遊郭
「じゃあまたね」アリスは、ベッドの上に裸体を晒したまま。軍服に着替えた男に笑みを送った。
「当然さ浮舟」男は、女の傍によると口づけを求めた。その口先を女性の人差し指が押さえた。
「だめ、タイムオーバーよ」アリスは、その指を離しベッド脇にある砂時計を指した。上はもう空になっている。
「いいじゃないか」男は不服そうな声を出した
「これはここのルールよ」
「なら俺のルールはな!」と男が強引に彼女の両肩を押さえつけた。しかしそこで行動は止まってしまった。彼女の細い腕はいつの間にかナイフを手にしてその切っ先を男の喉元に突き付けていた。
「遅いわねぇ、早いのはアレの時だけなの」そしてナイフの先端をそのまま男の喉に浅く入れた。
「待て…悪かった」男の上ずった声が漏れ、両肩を抑えていた力が弱くなった。
「そうよ、これ以上お痛をしたら、あんたこの楼閣にもうこれないわよ」身を引く男の動作に合わせるように刃先は男の喉に浅く埋まったままだった。
「ママに告げ口していいかしら?」
「や、やめろ」男はさらに身を引いた
「止めるのは貴方の方よ、それともそういうプレイが好きなの?なら特別料金が他に必要なのよ、ねえ…」彼女に握られた刃先は執拗に男の喉元を追いかけた。男は、咄嗟にベッドから降りてようやくそれから逃れた。そしてそのまま、罵り言葉を吐くと、上着を掴んで半裸のまま出て行った。
「またねぇ」彼女は男に背中に声をかけた
新顔を見てみたいということで、客がぞろぞろと休む暇もなくやってくる。目をつぶるとそのまま寝込んでしまいそうだった。動けと、自分に言い聞かせる。両手で自分の頬をパンパンと叩いて勢いを付けてしゃんと立ち上がる。少なくてもさっきの客の残したものは処分する必要があった。ドアをあけてごみ箱を廊下に出すと、案内係の男が目ざとく空のごみ箱に取り換えてくれた。
その時その男は、「次、来てますけどどうします?」と小声で訊いた。「10分待って」と彼女は、答えた。他の部屋から行為中の声が漏れてきていた。
「大丈夫ですかい?そろそろ終わりにしないと体を壊しますぜ」
「うん、次で終わりにする。」
「じゃあ、ママに伝えておきますぜ」
男はドアを閉めてパタパタという軽い音を立てて去って行った。
彼女は、部屋に備えてあった香水で汗臭い匂いを隠した。そして、下着だけを付けて
ベッドの脇にある小さい棚の引出から薬瓶を出してその中にある錠剤を二つ飲み込んだ。
失われつつあった活力がじわっと全身にみなぎってくる。
「どうぞこちらです」ドアの前で先ほどの案内係の声がした。
「ねぇさんいいですか?」彼は、ドアを開けずに訊いてきた
「ええ、いいわ」アリスはベッドの上に座って答えた。そしてドアが開くと幾つもの勲章を胸につけた男が入ってきた…(あらら、日が浅いのにもう大物のお越しかしら?)
「はじめまして…私は浮舟よ。」彼女は、立ち上がると男の上着のボタンに手をかけた
「いや、構うな。今日の所は様子を見に来ただけだ」男は無愛想に言った。
「何もしないの?」彼女はお構いなしにボタンを一つ外した、その手を男の手がつつむようにして、次の動作を抑止した。
「お前は、どこからきた」
「どこかしら?もう皆引き上げてしまった町からよ。稼ぐのはここが最後になりそうだけど」
「ここの人間か?」
「まさかぁ、私は汚いゾンビー使いじゃあないわ」
「記者と一緒に来たそうだな、関係者ではないのか?」
「何?尋問?」
「答えろ」
「違うわよ、前のキャンプ地でこっちに来る車を探していたの、そしたら、あの人がここに行くっていうから、乗せてもらったのよ。ま、運転は私がしてあげたけどね。で、手は放してくれないの?一寸痛いのだけど」
「悪かった」男はアリスの手を掴んでいた手を放した。やさ男のような風情があるが、節くれだった指は、格闘技でもやりそうに思えた。
「なんなのよ、私が敵のスパイとでもいうの?」アリスは自分の手の甲をなでながら言った。
「いや、最近物資が海賊にやたらと狙われているんでな。しかも的確にだ。」
「内通者がいると?でも私は来たばかりなのよ」
「そうだな」男は、彼女から一歩下がった。「しかし、情報ってものは漏れるものだ、そして情報を求めるものは、より傍によろうとする。もし貴女がそうなら軍規に従って射殺することになる」
「そんなことできる珠じゃないわよ、私。でも貴方が貢いでくれるなら、逆に情報ってやつをここで聞き出してもいいわよ。男って床に入ると口が軽くなるから」
「なるほどな、よい情報ならそれに見合う報償をだそう。」
「それは嬉しいわ。で、あなたのお部屋まで行けばいいの?」
「それは困る。定期的にここに来ることにしよう、その時に訊く」
「楽しみにしているわ」
「私もだ」男は背をむけた
「そうそう、情報の有無にかかわらず、このお部屋に入ったら2万クレジットを払ってほしいのだけど・・・」
「そうだな、しかし軍札しかないぞ」男は再び彼女のほうを向いた
「ここはどこに行ってもそれしかないじゃない、紙きれにならないことを祈るだけね」
男は、札入れを出すと2枚の紙を取り出して、差し出し、アリスはそれを受け取った。
「いつみても、おもちゃのお札にしかみれないわ」
「俺がいうのもなんだが、さっさと金目のものに交換することを薦めるがね」
「何がいいかしら?」
「それくらい自分で考えろ」
「インセンスかな」アリスは頭に浮かんだ快楽を与える薬を思い浮かべた。高額で取引される麻薬の一種だ。
「いいセンスをしているな、娼婦宿で稼ぐより店でも開いた方がいい」
「柄じゃないわぁ、私自分でも楽しめるこの仕事が結構すきなのよ。お金もらえて気持ちよくしてもらえてさ」
「この惑星は良い値がつくインセンスがあるぞ」
「それは知らなかったわ。」
「興味があるなら相談にのってやる。」男は、再びアリスに背をむけドアに向かっていった。
「また、来てね」その背にアリスは軽い声をかけた。「で、貴方はなんと呼べば良いかしら?」
「原瀬だ、情報を期待している」男は、ドアをあけ、そして閉まる音と共に消えた
*
おかしい、リシャオがここで殺されたというなら、どうやって死体をあそこまで運んだというのだ。車で何日もかかるというのに。ここで一番早い乗り物といえば煩い飛行機だ。たぶんあれなら十分運べるはずだが、ここにはそんなものがない。
当然、そこまで運べば戦線を離脱することになって、それがバレないはずがない。
彼は、洞穴の住居の中でライターを灯した
「ミリア…やっと尻尾を掴んだみたいだ。報告書はいつもの所にある。俺にもしものことがあったら、それを…」男が闇の中で話してくる。少ないメモリで記録できたのが、この程度なのか、これを記録したところで何か邪魔が入ったのか、いつもの所ってどこだろう?この部屋の中はそもそも何も隠す場所さえない、そしてミリアってだれだろう。名前からすれば女のようだが…この部隊には女性など一人もいない。そしてミリアは彼が隠した何かを、だれかに渡す予定だったのか…記者なら当然新聞社行きということだろうが…
「あいつに報告するしかないな」彼はぼそりと独り言を言った。俺には手に余る。そもそも、俺は探偵でも警察でもない、自分の秘密さえ守ってもらえればいい海賊のなれの果てだ。
彼は、それでも何か無いかと壁に手を当て内部を探っていた。やがて小さい窪みが指先に触れた、その先には金属製のものがある。荷物に含まれていた、小さいナイフでそれをほじくると、ひしゃげた銃弾が出てきた。
「おい、記者さん居るかい?」外から声がかかった。先ほど一緒にレーションを食べた男の声だった。
「ええ」彼はひしゃげた弾とライターをポケットに入れてから返事をした。そして狭い穴をはいずりながら顔を外に出した。
「なにか用ですか?」
「いや、ちょっと皆で一杯やるからお誘いだ。」
「え?でもいいんですか?。ここ前線でしょ?」
「だから、そうでもしなければやってられねぇだろ、ほら来い来い」といきなり男はギョロの腕をつかんだ。彼は仕方ないと男につられるままに夜の帳の中を歩いた。
うすら明るいオーロラの下、数人の男たちが石垣を楯にするようにして集まっていた。
「お前、伊達っていうんだっけ?」
「いえ、井部です。井部ケンジ」
「ふぅん、日系って感じの名前だな。俺は、俺の事は、イカサマってよんでくれ」
「いかさまですか」
「ああ、もっとも細工をしなくても賽の目は自由にできるがね、それがまるでイカサマみたいってんでそういう名になった。あるカジノでお偉いさんの尻の毛まで抜く程に負かしてやったら、町の名士さまから訳の分からない罪状を沢山付けられて牢獄行きにされたんでね、仕返しに半殺しにしてやったらこの有様さ」
「おー来た来た」集まっていた男の一人が小声で言った。しかし、それはどうやらギョロに向けられたものではなかった。やがて、ひとつの人影が外から石垣を乗り越えてやってきた。ギョロが男たちが集まった場所に着くと、石垣を乗り越えてやっていきた男が、背中に背負ってきた風呂敷つつみを開いていたところだった。
そこには4本の色々な形をした瓶が並んでいた。蓋にはキャップの代わりに布が詰め込まれていた。
「これと、2人を交換ね」やって来た男が小声で言った。
「ああ、ちょうどできたてのが居るんだ、そっちに行きたいっていうから連れてゆきな」闇の中でも体格がよさそうに見える男が言った。
「おお、いいねいいね」塀を乗り越えてきた男は、それに比べてとても貧相な体格だ
「で、二人はどこだね」
「そこの石垣の下で横になっている」
「ほうほう、じゃあさっさと済ませようかね、死んでは品物にならないよ」痩せた男は、背を丸めてひょいひょいと進むと目ざとく地面の上に寝かされている人物を見つけた。地面の上の男は、寝ているわけでないが、静かに息をしていた。痩せた男は腰につけた小さい箱から注射器のようなものを取り出して二人の寝かされている男たちにそれをあてがってから男たちの元に戻ってきた。そこで丁度ギョロに目をやった。
「あんた、新鮮だね。どう?不死者にならない?あんたなら酒10本だすよ」
「いえ、結構です」彼は思わず身を引いた。
「ほう、10本だとよ」誰かが言った。
「あいにく、こいつは兵士じゃない、記者さんだ」イカサマが横から口をいれた。「深手を負う事はないさ」
「ふぅ、痛みが消えた」倒れていた男の一人が立ちあがった。
「よう、頼まれたことはやったからな、バタフライ」体格のいい男が闇の向こうに声をかけた
「ありがとうなタイショウ」
「ふん、礼なら古狸に言え、お前もカミソリも一応戦死した事にしてくれたのだからな」
「もう少し寝ているといいね」痩せた男がいった
「ああ、まだ血が足りない気がする」
「そうそう、中で虫が細胞を修復している。まだ時間かかる」
「これが、不死者の作り方?」彼は思わず唾を飲み込んだ
「そう、簡単でしょ。あんたもすぐになれるよ」
「やめておけ、一度これをやったら、定期的に虫と活性剤を補給しないと効果がないってことだ。しかも、ここで永久にただ働きをさせられるぞ」
「ただで働かせない、ちゃんと給料はらう」痩せた男はあわてて否定した
「で、貯めたぜぜこは全部延命のために使うだよなぁ」イカサマが笑いながら言った。「ここにずっと住みたいなら、いい選択だがね」
「さぁ、二人を売って手に入れた酒だ。送別会をやろうぜ」先ほどタイショウと呼ばれた男が布の上から酒瓶を持ち上げた。そして男たちが各々空のカップを差し出した。
「なんか腑に落ちない顔をしているな」イカサマが小声でギョロに話しかけた。
「ここに来る途中でみた不死者の軍とは違うなぁって」彼は、疑問をそのまま口にした。
「見たのか、あれはひん死の状態で脳にも損傷を受けた兵士で作った軍だ。暴力的で、痛みも感じない、ただの獣として作ったものだ。先ほどバタフライが受けた注射と同じ虫を注入するらしいが、脳までは修復できないためにより生物として生存本能がむき出しの人格になっちまうのだとさ、当然使役する側も相当命がけらしいがな。」
「そうなのですか…」ギョロは、それなら本当にゾンビーそのものだと思った。
「お前カップはあるのか?」瓶が回ってきていた。イカサマは、瓶を手にやってきた男を見上げた。
「ええ、ええたぶん部屋に」彼は、周りでカップを盛っている男達を眺めていた。
「わるい、言い忘れた。」イカサマは、瓶を持ったまま頭を下げた。
「カップないのかい」酒を持ってきた男が目を泳がせていた。どこかに余分なものがないか探しているようだった。
「余分、あるのかい、万屋」いかさまが訊いた
「もちろんね。ただでいいよ。サービスね」万屋は腰にいくつもぶら下げているカップをひとつ放り投げてよこした。ギョロはそれを両手でうけとった。軽く薄いアルミのシェラカップだった。
「お前がサービスってのは後で怖いね」イカサマは、ギョロが受け取ったカップを眺めながら言った。
「そんなことないよ。どうせ拾ったものね」万屋は、にかっと笑った。
「おおかた、戦死者から掠め取ったんだろ」
「あ、あ…でも、それ本当に拾いもの」
「だ、そうだ」とギョロは酒を持ってきた男に瓶をよこせと言うと。ギョロのカップにイカサマは瓶の中身を注いだ。どことなく甘い香りが鼻をくすぐる。イカサマは瓶を次の者に渡した。やがて瓶は、タイショウの元に戻ってきた。
「それじゃあ、二人の新しい門出に乾杯」タイショウはやや静かな声で体には似合わないような小さいカップを前に差し出した。
「乾杯」それぞれが口にした。
ギョロは、そっとカップの中身を口につけた。匂いとは裏腹に焼けるような刺激が口の中で広がった。そして、思わず咳き込んだ。
「きついだろ」イカサマが笑いながらいった。「最初はみんなそうなるんだ」
「これ、何度あるのですか?」
「わからないね、適当に作っているから、でもこれで面白い遊びができるよ」と万屋は酒を口に含むと口の前にかがり火の燃えさしをもってきた。そして一気に酒を噴出すと、炎が見事に闇の中を走った。
「ほとんど100パーセントってことだ」イカサマがちびちびと飲んだ。「万屋ぁ、もったいない事するなよ」
「よく飲めますね」ギョロは、呆れるばかりだった。自分の故郷でも、雑穀から酒を造ることはある、しかし蒸留はしない、その燃料が勿体ないからだ。
「慣れっていうか、こんなものでも飲んでねぇとやってられねぇからな」イカサマは、ぐいと残りを飲み干した。
「こうして、あとはがつんと酔いが回ってくるのさ」
「おい、万屋。今度の夜襲はいつなんだ」いつの間にか、タイショウが来ていた。
「それは、別料金ね」万屋は親指と人差し指で丸い輪を作ってみせた
「足元をみるなよ、山賊が…」
「情報は、命がけだよ。」
「嘘つけ、あちこちで危ない酒を売って情報を仕入れているだけだろ」イカサマがにやっと笑った。
「あ、まあそんな事もあるね」万屋は、気のない笑い声をもらした
「いくらだ?」タイショウがぐいと万屋に迫った
「んー、この若い人の遺伝子がいいかな」万屋は軽くギョロを指した。
「えー」悲鳴に近い声をあげるギョロの上をゆく太く大きな声が響いた
「いいだろ、お前ちょっとこいつと散歩してこい」タイショウがやってきてギョロの背中を押した
「一寸待ってください、俺はこんな奴と・・」
「はーい、商談成立ね」と言いながら、万屋は何かのパッチをいきなり彼の首に張り付けた
「え、なに?」彼はパッチを剥がそうと手を上げようとしたが、そのまま地面に倒れこんでしまった。
「奇襲は、10日後ね。」
「10日後だって、なんでまた」タイショウが唸るような声をあげた
「お前、こっちの情報を漏らしたな」
「いやいや、こっちも信用が商売ね。黙っていろと言われれば伝えないよ」
「確かに、お前はそれだけが取り柄だからな、で奇襲の規模は?」
「かなり大きいっていったたよ、だから向こうさんは逃げるなら今の内だと、あんたらに伝えてくれと言われたね」
「10日後、なにかありましたっけ?」イカサマが訊いた
「お前、サイコロばっかり振ってちゃんとブリーフィングを聞いていないだろ」
「はは…」イカサマは頭をぽりぽりと掻いた
「軌道クレーンが荷物をおろしてくる日だ」
「じゃあ俺たちの給料も?」
「そんなもの既に海賊にやれられて、ねぇだろな」
「そりゃそうか、すると弾薬関連ってことですね」
「ああ、おれは小隊長のところに報告してくる。」
「逃げるが一番よ。」万屋はギョロをおぶさるようにして背中に乗せると、よいしょと歩き出した。その後を追って二人の男がついて行った。
「ちゃんとボクちゃんを返してくれよ」イカサマが後ろから声をかけた
「もちろん、でもすっかり骨抜きになるかもね」万屋の声が返ってきた。「でも必ず生きて返すよ」




