セカンド ファンタジー (第4章 第31話)
小話――東部戦線 二七 ロベルトという男(5)
逡巡するゼルフーロの背中を押したのは、あろうことか、クラッカー自身であった。
「お逃げください。……アンジェリカ様の狙いは重々承知しております。そのうえでなお、お願い申しあげるのです」
壮絶な覚悟のこもった重たい声である。それでいて、なんて晴れやかな表情で、自分のことを見つめて来るのだろうか。待ち受けている結果なぞ、わかりきっているだろうに。いったいどんな心境だというのか。
ゼルフーロは真摯な瞳に気おされるように、にわかにきまりが悪くなった。
「すまねえな……ほんとは、お前みたいなのが生き残らにゃいかんのに」
「もったいなきお言葉です。……敵に死を、弱者に鉄槌を! 大帝国ドルート万歳」
言うやいなや、ロベルトに向かって勇ましく飛び出していく。そんなクラッカーの姿を、ゼルフーロは横目で寂しげに見送った。
一人、ゼルフーロは帰路につく。ドルートの兵士たちが死地へと向かう中、それに逆らうようにして、ゼルフーロは淡々と馬を歩かせた。
喧騒を背後にしながら、ゼルフーロは自分に言い聞かせるようにして、言葉を重ねる。
「エクレアだけならともかく、両方とも失ったのはでかいな~。さすがに、姫様に怒られちまうぜ~。めんどくせ~な~。まっ、これも本国のやり方が手ぬるいせいってね。……おっと、いけね~。姫様の口癖が移っちまったよ~」
資源がないからこそ、旧ルフランはカルデアを攻めたのである。そのルフラン領をドルートが獲得したところで、物質的な利益は少ない。ゆえに、カルデアと戦うに際しては、少なくともギデンまでは奪い取れる戦力で、向かわなければならないのである。
だというのに、今回の派遣はまるで覇気がなかった。威力偵察という方便もできなくはないが、大国ゆえの慢心もあったであろう。それを正すのが、こたびの目的であった。ゆえに、はじめからゼルフーロは負けるつもりでいた。それが主人であるアンジェリカの命だった。
しかし、思った以上にカルデアが奮戦したために、被害は想定を上回るものとなっていた。いつまでも悠長には構えていられない。全力でカルデアを叩き潰すときが来たのだ。
今回の戦がその引き金になるに違いない。
だが、その希望に反し、当面の間、ドルート本国がカルデアに、その牙を本格的に向けることはなかった。ドルートより南で大量の資源が見つかり、それを獲得するべく、大半の兵を回すことになったからである。それがおわった時には……。
両国民の知らないうちに、着々とタイムリミットは迫っていた。
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