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挿話――ロベルト=バルドマーニエ

老戦士の憂鬱。

 ロベルト=バルドマーニエ。

 エラン地方の南西部には一人の老翁がメイドとともにひっそりと暮らしていた。齢五十を数える武人である。すでに、第一線より退いた身ではあったが、時折見せる鋭い目つきは未だその内に潜んだ闘志の炎が燃え尽きていないことを示していた。

 されど、老いには敵わない。

『ならば、後進に力を』と、本人もそう考えてはいたのであったが、肝心な自身の情熱を託すべき相手がロベルトにはいなかった。惜しむらくは子宝に恵まれなかったこと、その一点のみである。


(第一・第三王女は政治にあまり関心がなく、一方で関心のありすぎる第二王女は性格に著しい難があると聞きます。はてさて、この国はどこへ向かおうというのでしょうか)


 少しだけ寂しげな表情を浮かべたロベルトが庭先で花を愛でていると、メイドが一通の書状を手に持ちながら声を掛けてきた。

「旦那様、ソフィア様からです」

 身に覚えのないことであったためにロベルトは小首を傾げながら受け取った書状を開いた。中にはソフィアの直近の経緯が手短ではあったものの認められていた。

 メイドが再び声をかける。

「ソフィア様はなんと?」

「どうやら、私に助力を乞うているようです……」

 そう言いながらもロベルトは隠すことなく嘆息を漏らした。


(私の力を借りるより先にすべきことがあるでしょうに……)


 川がある。

 エラン川という川がある。北から王都を通り、果ては西国ホヨウまで続く巨大な河川である。近年、ここの下流域では多量の瘴気が検出されていた。

 瘴気は魔法を使えば必ず生じるものであり、少量であれば周囲に害を及ぼすことはない。だが、エラン川の瘴気は通常では考えられないほどに多く、主として川の水を引いている作物に甚大な被害を及ぼしていた。原因は不明である。王都付近で被害が報告されていないことから、中流・下流の流域に原因があるものと考えられているが、エラン地方の一部という局地的な被害しかないことも相まって特定には至っていない。


(ソフィア様……あなたが篤実であることは認めましょう。ですが、意志の備わっていない篤実は優しさとは呼びません。それは単に弱いだけなのです)


 書状を閉じながら呆れたように首を横に振るロベルトに対し、メイドは恐る恐るといった様子で口を開く。

「お会いにならないようでしたら、わたくしが――」

 だが、そこでロベルトが発言を手で制止する。読み終えた書状をメイドへと返しながら、ロベルトはしばしの間遠くのほうに視線を向けていたが、やがて微かな冷たさを含んだ穏やかな声で静かに応えた。

「いえ、会いましょう。王女手ずから来るというのですから、さすがに茶の一杯も振舞わなければ無礼というものです。……ですが」

 その先をロベルトが口に出すことはなかった。


(今のままではとてもではないですが、力を貸すようなことはないでしょうな……。残念です)


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