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アリス

 真っ暗な脱出ポッドの中で何かが充満を始め、それは彼の体を少しずつ圧迫し続けた。多分急激な加速や衝突に対する身体保護用の充填物だろうが、もし故障でもあれば、

顔の前まで充填されたりしないだろうかという不安が過った。そんな事になればこの狭い空間で窒息死してしまう。


故郷にだってエンジニアは居る。どこかで拉致したり、それなりに教育を受けた者だっている。しかし慢性的な部品不足のせいで、定期点検なんか日頃から重要なパーツだけに限られるので、脱出用ポッドの点検がされているとは彼にはとても思えなかった。


メンテナンス不足のため、圧迫しつつある何かが首から上にまで及ぶかもしれないという恐怖が、じわじわと彼の体を締め付けてゆく。目の前にあるいくつものランプは未だ見えてはいるが、正常なのか異常が起きているかは判らない、しかし次第に充満してゆくものは口に達する前で停止したために、彼は安堵の息を吐き、唐突に睡魔に襲われた。


 ギョロがうつらうつらとしていると、ポッド全体で甲高くシューシューという音が聞え始めた。中が徐々に暑くなりはじめ、彼は再び緊張に体を硬くした。まさか恒星にでも落ちるというのか、彼は、もっとポッドの説明をちゃんと聞いておけばよかったと後悔した。もし恒星でまる焼けになるというのだったら、生きたまま蒸し焼きになる前に安楽死装置でも使えたものをと後悔を覚えた。そして暑さはさらにひどくなり、彼は息を荒げた、宇宙服の中の服は汗でぐっしょりになってきた。思わず汚い言葉が口から飛び出した。何度も、何度も・・・


 叫ぶことにも疲れたとき彼は突然、強い加速を感じた。目の前にある赤いランプの一つが点滅を繰り返していた。目をこらしてみればランプは扇形をしているようだった。ポッドの説明書など読んだことはなかったが、何かの異常を知らせるようなもののように思えた。そして突然足元が下になったことを感じた。ポッドの中を充満していたものが更に圧迫を開始した。


「なんだよ、これ」彼は、必死になって加速に耐えた。シートベルトの縛めがさらに強くなった。「いてぇ!!」とあまりにも強くベルトや充填物が強く彼の体を圧迫したために思わず声が飛び出した。強い圧迫のために息をするのも辛い。しかし、その時間はそれほど長くは続かなかった。やがて彼は足を下にした状態の姿勢が続いた。これは重力が下にあるということだった。考えられるのは惑星に落下中という事だろう。

 

 やがて、ドコンと鈍い音と共に足元に強い衝撃が走り、彼はふたたび横になった。ポッドの中で赤いランプが次々と青いランプに変わって行く。ポッド内に充満し全身を押さえつけていた縛めが次第に緩くなってゆき、両手が自由に動かせる様になった。そこで彼は、内側にある小さいコックを回した。それに応じるようにポッドの蓋がゆっくりと上にむかって開いた。身を起こして辺りを見渡すと周りは茶色の砂に覆われた大地だった。空はどこまでも広く、そして青かった。


 彼は、思わず溜息をついた。生きてる。しかし仲間が助けに来ると思えなかった。慣例的に失敗したプロジェクトに参加したメンバーが回収されることはないからだ。そして堕ちた海賊に対して寛容な政府はどこにもない、捕まれば死罪か、永久に牢獄に投獄されることになる。そんな運命を背負った者を助けることに、仲間の長がなけなしの予算をつぎ込むことはまずあり得ない。


 おれは、ここで生きてゆくことになるのか、このまま死んで終わるのか。ギョロは、深いため息をついた。いずれにしろここにとどまってはいられない、ここへの落下の課程で既に多くの者がポッドが発する救難信号を受けている筈だ、そうでなくても大きなパラシュートは目立った筈だ。何れ何者かが此所にやって来る。


 長居はできない。彼はポッドの中に頭をつっこむと、何か使えそうなものはないか探した。救命のための乗り物であるポッドの機能上、食料と水はある筈だった。はたして、それは開いた蓋の内側にあったものの、目を凝らしてみれば、消費期限がとうの昔に過ぎている古いものだった。口に入れて大丈夫かどうか不安も感じたが、無いよりはましであろうと、それを地面の上に並べた。そして宇宙服を脱いでポッドの中に放り込んでからポッドの蓋をしめ、ポッドから伸びたロープの先で地面に横たわっているパラシュートの布をその上に覆いかぶせた。


 本来なら、できるだけ人の目に付かない様にするべきところだが、一人で行うには対象が大きすぎるし何しろ隠せそうな遮蔽物が見当たらない。


 彼は、パックされた水と食料をポケットに入れると、ひび割れた堅い地面の上を歩いたが、脚は重かった。重力が強すぎるのだった。100メートルも歩かない内に彼は、黄色い太陽から地面に視線を落とし、ぜいぜいと息をあらげながら、とうとう足を止めた。白眼のようにちゃんとトレーニングをしておかなかったことが悔やまれた。


 何処に向かうべきかは、見当さえ付かない。ただ自分が堕ちた海賊である以上、今はポッドから一刻も早く離れる必要がある。彼は両腿を掌で叩いてまたあてどもなく歩いた。

 今は休んでいる暇はない、そのうち陽が沈むだろう。休むとしたらその時だ。彼はそう思いながら、重い足取りのまま堅い土を踏み続けた。息が上がる、日差しが暑い。目はただ自分が踏むであろう次の一歩だけを見ていた。汗が顎を伝って落ちてきた。それを手の甲で拭う、そのとたん、疲れた脚が左右にぶれる。まだ倒れるわけにいかない、もし倒れるならどこか隠れることができる場所しかない、彼は両手で膝を支え顔を上げた、すると右手の方に赤茶けた岩が見えた。あそこで休もう、彼は体を起こすと足を引きずるようにして進んだ。

 

 そしてその岩にたどりついたとき先客がすでにへたりこんでいるのに出くわした。岩に寄りかかってうなだれている。しかし、それは生きてはいなかった、あまりの疲労で気が付くのが遅れたが、辺りには死臭が立ち込めていた。


 彼が近づくと小さい虫が一瞬わっと逃げだし、すぐさま死体に戻って群がった。彼は死体の横でそのまま岩に寄りかかったが、虫の多さと死臭に耐えかねて、死体の両足を持つとずるずると引きずって岩から引き離しにかかった。


 よく見れば死体は男であり服には血の染みが多数見られた。そういえば、ここは戦場だったっけなと彼は思いだした、治安は良いとはいえないだろう、しかし今後ここで生きてゆくとなれば案外身分証など必要かもしれない。


 彼は、何か現金や役に立ちそうな物でもないかと男の服を漁った。ふたつ折の財布、あけてみるとかなりの額が入っていた。それをズボンのポケットに押し込んだ。身分証のカード、スターニュース社嘱託のジャーナリストだが長年の使用のためか顔写真がかなりすれている。


 指に砂をつけて写真をこすりさらに、判別を付きにくくしてからシャツの胸ポケットにいれた。戦場における地球軍の取材許可証、写真なしでどこか胡散臭い許可証だ。それも胸ポケットに入れた。ライターと煙草もあった。いずれも宇宙生活をしている身にはご法度の代物だが、興味本位でそれもポケットに入れた。


 ふとそこで、彼は男が死んでいた岩の陰を見てみた。何もない、こいつ…荷物は持っていなかったのか?いや誰かがこいつを殺したあとで、荷物を持って行ったのだろうか、それにしては財布が残されているのが気になる。すると、この財布の中身の多さからしても荷物にはよほどの大金があったのだろうか…まぁいい、俺は別に警察じゃあない、死人は死人に過ぎない、どういう死に方をしようが俺には関係ない。


 さらに男のポケットを漁ったがあとは何もでてこなかった。そこで彼は暖かそうに見える男のジャケットを脱がしにかかった。穴が空きそこを中心にして血の染みがあるが、もしこの惑星の夜が寒いとなれば必需品だ。


 それを着てみれば予想外にずっしりと重い。隠しポケットでもあってそこにさらに金目のものでもあるのだろうかと期待をして、服を上からあちこち叩いてみたが、背中の一番下の部分が、左右から何かを入れられるような袋状の構造になっているのを発見した以外に何もなかった。それに妙に油臭い服だった。


 岩に寄りかかり休んでいると何かの音がした、彼は左右を見回した。ブーンという音が近づいてきていた。目を空にやると何かが上空から接近しつつあった。


 彼は、男が死んでいた岩陰で体を丸くして身を潜めた。見たことも無いような小型のプロペラ機が近づきつつあった。きっと自分の脱出ポッドを探しにきたのだろうと彼は考えた。そして案の定彼がやってきた方向にむけて飛び去り、そして高度も下げていった。


 あそこに誰も居ないとなれば、今度は周囲の捜索が始まるだろう。当然、軌道で発生したコンテナ船の襲撃事件について関係各署に既に周知されていると思えば、あのポッドが海賊のものであることは直ぐに分かってしまう。そして今ここで見つかると、ポッドとの関連を疑われるのは間違いない。


 もう少し距離を稼ぐべきか、ここで隠れて夜を待つべきか。ここで動けば上空からは発見されるだろう、あの飛行機が去ってから移動するしかなさそうだ。


 彼は岩陰で死んだ男のジャケットを頭から被るようにして体をさらに小さくまるめた。飛行機の音が止まらない。心臓の高鳴りが止まらない。あの爆発のシーンが目の奥で何度も再現する。

 コウモリさんは、鼻高は、白眼は自分と同じように脱出できたのだろうか、そう思いたい。思わずにいられない、こんな惑星に独りきりで生きてゆくなんて辛すぎる。眼の端から体の奥底に溜まっていたものが噴出してきた。辛い、辛い、辛い。


 耳が、近くを飛ぶプロペラの音をとらえた、身を固くする。しかし、その音は今度は小さくなっていった。そっと顔を上げると、確かにそれは遠ざかっているように見えた。まだ動くな。早くここから駆け出してしまおうとする自分に言い聞かせる。そして音は聞えなくなった。


 彼は、中腰でそっと辺りを見回した。何もいない。それどころか辺りは急に暗くなりだしていた。地平線には赤い恒星が沈もうとしていた。それと共に空には光の帯が怪しげになびき始めた。それは夜が深まるにつれてはっきりと見えてきた。青、緑、紫、ピンク…多くの色が上空で多く躍るようになびいていた。


「綺麗だ…」彼は思わずつぶやいた。その時、手首つけていた、端末が奇妙な音を出した。なんだろうと端末の表面を触ってみたが、バックライトさえつかない。


 まぁ、だれかのお古だ、寿命なのだろう、自分たちの住んでいた環境を思えば、壊れるというのは日常茶飯事だ。それも修理不可能な寿命からくる破損はいつでも身の回りで起きている。それがたまたま、ここで起きただけのことだ。捨てるかと思いベルトを緩めたが、もし拾得された場合に、そこから行動や正体がばれるのは避けたかった。まあ、基本的な機能の方位や、時刻くらいの機能はつかえるだろうと思い直してベルトを再度締めた。


 そういや、あの死体は、端末は持っていないだろうかと、彼はわずかな明かりの中で、死体に近づき。腐った手首を見た。ただの腕についているのは端末ではなく、普通のアナログ時計だけだった。なんだこいつ、記者のくせに端末を持っていないのか?盗まれたのか?いや、盗むにしても端末があるべき位置は、利き腕でない方につける。

 今、時計が付いてるところに端末はあるべきなのだ。すると、こいつは最初から端末ではなく、時計しかつけていないということになる。まぁ、こいつはこれが必要だと思ったから持っていたのだろう、なら俺もこれを持っていた方が良いかもしれない。彼は闇が深くなる一方で、死体から時計を外して、ポケットに放り込んだ。


 さて食ってからまた歩くか…彼は、パックされた食料のキャップを回した。パチンと音がして、密閉されていた食料が開封された。彼はキャップを外し、口をつけた。中身をすすると、奇妙な味がしたがそれは空腹に対する抑制にはならなかった。空になったパックは岩の下に押し込んだ。


 上空の輝きは光を増した様に思えた。彼は上空の光の帯を仰ぎ見ながら夜の中を目的地もなく歩きだした。これからどうやってこの惑星で生きてゆけばいいのだろう、特にこれといった取り柄はない、追い剥ぎをしようにも格闘には自信はないうえ、手には武器ひとつない。まずは今日一日を生き伸びることだけを考えようと決心をした。


 人がここで生きている以上は、どこかに食べものくらいはあるだろう。畑があれば、作物を盗すめばいい、人家があれば、空き巣をすればいい、いや…そういえば、ここの地球側のやつらは撤退をするのじゃなかったか、記者の身分で撤退する部隊にうまく潜り込めれば、宇宙に戻れるかもしれない、あの身分証をうまく使ってなんとかできないか?


 突然腹痛が彼を襲った。押さえられない嘔吐感が、一気に上昇してきた。思わずしゃがみこんで、土の上に腹の中のものを吐き出した。


「やっぱりダメだったか」そして、ズボンを脱ぎ捨てると、激しい下痢が水のように放出された。それでも腹痛は収まらなかった、何度も何度も吐瀉と下痢を繰り返した。出すものがなくなっても、それは続いた。やがて嘔吐感が薄れると、体をまるめて土の上に横になった。腹痛はそれでやや薄れた感がでたが、それでも急激な腹痛が訪れるとわずかな粘液が迸った。


 全ての体力が体から出てしまったように感じた頃。二つの明かりが近づいてきたのがわかった。しかし、どうにも体が満足に動かなかった。その明かりはまだ遠くのようで、いずれ逸れてくれることを期待した。しかし、彼の目にその明かりが強烈に飛び込んで見えたとき、それは明らかに彼に目標を定めてたようだった。


 くそ、あの食料め。バババ…といううるさい音とともにそれは、さらに近づいてきた。彼は、よつんばになって、胃液を吐き出した。もう何も出ないと思っても、体の中から湧き出るものには事欠かない、命を削って汚物をまき散らしているようだった。もうダメだと地面に丸くなって横たわった。音は彼の横で止まった。


「わぁ、ひどい…大丈夫。」女の声が聞えた。そして彼は自分が明かりに照らされていることを知った。半分ずりおちたままのズボンを横たわったまま上げようとした。


「だ、だいじょうぶです」彼は、横たわったまま小声でいった。海賊稼業で倣った丁寧な言葉遣いに気をつける。


「食い物に当たっただけですから。そのうち良くなります」


「ふぅん、それにしても惨状ってかんじね」女性は、懐中電灯で辺りを照らして、呆れた声をあげた。よくまぁこんなに出したものね。


「こんな処で何をしていたの?」女性の問いに彼は答えられなかった。すでに疲労で意識が遠のきつつあった。


「あーあ、どこか大丈夫なんだか、変な病気じゃなければいいけど」女性は黒い手袋をした手を彼の襟首に向かってのばしてぐっと掴むとずるずると車にむかって引きずった。そして小型トラックの荷台の後ろまで引きずると、後アオリを下ろして、彼を軽々と荷台に放り込んで、また後アオリをあげてロックをかけた。


「まぁ、乗り心地は良くないけど。生きていたら明日の陽をみましょうね」女性は運転席に戻ると、アクセルを踏んだ。


「今日もまたオーロラが綺麗なものだわ」トラックは、闇の中でオーロラが躍る中を、砂塵を巻き上げながら一気に速度をあげた。「まあ、綺麗だけじゃないのがくそ野郎だけどね」



 ギョロが目を開くと、天幕の下にいた。寝ている体は土の上ではなかった。顔を左右に振ると、腕には点滴の針が刺さり、左右にずらりと置かれたコット(簡易ベッド)に寝てる男や女がいた。その間を白衣を着た者が背を向けて歩いていた。少し歩いてはベッドで寝ている人の様子を見てそして話しかけていた。


 逃げるなら今か…彼は上体を起こそうと片肘をついたとき唐突に声がかかった。


「あら、やっとお目覚め?」声の方を振り向くと、一人の女性が軍服を着て天幕の入り口に立っていた。女性はすたすたと彼に歩み寄った。ショートカットの黒髪、剃られていない太い眉、大きな目、鼻は小さくて可愛い感じ、そして小さめの口。一瞬可愛いなと彼は思ったが、女性は彼の横で立ち止まり、彼の顔を鷲掴みにするとそのまま枕に押し付けた。


「寝ていないとだめよ、あんたの食べたものかなり細菌に汚染されていたみたいだもの、今はこうして、抗生物質と水分の補給の点滴をおとなしく受けていた方がいいわよ。ギャラクシーニュースの、リシャオさん…」最後の名前を女性はやたら強く発音した。


「あ、どうも」彼は、どう答えるべきか言葉を失った。リシャオだって?


「私は、アリス」女性は、そういって彼の枕元に薄汚れた身分証明書と取材許可証を置いた。


「貴方の持ち物は見せてもらったわ。それと、どこからか降ってきた脱出ポッドの近くに脱ぎ捨てられていた宇宙服に残されていた髪の毛とあなたの髪の毛のDNAも比較させてもらったわよ」


 彼は思わず身を起こしたが、いつの間にか抜いたのかアリスは銃を手にしてそれを彼の顔面に突き付けていた。


「おやおや、何をあわてているのかなリシャオさん」


「おや、どうかしたのかね」医師が一番端のベッドの方から声をかけた。「ここで乱暴は止めて欲しいものだね」


「安静にしろと言っているのに聴かないから大人しくさせているだけですよ」そう言ってアリスは、銃を腰のフォルダに戻した。


「リシャオくん、まだ安静にしててね」医師は、笑顔で言った。


「だ、そうだ。寝ていなさい、リシャオさん」アリスは、低い声で彼に言った。ギョロはおどおどとした目でアリスを見てから目をそらした。


「悪いようにはしない」アリスは彼の耳元で静かに言った。「あの、ポッドはお前のだな」

ギョロは小さくうなずいた。遺伝子まで検査している以上逃げ場がない。


「宇宙船が壊れたか?」

ギョロは再度頷いた。「爆発した」そして言ってからしまったと思った。


「爆発?トラブルか?」


「えーと、デ、デブリが当たって」思わず言葉に躓く、つじつまが合いそうな良い嘘がとっさに思い付かない。


「確かに何かが当たったみたいだな、ポッドにレコーダが残したままだったぞ」アリスはにやりと笑った。「分かるなレコーダ」


そんな筈はない、おんぼろのウチの機器でそういうのが正常に動くものなんかある筈がない、そう思いながらも、女性の真剣な目に心の底を見られているような気がした。


「タグで引いていた貨物が爆発したんだ」ぼそりと彼は答えた。


「ふうん、宇宙でなんの貨物を牽いていた」女は腕を組み、睨むように彼を凝視していた。


「だから、爆発物だと思うよ。だってここは戦場でしょ」彼は、目をそらした。


「悪いが、今はそういうものを運べない状況なんだよ、ぼく」女はにやりと笑った。「停戦だ、休戦だと交渉が進んでいてね。」


「でも、コンテナは爆発したんだ」ギョロは、目を伏せたまま頭を左右に振りながら答えた。どこまで話していいか判らない。


「じゃあ順を追って話してくれないかな?誰に頼まれてコンテナを運搬をしていた?」凝視する目は彼を責めるように追った。


 彼は言葉に詰まった。捕まった際の行動に付いては、一切ブリーフィングを受けていない。しかも、嘘をついても顔や言葉尻に出て、ちっともクールでは居ることができない性格は自分でも嫌という程知っていた。


「ふぅん、察するところ、デブリ泥棒か海賊見習いってところだな、お前。そういや最近やたら運搬中の荷物が奪われてな…おまえらの仕業か?」


ギョロはあわてて首を左右に振った。


「じゃあなぜこんな戦闘域にいる。鉄くずでも拾いにきたか?」


「…」


「言えないか?なんならスパイとして処理しても文句はないな」アリスの目は獲物を喰らおうとする獣のように見えた。


「処理って?」彼の声は思わずうわずった。


「銃殺に決まっているだろ。ここは戦場だぞ」アリスは、再び銃を抜いて銃口を彼に突きつけた。「これなら本当の事をいう気になるか」


「コンテナを…」彼はベッドの上で、女性の目をみないようにか細い声を出した。


「コンテナを、どうした」アリスは、銃を彼の視界に入るように突き出し、銃身を揺らした。


「軌道上で一個だけ盗んだんだ。そしたら、貨物船も盗んだコンテナも爆発して、タグボートに破片がぶつかって壊れた。」


「誰のコンテナだ?」銃身の動きが彼の目の前で止った。


「地球軍の」彼の目は、銃口を覗くしかなかった。


「何時」


「堕ちた時だよ…多分。ここの時間は分からないもの」


「そっか、どうやら、お前さんは、他の海賊が既に仕事をした後のコンテナに手をだしたみたいだな。最近報告があった輸送船からの盗難は、この惑星の軌道に到着する前に中身だけを盗まれたとなっている」


ようやく銃口が彼の目の前から姿を消した。


「それで、空だったのか、くそっ」彼は、ベッドの上で涙を流しそうになった。空のコンテナのせいで、3人も死んだ。そして俺は、一人ぼっちになってしまった。


アリスは、そんな若い男の姿に同情する気さえ起こさなかった。どのみち海賊の下っ端だ。そして、彼女は、しばらく何かを考えるように口をつぐんだ。


そして、僅かの間の後。


「そうだな、おまえの話をもっと詳しく聞かせてくれないか、次第によっては、お前の処分について考慮してもいいぞ。普通なら海賊は即銃殺だがな」女性は銃をフォルダーにしまうと、ベッド脇に椅子を持ってきた。


 彼は、彼の古巣以外についてゆっくりと説明をした。どうせ、もう帰ることのできない身だとあきらめてみれば、あとは如何に生き残る術を見つけるしかかなった。今は、この女性に生殺与奪の権利を与えるしかなかった。


 アリスは、彼の話を聞き終わると。深く考え込んだ。そして何も言わずに椅子から立ち上がり、天幕の外に出て行った。彼は思わず腹痛を覚えた。


「ドクター、トイレはどこ?」彼は背を向けて他の患者の様子を見ている医師に向かって声をかけた。


「ベッドの横にあるでしょ…」医師は振り向きもしなかった。


 彼はベッドから身を起こすと、辺りを見回した。さらに身を乗り出して、ベッドの脇を覗くようにして探すと、何やら液体の入ったバケツが置いてあった。ベッドから出て降りてみれば、そのバケツの横にトイレと書いてあった。



翌朝は、疲労感は残るものの、かなり動けるようになった。ギョロは、天幕から暑い日差しの中に出てきた。朝早くから、銃声が鳴り響いて寝ているどころではなかったからだった。


「よう、海賊、元気になったか」後ろの物音に振り向いたアリスが銃を下した。その向こうには、穴だらけになった空き缶がいくつも転がっていた。


「いえ、動けるようになっただけですよ」彼は、銃声がうるさくてたまらなかったという言葉を飲み込んだ。


「ちょうどいい、今日からお前は、イベ・ケンジだ。」アリスは左手でポケット探り、一枚のカードをくるくる回しながら投げてよこした。彼は、地面に落ちたカードを拾った。そこには彼の写真がついた取材許可証だった。


「これは?なんで」彼は、その出来具合に思わず固唾を飲んだ。


「写真は、おまえが寝ている間に撮ったものをちょっと合成した。不要というなら返してもらっても構わないが、その時はお前にあの空き缶の位置に立ってもらう事になる。」アリスは、さっと振り向きざまに無造作に銃を撃った、一つの空き缶が向こう側に跳ねとんだ。 


「受け取るかい?それとも下痢ぴーの腹に穴でも空けてみるかい。私はどちらでも構わない」


「何が条件です?」彼はカードをじっと眺めた。


「そりゃあ、お前に一働きして貰いたいからに決まっているだろ、海賊のぼく。私の目となり、腕となれってな。働き次第では、宇宙に戻してやってもいい」


 宇宙に戻れる?彼はごくりと唾を飲んだ。もうこの惑星で骨を埋めるしかないと思っていたところに、その言葉は、どんな誘惑より強く彼の心をとらえた。ともすれば、故郷に帰ることができるかもしれない。


「う、うけます。」彼は、妙に口が回らなかった。


「よし、いい青年だ。」アリスは、彼に近づくと手にしていた銃を差し出した。


「撃ってみろ」


 かれは、条件反射のようにそれを受け取った。ずしりと重い。右手でそれを持って腕を水平にしたつもりが、たちまち腕が下がってしまう。


「なんだ、へなちょこ。両手で持ってみろ」言われるる通りにしたが、腕の筋肉が重さに耐えかねてぶるぶると震える。


「お前、筋肉ついているのか?」アリスは、銃身を掴むとそのまま取り上げてしまった。

「こんな重くて古い銃なんか、使ったことないし…レーザーガンなら…」


「そんなのここで役に立たないよ」アリスは、左手を懐に差し入れると、小さい銃を取り出した。


「デリンジャーだ。昔の女性の護身用の銃だ。弾は入れていないがね」それを彼に差し出した。彼はそれを受け取った。これなら持てそうだった。それを右手でもって缶にむかって構えてみた。


「まぁ、それなら使えそうだな。」アリスは、あざ笑うように言った。「もっとも、その銃、私が撃ってもあの缶に当てるのは至難の技だけどな」


「え?」


「言っただろ、護身用だって…使えるのは至近距離だ。こんな短い銃身では弾は明後日の向に飛んでゆくだけだ」



「レーザーとかダメなんですか?」


「ダメだね。あの手の武器はすべて、AIが入っているのが標準だ。そしてこの惑星ときたら、太陽風の影響がひどくて、電子機器が内臓されているものは直ぐにぶっ壊れてしまう、だからといって影響が少ない物となるとシールドのためにでかくなって、戦場ではこれまた使いものにならない、一番安心して使えるのは古いが機械的に動く銃ぐらいなものさ」


「そうなんですか…不便なところなんですね」


「全くだ!」アリスは、ポケットから小さい箱を取り出すと彼に差し出した


「それの弾だ。撃ってみるか」


「いいんですか?俺は海賊ですよ」彼はその箱を受け取りその中から弾を一発取り出して箱をポケットに入れた。そこで、その弾をどう装填するべきか片手にデリンジャーともう片手に弾を持ったまま悩み、銃口から弾を入れようとした。


「お前みたいな軟弱で無知なやつに撃たれるかよ、貸せ、教えてやる」アリスは、彼から銃をもぎ取ると手慣れた操作で弾を込め、そして缶に狙いを定めて引き金を引いた。弾は缶には当たらずどこかに飛んでいった。


「まぁ、こんな銃だ。やってみろ」アリスは、銃を彼に差し出した。彼はそれを受け取ると見よう見まねで、弾を込めると。同じように腕を伸ばして狙いを定めた。引き金を引いた途端、銃が手の中で跳ね、彼は銃を地面に落とした。


「本当に非力だな…女の持つ銃だぞ。本当にお前海賊か?」


「こんな反動があるものなんか初めてだし・・」彼は、もごもごと言い訳を言った。


「まぁ、目的地に着くまでに練習するんだな」アリスは、彼に背を向けた。


「逃げるかもしれませんよ」


「この辺りは、敵さんが沢山いてね。まぁ、ゾンビに襲われるか、ゾンビに改造されたくなかったら、私といることさ。」


「ゾンビって?」


「いずれ分かる。明日の朝出発するからせいぜい休むか、練習するかしていろ」


「出発って?」


「まぁおいおい説明してやるさ」アリスは、そう言って彼に背を向けた。



粗末な兵舎は、宇宙からの運搬用コンテナを改造したものだった。当然窓はなく、空調もきわめて悪い。その中で区切られた一室でアリスは、一枚の紙れを眺めていた。それは、この戦場で戦死したりその可能性のある兵士や従軍記者のの一覧だった。その中に記載されている一人の男の名前をそっと人差し指でなぞった。リシャオやはり死んだのか?

 あのガキが発見された傍にあった、腐った遺体がそうだったのだろうと、アリスは考えた。あの銃創といい、殺されたことは間違いあるまい。しかしなんでまた、あんな場所で見つかったのか?。奴が行ったのは、最期の戦場となっていて、停戦間近の第三小隊がある場所だ。とてつもなく遠い場所で発見されるとは、どうなっている?


 その兵舎の外ではギョロが、腕立て伏せを数回やって地面に伏していた。白目のやっていたことを嘲るようにして見ていた自分が恥ずかしく思えた。


 せめて、あの頃、共に訓練を積んでおけば、こんな無様な事にならなかっただろうに、と地面に汗まみれの頬を付けて息を整えた。


 今は生きるためにも体力をつけることは必要だ。幸いにもここには強い重力がある。それは、普通に生活するだけでも筋肉を使うことになる。いずれ、銃も撃てるようになるだろう。問題は、その日を可能な限り早くする必要があるということだ。


 彼は、再び両腕で体を持ち上げた、汗の跡が地面に黒く残りその上にさらに汗が滴り落ちた。一回、二回…再び胴体が地面に落ちる…息がひどく上がっているわけではないが、腕の筋肉はもう悲鳴を上げていた。砂だらけの顔を横に向けると、小さい虫が歩いているのが見えた。それは口に自分の胴体とあまり変わらないほどの大きさのものを咥えて、淡々と運んでいた。


「力持ちだなお前…」彼は小声で虫に話しかけた。


「お前の力、分けてくれないかな」虫は、淡々と歩き続けやがて視界から消えた。


「俺ももうひと頑張りだ」彼は立ちあがると、軽いジョギングを始めた。たちまち息があがり、心臓の鼓動が激しくなった。立ち止まり、中腰になって両手で膝を支えた。(全然だめだなこりゃあ)彼は、走るのをあきらめその代わり速足で歩きだした。


「おや、大丈夫かい?」途中で白衣の男が声をかけてきた。天幕の中で見た医師だった。

「ええ、まあ…」彼は立ち止まった。「全然力が入らなくて」


「そりゃ、あれだけ中のものを出した後だ。当たり前だろ」医師は、豪快に笑った。「まずは、食ってエネルギーを溜めることだ。そういや、朝もまだ食べていないだろ」


「あ、そういえば…」


「ベッドの横にあるから早く食べなさい、早くしないと下げられてしまうぞ」


「そうします」と彼は、天幕の中にある自分のベッドに戻っていった。すると一人の女性が今、まさに彼の食事が乗っているトレイに手を伸ばしたところだった。


「あ、今食べますから」彼は、大声をあげてベッド脇に駆け寄った。女性は、怖いものでも見たかのように、身を一瞬引いた。彼は「遅れてごめんなさい」と言うと。トレイを両手で持ってベッドの端に座った。


「もう、襲われるかと思ったわ」女性は、ふうと息を吐いた。「食べたらトレイごと厨房に持ってきてね」と彼に伝えてから、天幕から出て行った。


 彼はトレイに乗ったものを見て、げんなりとした。灰色のなにかドロドロしたものが、金属の椀に注がれ、青と紫のウエハースのようなものが2枚づつトレイにそのまま置かれている。匙でどろどろしたものをすくって口に入れると、薄い甘味がついていて、妙に埃っぽい匂いがした。ウェハースは、口に入れると唾液をすべて吸い取ってしまい、あわてて椀の中身を口に入れた。するといままで、どうしようも無い味だったものが、すこしはましな物に変化した。


彼は、すべてのウェハースを割って椀の中に放り込んで、スプーンでそれをかき混ぜた。そして、できるだけ味わないように、口の中に掻き込むようにしてすべてを食べきった。



「ひどい味だろ」となりのベッドの男が苦笑いをしながら言った。男には片腕がなかった。


「でも、昨日からずっと食べていなかったからないよりましですよ。で下げるのはどこに持っていけばですか?」彼は、トレイを持って立ち上がった。


「外に水タンクが並んでいるテントが調理場だ。中に入れば洗い場は直ぐにわかるさ」男は、残った腕で外を指した。


「ありがとうございます」彼は、再び外に出た。天幕は横に並び一番奥に金属でできた立派な小屋ががあり、その隣に水タンクが見えた。彼がトレイを持ってそこの天幕に入ると、何人かの男女がそこで洗い物をしていた。


「トレイはどこに置けばいですか?」と訊くと、先ほど彼のトレイを下げようとした女性が、早いわね。と大声で答えた。「ここに持ってきて」


トレイを持ってゆくと女性は、おやという顔をした。


「初めてこれを出されて、全部食きった人あなたが初めてよ。こんなまずいものでも全部食べてくれるとありがたいわ」


「以前は、これより酷いのも食べていましたから」それは本当だった。彼の宇宙船内でも多くの食糧は自給していたが、それらは、販売すれは良い収入源ともなったので、内部の設備が故障した場合には、売ることの方が多かった。当然彼らの船は老朽化していたこともあり、それらは日常的に行われ、海賊としての収入と肩を並べるほどだった。従って彼が口にするのは、栄養重視で味が無視されたまるで乾燥ドッグフードみたいな物がしばしば配給されたものだった。


「よほど、ひどい部隊にいたのね。」女性はトレイを受け取った。「この辺りも撤退が決まっているけど、物資が輸送される度に海賊に襲われて食糧もこんなものしか残っていないのよ…しんがりの第5中隊なんか自分で畑作っているって噂だし」


 その海賊の一味です。ギョロは、心の中でペロっと舌を出した。でも、俺たち以外にも狙っていたグループが居たということか…


「すると、しばらくこの食事ってことですか」彼は、さすがに毎日これを食べたら食欲がなくなりそうに思えた。


「まぁウェハースは他の色もたくさんあるから、組み合わせは沢山あるわよ」

女性は、ゲラゲラと笑い。他の人たちもつられて食器を洗いながら笑った。


「期待してますね」彼は、先が思いやられると思った。しかし、あの女性は明日の朝出発すると言ってなかったか?するとあと、昼と晩と明日の朝だけ我慢すればいいのか…

そう思うと、やたら高飛車なアリスが良い女性に思えてきた。


 夕食のウェハースは予告通りに色違いのものが出た。しかし、それで味がそれほど変わったわけではなかった。不安を抱えたまま眠れない夜を過ごし、明け方の空を見ると空にはオーロラがまだ漂っているのが見えた。皮膚が妙にぴりぴりする様な気がした。


 銃を撃っていた場所には、空き缶が転がったままだった。どれも1センチほどの穴が幾つも穿かれていた。そうか、俺は結局一発も満足に撃てなかった…そして昨日の決心を思いだしておもむろに腕立て伏せを始めた。しかし、思わぬ筋肉痛がそれを邪魔した、数回やっては、地面に伏せてしまう有様だった。


 ダメだな、俺。できねぇよこんな辛いこと。立ち上がり、腿の砂を払うと。後ろに人の気配を感じた。振り返るとアリスが腰に手をあてて立っていた。


「もう止めるのか?」彼女は、冷ややかな声で言った。


「これ以上無理です」


「そうだな、上で暮らしていたのなら、仕方ないだろう、しかし生きて故郷に帰るつもりがあるなら、筋肉はつけておけ。」帰ることができる?それを聞くのは2度目だ。こいつ本当に俺を空に返すことができるというのか?


「食事がすんだら、私の部屋に来い。13号室だ」アリスはそう言い放ってさっさと背を向けてしまった。その背に向けて声をかけようとしたが、喉が渇きでひっついたようになって声がでなかった。


 朝食に出たのは、青と真紅のウェハースだった。どうすれば、食事としてこんなセンスの無い色が出せるのか不思議にさえ思った。しかも青だからといって野菜の味ですらない、それでいてなにか訳の分からなない酸味さえ感じた。


「今朝のは最悪だな」となりの片腕の男がため息交じりに言った。「まるでゲロ食っている気がする」


「でも、食べないと」ギョロは、スプーンでひたすら口の中に押し込んだ。咀嚼すると吐きそうになるので、一気に食道に向かって飲み込んだ。


「いい食いっぷりだ。」男は、椀の中のものだけをすすっていた。「なんなら、俺のも食うか?」


「無理です。自分のだけで精一杯です。こんなものこれ以上食べたら折角飲み込んだものを出してしまいます」


「全くそうだな」男は、ウェハースを脇に押しやった。食べる気が無いことの意思表示だろう。彼は空になったトレイをベッドの上に置くと。外に出た。


 窓の全くない、倉庫のような建物の入り口には、左右に兵士が立っていた。二人は雑談に夢中で、彼がドアに手をかけても誰何することもなく通した。建物の中は、意外にも明るく左右にドアが並んでいたが、そのドアの間隔の短さや建物の幅の広さを考えると細長い部屋なのかなと彼は思った。


 ドアは右に奇数番号、左に偶数の番号が振られていた。そして中に進み13号室の前に立つとノックをした。


 「入れ」と中からアリスの声が聞こえた。ドアノブを回し中に入ると思った以上の細い通路が伸びその奥に幅の広い部屋があった。そこには、小さいベッドとデスク、椅子が2脚とテーブルが一卓あった。アリスはテーブルの向かいにある椅子に座って足を組んでいた。


「座れ、海賊」彼女は、空いた椅子を目で指して彼に座るように促した。ギョロは、その指示に従った。硬い椅子だった。テーブルの上には一枚の地図が広げられていた。 平面が続く茶色い大地とその傍に控える高原、そしてTのマークが規則正しく点在していた。高原の麓には、Ⅲの字が丸で囲まれている。アリスはそのⅢの字に人差し指の先を置いた。 

「ここに、第5中隊が常駐している。我々はここに向かう」


「はぁ…で何をするんですか?」


「お前の肩書は記者だ。何か情報を掴んで私に教えろ」


「何かって?」


「何かだ。気になりそうな事はすべて教えろ。もし、何かを探れとお前にいったところで素人のお前ができる?逆に尻尾を出しておしまいだ」


「はぁ、で、アリスさんは?」


「私は娼館に入る。」


「え!?」


「お前は、客としての名目で私を指名しろ。そこで報告を受ける。」


「でも何かと漠然に言われても、猫の子供が生まれたという情報でも良い訳ではないですよね?」


「確かにそうだな…じゃあ最前線の様子でも記者として取材してくれ」


「はあ…それでもはっきりはしないのですけど、アリスさんは何かを知りたいのでしょ?」


「いや、記者として行けば自然と向こうから情報がやってくるかもしれない、そんな気がするのさ」


「感ですか?…やっぱり分からないです」


「感を馬鹿にするなよ。普通の感は良く外れるが、多くの知識や経験が裏付けになった感は明らかに、たとえ論理的でなくても正しいひとつの解決に向かう糸口を示してくれるのさ。まぁ、あの地獄に行けばお前も必然的に分かるさ」


「地獄なんですか?」


「ああ、あちこちで撤退している中、此所は未だに前線が元気だからな」


「どうせ拾った命ですし、貴女に任せればいずれ宇宙に帰れるのでしょ、それならどこだって行きますよ」


「地獄のほうがましかもしれんぞ」


「だからと言ってこのままでは海賊として投獄されるだけでしょ、俺に選択の余地はないじゃないですか」


「その通りだ。で、銃は撃てそうか?」


「まだダメです。」


「まあ、仕方ないか…これから車で移動する。その合間に練習でもしていろ」


「そうします」


「それから、お前の荷物を用意した、自分で車まで運べ」


ギョロは、アリスの目の行き先にあった大きな布袋を見てぎょっとした、荷物が入っている袋というより、サンドバックのように見えたからだった。


「で、でかい荷物ですね」


「寒暖の差が激しいからしょうがない」


「前線がですか?」


「この惑星がだ。自転軸がふらふらして安定していないから、いつ真夏になるか、真冬になるか、ともすれば、明日は白夜になるかもしれん」


 ギョロは、小屋からずっと荷物を引きずって前を歩くアリスの背中を追った。息が上がる。それでもアリスの歩調は変わらない、もっとゆっくり歩くか、止るかしてくれと願っても叶わない。


 やがて、二人は1台の屋根が布でできた車の前で止った。


 車を前にして、ギョロは顔をしかめた。やたらうるさく、臭い匂いさえ発生させていたからだった。アリスは、汗を流しながら車の天井を覆っていた幌を外しにかかっていた。

「なんですかこれ」


「見れば判るだろ。車だ。見たことが無いのか」アリスは、幌を取り外して丸めると後部の狭い荷台に放り込んだ。


「確かにタイヤはあるけど、すごい音がでますね」


「こいつはガソリンで走る奴だ。」


「ガソリン?」


「油だよ油、いいからさっさと隣に乗れ」そういわれてギョロは、ドアを開けずにそのまま飛び込むようにして助手席に座った。


「ここでは、電磁場の障害が多いから電気を使った移動手段は全くないんだ」アリスは、クラッチを踏み込み。ギアを入れた。そんな仕草もギョロには奇妙に思えた。

そして体がシートに押し付けられるほどにアリスは急加速を行った、悲鳴にも似たスーパーチャージャーの響きが周囲に広がると、砂塵が走る去る車の後方に残された。


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