がうろついている脱線して身動きが取れない電車の中に、いつまでも留まってはいられない。

 生き延びるためには、ここで決心するしかない。

 早速、少年に一連の段取りを伝えたら、特に反論したり、尻込みした風も無く、直ぐに了解したことに少し驚いた。


 (それにしても、随分と聞き分けが良い子だよな。この状況で泣きも騒ぎもしないなんて、肝が据わっているというか、芯が強いというか。まあ、良い子だとは思うんだけど。)


 今更だが、マジマジと少年を眺めた。

 小学校高学年ぐらい、スレンダーな体形で、立てば身長140cm以上はありそう。

 マッシュボブっぽい髪型、小顔に大きな目が印象的で、所謂男の子にしとくには勿体無いような美少年という感じである。

 ちなみに装いは紺色のフード付きパーカーにゆったりめのデニムパンツ、これに赤い袖白のスタジャンを羽織って大きめのスニーカーを履いている。


 (おお、これは正しく1990年。)


 この年に公開され大ヒットした映画に出演していた “世界一有名な子役” の影響を受けた親のせいで、こんなファッションの子供が沢山いる時代だった。


 「どうしたんですか?」


 少年が嫌そうな顔をした。

 大して知りもしない大人にジロジロ見られたら、それは嫌に決まっている。


 「いや、ごめん。アキラはなかなかイケメンだと思ってさ。」


 「イケメン? 」


 「おっと。」


 イケメンも通じないらしい。

 昔からある言葉だと思っていたが、違ったようだ。


 「えっと、イケてるメンズじゃあ分からないか。ハンサム、男前、好男子、水もしたたる良い男、とか、まあ、そんな感じのやつ。」


 もちろん、誉め言葉である。

 子どもだって言われて悪い気はしないはずだが、


 「ちっ、違う! 」


 少年は怒っていた。


 「怒ること無いじゃないか。誉めたんだぞ。」


 「だって! 」


 少年は口を尖らしていた。

 何に怒っているのか、子どもの心理というモノは掴み難い。

 そんな可愛らしい顔で怒ったところで、ちっとも怖くないのだが、それを言って火に油を注いだら、この後がやり難くなるので言わずにおいた。

 なんにせよ、今は呑気に会話を楽しんでいる場合ではないので、脱出の準備を進めることにする。


 (それにしても、使えそうなモノが何もないな。)


 脱出に当たって役に立ちそうなものは無いかと自分が背負っていたリュックの中を探ってみたのだが、使えそうなモノは何も無かった。

 どうやらアルバイト帰りのようだったが、フォントの見本帳、縁がボロボロになったA4サイズのクロッキー帳、筆記用具一式、それとマンガ雑誌一冊に、この頃には既に常備菓子とされていた歌舞伎揚げの小袋が1つ。


 (歌舞伎揚げは非常食だから持ってくとして、あと必要なモノはこれぐらいかな。)


 手書きのアドレス帳とポケベル。

 携帯電話の無い時代には必須アイテムである。

 これらをジャケットの左右のポケットに詰めて、それ以外は捨てても問題なさそうなのでリュックごと置いていくことにした。


 「荷物はどうする? 大事なモノはないか少年! 」


 少年は「また・・・」と渋い顔をしながら、


 「家の鍵とポケベルだけ持てば、あとは塾の教科書とかだから、無理して持ってかなくていいです。」


 そう言って、あっさりと塾バックを置いた。

 まあ、命より大切な勉強道具など有りはしないので、的確な判断だと思う。


 「よし、それじゃ俺が先に降りるから、アキラくんは合図したら慎重に降りてくれ。大した高さじゃないから大丈夫。下でしっかり受け止めるから。」


 少年の顔が、それまでの不機嫌面から、忽ち真剣な表情に変わった。

 電車のドアの縁にぶら下がって足場に飛び降りる。

 着地を一歩間違えば多摩川へ真っ逆さまなのだから緊張して当然である。

 それでも、子どもながらに他の選択肢が無いことをしっかりと理解しているようだった。


 「はい。」


 と、直ぐに返事は返ってきた。

 その潔さを称えて、少年の肩を軽く叩いた。

 あまりグズグズしていたら、こちらの決心が鈍りそうだったので、私は大きな深呼吸を一つしてから、躊躇せずドアの外にまずは下半身を出した。

 次にレール部分に肘を掛けて電車の外にぶら下がったのだが、電車の床から下の高さは1メートル半も無いくらいなので、私の身長ならばもう少し身体を下ろせば、足先が車体とガードレールの間にある足場に着くはずだった。

 だが、今の姿勢では足元が見えない。

 さらには、11月末の冷たい川風が身体を煽ってくる。

 電車とガードレールの間は決して広くないので、着地の際に身体が反ってしまったら多摩川へ落下してしまうだろう。

 可能な限り慎重にいかなければならない。

 そこで私は、腹筋に思い切り力を入れて身体を電車に密着させると両手の指をドアのレールに引っ掛けて握り、そこから懸垂の要領で身体を少しづつ下ろしていった。

 これは、62歳の体力では絶対に不可能な芸当である。


 (若いって素晴らしい。)


 思わず実感してしまった。

 着地は直ぐにできたが、足場が私の体重を支えてくれるのかどうかを確かめ終わるまでは手を放すわけにはいかなかった。

 何度か足場を強く踏んで、その頑丈さを十分に確認してから、私は身体を電車の下に潜り込ませるようにしながら、漸く安定した着地態勢を確保した。


 「アキラくん、降りてきて良いぞ。足からゆっくりと下ろすんだ。」


 電車の中から、


 「はい。」


 と、少し震え気味な返事が聴こえた。


 「頑張れ! 必ず支えるから安心しろ!」


 私は、そう声を掛けて、車体の下を手探りして見つけた突起を左手で握りしめ、少年がぶら下がってくるのを待った。


 「これ、お願いします。」


 先に少年が来ていたスタジャンが落ちてきた。

 少し大きめのサイズなので、電車からぶら下がる際には邪魔になると判断したのだろう。

 だからといって、パーカー一つでいるには11月の寒空は辛いので、捨てずに先に放ってよこした。


 (なかなか、冷静でよろしい。)


 間もなく、少年の左足、続いて右足が見えた。


 「良いぞ、そのままもう少し身体を降ろして。」


 電車が脱線して、こちらに傾いており、頭上を抑えられているので、中腰以上の姿勢にはなれないため、少年がもう少し下に来てくれないと抱え込めない。


 「頑張れ! まだ手を離すなよ! 」


 なんとか少年の腰が見えてきたところで、右手を一杯に伸ばして一気に抱え込み、引き寄せたのだが、


 「おわっ! 」


 お互いの無理な姿勢が祟ってしまい、少年が着地した際、身体が外側に傾いてしまった。

 私は車体の突起を掴んでいた左手を外し、咄嗟に腰の重心を思い切り落し、下半身だけで足場に踏み止まって、上半身がガードレールから大きく外にはみ出していた少年を後ろから両手で抱え込むと、そのまま足場の上に尻餅をついた。


 「ふう。」


 何とか、最初の一難はクリアすることができた。

 幸い物音も殆ど立てずに済んだし、意図的についた尻餅なので別に痛くも何ともない。

 少年も、思ったよりぜんぜん軽くて、


 (・・・なんか、柔かいんだけど・・・全体的に・・・ )


 今、私の左手は少年の腰を、右手は胸を抱えている。

 さらには、私は少年を膝の上に乗っけて抱きかかえている状態なので、全身ほぼ密着状態なわけだが、


 (この少年、こんな細くて軽いのに、妙に柔かいというか、角ばったところが無いというか・・・ )


 特にお尻と胸の辺りの感触が微妙に?


 「あれ? 」


 少年? が、俯き加減でプルプルと震えていた。

 緊張が解けたとか、そういうのではない。

 これは、やっぱ怒ってる?


 「今、私の胸、触ってますよね? っていうか、掴んでますよね? 」


 震えながら絞り出すような声である。


 「あ、はい。」


 と、答える私の声も震えていた。


 「それなら、もう分かりましたよね? 」


 「えと、微妙な感じで、何となく。」


 「微妙なのは子どもだからです。小6ならこんなモノです。」


 そういう意味で微妙と言ったわけではないのだが・・・

 静かな怒気が籠められた言葉である。

 少年じゃなくて、少女はお怒りのようであった。

 察するに、“イケメン”の件からずっと怒っていたが、ここにきて怒りがピークに達したということか。

 もちろん、その原因は私である。


 「そろそろ、手を放しても良いと思うんですけど。」


 「おおっ、おっと! 」


 慌てて手を放し、そのままホールドアップして、あとは謝るしかない。


 「ごめん! アキラ君、いえアキラさん? ちゃん? 」


 「さんとか、ちゃんとか無しで、呼び捨てで良いです。」


 「んじゃ、ごめんなさい、アキラ! 」


 アキラが溜息というか、深呼吸している。

 心を落ち着けようとしている。

 小6といえば思春期真っ只中、大人の女性としての自覚もしっかり芽生えているはずであり、只今は非常事態で、これは不可抗力なのだと分かってはいても、ほとんど見ず知らずと言っていい男に胸を掴まれたのだから平静でいられるはずがない。

 そもそも、それ以前に私がアキラを男と間違えていたことからが大問題になっているのだとは思うが、


 「暗がりで、アキラが女子だって分かんなかったんだよ。明るかったら絶対に間違えたりしてないから。セクハラ行為も含めてごめんなさい。許して下さい。それと改めて確認しました! イケメンじゃなくて超絶美少女だと思います! 」


 ホールドアップが土下座に変わっていた。

 最後の美少女というのは、お世辞じゃなくて本音の感想なのだが、散々拗れた後に言っても到底伝わりそうになかった。

 しかも、


 「ちょーぜつ? 」


 またやってしまった。

 1990年にも通じる日本語を調査しなければならない。


 「もう良いです。別にセクハラとかじゃないって分かってますし。それに男子みたいな名前だし、こんな格好してますから分かんなくて当然です。」


 スタジャンに袖を通しながら、パーカーの胸の部分を引っ張ったり緩めたりしながら、明らかに気にしているし、許すようなことを言っているが口調はイジケっぱなしである。


 (ご機嫌が直るまでには時間が掛かりそうですね・・・ )


 早期の解決は諦めた方が良さそうだった。

 この問題は一旦棚上げにして、先に進むことにしよう。


 「ジャンパー着たら、移動しようか。」


 「日野駅の方に向かうんですよね。」


 「足元に気をつけるんだぞ。電車に捕まりながら慎重に、でも少し急ぎ加減で行くぞ。」


 「慌てず急いで正確に、みたいな感じですか? 」


 「お、ヤマト知ってんのね。有望だわ。」


 なんとなく、ジェネレーションの垣根に隙間を見つけたような気がしたが、


 (そういうことは、後でゆっくり考えることにしよう。)


 そんな感じで、私はアキラと一緒に多摩川橋梁の上を日野駅側に向かって移動を始めた。

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