挿話――第二王女ベアトリーチェ
第二王女ベアトリーチェの苛立ち。
第二王女ベアトリーチェ。
風の国カルデアにおける第二王女であり、また、ギデン地方における居城の主でもある。現在、ベアトリーチェは居城の寝室にて配下の伝える報告に対し、自分の耳を疑っていた。「あっ?」という王女らしからぬ声をあげると、話の先を促すように配下に向かって顎を軽く動かした。
「……ですから、ユリウス様が登城されたようです」
(どういうことだ? あの醜男は西国の大貴族だ。当然、西側から来る。その辺りには俺の手下がいるはずだ。なんで情報が遅れてやがるんだ? まさか、掻い潜られたってのか?)
自身の不機嫌さを隠すこともなく盛大な舌打ちをすると、ベアトリーチェは後頭部を掻き毟った。すかさず、配下が話の補足をする。
「どうやら、今回は最初からエランのほうへ行ったようです。大方、痺れを切らしたために直接ソフィア様へ会いに行ったのでしょう」
「なるほど。醜男にとっては間が悪いことにソフィアは帰城中だったってわけか……。しかし、そうだとすると今頃くたばり損ないが余計なことをしてやがるな。……ったく、エリザベスのほうだけでも忙しいってのに」
国王であるイサークに向かって「くたばり損ない」なぞと言い切る人間は国中を探してもベアトリーチェ以外にはいないだろう。だが、この場にそれを咎める者はいない。
「いかがなされますか?」
ソフィアとユリウスとの結婚が現実的になれば、今までソフィアに対して非協力的だった有力者たちの中からも手の裏を返す者が出て来ることは明らかであった。政治に対して非常に積極的な姿勢を取っているベアトリーチェとしては避けたい状況である。
「くたばり損ないのほうは俺が出向かにゃいかんだろうさ。だが、ソフィアはお前に任せる。どうせ、オリヴェル辺りが胡麻を擂っているんだろう。あの豚野郎は出世だけが生き甲斐だからな」
オリヴェルはエラン地方における有力者の一人であり、同地方で貴族向けのホテルを商っている大商人である。より多くの富を得たいオリヴェルがソフィアに取り入らんと、自慢のホテルにソフィアを招くことは想像に難くなかった。
含み笑いをしたベアトリーチェが喉の奥で「くく」と音を鳴らした。
「大方、傀儡にしようという腹積もりか、馬鹿々々しい。能面のソフィアも豚よりは知恵があるってのに目出てえ頭だ。ホテルに招くなら、ちょうどいい。そいつの信用を落とせば商売は上がったりだ、ついでにソフィアへの牽制にもなる。そうさね……火事にするか」
「しかし、泊まる部屋が分からなければ難しいのでは?」
ソフィアに取り入ることに対しての脅しなのであるから、火事とソフィアとを結び付けなければ意味がない。ソフィアの泊まる部屋が分からなければ暗示にはならないだろうという配下の指摘は尤もなものであった。だが、ベアトリーチェは怒気の帯びた顔で配下の指摘を一蹴する。
「痴れ者が! 自分の力を見せつけるためなんだ、一番良い部屋に決まっておろう。豚はスイートルームに絶対の自信を持っているようだからな……。今なら警備もまだ手薄、急いで行って仕掛けて来い。くれぐれも火種には魔法を使うなよ、後から鑑識の魔法を使われたら敵わんからな」
当然、オリヴェルの経営するホテルは建物自体にも魔法による防御が施されている。だが、それは外側に対してのもの。内側に細工をしてしまえば用をなさない。
「手抜かりなく。……ソフィア様を亡き者にされるおつもりで?」
「いいや。そこまで大事にしたらば、さすがに誤魔化せない。それにはもっと適したものがあるさ」
そう言い残すと、ベアトリーチェは部屋を出た。向かうは王都、謁見の間である。
ほどなくして、配下によってホテルに仕掛けがなされた。ここより火の手が上がるのは今少し後の話である。
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