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癌で余命宣告された私が時を遡って、美少女を助けたり、仲間と一緒に怪獣と戦ったりするお話 ~ RETROACTIVE 1990  作者: TA-MA41式
1990年に時間遡行した私が、初めに巻き込まれた事件と出会いのお話
16/82

1990年11月27日、火曜日 20:00~

 私が意識を失っていたのは、ホンの数秒のことだったと思う。

 その数秒間で、痙攣が収まって、手足が普通に動くようになっていたし、呼吸も正常に戻っていて、たぶん口も利けるようになっていた。

 身体の異常は一切無くなっていたのだが、今、私は姿勢を保てないほどに揺れていた。

 私が揺れているのではなく、立っている足元がグラグラと揺れているのである。


 (ここは何処だ? )


 Time communication device とやらが置かれた真っ白な部屋の立体映像を見せられていたので、自分が本当にいた場所を把握してはいなかったが、ここは明らかに数秒前までいた場所とは違う。

 

 (眩しい! )


 速やかに現状を把握しようと思ったのだが、目が眩んで辺りを正視できない。

 まるで、暗い室内から、明るい日中の野外に出た時のようである。


 ガタン!


 大きな音と共に、足元が一段と大きく揺れ、私は危うく転倒しそうになったのだが、咄嗟に伸ばした手が金属製の壁に着いたおかげで、なんとか倒れずに済んだ。

 そのまま壁を手探りしたら金属の棒があったので、それをしっかりと握りしめて姿勢を保った。


 (ゴトゴトと煩い場所だな。それに酷く臭い。)


 汚物と埃と煙草のヤニが混じり合ったような、ゴミ収集所のような臭いがする。

 鼻を抑えながら、何度か瞬きを繰り返しているうちに、少しづつ目が慣れてきたので、ゆっくりと辺りを見回してみた。


 (電車の中? )


 足元が揺れているのは走行中の電車の中にいるからだった。

 普段、通勤で見慣れている小田急線の電車ではない。

 今、私は車両の端、シルバーシートに背を向けて、乗降ドア横の手摺りを握りしめて立っている。

 車内は満員ではないが、座席はシルバーシートも含めて全て埋まっており、吊り革を握って立つ乗客もそこそこの数がいる。

 またもや立体映像が切り替わったのか? と思ったが、


 (触れるから違う。これは実物だ。)


 手の届く範囲にある、壁や手摺り、窓ガラス、吊り革に触れてみた。


 (実体がある。立体映像じゃない。)


 それにしても、眩しい。

 車内が明る過ぎて、色がギラギラして見える。


 (いや、これは眩しいのとは違う? )


 自分の手のひらを目の前に翳してみた。


 (馬鹿な! )


 目と手のひらの距離は20センチも無い。

 普段ならば、老眼鏡無しでは呆けて見えない距離だった。

 それが今は、手相の細部どころか、指紋までハッキリと見えている。


 (そうか、見え過ぎているんだ! )


 車内が明る過ぎるとか、色がギラギラしているとかではない。

 慣れて当り前になっていた目のかすみが無くなっていたのと、色彩感覚を鈍らせていた加齢による黄変も感じなくなっていて、視界がクリアになっていたからだった。


 (まさか? )


 不意に私は、ある想定に思い至った。

 今いる場所についての、有りうべからざる想定。

 それを確認するために何をすべきか?

 電車の外は真っ暗、現在は夜間であり、ガラスには車内の様子が映り込んでいる。

 ホンの少し身を乗り出せば、自分の姿も窓ガラスに映るはず。

 恐る恐る窓ガラスを覗き込もうとした時、車内アナウンスが聴こえた。


 [次の停車駅は日野、降り口は右側~ ]


 (日野? 中央線のか? )


 ザラザラして不鮮明な放送、幾分高めなトーンで癖のある車掌の肉声、しかも英語無しの車内アナウンスに違和感を覚えた私は、窓ガラスに向かおうとしていた視線を頭上、ドアの上にあるはずの液晶ビジョンに向けたのだが、


 (無い! ビジョンが無い? )


 ビジョンがあるはずの場所には、額面広告しかない。

 額面広告の直ぐ下には、


 (“ひと駅マンガ?” って・・・ )


 憶えていた。

 私が中央線を頻繁に利用していた時代、時間潰しに車内の掲示物を眺めていると度々目にした、JRのマナーを解説していた大して面白くもないギャグマンガ。

 

 (有り得ないわ・・・ )


 もはや目を反らしようが無くなった現状に決定的な結論を下すべく、さらに視線を下にずらした。


 すると、車窓に映し出された一人の人物の顔。

 口を半開きにして、瞬きするのを忘れ、目を見開いたまま硬直している顔。


 (冗談だろ・・・ )


 私がいた。

 62歳の私ではない。

 顔にはシワもほうれい線も無く、茶色く染めた頭髪の何処にも白髪は無い。

 20代の若かった頃の私である。

 髪型は、サイドと襟足の短いツーブロック。

 黒のウールジャケットに、インナーは無地で白っぽいシャツ。

 濃いグレーのデニムパンツと、足元は布製のローカットバスケットシューズ。

 持ち物は片掛けにした黒いレザーのディバック。

 そういえば、1990年代は、そんな恰好を定番としていたっけ。

 呆然としたまま窓ガラスから目を離せずにいる私の耳に、周囲の乗客たちの会話が次々に飛び込んできた。


 「今年は奥志賀で決まりね! スキー場のカウントダウンって絶対素敵! 」


 「結局さ、イラクの人質って解放されんのかな? 武力行使決まっちゃいそうじゃん。」


 「昨日の月9撮ってる? ホント? やった! テープ貸して! 」


 「先月の20,000円割れから、なんか株価がパッとしなくないか? 」


 「息子にクリスマスプレゼントはスーパーファミコンって言われててさぁ。」


 「ちょっと、ロッキーってまだやるの? 」


 「お前さ、クリスマスの予定って立ってんの? 俺なんか今年はついに赤プリ~!」


 「課長がNSX予約したってさ。絶対、似合わねーよなぁ。」


 乗客全員が役者で、電車がセットで、大掛かりなドッキリを仕掛けられているのではないとしたら、


 (ホンモノだ。ホンモノの時間遡行・・・ )


 日付と時間を確認したい。

 左の尻のポケットに手をやった。

 いつもなら、そこにはスマホが入っているはずだったのだが、


 (無い! )


 スマホが無い。

 あるわけがない。

 時間を37年巻き戻した1990年に、スマートフォンなど存在しない。

 

 (くそっ! )


 舌打ちしながら顔を上げた時、網棚に乗った新聞が目に入った。

 思わず網棚に飛びついて新聞を鷲掴みにした私に、周囲の乗客たちの訝しげな視線が向けられたが、そんなことを気にしている場合では無かった。

 小刻みに震える手で開いたのは、駅売り全国紙の夕刊。

 真っ先に上部枠外にある日付を確認した。


 (平成2年11月27日、火曜日。)


 目についた記事は、この時期の世界を騒がしていた湾岸危機関連と、日本企業によるアメリカ企業の買収、天皇陛下の親謁の儀など。

 

 (ところで、時刻は? )


 何とか時刻を確認する術は無いかと辺りを見回していたら、左手に腕時計をしていることに気づいた。

 携帯電話やスマホで時刻を確認するようになってから、何10年も身につける習慣が無くなっていた腕時計に新鮮な驚きを感じながら時刻を確認した。


 (午後8時か。お? これってスウォッチ、初代クロノSKATE BIKE ! )


 この数年後に紛失してしまったが、2027年ならばネットオークションで高値がつくレアものである。


 (もう間違いない! 今、私は時間を遡行して1990年にいる。)

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