表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/11

第5中隊


「あちこちに立っている大きなポールはなんですか?」車を止め、一休みをしている間にギョロはアリスに訊いた。道なき道を疾走している間に、高さ20メートルほどの電信柱に似たものが幾つかみられたからだった。アリスは、地面に座ってバーナーのポンピングを始めていた。


 それで忙しいのか、彼女からの返事は無くギョロはただ、延々と続きそうな彼女の作業を見ていた。火を使うこと自体、播種船を改造した故郷の船ではあり得ない事だ。彼女は、ライターでバーナーに火を付けると、青白い炎が立ち上がり、ごとくの上にパーコレイターを置いた。


「あれは、マーカーだ。」アリスは、蓋がカタカタをなりだしたパーコレーターを見つめながらやっと返事を返した。やがて茶色い液体が透明になっている蓋の取っ手にあがってくるのが見えた。


「マーカー?」彼は立ったまま周囲を見回した。今はその姿は彼には見えない。


「GPS衛星が無いからその代わりだ。見ての通りこの辺りには、まだ満足な道さえない、マーカーを頼りに方向を見極めるんだ」


「あんな何も変哲もない棒で方向が分かるのですか」ギョロは感心したように言った。


「先端に色が付けられているから、それで位置が分かるしマーカーの傍にいけば次のマーカーが見えるように配置されている。ここからでも4本ばかり見えるだろ」


「え?」彼は辺りを見回したがそれらしいものは見当たらなかった。遠くは全て霞んで見えるからだった。「どこにあるのです?」


「ほらあそこ」とアリスが指を指す方向をみたが、ギョロには何も見えなかった。その指す方向はうすらぼんやりとしているようだった。


「みえないです」


「お前ら海賊はずっと宇宙船の中で暮らしているから近眼が多いからな。しかし、遠くが見えないのは、戦場だと命取りになることもあるから気を付けるんだな」アリスは、二つの金属のカップにコーヒーを注いだ。そして自分でそれを飲んで顔をしかめた。


「古い豆だけにやっぱりまずいが、仕方ないな。」とカップを彼に差し出した。ギョロはそれを受け取って香を嗅いだが、とてもよい香りに思わず目をつむった。味も悪くはない。


「これ、本物ですか?」


「当たり前だコーヒーに本物も偽物もあるかい」アリスはギョロを不思議そうにみた


「俺のところじゃあ合成コーヒーしかないです。フードプリンターでなんでも作れるから、でもよく故障するんだ」


「そんな前世期の遺物をまだ使っているのか?」アリスは口をあんぐりとあけた。


「しょうがないですよ、古い船だもの。海賊しないと食っていけないし」彼はコーヒーを音を立てながらすすった。「良い香りです、これが本物なんだ」


「生きていればもっと美味しいものにも出会えるさ」アリスはじっと遠くを見た。その視線の先には、ギョロには見えない一本のマーカーが見えた。


「飲んだら行くぞ。」


「あの、銃の練習は?」


「そんな事、言われなくても自分で時間を作れ」彼女はそっけなく言い放った。


 道なき大地を走る車の中で、ギョロは何度となく車から身を乗り出して胃の中のものをまき散らした。それでも容赦なくアリスはアクセルを踏む一方だった。その辛さで食事も満足に取れなったが、彼は停車の合間や食事の合間に銃を撃ち、ジョギングをし、腕立て伏せを繰り返した。目的地がまだ遠いのかどうなのかは、敢えて訊かなかった。


 荷台に積んだ10個の20リットルのジェリ缶からは、ガソリンが毎日アリス自ら燃料タンクに注ぎ入れていたが、空になったジェリ缶を満たすべき基地もスタンドも無かった。

「古くさいレシプロエンジンだが、アナログながら可能な限り燃費がいいし、車体も軽いから、目的地までは充分な燃料さ」アリスは、そう言っては、車体をぽんぽんと叩いていた。「もっとも攻撃されれば直ぐに火だるまだがね。距離を考えれば、必要な量だ」


 ギョロとしては、もし近々到着となればまだ自分の技量に不安が残あるし、まだ着かないとなれば、辛い車の移動に気力を削がれそうだったからだった。今日一日耐えること。今日一日が無事に終わることだけを常に考えていた。


 ある日、彼らが休憩をしていると銃を持った一団が列をなして歩いているのに出会った。彼らは、無言のまま二人の近くをゆっくりとした足取りで通り過ぎて行くだけだった。その彼らの風体といったら、ボロを纏い、そのボロのあちこちには血の染みが広がっているのだった。そして靴は無く、裸足のまま固い地面を踏みしめている。しかし表情は、硬直したかのように無表情で痛いとか熱いとかも感じないように見えた。


「不気味な連中だ。」ギョロは、小声でアリスに言った。「なんです彼らは?」


「地球軍と交戦していた連中だ。」アリスの顔もいつの間にか白く硬直したように見えた。恐れ、あるいは穢らわしいものを見るような表情。


「この辺りはもう停戦となっているから引き上げているのだろう。あれが、有名な死者の軍隊だ。」


 ギョロは、その噂は聞いたことがあった。死んで間もない者に特殊な線虫を入れるのだという、それにより死者の心臓は動き出し、生き返って最初に見た者をマスターと認識してマスターの指示にはなんでも従うという噂だった。


そのマスターらしき男が列の最後尾で号令を掛けていたが、二人を見るとにやりと笑った。「地球に帰るのかい」男はしわがれた声で言った。アリスは、そっぽを向いた。


「へへ、さっさと帰った方が身のためだぜ、お嬢ちゃん」男は、大きな放屁をした。「こんな風になりたくなければね」そして、笑い声をあげながら荒野の中を進んで行った。


「こっちも行くか…」アリスは車に乗り込んだ。ギョロもそれに続いた。そして助手席に座ると、ふと思い出したように言った。


「なぜ、海賊の俺を直ぐに処刑しなかったんです?」


「助けてくれというような情けない顔をしていたんでな。つい仏心を起こしたまでだ」 

そんな情けない顔って…ギョロは、バックミラーを覗こうとしたが、車が急発進したために、助手席の前に付けられた取っ手にしがみつくしかなかった。


 デリンジャーを撃っても、しっかりと握っていられるようになった。弾を込めてまた撃った。しかし狙った筈の岩には掠りもしなかった。


 寒さでかじかんだ指に息を吹きかけ銃弾を込めた。陽は地平線より上にはいるものの、天上に上るような様子ではなかった。


「言っただろ、この惑星の自転は予測不能だと」アリスは、寒そうにしているギョロに向って言った。「そのため作物も満足に育たない、明日は夏になるかもしれないしな。そんな不毛の地では、使役するためのゾンビーを作る技術をこの宇宙で唯一持っている。そのゾンビー相手じゃ、そんな銃では死んでくださいと言うようなものなんだが・・・」


 ギョロは、そんなアリスの言葉を聞きながら、引き金を引いた、偶然にも、岩の破片が飛び散った。


「ま、まともに撃てるようになっただけましだな」アリスは、分厚いコートを着ていた。ヘリンボーン柄のグレイのツィードのコートだった。後ろに積んだ大きなザックにはさらにいろいろな服が入っているのだろう。ギョロはアリスがいつの間にか綺麗になったように感じついつい背後に止めた車に寄りかかっている彼女を不用意に長く見てしまった。 

「何か?」彼女は、顔をわずかに傾けた。声には不機嫌さが混じっているように思えた。

「なんでもないです」彼は再び銃を構えた。引き金を引いたが、やはり岩には当たらなかった。


「その銃では当たらないよ、言っただろ護身用だって。襲われて敵が密着してきた時に有効なんだそれは…ただ、やたら撃てないようにトリガーが普通の銃に比べて重くなったいるからお前みたいな軟弱な奴にはいい運動にはなる。それよりたぶん、明日には第5中隊に着くことになるぞ。」


 その日はテントから出たときから寒く手がかじかむほどだった。陽は、地平線より高いところには上がりそうにもなかった。目前には、いくつもの山が背後からの陽に照らされて山の端が近くに見えた。その山のどこかに第5中隊が居るのだという。


「早いな」後ろからアリスの声がした。「眠れたか?」


「ええ、まぁ」彼は、そう答えたが、寝袋の中でひたすら考え込んでいたせいで、眠ることができなかった。


「もう、この辺りは戦闘地域なんですか?」


「そうだ、しかし敵も味方もいずれ休戦か停戦か、することが分かっているから、時々互いにちょっかいをだしている程度だろうな、本格的な戦闘をやっているという噂は聞いていない」


「それで安心しました。」ギョロは、ポケットに入れてあるデリンジャーを上からたたいた。「こんな銃と俺の腕前じゃあ生きていけないもんな」


「銃だけでも生き残れないかもしれない。運も必要だからな」


「え?」


「悪いが、今日の食事は携帯食だけになる。ここから先は勘で部隊がどこに陣地を構えているか探す必要がある。普通に食事を取っている余裕はない、それと荷台にある燃料を入れてくれ、十分力はついてきただろ?」


ギョロはうなずくと、荷台にあるジェリ缶を引きずり降ろして片手で持ってみた。ずっしりと堪えるが全く持てない訳ではなかった。車の燃料キャップを外し、両手を使って腹の位置まで持ち上げた缶を傾けた。途中で疲れ、一度缶を地面に降ろしてまた持ち上げる。ガソリンの匂いが鼻をついた。それを何度か繰り返して燃料キャップを閉め。空になった缶を荷台に放り込んだ。


 助手席に座り掌の匂いを嗅ぐとアリスがオイルにまみれたぼろきれを彼に渡した。


「これで拭け。部隊に着けば洗えるだろう」


 車は山に向かって走りだした。そして、なぜ勘が必要なのかギョロは分かった。マーカーがあちこちで壊れているのだった。アリスは時々車を止めては地図をひっぱり出した。地図に不可欠な方位を示すマークは無い。そして、一冊の擦り切れた本をダッシュボードからギョロに出させた。本は、手書きの絵が描いてある。どれも山の絵であり矢印やら

文字やらがあちこちに書き込まれていた。


「なんですか、それ」


「海でいえば、やまだてとでもいうべきか・・・」アリスはぼそりと言って、ページをめくった、そこに目の前の風景に似た絵が描かれていた。「絵でいえば、ここ」と絵に描かれた麓のあたりを指してから、その指を正面にむけた、「あの辺りに隊が駐留しているはずだ」


「これで本当にたどり着けるのですか?」


「まぁ近くには行けるだろう。誤差も10キロ程度だろうが、問題は地形だな」


「そうそう、着いたら私達は全くの他人、関係のない間柄だからね、あまり丁寧な言葉使いで、気を遣うような言動はしないで、普通にため口使っていいわよ」アリスの口調が高圧的なものから変化していた。


「でも、あんた目上だし」


「気にしないわ。まぁ向こうに着いたらどうせそうも逢うことはないけど、なんか疑われるような行動はしないこと」


「分かったよ」


暫く車を走らせたのち、二人はため息をついていた。


「これはまた…」ギョロは、目の前を塞いでいる山肌を仰いだ。とても基地がある場所には思えない。


そして、この場所に来てからは、幾つもの谷の間に入り行き止まりにぶつかり、谷を出てまた入っての繰り返しが続いていた

 谷から外に出ると、燃料は残り少なくなっていた。


「ヤマを張ってダメなら徒歩で探すことになりそうだ」アリスはため息をついた。「さてどれに潜り込んでみる?」


「こんな大雑把な絵図しかないのですか?」


「ああ、ここではそんなものだ。地図なんか、軍にしてみれば秘密にすべきものだからな」


 そこへ遠くからエンジン音が近づいてくるのが聞こえた。音の方向を見ればそこにはもくもくと砂塵と排気ガスを立ち上らせながら一台のトラックが近づいてくるところだった。トラックはまっすぐに二人の方に近づいてくると二人の前でパスンパスンという音を立てながら止まった。荷台には多くの男たちが二人を見ていた。


「どうした?お二人さん。こんなところでセックスしてんのかい?」助手席の男が窓から顔を出して訊いた。荷台でからかう声が飛び交った。


「ああ、夢中でやっていて、道に迷ってしまったんだ」アリスは、大声で応えた。「そっちのトラックはどこに行くんだ?」


「そりゃ、天国に決まってようが!!」荷台から声がかかった。「あるいは、地獄ともいうがな」


「どうだい?イケたか?」と別の声がかかった。下品な笑い声が広がった。


「ねぇちゃん本当に道に迷ったのか?」助手席の男が訊いた。


「第3連隊を探しているんだが、燃料が少ないんだ」アリスは、両手をあげて丸を作ってみせた。


「そりゃ、あんた運がいい、俺たちもそこに行くところさ」助手席の男が言った


「助かる、案内してくれないか?」


「もちろんさ、で、あんたはなんだい。補充兵には見えないが?」


「第5中隊にある娼館に行きたいんだ。みんな撤退してしまってね。最期の一稼ぎに商売しに来たんだよ。」


「そりゃいい!!おい、この綺麗なねぇちゃん娼館で働くんだってよ」


「よかったら、遊びに来てちょうだい。であんたらこそ補充兵かい?」


「そうよ、荷台のは傭兵のあんちゃん達だ。こいつらもまだ稼ぎ足りないっていうんでな、最後の戦場につれてきてやったところさ。で、そこの柔そうな兄さんも娼館で働くのかい」


「え・・」とギョロが返事をしようとすると、アリスは彼の言葉を遮った。「こいつは記者さんさ、車はこの人の物でな、私はついでに乗せて貰ったんだよ」


「記者さんかい、だったら海賊の被害でも書いてくれよ、こっちとら輸送中の現金がことごとく掠め盗られて貧乏なんだよ」


「貧乏人はお断りだよ」アリスは腕組みをして怒ったような仕草みせた。


「金ならたっぷりあるぜ」荷台からダミ声が響いた


「じゃあ来てねたっぷりサービスするわよ!!」


「なに言ってんだお前のは全部軍札じゃねぇか」


「軍札ってなんだい?」ギョロが聞くと、アリスがじろりと彼を睨んだ。


「しらねぇのかい?ぁ、軍内部のおあしだよ。現金は海賊に盗まれたとはいえ、俺たちだって金がなきゃ女も抱けねえ、だから代わりに発行している、お金だよ。」


「じゃあそれを持っていればあとで現金になるのかい?」ギョロは妙な好奇心を持って聞いた。


「そういう事になってるが、それは帰ってみねぇとわかんねぇや」


「下手すりゃただの紙きれかい?」


「まあ、そういうことだ。だからもし持っていたらさっとと他のものでも買うことを薦めるよ。さあ、いい加減行こうか。この荷物を時間までに持っていかねぇとな」

運転手は、後ろの男たちを顎でさした。


「わかった、道案内よろしく」アリスは、笑みを見せた。


□□□□□


 谷合に作られた町の手前には見張りが2名が門の前に立っていた。

アリスが自前の身分証をだすと、見張りは喜んだ顔をしたが、ギョロの偽造された身分証を手にとると、疑わしそうに眺めた。


「イベ ケンジか」それを彼に返すときに指に力を込めて彼がそれを簡単に取れないようにして顔を近づけた。


「まずは、中隊長のところに顔をだしておけ、下手にうろつくとスパイ扱いされるぞ」そう言ってからやっと彼に身分証を掴む指の力を抜いた。


「車はどこにとめたらいい?」アリスは、笑顔で訊いた。


「まっすぐ行った行き止まりに、車が置けるようになっている」兵隊はぶっきらぼうに返事をした。若い兵隊だなとギョロは思った、自分と同い年か若いくらいかもしれない。地球ではそんな若い男はまだ学業に励んで働くことはないと、移民船の老人の一人がぼやいていたことがあったのを思いだした。するとこの若い男は、どこからか連れて来られたのだろうか。


「ありがとうね」アリスはゆっくりと車を前進させた。門の中にはいると、道の両脇に粗末な家屋が建てられてその家屋の回りでは汚れた迷彩服に身を包んだ兵士達が煙草を吸いながら寛いでいた。その家屋の一つには、女性たちばかりがたむろして、近くを通る兵士達に声をかけていた。


「あれが、遊郭って感じね。私はあそこで働くから…ちゃんと報告にきてね」アリスは口調を変えた。別な人格になりきるつもりのようだった。


「アリスと呼べばいいのかい?」


「呼ぶ?そういうときは指名っていうのよ、ボク。」アリスは彼の鼻先を小突いた。「私の源氏名は浮舟にしようかしらね。」自分でうなずき、納得したようだった。「そう、いまだ身の置き所が決まらない女としてはいいかもねえ」


「うきふね?」彼は復誦してみせた。


「ええ、そうよ。」


「なぁ、本当にいきたりばったりでなにか調査なんかできるのかい?あんたの欲しい情報は何なんだ?」車は、徐々に突き当たりに近づいていた。


「そうだな、あてずっぽうじゃあ無理か」アリスは、元の口調に戻ってからわずかの時間目を閉じた。「兵士の死だな、戦場では当たり前だが、テーマは戦場における人生の終焉だ。でも、記者となれば情報のほうから多分あんたに寄ってくるかもね」


「対象が多すぎるよ、死体なんかごろごろしているし」ギョロはふうと息を吐いた。その中にアリスのほしい情報があるというのだろうか。「だれかここで死んだのですか?」


 アリスは一瞬何かを言おうとしたようだった。「そうかもしれない、違うかもしれない」と答えただけだった。そして車は停車した。アリスはエンジンを切りキーを取った。二人は車を降りると、砂と泥の土地に作られた小さな基地の中に立ち並ぶ兵舎の町の中を歩き出した。陽が傾いている。休んでいる兵士達が珍しそうに二人を目で追っていた。「これ、あんたが持っていて…」アリスはエンジンのキーを彼に差し出した。


「いいのですか?逃げるかもしれませんよ」


「逃げられる自信があるなら、やってもいいわ。それができたら誉めてあげる」彼はキーを受け取った。気が付かなかったが布で作られた小さい何かの動物のマスコットがついていた。


 やがてアリスは手を振って娼館に入り、彼は、一人の兵士を捕まえると中隊長に挨拶をしたいからと、居場所を尋ねた。若い兵士は、面倒くさそうな物言いをしたが「ついてきな」と言って彼を案内した。


 案内された建物は道路に面した2階建てのレンガ作りの家だった。中は薄暗く、何人かの男たちが机に向かって事務処理らしいことをしていた。


 彼は階段横にある受付らしい場所に連れてこられた。ただ誰もそこにはいなかった。若い兵士は、じいさん!じいさんと大声を上げた。周りで事務をしていた男たちが迷惑そうな顔をして若い兵士をみた。すると奥の方から「じいさん、じいさんと煩いなぁ」と禿げ頭の男が片手にカップを持ってやってきた。


「じいさん、こいつが中隊長に会いたいってさ」兵隊は、彼の背中を押して前に出させた。

「あん、あんた新入りかい?」禿げ頭は、受付の席に座ると。机に置かれたノートを広げた。ペンを持ってトントンと机を打ちながらじっと彼の顔をみた。


「いや、記者です。取材で来たんで、中隊長さんに挨拶したいのですが」自分の声がやや震えているように感じた。


「どこの新聞だい?」


「フリーです。」彼は、ポケットから証明書を取り出して机の上に置いた。まだ指先が震えているように感じた。


「ほう、イベ・ケンジか。来たばっかりかい」


「そうです。」


「これにサインと取材目的を書いて」禿げ頭は、ペンを彼に渡した。


「字は、何語で?」


「俺が読める字ならなんでもいい」


「ふぅん」ギョロはノートに井部 健二と書いた、証明書に記載されている英字を自分なりに母国語にしてみた結果だ。綺麗な字と言えないが、指が震えることはなかった。


「日本人系の植民地か?」


「そう聞いています。ここの部隊も東洋系ですね」彼はうなずいた。


「そうだ、で取材目的はなんだ?いまさら戦争反対でもなかろう?宇宙どこでもドンパチやっていて、反対を叫ぶには遅いぜ」禿げ頭は身を乗り出して訊いてきた。他の事務をやっている男たちもそっと聞き耳を立てていた。


「死について」その言葉を言ったとたん、こうもり、鼻高、白目のことが脳裏をよぎった。「戦場における死について」


「なんだやっぱり反戦ネタかよ。」


「違います、彼らの生きてきた証について、死に方について自分なりに考えてみたいんです」


「俺にはわかんねぇな」禿げ頭は、カップに入れた飲み物をすすると。「一寸待ってな」と席を立ち2階に上がって行った。


「戦場で死とは、ネタがありすぎるぜ、あんた」案内してきた若い兵士がまだ後ろに立っていた。「いっそ墓地で取材でもしたらどうだ。飽きるほどあるぜ、あの壁に死んだ奴らの識別番号札がぶら下がっているからよ、あれを使えば生前のインタビューが仮想空間でできるぜ。もっとも他の惑星に行ければの話だがな」若い兵士は、背を向けたまま手をひらひらさせて出て行った。そして暫くしてから、2階から禿げ頭が降りてきた。


「中隊長が会ってくれるそうだ。」禿げ頭が降りながら言った。「時間がないから挨拶だけにしろ、済んだら腕章を用意しておくからな」


「どうも」とギョロは階段に向かった。


「上がって一番奥だ。」すれ違いざまに禿げた男がぼそっと伝えた。


 

 2階の廊下も明るいものではなかった。両側に扉が並んでいるが、扉の上にある札にはどれもこれも第何倉庫と書かれているだけだった。一番奥正面の扉には札さえ掛かっていなかった。ギョロは扉をノックした。


「入れ」扉の向こうから聞こえてきた。声は若い男のような感じがした。


「失礼します」と扉を開けると、いきなり銃口が突き付けられた。


「!」彼は、背が高い男と銃口を交互に見つめた。口だけがパクパクと動くだけで声もでない。そんな彼の様子を面白そうに男は見ていた。


「びびりだな」男は銃をホルスターに仕舞うと、彼に背を向けて窓際にある机に向かって歩いた。彼は未だ膝が震えていた。男は机に着くと両手を組んで机の上においた。


「さて、びびり君、取材にきたそうだね?」


「あ・・は、はい」彼はその場で声を出した。


「この惑星の他の地域ではほぼ戦闘は終わっているが、ここではまだ続行中だと知っていて、来たのだろう?そんなびびりで仕事ができるのかね?」


「え、そ、そのつもりで来ましたから」


「まぁそんなとこで話すな、声が遠くなる」と男は彼に近づくようにと手で合図をした。彼が机の前に立つと。机の上に置かれている地図をぽんぽんと指でたたいた。その地図の上には、小さい赤い箱があちこちに置かれていた。そして赤い箱に囲まれているように大きい青い箱とそこから離れてが小さい青い箱が一つ置かれている。その青い箱を指でたたいて、「これがお前のいるところ」そして小さい箱をたたいた「ここが第三小隊、赤い箱は敵さんだ。撤退のためのところだけは空けてくれているがね。第三小隊は、軌道クレーンからの兵站路を守っているだけに、前線と言ってもいい、死について取材をしたいならここがお前にとって相応しいだろう、井部といったかな?」


「は、はい…」彼はじっと地図を見ていた。第三小隊の回りは特に赤い箱が多く置かれていた。すっかり囲まれている。


「そんなびびっていて本当に仕事が務まるのか?武器は持っているのか?はっきりきって故郷に戻った方がお前のためだ」その声は打って変って優しいものに聞こえた。ギョロは、彼の言葉に従って戻ってしまいたかった。しかしどこへ?いやアリスからもらったこの偽造の書類で逃げることはできないか?そのまま撤退する部隊に紛れて宇宙のどこかへ逃げられないだろうか、だがその前にアリスが彼が海賊として手配したら…


「ぶ、武器はここに」彼は、ポケットからデリンジャーを出した。


「笑わせるな、それは女子供の持つ武器だ。ここは戦場だ。お前俺をおちょくっているのか?」


「いえ、でもこれしか持っていないです」


「以前、同じようにここに来た記者がいた。そいつに武器を持っているかと訊いたら。ペンをだしやがった。それぐらいの気概が欲しいもんだなびびり記者さん。」


「その人は?」


「さあ、どっかに消えちまった。まぁ敵か味方が知らないが、どこかの誰かに間違って撃たれたんだろうな…」


ギョロは、まずはその事前にやってきた記者の跡でも追えば、どうだろうと思った。


「その人の名前は?」


「リシャオって言ってたかな?」中隊長の言葉に彼は最初に出会った死体を思い出した。「ふぬけだ」中隊長は付け加えた。

 

「悪いことは言わない、ここから出てゆくか、デリンジャーかペンより殺傷能力のあるものを常備しろ、武器は下にいる中村に言えば出してくれる。


「リシャオさんはどこへ取材に行ったのですか」


「第三小隊だ。」


ノックがした。


「はいれ」中隊長は大声で返事をした。


「弱目一等兵ります。」と若い声がした。砂地色の軍服に日に焼けた男が敬礼をした。 

「なんだ」


「敵ゾンビーの処刑準備ができました」


「わかった」中隊長は、腰を上げると彼を見てから。「丁度いい、お前に良い見世物を見せてやろう、ついてこい」と命令をした。


煉瓦の兵舎を出ると、背後が、絶壁になっている広場の入り口に二人は並んだ。


「よし放て」中隊長の声とともに、右手にある小屋の戸が開いた。中からは、傷だらけの二人の男が出てきた。しかし歩き方が妙にふらりふらりとしていた。


「見えおけ、あれが敵の武器だ。」中隊長は、銃で一人の脚を撃った。しかしまるでそれが当たっていないかのように二人はふらりふらりと向かってきた。つづいてもう一人の胴にも穴があいたが、結果は同じだった。彼は、そっと一歩足を引いた。


「このように不死身といっていい」ボロ雑巾のような二人の男は、じわりじわりと進んできた。「戦場では、あれが武器を持って向かってくる。もし、多少でも命が残っている間に捕まれば、あれと同じように改造されてしまう」二人の男はもうすぐそばまで来ていた

「この距離でもデリンジャーの短い銃身では当たる保障はない、大事なのはこうやって」2回銃声が響いた。二人の頭が血を噴出した。そして仰向けざまにひっくり返った。


「頭部を打ち抜くしかない」中隊長の銃身から硫黄の匂いがした。


「どうする?行くか?人の取材より前に自分の死を取材することになるかもしれないぞ」

「と、とりあえず行くだけ行ってみます」逃げればアリスに密告され、行けばゾンビーに殺される。ただ、後者ならまだ地球軍の兵士は味方であるはずだ。


「そうか、ならば中村に頼んでまともな武器を貰え。」


「いや、これでいいです。」彼は小さい銃を取り出した。よく分らないが今はどこか手にしっくりと収まる。



「本当に死ぬぞ」


「人を撃った事がないんです」彼は両肩をすぼめてみせた。「よぼどの事が無いときっと撃てません、きっとその時はこれが当たるぐらいの至近距離だと思います」


「勝手にしろ」中隊長は彼に背を向けた。




「第三小隊にはどういけばいいですか?」ギョロは、中隊長と共に兵舎に戻ると受付の禿げ頭に訊いた。中隊長はさっさと部屋に向って行った。


「あん?またへんな所に取材に行きたいものだな」禿げ頭はぽりぽりと頭を書いた。


「おい、弱目!こいつを山の上の途中まで案内してあげな」すると若い兵士が面倒くさそうにやってきた。そして彼の顔を見るなり「ああ、さっきの記者さんかい」と彼を上からなめるようにながめた。


「どこまで連れてゆけばいいですかね?杉田さん」弱目は禿げ頭に訊いた


「適当にあとは一人でゆける所までだよ。ついでに記者さんこれ持ってゆきな」と一つの袋を机の下から取り出して机の上に置いた。みれば、かなり大きな袋にはショートブレッドのようなものが沢山入っていた。


「これは?」


「食い物さ、海賊にさんざん補給物資が襲われて金目のものはないが、退却する部隊が余ったやつをよこすんでな、こればっかりは沢山あるんだ、それに第三小隊は食い物さえ少ないからこれでも土産に持っていけば口を滑らして特ダネを話してくれるかもしれねぇよ」


「なぁに言ってんすか、特ダネどころかカモにされてスカンピンにされるだけですよ。僕は、あそこでひと月分の給与全部取られましたからね」


「そりゃ、弱目、お前さんの名前の通り目をうまくだせねぇからよ」


「あれは、絶対イカサマですよ」


「そんなことあっちで言ってみろ、袋にされて敵さんに売られてしまうぞ」


「まあ、そういうところだからさ」弱目はいきなり彼に声をかけた。「気を付けないと素っ裸にされちゃうよ」


「ひどいところみたいですね」彼は思わず言った。


「通称、第三愚連隊って言っているしね、で今から行くの?」


「いや、今日は移動で疲れてさ、明日の早朝でいいかな?」


「そうしてくれた方がいいな、これからだと車でも夜になるしな」


「遠いのかい?」


「まあ遠いっていえば遠いしね、それに最近は陽の入りがすごく早くってさ」


「じゃあ、明日の朝にお願いするよ」


「そう、なら何処に泊まる?」


「どこでも、なんなら車にテントも入っている」


「テントは止した方がいいな、少ないけど襲撃がたまにあるし、そうなると兵士の傍の方が安心だよ。ちょうど一番駐車場に近い建物が結構空いているから使うといいよ。」


「じゃあそうさせてもらうかな」


「朝は起床ラッパがなるからそれに合わせて起きて、ついでに朝も食べるといいよ、まずいけど、食えないものじゃないからさ」


「ありがとう、明日の朝頼みます、弱目さん」


「どうせ、暇だし。構わないさ」



 兵舎の中は、妙な活気があった。賭博をするグループ、女を買いにゆく輩、大声で会話を弾ませている者たち、そして煙草の煙。ギョロはその煙で思わずむせそうになった。火気や酸素の消費に煩い宇宙船内ではありえないほどの煙だった。


「やあ、あんたかいブン屋さんってのは」酒臭い息が顔にかかった。彼がきょろきょろしている間に、弱目はどこかに行き彼の背後に誰かが来ていた。


「いえ、どちらかといえば、フリーの記者でして」彼は、変なのに捕まったかなと思った。


「ふぅん、前も記者さんが来たがいつの間にか消えちまった。で、あんたも第三小隊に行くのか?」


「ええ、まぁ。。。」


「行っても何もねぇぞ。あるのは墓標ときちがいばかりだ。ここもひでぇところだ。酒か薬でもないと正常な意識を保っていらねぇからな、だがあっちはここ以上だ。それでも行くのかい?」彼は、うなずいて回答しただけだった。


「バカが」これでも持ってゆけ、選別だ。と一つのボトルを彼に差し出した。


「これは?」


「お前、酒をしらねえのか?」


「いや、そういうわけでは」と彼は思わずそれを受け取った。ラベルも無い透明な瓶には透明な液体が入っていた。彼はその液体をしげしげと見つめた。いかにも危ない酒って感じだ。


「娼館で密造されたものだ、薬局で作ったものよりは安心だぜ」男はにやりと笑って彼に一瞬背を向けたが、ふらっと踵を返すと。ポケットから細い紐にぶら下げられた懐中時計を差し出した。


「これを、第三小隊の墓地で眠っている木崎の墓にかけてやってくれないか?」


「はあ」と彼はそれを受け取った。みれば秒針が止まっている。


「やつから、賭けのカタでとったものだが、見ての通りにうごかねぇ、それにこれを掴んでからやたらと負けが込んできてな、ひでぇ貧乏神だ」


「木崎さんですか」彼は名前を繰り返した。


「木崎 修、二等兵だ。頼んだぞ」そういって男は、ぽんと彼の肩を叩いた。ダミ声が男の名前を呼んだらしく、男はそれにおうと応えると、数名が集まっている所に入っていった。


「おし、貧乏神さんとおさらばしたから今日は勝ちまくってやるぜ」


「なぁに言ってんだ。おめえさんそのものが貧乏神だよ」笑い声が沸いた。



 夕食の後で彼は、固い床の上に毛布を乗せただけの寝床でじっと懐中時計をみていた。止まった時計、竜頭を引いて回せば長針が回るが、あとは何をしても動かない。裏の蓋を開けようと見ても、特別な器具が必要なようでとても今は開きそうにない。わずかな灯を与えていたランプも静かに息を引き取った。

 

起床ラッパで目が覚めると、男たちはぞろぞろと起き上りだるそうな動きで軍服を着ては外に出て行った。彼は服のまま寝ていたのでそのまま、出て行くとちょうど建物の出入り口で弱目に会った。


「起こそうかと思ったのですが、よく起きれましたね」青年は、にっこりと笑った


「凄い音なんで、あれで目が覚めなかったら凄いよ。弱目さんも早いですね」


「今日のラッパは私だったんですよ」弱目は、ふふっと笑った。「あまりにもひどい音だっていうんで皆寝起きが良いんですよ」


「なるほど、おかげでよく目が覚めました。」


「さぁ飯に行きましょう、私のラッパほど酷くはないですが、こんな所ですから期待はしないでください」


「一度野戦病院でずっとウェハースにスープを入れた妙なものばかりだったけど?」

彼は、あれより酷い故郷の食糧事情を思い出し、思わずそれも口に出してしまいそうだった。


「あれよりは良いかもしれませんね」弱目は、歩き出した。


「一応、炊き出し5号がありますから」


「え?」


「わが部隊が誇る集約型調理器ですよ、煮炊きも焼き物も大量に調理できるのですよ。取材してみます?」


「後で見てみようかな…」


「いえいえ、見るなら稼働中の今ですよ」


「でも、食べ物はなくなったりしないかい?」


「それは無いです。日々統計をとって必要な量よりちょっと大目に作っていますから」


「ほう、弱目さん詳しいんだね」


「調理もラッパも当番で順番が回ってくるんです。」


 やがて二人は、兵士達の長い列を見た。その先でなにやら蒸気があがっている。

二人は、列の脇を通りながら、先に進んだ。なにやら割り込みをしようとしているのではないかと、怪しむ視線が時々列の中から二人に浴びせられた。


 その機械はまるで、宇宙船にあった大きな発電機のように見えた。人の背丈ほどもある金属の塊のあちこちから、食事らしい匂いや蒸気が立ち上っている。


「限られた燃料で人数分の調理をするので、熱を無駄なく使うように設計されているのですよ。一番下に焼き物のオーブンが、そしてその熱で煮物やごはんを炊いていて、その蒸気で蒸し物を作ったりしているんです。」


「便利なものですね」彼は、それをじっと見つめた。そもそも彼の故郷においては、料理をする素材そのものがいつも少ない状況だ。もしこんなものがあっても作られるのは具の少ない水のようなスープであることは変わりないだろう。


「ええ、すごく」弱目は、胸を張るようにして言葉を返した。


「そういえば、耳にしたところでは、海賊の被害が頻繁で物資が滞っているとか?食糧は大丈夫なのですか?」


「なんだかんだと備蓄もあるし、撤退した部隊が融通してくれたからね。それにここも間もなく撤退だろうから、心配するほどじゃあないよ。ただ、現金が無いのは困っているよ。」


「現金?」


「こんなところだって、女はタダでないし、山賊とかからちょっとしたものを買うにはカードって訳にいかないからね。本来なら支払われる給与も盗まれているからたまんないよ。さあ、列の後ろに回りましょ。食事をしたらすぐに出発をしないと」

 ギョロは弱目と共に来た道を戻り、さきほどより短めになった列の後ろについた。


 食事は玄米を炊いたもの、豆と野菜を煮たもの、合成肉を焼いたもの、野菜をそのまま蒸したものだった。どれも味付けは決して濃くは無かったが、素材の味がよく出ていた。なにより、彼の故郷ではこのような食事ができるのは、仕事を成功させたチームか、子供を産んだ女性ぐらいのものだ。ギョロは自分の今までの生活がいかにみじめなものであったかを知らしめられたように思えた。


 食事を終え一旦兵舎に戻ってみれば、兵士達はどこにもいなかった。がらんとした部屋で荷物を整え、裏手の駐車場に行くと。弱目は一台の小さい軍用車の脇で空を見上げていた。彼はなんだろうと上をみたが、雲一つない青い空がみえるだけだ。


「さあ井部さん、行きましょうか」と弱目は運転席についた。

土産にと渡されたショートブレッドのようなものと自分の荷物を銃座の脇に置いて。ギョロは助手席に座った。


「距離はそんなでも無いのですが、天気が良いし、ちょっと僕の好きな路で行きますね。まぁ普通に行っても半日がかりだけど」


「任せます」彼は、じっと前を見つめた。粗末な兵舎が立ち並び、遠くで兵士達の掛け声が聞こえた。不安定なアイドリングをアクセルで安定させ、乱暴にクラッチがつなげられた。


 ここに来た道をしばらく戻り、やがて車は木々がところどころ生える山に向かった。やがて整備された見えた道はなくなり、うっすらと残る轍だけがここを時折車両が通行することを示していた。


道なき道のため、車体は揺れに揺れ、ギョロはずっと助手席の前についているグリップを握りしめ続けていた。会話をしようものならたちどころに舌を噛み切りそうだったので、歯をかみしめていたが、聞き取れないながらも弱目が大声で何か話しかけてくるので、彼は唸り声のような声で相槌をうっていた。


道というより乾いた河床の様な地形を登る段になると、大きな礫を踏みつけながら進むのでその揺れは極限に達した感があり、車の速度も人の歩く程度しか出なかった。それでも、弱目は慎重にコースを読み。なるたけ大きな石が車の底に当たらないようにハンドルを忙しく切り続けていた。


 唐突に、車が止まった。彼は何事かという不安な思いと揺れから解放されたという安堵の気持に揺さぶれた。弱目はさっと車から降りると、右側の乾いた灌木の藪のほうに向かった。ギョロは、そこで弱目が目指している目標を発見した。


 肋骨が露わになった一体の遺体が倒れていたのだ。弱目はその遺体に近づくと手を首のあたりに伸ばして探ると何かを取り上げた。


 そして戻ってくると、彼にそれを見せた。金属でできた認識証だった。「上のやつらの一人だろうな」


「敵にやられたのかい?」彼は恐る恐る訊いた


「たぶんそうだろう」


「ゾンビー兵が食ったのかい?」


「いや、屍兵、ゾンビーは人を喰ったりしないよ。たぶん、この辺りにいるスカベンジャーに喰われたんだろうな」


「スカベンジャー?」


「もともと人がこの惑星に移住してきたときに持ってきた肉食獣が野生化してね、ま、滅多に生きている人を襲うことはないけど、ああして死肉を漁って生きているんだ」


弱目は再びアクセルを踏んだ。再び彼は黙り込んだ。


 乾いた河床沿いに上り続けると、やがて目もくらむような登坂が現れた。行き止まりだと彼は思った。とても登ることができるようなものではなかった。


「さて、ここからは手伝ってもらうことになるよ、井部さん」と弱目は車を降りて前に行くと、彼に来るように手招きをした。そして彼がボンネットの前に来ると、大きく張り出したバンパーについている、ワイヤーの巻きついたローラを指した。


「ウィンチだ」そして、バンパーに固定されているフックを外して彼に差し出した。ギョロはそれを受け取った。ずっしりとした手ごたえがあった。


「それを持って登ってゆくと、地面にアンカーが埋めてあるからこれをそれにひっかけてほしいんだ。」


「アンカー?」


「たぶん見れば分かるよ。人工物だし」


「どの辺にあるのですか?」


「どの辺ってもね…前任者があちこちに埋めておいたからなぁ、ま、探せば分かるよ」 弱目は、運転席に戻った。ギョロは仕方ないと思いながら、大きなフックを両手に抱えて急坂を登り始めた。最初は普通に重いという感じがしたが、登るにつれずるずると引きずるワイヤーも長くなってくるので、重さが増してきてひ弱な彼には酷く重労働になってきた。一歩一歩息を荒げ、荒れた登坂に時折足を滑らした。目を左右に渡してアンカーを探した。なかなか見当たらない、あちこちにあるって本当なのか? 不安になって後ろを振り返ると、思ったより進んでいなかった。こちらの意図を察したのか弱目が大声でもっと先だぁと叫んだ。彼は、息を上げながらさらに上った。浮石に足をとられ転倒し膝を擦りむいた、大丈夫かぁと心配する声が後ろからとんだ。彼は下を見下ろし大丈夫と応えると、痛いのを我慢して立ち上がり、更に先に進んだ。大きな岩の陰に親指の太さ程の鉄の杭が深く埋め込まれ、そこに同じような太さの金属の輪が取り付けられていた。彼はフックをそれにかけると、下に向かって両手を振った。


 弱目は、クラッチをウィンチにつなげアクセルをふかした。ハンドルを巧みに操作して大きな岩や窪みを避けてゆく、ゆっくりと車は上り続けた。そしてやっとギョロがつなげたアンカーの場所に来ると、車から降りて後輪と前輪の後ろに石を積み上げた。ギョロも弱目の目配せの意味に気が付いて、彼の作業を手伝った。


「さあ、また頼むぞ」弱目は、ウィンチを緩めフックを外すとそれをギョロに渡した。これを目的地まで続けるのかと思うと力が抜けそうだった。そもそもこの坂の終点はどこなんだ?彼は重いフックを両手に持って上を見上げた。


 そして幾度となく、アンカーを目指して登り、そして石で車が落ちないように支える行為を繰り返し、やっと弱目が「この上が最後だ」とこの上ないうれしい言葉を口にした。 そして、ガレ場を登り切った所には大きなアンカーが取り付けられ、その先には沢山の杭が地面に刺さっていた。よく見ればその杭の一面だけ平らに削られそこに何やら文字が書かれているようだった。なんだろ?と思いながら彼は、フックをひっかけると車が見える所で両手を振った。


 タイヤと岩がこすれあう音が響き、エンジンが音を立てた。「お、久々にお客さんか」誰かの声がして、振り向くと長い銃を持った男が近づいてきた。無精ひげが顔を覆い、短い髪の下には四角い顔、汚れたランニングシャツに迷彩色のズボンを履いていた。


「見ない顔だな」男は、銃を肩に掛けて訊いてきた。

 彼は、それが身分を証明しろと言われた様に思え、アリスから貰った身分証明書を差し出した。


「ほう、記者さんか。俺はここで小隊長をやっている古関っていう者だ。」古関は銃を

左手に持ち替え、手を差し出した。


「どうも、フリーの記者で井部といいます」彼は手を握り返した。


「で、上がってきているのは誰だい?」古関は崖の下の方をゆっくりと登ってくる車を見た


「弱目さんです」


「そうか、やつならこっちからだろうな」


「え?」


「ヒルクライムが好きなんだよ、普通なら裏から回ってあがってくる兵站路があるけど、奴は此所を通るのが好きなのさ」やがて、車が彼らの居る場所に到着した。弱目は、さっさと車から降りると古関に挨拶をしてフックを外した。


「タイムはどうだった?」古関は巻き取られたウィンチに近づいた弱目に訊いた


「ダメでした」弱目は、腕時計を見て首を横に振った。「10分も遅い」


「まぁ、次は頑張ればいいさ」


「次ねぇ、そうそうこんな所なんか来れませんよ」弱目はウィンチのワイヤーをまっすぐに伸ばし終わると戻ってきた。「古関さん巻き戻すの手伝ってくれます?」


「いいよいいよ」と古関は車の運転席に座った。弱目は荷台から厚手の皮製の手袋とグリースの缶を出して手袋を装着するとウィンチの傍に中腰になって手袋にグリースを塗ってからワイヤーを握った。エンジンが回りワイヤーがゆっくりと巻かれ始めた、弱目は慎重にワイヤーが綺麗にまかれるように手を右に左にと動かしてワイヤーの巻かれる位置を制御した。ワイヤーが巻き終わるとと弱目は手を挙げて合図をだした。ウィンチが止まった。

「さて井部さん、この先が第三小隊の小屋だ」弱目手袋を外してアンカー用の棒が立ち並ぶ中、その先にある藪の向こうを指した。そして彼に助手席に乗るように促すと、自分は荷台に乗り込んだ。運転はそのまま古関が行った。


「第三愚連隊へようこそ」古関が後ろを振り向いてギョロに言った。


「第三愚連隊?」彼は第三小隊と思っていたので、首を傾げた。


「まぁ、危ない人達ばかりここに送られているからねぇ、みんなそんな風に言っているんだよ。でも心根はいい人ばかりだよ」後ろから弱目が説明した。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ