挿話――2人の今
フーとレイラ。
『あなたも偶には自分のために時間を使ってみてはどうでしょう?』
ソフィアに諭され、レイラは半ば追い出されるようにして外へと出て来ていた。ぶらぶらと歩き回ることすでに半時。これといった趣味のないレイラである。ソフィアを真似、花でも愛でてみようかと考えるのは自然な流れであった。
フーが現れたのはちょうどそのときであった。花弁に顔を寄せ、香りを嗅いでいるレイラを見るやいなや、フウが首を横に振った。
「似合わんな」
反射的にレイラがフーを見る。恥ずかしいところを見られたと、やや頬を赤く染めたレイラであったが、次いで拗ねたようにそっぽを向くと「どうせ私には……」と小さくつぶやいた。
すぐに立ち去るだろう。
だが、レイラの予想に反してフーはそのまま話をはじめた。
「流れ者らしいな」
自身の生い立ちをフウに話した覚えはない。レイラは訝しむようにフーを見返した。
「だからどうした?」
「そう睨むなよ。同じ流れ者のよしみで忠告してやろうってんだからさ」
話してみろと言わんばかりにレイラが軽く顎を動かす。
「せっかく自由の身になれたんだ、肩の力を抜けよ。移民が好きこのんで奴隷になってりゃ世話ねえぜ」
それがレイラのソフィアに対する態度を指し示していることは明らかであった。レイラの対応はソフィアへの恩義を反映したものである。それを侮辱したも同然の発言に対し、レイラの表情は一瞬怒気を帯びたが、深呼吸をすると、今度は彼女が呆れたようにフウを見つめた。
「お前は喧嘩を売りに来たのか?」
「話をしに来ただけさ」
「生憎と、私はお前に話すことなどない」
相手が立ち去らないのであれば自分が消えればいい。歩き始めたレイラが去り際に捨て台詞を残す。
「お前は自分のことを『風』だと思っているのだろうが、私に言わせれば単なる『雲』だね。自分の居場所も決められず、流されているにすぎない雲だ」
辛辣な物言いに対し、フーはレイラの後ろ姿を眺めていることしかできなかった。
こんな話がしたかったのではないと、フーが大きな溜め息をつく。レイラを真似、花を愛でてみるフーであったが、当然ながら抱えている問題をうまく解決するような妙案は浮かばなかった。
「似合わんな……」
思わず、フーは自虐的につぶやいていた。
※
フーはレイラに恋していた。
自身の恋心に気がついたのはつい最近のことである。それまではレイラを軽蔑していた。自由を愛するフーである、自分とは真逆のことをするレイラを良く思わないのは当然であった。ひた向きにソフィアを慕い、傅く態度がフウには「まるで囚人のようだ」と勘弁ならなかったのである。
しかし、いつしか軽蔑は自問へと変わっていた。レイラが指摘したのと同じである。すなわち、自分が何かと誠実に向き合えないだけなのではないか、と。
(羨んでいるのか、俺は?)
無論、それを認められるほどに話は単純ではない。フーにもまた、レイラとは異なる誇りがあるからだ。自分が自由を愛していることに疑いはなく、そうであるがゆえにレイラを羨むことは「今までの人生はなんだったのか?」という問いを否応なく浮かばせる。
恋という物事に囚われるわけにはいかず、そうかといって現状の停滞を許すこともできない。フーは自縄自縛に陥っていたのだ。
なるようになれ。
そう思いたいフーであったが、風であるためには行き先を自分で決めねばならない。もどかしさを抱えたまま、フーは救いを求めるようにして酒場へと向かった。
「もう一杯」
カウンター越しにフーを見つめる主人は注文に顔を少し歪ませた。フーは店の常連である、酒に強いことは知っていたが、今日のペースは度を超している。
「程々にしないと、悪酔いをしますよ」
主人の忠告にフーは乾いた笑いを返した。
「酔いたい気分なんだ……。酔えば口も滑るだろ」
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