セカンド ファンタジー (第4章 第25話)
小話――東部戦線 二一 ロベルトという男(3)
ちゃんちゃんばらばら。
あちこちからあがる剣戟の音。その響きに紛れるようにして聞こえて来る、骨肉を断ち切るような鈍い音は、時間とともにその数が格段に増えていた。開戦直後には、左右にはっきりと分かれていた戦場も、いつの間にか、一つの巨大なものへと変貌を遂げた。ロベルトの読みどおり、敵がこちらの退却を深追いせず、ミラー将軍のもとへと移ったためである。それはまさに、決戦と呼ぶにふさわしい苛烈な戦場だった。
結果的に、フビジたちの援軍は必要なかったと言えた。彼女たちが右翼に到着したときには、すでに戦が終了していたからである。
「どう……いう、状態なのでしょう?」
ゆえに、フビジの部下が困惑した表情で、思わずそのようにつぶやいたのも、無理からぬことであった。
短期決戦になった理由は、ラインハルトが右翼に移動したことにある。
序盤から早々に、ラインハルトが全力を出したために、地上はおびただしい数の氷塊で溢れた。ために、それへ対処するべく、ゼルフーロもまた早々に前線へと、あがらざるを得なくなったのである。
猛火の蜥蜴。
前日の比ではない高さの火力は、今まで微笑を貫いていたラインハルトにさえ、にわかに冷や汗を流させた。さしもの彼も、驚愕を禁じえなかったのである。
(……。全然本気じゃなかったってことね。参ったな……嫌になるよ)
もはや、自分の魔法にはほとんど意味がない。攻撃しているのはラインハルトのほうだったが、その実、この場の支配権を握っていたのは、相対するゼルフーロであった。彼にこちら側へ猛火の蜥蜴を撃たせない。そのために、ラインハルトは手当たり次第に、魔法を連発していると言ってよかった。
だが、それもいつまで持つのか。
自身の魔力がだいぶ減ったのを感じ、いよいよラインハルトが焦りだしたときである。その肩に手を置く者があったのだ。
「それでいい。そのままつづけろ」
総大将ロベルト=バルドマーニエであった。
「ロベルト将軍ッ! なぜ、こちらに?」
(モニカとともに側面からクラッカーを討つ。そういう算段ではなかったのか?)
ラインハルトの想像どおりであれば、攻めるのはたやすかろう。同じ場所にゼルフーロさえいなければ、モニカ隊の妖精の水遊びは、テレサを抜いてなおも生きるからである。そこにロベルト将軍の剣技が合わされば、必殺の戦法になることは疑いなかった。
だが、ラインハルトの考えを見透かしたかのように、ロベルトは薄く笑みをこぼす。
「それではそなたが討たれてしまう」
「……。自分には、その覚悟がありま――」
「ならん! そなたほどの者が失われることは許さん。それに、そんなことをすれば、私もそなたの兄に合わせる顔がなくなる。……このまま氷の礫を放ちつづけるのだ。この蒸気に紛れ、私が奴の喉元にまで近づく」
幸いにも、一帯は多量の氷と炎とで、白い蒸気が煙のように発生していた。にわかに戦場の一部をかき消すほどである。その煙の勢いを利用して、接近しようというのだ。
(まさか、将軍が敵の怪物を目にしてなおも、当初の作戦を変えなかったのは、ご自分で炎使いとやりあうためか?)
肩をつかむ手に力がこもる。それだけでなんとなくラインハルトは察した。ロベルト将軍は死ぬつもりでいるのだ。
「ご武運を」
その覚悟に、ラインハルトは美しい敬礼で返した。
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