セカンド ファンタジー (第4章 第29話)
小話――東部戦線 二五 レッド
領袖であるエクレア、その討ち死にという知らせを受けたレッドは、一目散にドルートの本陣へと舞い戻った。
蜷局を巻く爪。
フィリップを目掛けて飛んでくる風の魔法を、かろうじて彼が避けられたのは、まだ敵が迫りきっていない段階で、技を使ったからにほかならない。でなければ、いかにフィリップといえども、初見でかわすことなぞかなわなかっただろう。双方の死体をざくざくと切り刻みながら、横へと抜けていく突風に対し、フィリップは頭をかばいながら、地に伏せて身を守る。とっさのことで、馬を見殺しにせざるを得なかったが、己が無傷であったことだけでも、十分に御の字であろう。
その間を使って、レッドはフィリップに肉薄していた。馬上からフィリップを見下ろすやいなや、彼女は居丈高に叫ぶ。
「将軍を殺したのは貴様だな!」
何かを思っての発言ではない。ただ、カルデアの兵と思わしき男が、目の前にいたので尋ねてみた。それだけである。
しかし、単なる思いつきとはいえ、フィリップにしてみれば死活問題である。まともにやりあえば、自分が負けることは目に見えている。どうにかして、逃げ延びなければならない。
「……いいえ。さっき、大怪我をしたカルデア兵を見たでしょう? 将軍を倒したのはあいつですよ」
「では、貴様はなにゆえこの場におるか!」
「もちろん、それは功労者を逃がすためです。あなたから見て憎い者ならば、我々どもからすれば、大活躍をした味方に違いありません。そんな者をみすみす殺されてしまっては、メンツというものが丸つぶれです」
「なるほど。あいわかった!」
レッドもまた阿呆であった。だが、馬鹿だからといって弱いわけでないことは、すでにケイジが示している。長槍を持ちなおし、馬首を変えるやいなや、レッドはそれを弾くように投げた。
ひゅん。
すさまじい勢いである。
風の魔法で放たれた槍は、瞬く間に宙を駆け抜け、逃げるマリーたちの背後を襲った。その速さは、とても常人の目で追えるような代物でなく、それでも頭上を飛んでいったことだけは、多くの兵士にも理解できたがために、だれもが目を丸くして呆気に取られていた。
「……外したか」
そうつぶやくレッドの独り言によって、かろうじてフィリップは、最悪の事態が免れたことを察した。危うく自分が戦犯になるところである。それでも何名かの死傷者は出たであろうが、事情が事情である。それに照らせば、最良の結果と言えた。
敵の目が、マリーらに集中している今がチャンスである。フィリップはここぞとばかりに、気配を消す魔法を用いるやいなや、その場からこそこそと逃げ出した。その姿を目ざとく見つけた兵士の一人が、恐る恐るといった表情でレッドに進言する。
「あの……隊長」
「なんだ?」
「今の男が、エクレア将軍の仇です」
「なっ! なな、なぜそれを先に言わない」
怖すぎて言い出せなかったとは、兵士は口が裂けても言えなかった。こうしてフィリップは、レッドが部下の首を絞めている間に、そこから脱出することに成功したのである。これには、レッドがエクレアの死に動揺していたという、敵側の要素が大きかったのだが、そんなことをフィリップが気にするはずはない。
「さすがは、私フィリップです。格上を相手にしても、無傷で退却できてしまう。いやぁ、我ながら自分の才能が恐ろしい」
この後、今までの罰があたったかのようにして、流れ矢を何度か食らったのだが、それはわざわざ強調しなくてもいいことだろう。
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