宇宙海賊
コウモリと呼ばれるその男は、そのあだ名の通り大きな耳をもっていた。彼は狭いコックピットのつぎはぎだらけのシートに座り、錆びの浮いたスロットルを操りながら宇宙の中を猛スピードでかっとばしていた。
コンピュータにも頼らず無謀としか思えないほどいい加減な操縦にもみえたが、感が良いのか宇宙に浮かぶ小さな塵や人工物の破片にもぶつからずに、それらを右に左に軽々と避けて進んでいた。
彼はやがて目を細めて真空中に浮かぶ一つの小さい球体型の大型宇宙船を捉え、踏み続けていたペダルをやっと緩めた。慣性系の中、彼の船は、目的地である古い球形の移民船の近くを通り過ぎ、その背後にある大気が存在しない茶色の惑星の引力圏内ぎりぎりを回り込んで、フライバイによる減速をした。その後、逆噴射を何度も小刻みに行い速度を確実に落としてから、ゆっくりと目的地の移民船のポートにその舳先を進めていった。
「おーい、コウモリだ玄関を開けてくれ!」コウモリは大きな声を狭いコックピットの中で叫んだ
「合言葉は」ガラガラ声がスピーカから流れてきた。古い装置のため音が割れているせいで、その悪声は本人のせいではなかった。
「おいおい、俺だよ…」コウモリは不満そうに言い返した
「決りなんだ。お前だけ特別扱いはできないよ」声の主は申し訳なさそうな口調だったが、コウモリには、わざとじらされているような気がした。
「わかった、わかった…ひらけごま…」コウモリはやけくそ気味に応えた
「よし、あけよう」ガラガラ声の声に反応するように、移民船の後方大型ハッチが左右に分かれるように開いた。
「ありがとよ、はやく自動認証装置を直してくれよ」コウモリは機体を慎重にハッチに近づけた。
「予算がはいったらな」ガラガラ声が答えた。
「今後の仕事がうまくいったら修理できるさ。」コウモリはさらに速度を落とした。
「何かいい情報が入ったのか?」
「久々の大きな獲物だぜ」ゆっくりゆっくりと中に入る。やがて人工的な重力が彼の小型機を中に引き寄せ始めた。格納庫の周りには多くの小型機が配置されていたが、どれもこれも壊れかかっている。そういうコウモリの小型機でさえまだ動く部品の寄せ集めだ。
「あんたがそれを言うと怪しいもんだ」
「こんどこそ本物さ」やがてロボットアームが彼の小型機の後ろにあるフックをとらえた。彼の小型宇宙船はそこで停止した。
コウモリはコックピットから出ると弱い引力に引き寄せられながら、移民船の居住区に向かって落ちていった。落ちて行く先は大きなスポンジの塊だ。本来は制御された重力システムがそこにあり、自動的に減速されて緩やかに落ちて行ったらしいが、だいぶ昔に故障して以来、落下の衝撃を吸収するために寄せ集めたスポンジが、たっぷりと敷かれていた。そこに足からずっぽりと首までそこにはまりこむと上の方には入ってきた大型ハッチが閉まるところが見えた。ああ、星が見えなくなる…コウモリは後ろ髪を引かれる思いで隠されてゆく星々を見つめた。その視線の隅では、彼が使っていた機体が、ゆっくりと格納庫に運ばれていった。
スポンジから這い上がり、足をとられながら進むと、人用の小型ハッチに向かう金属製の通路が見えてきた、錆びて壊れてしまった手すりの代わりにロープが張られ、足元も注意していないと踏み外しかねない穴が開いていたりする。
宇宙服での移動の場合この穴がいちばん厄介だった。足元が見にくい構造の服なのだ。そのためそのロープのあちこちに「穴注意」などの注意書きの札が付いていた。
ここでの重力は弱いので、落ちてもひどい目に合うことはそれほどないが、塗装が剥げたり、ボルトが抜けたり、錆びや経年劣化で壊れた金属から危険な突起物が飛び出していたりするため、落ちた拍子に宇宙服に傷がついてしまうケースが希にある。
そうなった場合は、致命的だ。なにしろあちこちに継ぎ接ぎがあるというような宇宙服なので、自動的に空気漏れを止めてくれる装置も壊れていいる。穴が空いたら最期、落下中に体が真空に曝されかねないのだ。
通路のあちこちには、「跳ぶな危険」という札も掛っている。足元の危うさからくる怖さで、ここからハッチまで重力が弱いことを良いことに跳んで移動するやつも多いのだ。、だが下手をすれば、途中で失速したり方向がずれて落ちてしまう馬鹿も時折発生するのだった。もっとも注意書きを守らず、すっとんでゆく奴の方が多いのが実情ではあるのだが。
コウモリは慎重に歩いて移動する方を選んだ。
ハッチに入ると厚い扉を閉めて、扉についたハンドルを回して密閉させた。その後、壁についた青いボタンを押すと、空気が流れ込む音がした。しばらく待った後に、壁に付いたランプが赤から青に変わった。そこでようやくヘルメット内の臭い空気から解放された-生きるための機能はぎりぎり正常だが、脱臭装置は壊れたままのだー彼はハッチ内の空気を思い切り吸った。使い回しの空気だが、臭くない。
移民船の住居スペース側のハッチが開くと、すでに3人の若い男達が彼を待っていた。
コウモリは3人を見ると苦い表情を浮かばせた。「俺の情報でこんなガキばっかりかい」
「すみません、しかし先輩たちはちょうど出払っていて、俺らしか空いていないんです」一番背の高い男が言った。
「おまえ、田村だったか…もう字は貰ったのか?」
「はい、鼻高です。でこいらは、白目とギョロです」
「出払っているならしょうがない、ま。簡単な仕事だが事は急だ。監査官はいるな」
「もちろん、在船しています」
「じゃあ鼻高、監査官のオファーを取った上で、2時間後に会議室を予約しておいてくれ。」こうもりは、3人の若い男達の前を通り自分の住む区画を目指した。
「分かりました」と鼻高の返事が背中から追ってきた。
田村のところのガキがもうあんなデカくなりやがったか、コウモリは自分の歳が一気に進んだように感じた。家までの通路はゴミはあまり落ちていないが、左右にある住居の間にはロープが渡され、そこには洗濯ものが干されていた。そして時々その通路では子供たちが走り回って遊んでいる。子供を背負った母親が、たらいで洗濯をしている姿もあった。技術から取り残された、技術の粋を集めた構造物だ。コウモリは、何時になれば、この困窮状態から抜け出せるのだろかと、ため息を付かずにいられなかった。
宇宙移民船…遠い昔に希望を乗せて暗黒の宇宙に出た船は、結局どの惑星に降り立つ事もなく放浪を繰り返し、設備とエネルギーを消費し老朽化した。今は船の移動と船内の畑の稼働だけで手いっぱいのありさまだ。こんな船ではもう産業を打ち立てることもなく、出来ることと言えば海賊行為をして人様のものをかっさらって船や住む人の維持に当てるくらいのものだった。
海賊も貧乏も嫌だ。しかし、身に付いた技術は海賊行為に関わるものしかなかった。コウモリは部屋にたどりつくと、宇宙服を脱ぎ捨ててベッドに横たわった。今回のミッションは大口を叩いたが、まともにやれば、小遣い稼ぎ程度だ、しかし、うまく立ち回れば、かなりの額になるだろうと読んでいた。
田村は、コウモリの背中が見えなくなると2人と目を合わせて「行こう」と言った。
そして通路の中を3人で駆けた。監査官という役職は、海賊行為から退いた者たちの中で選ばれた長老達だった。
ただ現役から退いたとは言っても、監査官により承認された作戦には承認した監査官も同行するのが普通だった。そして立て込んでいる今、残っているのは白猿の翁だった。3人が翁の家に付くと翁はちょうど自宅で碁を打っている最中だった。
「翁…承認してもらいたい作戦があるのですが」田村達は翁の後ろから声を掛けた。走ってきたせいで肩で息をしたままだった。
「そうかいそうかい」翁は白い石を置いた。「翁、そこはないでしょう」と相手は黒い石をとんと置くと囲まれた白い石を取っていった。
「どうやら、ちょうど終わりらしい」翁は、目を若い男達に向けた。「情報源は誰だね?」
「こうもりさんです」
「ああ、あの人の情報なら間違いはないでしょう、決して大きくはないが安全かつ適切だ。会議室はとりましたか?」
「いいえこれからです。」
「なら、とれたら教えてください、まあみんな出ているから今日は空いているでしょう」
「はい…分かりました」と田村達はまた外に駈け出していった。
「若い人たちは元気だ」翁は、盤上の石をかき集めだした。「どうですもう一局」
「ええ、こっちも暇ですからいいですが、こうもりさんの情報ですか…」相手は不安そうに言った。
「なにか?ありますか」
「最近、ガセをつかまされている事が多いようです。」
「まぁ、からぶるくらいなら良い経験でしょう。この商売もいつも成功するわけではありませんし、生きてもどってさえくれれば御の字です」
「そうですね。後で彼らの打ち合わせも入るかもしれませんし、早く終わらせる為に9路盤でやりましょうか」
3人は会議室がある区画の出入り口にやってくると田村はそこにおいてあるノートを手にした。今日の日付ではどれも真っ白に空いている。昔はこんな作業もここに来なくても部屋からネットでできたという事を聞いたが、数年前にサーバーが故障して以来は、みなここでノートに会議室の予約をすることになっている。
「今は何時?」田村がギョロに訊いた。「16時15分」目がぎょろっとしているのでギョロというのが彼の字になっていた。本名は、千砂 守男だったが、それを使うのは成人までだ。後は全て字でやりとりされ、本名は使われる事はなくなる。
「こうもりさんは2時間後と言っていたから、17時30くらいでいいかな」鼻高は壁にかけてある古い時計を見てから言った。背の高い彼は、その字の通り高い鼻を持っていた。3人の中ではわずかに年長者であった。
「おっさんはかなり疲れているようだったな」白目が呟いた、彼の字もその三白眼に由来していた。
「あちこちで情報を手に入れることに奔走していたのだろうな」鼻高はうなずきながら白目に言った。「ギョロ、コウモリさんと白猿の翁に伝えてくれないか」
「わかったよ」ギョロは、頷いて会議室の区画から出て行った。
「俺たちは、武器の準備をしておこう」鼻高がポンと白目の肩を叩いた。
「ギョロの分は?」白目が言った
「あいつには後方を頼むさ、あいつ銃がとても下手なんだ」
17時30少し前。3人は、会議室の一番前の席に座り、白猿の翁とコウモリを静かに待っていた。翁とコウモリが一緒に入ってきたのを見れば、二人でなにか事前に話していたようだった。
翁は、さっさと3人の横に座り、コウモリは4人に対峙するように立ち4人を舐めまわすように、見つめてから白板のペン置きから黒ペンを持って背を向けた。
「惑星イリジウムにおける地球軍コンテナの奪取」と書いた。
「それまずくありません?」鼻高が叫ぶように言った。「相手が軍なんて、たった3人では荷が重すぎます」
「私もそう思う。」翁が頷いた。「君たちでは無理だ」
「普通ならばです。」コウモリは4人に向き直った。「今のイリジウムの独立戦争はすでに地球側の敗戦ムードが高まっています。実際兵士達は撤退の準備に大わらわというのが現状であり、ニュースでさえそれは明白です。だからその物資と言ってもその中身は、撤退時に必要な乗り物であり、食料であり、兵士への現金の給与だけと思われます。その為に敵から襲われる心配はないと踏んでいるために護衛は無いか、とても少ないと考えられます。」
「その情報はどこからだ」翁が腕を組みながら訊いた。
「イリジウム常駐の情報屋が手に入れた軍の暗号文からです」コウモリは一枚の紙を翁に渡した。翁はさっとそれを目を通すと横にいたギョロに手渡したが、鼻高がそれを直ぐに奪った。極めて全うなサインがしてあった。
解読文には、品目として食料、移動用のガソリン車と燃料、そして現金があると記載されていた。それも地球とそれに加盟する惑星でしか通用しない通貨だった。イリジウム軍が奪取してもこれといって旨みのない品目がずらりとあった。さらに、これ以上戦費はかけられないために、護衛も可能な限り削るとも追記してあった。
「これなら俺たちでもできそうです」鼻高は嬉しそうな声をあげた
「どうやる気だ?」
「後ろからこっそり近づいて、コンテナを一つだけさらって逃げます」
「ひとつだけならいいだろう、それ以上は獲るな」翁は、じろっとコウモリを見つめた
「ただ、この情報。私たちに獲ってくださいといわんばかりなのが気になる。」翁が首をうなだれて言った。
「罠と思いますか?しかし、なんの為に?」コウモリが眉を寄せて翁の前に立った
「分かれば苦労はしない」翁は、3人の方に顔をむけた。「この仕事やってみるがいい、ただし少しでも異変を感じたら逃げろ。お前たちは未だ若い、ここで逃げても誰にも文句は言わせない。本来なら私もこの作戦に同行するが、今監査官が私しか在船していないから、ここで外出してしまえば、他の作戦の監査ができなくなる。だから、コウモリお前が同行してくれないか?いざというときに適切な判断が下せる年長者が必要だ」
「はい、私の情報ですから、そのつもりでありました。責任を持ってこの仕事を全うします」コウモリは、自分の胸をポンと叩いた。
「出発はどうするかね?」翁は鼻高を見た。
「今から8時間後に出発、ゲートを使ってイリジウムの星系に入ることになると思いますが…」鼻高は、それでいいか確かめるようにコウモリを見た。コウモリは小さくうなずいた。
「ゲート使用に伴う通過カードを調達に申請しなさい」翁は、小さい紙に何事かを書き込むとそれをギョロに渡した。鼻高はそれをすっと取り上げた。
「健闘を祈ります。くれぐれも無理はしないように」翁はゆっくりと腰をあげた。「本当なら、もっと年長者が行くべきだったのでしょうが、いいですね。あなた方は若い、これからもっと知恵を得て活躍もできるのです、逃げることも大事であると肝に銘じておきなさい」
「俺たち逃げ足だけは誰にも負けませんから」白目がにやりと笑った。
「それでいいのです」翁は三人の前をゆっくりと歩いて去っていった。その後ろをコウモリが追い、横に並び会話をしながら去っていった。その会話の中で翁は、ばかな!!とコウモリを叱咤したが、さらにコウモリが説明を続けると、やがてうなだれながら、仕方あるまいと頷いた。
「では、8時間後にハッチで集合だ。」コウモリもまた去っていった。
「わくわくするな」白目がギョロの肩を叩いた。ギョロは、静かにうなずいた。
「俺は、カードを貰いにゆくから…後で会おう」鼻高は走って出ていった。
「じゃあ俺たちも部屋に行くか」白目がギョロを促した
「ああ」ギョロは、頷きながら奇妙な震えが全身をめぐるのを感じた。
鼻高は、船内にある役所を目指した。どこの惑星のどの国にもあるような、普遍的な事務処理がここにもあった。特に命に係わる稼業をしているだけに、人口の把握は重要なことであったし、わずかな収入で船内のどこを優先的に修理すべきかなどは、経理や工学の専門家が必要だった。役所の人間たちは、ここで育ったものもいたが、専門家が必要な場合には、襲撃の際に拉致してきたものも少なくなかった。
窓口にゆくと、受付が一枚の番号札を渡した。「番号がよばれたら3番窓口に行ってください」彼は、薄汚れたプラスチックの楕円の札を握りしめると、多くの人々と同じようにあちこちに穴が開いて中のウレタンが見えている長椅子に座った。
ひとり、またひとりと番号が呼ばれ、各自呼ばれた窓口に歩いてゆく。彼の持つ札の番号までは程遠く感じるほどにその順番は遅々として進まない。時間を潰すための本も無く彼は、ただ周りを見回した。どれもこれも古臭く傷だらけの備品だけが目につく、空気もどこか埃くさい。もっとお金さえあれば、きっと全てが新しくなって、空気にも木々の香りをつけられるのだろうなと思う。
昔、最初の任務でカジノの偵察にもぐりこんだとき、その綺麗さには驚いたものだった。誰も彼も、綺麗な服を着て、指や首に石をまとわりつけている。あちこちでやりとりされる金額は彼の見たことない額ばかりだった。あんな風になればもっとここも居心地がよくなるのだろうと回想をめぐらせていた。あの時は、小さい船を襲って小金をせしめたものだった。
その想いを途切れさせるように彼の番号が呼ばれた。
窓口の前にゆくと「監察官の書類をみせて」と受付の女性が、事務的な口調で言った。彼は白猿の翁の署名が入った紙をズボンのポケットから出すと丁寧に差し出した。
「ゲートのカードね。ちょっと待ってて」女性は、背を向けて奥に向かうと棚からひとつの小さい手提げ金庫を取り出してその鍵をあけて、中にあるものを取り出した。それを持ってくると彼の前に4枚のカードを扇状に並べた。
「残高は十分あると思うけど、寄り道するほど十分じゃないからね」
「はい、使ったらここに返すのですか?」彼はそれを手にとって眺めた。何の刻印も絵柄もない真っ白なカードだ。
「いえ適当に捨ててね。偽造したものだからアシが付かないようにしてちょうだい」
「はい」彼は、返事をして窓口から離れようとした
「あなた初めてなの?」女性が訊いた
「いえ、何度かサポートで出動はしましたけど…」
「ふうん、頑張ってね。もし稼いだら。うちのお店にこない、サービスするわよ」女性は、名刺をそっと窓口のカウンターに置いた。どうやら、女性による接待がある飲酒店のようだった。彼はそれを受け取るとさっとポケットに入れた。
「待っているわ」女性はウィンクをして次の番号を呼んだ。
ギョロは、時間まで寝て過ごそうと思っていたが、期待と不安が交互に襲ってきてベッドの上で寝返りを繰り返していた。この船の習慣により12才でこの部屋に一人で移り住むことになって10年の月日が過ぎていた。その間に参加した海賊行為は10回ほどあったが、そのうち8回はここ数年でやったものだ。奪取した獲物は、この船の中でプールされ、等しく分配されるのが常であったので、獲物の中でこっそりとピンハネした一冊の本を除けば、自分の財産となるのはなかった。
古臭い、ボロボロ寸前の本、古い言葉で書かれたそれは、図書館にある辞書でも使って読むしかなかったが、1行、1行読み進む度に胸が躍った。そこに描かれてる主人公はタフで、正義感が強く、優しくもあった。今の自分からは程遠い存在だ。同じ宇宙の海賊稼業をしていてもどうしてこうも違うのか…本の中の主人公のようになりたくても、脆弱で、臆病な自分にはとても無理だ。そもそも自分は、本の中に出てくる正義の味方から敵対視される方なのだ。
白目は、船内のジムでひたすら走りこんでいた。それは彼にとって日課のひとつに過ぎない行為を淡々とこなしているにすぎなかった。船内の重力は母星の1Gには及ばないもし地球人と戦う事になった場合、あるいはもっと大きなGで生活をしている人々と戦いになったら、勝ち目はないだろうと、彼は常に思っていた。その危機感ゆえに走り、ダンベルを持ち上げ、ひたすら筋力の鍛錬をおこなった。
「せいが出るね」掃除に入ってきた一人の老人が彼に話しかけた。彼は、老人をちらりと見てダンベルを持ち上げる動作をつづけた。
「何十年か前なら、重力ジムがあったのだけどねぇ」老人は、モップで床を拭き始めた。
「あれも壊れて、修理もできないままにスクラップにして売ってしまったからねぇ。今の若い人はかわいそうだよ」
「金になるのを襲って新品を買うまでさ」彼は、動作を止め、タオルで汗を拭いた
「はは、剛毅だねえ」老人は笑みを浮かべてモップの柄に寄りかかった
「でも、今のわしらは弱い…大事なのはヤバイと思ったら、早く逃げることさぁ」
「逃げる?」彼は、眉間に皺をよせた。翁もそう言っていたが、白目にしてみれば、そんな事を言う奴がこの船にいるとは思いもしなかった。逃げるよりも戦って奪って凱旋するのが本筋じゃないのかと思っていた。
「そう逃げるのさ、そしてこっちが勝てそうな条件が揃うまで辛抱する。生きていればチャンスは何度でもあるさぁ」老人は再びモップを動かした。
「俺は嫌だね。」彼は、継ぎ接ぎだらけのサンドバッグを素手で殴った。
「老人のいうことは聞くものさぁ若いの…地球人はあんたと同じかそれ以上の訓練を1Gでやっているんだ、勝てねぇさ」
「なら俺は、それ以上の訓練をするまでだ.」そう答えながら、白目は、サンドバックを殴り続けた。
「無駄なことを…」老人は小声で言うと掃除を続けた。
格納庫にある3機のステルス機とずんぐりとしたタグボートは、どれも中古であり。ボディのあちこちを継ぎあてのような金属の板が溶接してあった。コウモリ、高鼻、白眼そしてギョロは用意されている機体を眺めていた。この機体を見るたびに高鼻はこの船の貧しさを実感した。適当に張られた金属のため、本来これらの機体がもっている電波の吸収機能も、光学迷彩もすべて機能しない。見つからなければ御の字ってのが現実だ。
「さあ行こうか」コウモリが宇宙服の中から声をかけた。同じく宇宙服姿の3人はうなずいた。「これを…」と高鼻が3枚のカードを差し出した。「寄り道するほどの残高はないそうです」
「そうだろうな」コウモリは一枚を受け取り、残りの二人も続いてそれを受け取り、しみじみとカードを眺めた。
「予定通り、ギョロはタグに乗って後方。。あとは俺について来い。」コウモリは、かるく床を蹴って、機体のコックピットにとりついた。残りの3人も同様に各々の機体に取り付いてコックピットの中に入ると、手にしたカードを読み取り装置に挿入した。
「管制室、ブースターを用意してくれ」コウモリは無線機に話しかけた
「旦那、稼いできてくれよ」返事が聞え、巨大な円筒形の牽引用のロケットエンジンが格納庫の奥からゆっくりと現れた。
「全船はフックを取り付けろ」コウモリは自分の小型機を静かにそのエンジンに向かわせた。ゆっくり、ゆっくりと各自の船もそれに向かった。コウモリの船が最初にそのエンジンに取り付き、やがて小型機から伸びた太いアームがその牽引エンジンについたフックにしっかりと結合された。他の小型機もそれに続き、ギョロのタグボートが最後に近づいたがタグボートは少しだけエンジンに接触した。
「バカヤロウ、ぶつけんじゃねぇ!!」いきなり罵声が飛んだ。
「す、すみません」ギョロはあわてて謝った。
「てめぇの分配は減らしてもらうからな」罵声に焦ったせいで、タグボートは慎重になりすぎて、接続はさらに遅れた。
「遅れてすみません」ギョロはコウモリや他のメンバーに対して謝った。
「大丈夫だ、時間的に余裕をもって行動計画は決めてあるつもりだ」コウモリはそう言った後で、聞えないように「このノロマめ」と悪態をついた。
「接合できたか」管制室からの無線が訊いてきた。
「完了した、ハッチを開けてくれ」やがて巨大なハッチが宇宙に向かって開かれた。暗黒の闇に散らば目られた宝石達の空間だ。
「ハッチ開口完了、カタパルトの発射タイミングをそっちに譲渡するぞ」
「了解した。鼻高、白目、ギョロいいか」
「大丈夫です。」3人の声が同時にスピーカから流れた
「点火」コウモリの声とともに、牽引エンジンが小さな炎をあげた。それと同時に格納庫の内部に一列となった明かりがハッチの開口部に向かって点灯した。
「電磁カタパルト起動」エンジンは4機の機体を接続した状態で一気を加速され、そのまま宇宙に放り出された。
「加速ポイントまで移動する」コウモリは、コックピット内に映っているホログラムを見ながら、エンジンが母船から離れてゆく姿を目で追った。ホログラムの中心には自分たちの船があり、大きなデブリや母船がそれに映し出されているが、それらは球形の映像の端へとおしやられていった。やがて彼らの住処である母船はその映像から消えた。
「これより、転送円環までは自動制御とする。エンジン加速開始」コウモリは、コックピット内にある自動制御コンソールを操作して一番近くにある目的地の転送円環を選んでから、自動制御ボタンを押下した。巨大エンジンは青白い炎を吐き、激しく加速を開始した。ギョロは最初に気を失った。残った者たちでさえ、しばらく意識を保っていたもののやがてギョロと同じ道をたどった。
宇宙服内に内蔵された注射装置が作動することでようやく、彼らは目を覚ました。
「毎度だけどひき肉になるかと思った。」白目が声をあげた。
「他は大丈夫か…」コウモリが全員に訊いた
「なんとか」鼻高の声も弱弱しい
「ギョロはどうだ」
「は…、吐いた…」ギョロの声は聞こえるかどうかだった。
「出したものを吸い込むなよ。」
「もう吸引し…ました。」
「またかよ、あとでちゃんと洗えよ」鼻高がぜいぜいと息を荒げながら非難した
「さて、さっさと向かうぞ。各機エンジンより離脱しろ」コウモリ以外の機体は巨大なエンジンとつながれているアームの接合部分を解放して慣性系のままエンジンと並行して進んだ。コウモリは、パネルを操作しながらエンジンを母船に戻すように自動操縦装置を設定すると、自分もまたエンジンから離れた。巨大エンジンは、姿勢を変え反転を始めた。
そして4機の宇宙船は、進行方向に進み続けた。
はるか遠くに最初の目標がある。しかし、そこまでは今の慣性速度では、時間がかかる。しかし、燃料の節約も大事だ。
彼らは、コックピットの狭い空間でしばし寝起きを繰り返した。豊かな世界では、円環と呼ばれる構造物と惑星の距離は非常に短い。しかしこの恒星系では、長く移住可能と思われていた惑星は、不毛の大地だった。かつて何度も移民船から惑星に調査団が送られたと聞いたが、全て失敗に終わったと聞かされていた。
彼らの祖先は当初、既に移民が行われている惑星にも行こうとしたが、巨大な移民船を動かす財力もエネルギーも既に枯渇してしまったのだという。
やがて、自動運転装置は減速を始めた。正面には巨大な円環状の構造物が恒星を背にして、浮かんでいる。4機は、円環の傍で集結しつつ微速で進み続けた。
「目的地は?」管制官の声が各機で聞えた。円環の傍に浮かんでいる構造物に管制装置があり、そこからの声だが、この様な辺境ではAIが対応するのが常だった。
「4機ともノード132、惑星イリジウムに向かう」コウモリが応えた。
「了解…カードからの引き落としが終わりました。これよりルートの設定をアップロードします。」女性の声がした。「案内船が間もなく入りますので追従して航行してください」
そこで一瞬声が途切れた。
「なお、宇宙花から貨物船が出てきます。その後に移動開始となりますので、現状の位置で待機していてください」
目前にある円環状の装置は、円環の内径が10キロある構造物である。円環の厚さは100メートル、そしてその外側には、巨大な太陽光パネルが花びらのように周囲を覆っている。そのパネルの形状からこの円環状の装置を制御している管制指令室では宇宙花と呼ばれることもあった。
また、彼らの様に単に円環と呼ぶ人も多かった。ただ、問題は、この構造物は人類が作ったものではないという事に尽きた。制御の方法は分かったのであるが、その詳しい機能や物理的な法則については、まだ把握出来ていない状態だった。
やがて、目前で円環の内部が銀色に光り円環の向こうに見えた星々が消えた。それはまるで切り取ったばかりの金属ナトリウムの表面にも似ている。あるいはゆったりと波打つ水銀の表面ともいえた。その銀色を内側から破るように、黒い錐体が現れた。それは徐々に大きくなってやがて大きな貨物船がその半身を現した。先端の円錐部分は主に前方の障害物に対する強靭な楯となるものであり、その後ろには円筒形のコンテナがびっしりと積まれており、そのコンテナひとつひとつには、地球にある大企業のマークが付いていた。
もっともこの貨物船はこの星系が終点ではない、ここを出て再び円環に入り、別の円環に出現するのであった。
「あれ、欲しいなぁ」白眼が言った。
「やめておけ、ああいうのは一番ヤバい」コウモリが言った
「大企業の追及には国境も法もあったものじゃない、盗まれた利益を取り返すまで、宇宙の果てまでも追いかけてくる。それに無防備には見えるが、コンテナのいくつかは偽装された武器や軍用機が格納されて直ぐにそいつらの餌食にされるのがオチだ」
やがて、貨物船は彼らの横を悠然と過ぎ去っていった。いずれ停止してバックするのであろう。
「準備ができました。」再び機械的な声が聞えた。すると彼らの前に、丸い球体に円錐のエンジンを付けただけの宇宙船がやってきた。案内船、または異空間案内人とも呼ばれる船だった。巨大な船は、案内人を船内に置くスペースを持つが、小さい船は案内船に頼ってその後を付いてゆくことになる。
案内船は、エンジンを噴射して円環内部に発生した銀色に光る面に向って動き出した。彼らの小さい船もまた、それに続いて加速を始め、やがて銀色の面に吸い込まれていった。
そこは、深淵な闇の中だった。星はない、光源の無い透明な闇だ。宇宙船から出す光はどこまで届いているのか、いないのかもわからない。なにか粒子があれば光はそれに反応するのだろうが、それさえもない。ここの宇宙に満ちているのは、何物とも相互作用しない粒子である可能性が高いそうだ。そんな中を宇宙船に実装されたナビが静かに進んでゆく。どうやって、自分の位置を調べているのかはわからない、どうやって出口を目指しているかもわからない。コックピット内で自分とパネルを照らす明かりに映された範囲だけが宇宙の全ての様にも思える。
外を見るとその透明な闇の深さに押しつぶされそうで、ギョロは目を閉じた。こうしていれば何も見ずにすむ。同じ闇なら目を閉じていた方が慣れ親しんだ闇だから安心できた。目的地に着けば、どうせアラームが鳴る。このまま寝ていてもよいようにも思えた。
しかし、これから訪れる襲撃に向けての緊張感がそれを許さなかった。つぶった目の中で様々な妄想が飛び交い、それはどれもこれも不吉なものばかりだった。自分はこの稼業に向いていないとつくづく思う。しかし、あの宇宙船の中で生まれ、育った以上は他に進むべき道もない。今までも、何度もそう思いながら襲撃に参加し、そして生きて戻ってきた。その襲撃の中では、散々な目にあったときもあった。何人も死に、貴重な小型宇宙船を失ったときもあった。
そんな中でも仲間達はコンテナをかすめ取り、彼の操縦するタグボートにくくりつけると、彼を護衛しつつ見事に退却をやってのけたものだった。その時は必死になって逃げているために、失われた仲間のことさえ考える余裕はないが、こうして闇の中で静かに時の中でゆらりゆらりとしていると、無残に破壊された仲間の船と自分が動かしているタグボートの姿が重なってみえる気がした。宇宙の中での死は一瞬なのだろうか、それとも緩慢に空気を失われて苦しみ悶えながら死ぬのだろうか、恒星の近くでは宇宙服の中で生きたまま焼け死ぬのだろうか。
やがて、彼らは唐突に円環から吐き出され、そしてまた円環に入る行為を繰り返す。
効率が悪いなとギョロは何時も思う、なんで目的地に一気に行けないんだ?
それは、多くの研究者も悩む所だった、現在知られている円環の配置は、まるで宇宙に大きく広がるフラクラルのノード(結節点)のみに存在しているようなもので、隣あった円環以外への移動ができないのであった。
しかも、それらは生命が存在していそうな惑星の近くに鎮座しているのだ。その理由として、太陽光パネルが太陽の熱や放射線に壊れ難く、それでいて可能な限りのエネルギーを得る位置に太古の知的生命体が置いたのだろうと考えられていた。
何回目かの円環による移動の後、唐突に閉じた瞼を通して明かりが見えた。辺境の惑星イリジウムを持つ恒星の輝きだった。ここが戦場になっているとは誰も忠告しない、転送円環を管理する管制施設では、通行料さえ払えば装置に害をなすもの以外なら誰でも通すのが慣例となっている。通行人の身元のチェックもしないので、明らかに海賊と見えるものでも、そしてどこからか奪ってきたと思われるコンテナを牽引しても、通行料さえ払えば通れることになっている。管制官に対する敵対行動をとるものだもさえだ。
そして、誰が通ったのかさえ、通知することはない、管制施設は誰に対しても中立であるのが、存在意義であった。従って大きな管制施設においては、武力を有している所さえあった。ただ、基本的にはだれも、必要不可欠なその施設を襲うことはなく、起きた事もなかった。
静かに彼らは円環を後にして、円環の傍に鎮座する管制施設、俗にノートステーションと呼ばれる、球形の超大型居住施設の脇を通り過ぎた。
「全員出たな」コウモリの声が聞えた。
「はい、出ました」ギョロは眠そうな声で答えた。実際彼は今まさに眠りにつきそうになっていたところだった。
「これから、イリジウムの軌道まで移動する。そこで周回しているデブリに紛れ込んで獲物が来るのを待つ。」
「了解しました、」3人の声が揃った。
「ルートはこちらで決定する。全員、同調しろ」コウモリは、前方で恒星の光に照らされている惑星を目を細めてみた。
拡大してみれば、小さい海と土色の大陸がデブリ間から見えた。開戦当初に破壊された宇宙船の数多くが、まだ浮遊しつづけているのだ。
その内容といえば、地上戦が主だったために、さすがに空母はないが、地上を直接攻撃する戦艦と地上に上陸するための揚陸艦が多くみられた。
当然どれも小型の宇宙船やタグを隠すのには十分な大きさの残骸だった。コウモリはその中のひとつの艦に目をつけると、それを目標としてルートを選択した。そのルートを3機とも受け取った。
また、自動操縦か、白目は、退屈な時間が始まると思うとうんざりとした気分になった。自分の意思で宇宙船を動かすことは彼の生きがいのようなものだった。この果てしない空間を自由に飛び回り、自由に略奪をする。そんな日々が毎日でも続いてほしかった。
白目が子供のころに年長者から聞かされた自慢話や冒険談は、まさにそんなもので、それは当時の彼の夢でもあった。だが、そんな手に汗を握るような作戦がほとんどない事は、作戦に参加するようになって初めて知った。
足りない燃料をマニュアル操縦で無駄にはできないというのが大きな理由だった。攻撃に使われる銃弾やエネルギーパックなどは、在庫管理のために使用した数を報告までさせられる。
そんなもの後で数えればわかるじゃないか!とレポートを提出した折に言ったこともあったが、大事なのは、実際に使われた数、そして状況を照らし合わせて分析を行い、作戦内容に応じた武器の種類や数を前もって準備できるようにすることだと担当はいい、彼はレポートをさらに2日かけて何度も再提出させられた事があった。
宇宙をびゅんびゅんとばし、機関砲を打ちまくるような血沸き肉躍るようなことは夢のまた夢だった。だからせめて操縦桿だけは自分のモノであってほしかった。いっそ自動操縦を解除して、こっそり自分の手でコウモリの後でもついて行こうかなと思った。しかし同調状態にある場合、切断は直ぐにコウモリの知れるところとなってしまう。その挙句は命令違反に伴うレポートの提出、そして半年の出動停止と出稼ぎと称される宇宙建造物の作業員として出向にだされることだった。
「今は我慢するしかないか」白目は、小声でため息交じりに呟いた。
「なんだ?白眼」唐突に鼻高の声がした
「あ、いや…」白目はひとり顔を赤くした。「独り言だ」
「今は作戦中だ、無駄口を叩くな」コウモリの声がコックピットに響いた
「すみません」白眼はひとりうなだれた。
長い時間変わることのない景色。高鼻は、それを見ながら今回の襲撃をイメージしていた。自動操縦でやってくる無防備な貨物船、デブリから出ると、それを後方からこっそりと追いかける。そして貨物に取り付いてコンテナをひとつこっそりと取り外す。
後は、ギョロがそれを引っ張って逃走するという単純なものだ。リスクは非常に少ない、しかしその分実入りも多いわけでもない。コンテナの中身が分かればその中でも最も価値のあるものが取れそうなものであるが、そんなものを探していれば、いやおうなしにも時間がかかりすぎる。
定石としては、大事なものほど一番前のコンテナを使うことになっている。後ろのコンテナは、こういう戦場では、離脱させて後方から迫る敵の進路妨害にしたり、コンテナ内に迎撃用の兵器を忍ばせることもあるからだ。
しかし今回は撤退に使う車両や、シャトル、その燃料、簡易軌道エレベータ、軍人に渡す給料を含む現金、食料が主なものだ。当然ねらい目は現金だが、それはどこに配置するか…やはり前だろうか
コウモリのつかんだ情報では、コンテナの配置までは分かっていない。やはりこのメンバーでは、もっともリスクのない最後尾のコンテナを引き抜くべきだろう、それに何が入っていても売ればこの襲撃の燃料代に毛が生えたくらいにはなるに違いない
いずれにしろ、コソドロのようにそっと一つだけ取るだけだ。そもそも小さいタグボートで引けるのはそれくらいだろう。
眼下にみえる惑星の表面は、土色をしていた。みすぼらしい貧しい惑星。そんな風にもみえたが、これほどに広く歩き回れる大地は羨ましくもあった。早い速度で周回しているデブリに船体を隠し、待つ時間は長くもあったが、太陽の当たる面で大地を眺め、夜の面で人の営みの明かりを見ていると時が過ぎるのが早く感じた。ギョロは惑星の上に立つってどんな感じなのだろうかとふと思った。
「来たぞ」コウモリの声がした。「デブリから抜けて、貨物船に向かう。軌道エレベータにたどりつく前にコンテナを奪う。ギョロは後方で待機だ」
「了解しました」ギョロは掌に汗を感じた。宇宙服の中では拭うこともできない、ぬるっとした汗だった。
開戦当初に発生した大量のデブリに紛れ込みながら移動をしていると、小型のコンテナ船が逆噴射をかけながらブレーキをかけている姿が見えた。彼らはひたすらその後を追った。ブレーキが終わり軌道に乗った時が勝負だった。
とうとうその炎が小さくなり惑星の軌道に乗り始めた。ギョロを除く3機は、コンテナ船の横についた。各機からはアンカーが発射され、ワイヤーを伸ばしながらコンテナ船に向い、そして先端の鋭い金属がコンテナに突き刺さり小型強襲船はコンテナ船に接続される。海賊は船外に命綱を付けた状態で出ると。ぴんと張ったアンカーロープにカラビナがついた滑車を取り付け、そのカラビナを宇宙服に固定した。
滑車についたモーターを動かしゆっくりとアンカーロープに沿ってコンテナ船に向かう。足元には惑星の地表が茶色く見える。ここで落下をすれば、地面に激突をするのを待つまでもまく燃え尽きてしまうため緊張の糸がぴんと張る。コウモリが最初にコンテナに辿り付き、続いて鼻白、白目が続いた。
船上を1メートル程の間隔をあけて密集するコンテナの間を、3人は迷路の中を各々散策するように、しかし慣れた方向感覚でもって後方へと向かった。
そして最後尾のコンテナで合流をした。この船の護衛や護衛が操作するロボットは無さそうだった。白目は、コンテナの脇に立つと銃を構えて左右上下を見張った。コウモリと鼻高はコンテナの接合部分にしゃがみ込むと、コンテナを固定しているボルトを工具で緩めにかかった。全ては手順通りだ。最後のボルトを抜くとコンテナはふわりと浮いた。3人は急いで別のコンテナの間に入り込み、動き出したコンテナと接触するのを避けた。
ギョロはすぐさま接近すると、タグボートからワイヤーを発射した。コンテナ船からゆっくりと離れてゆくコンテナに向かったワイヤーは、自ら意識を持っているかのように、接合部分を探し素早くコンテナと結びついた。
コンテナ船上の3人もまた、アンカーロープを伝って自分の船に戻り始めた。ギョロは、コンテナ船から離れるための加速を始めた。今まで感じた事がないほどのあまりもスムーズな加速。軽い、軽すぎる。
「畜生、外れだ!」と彼は叫んだ、「こいつは空荷だ!」
その瞬間、彼の引っ張るコンテナが爆発をした。その向こうではコンテナ船もまた爆発を起こしていた。
「コウモリさん!鼻高!白目!」彼は叫んだ。誰の応答もない、そして爆発で飛ばされた大量の破片がいくつもタグボートにぶつかった。
古いタグは悲鳴を上げ、あちこちでコックピットのランプが青から赤へと変わり、ドットがいくつも抜けているディスプレイには、警告の文字ばかりが湧いてきてどんどんスクロールを続けた。彼は多くの操作をマスターしていないし、聞かされてきたのは、動かない機能の事ばかりだった。
とうとう大きな音がしてコックピットの中に何かが飛び込んできた。致命的な損傷の為タグボートの緊急脱出装置が働いた。シートが水平に変形し彼は寝そべったままコックピットの下に開いた小さい空間に彼はシートごとおしこめられた。緊急脱出ポッドの中だった。
闇の中で小さい明かりだけが生き物のように点滅をしていた。別名棺桶とよばれるポッド、周りに仲間がいる状況ならともかく宇宙のなかではいたずらに命を長らえるだけの装置だ。
「くそ!!」彼は大声で叫んだ。罠だったのか、あれを盗みにきたやつを懲らしめるための罠がついていたのか!!
「ちくちょう!」と叫ぶ間にも何かが船にぶつかり、激しい激突の振動と音を伝えてきた。
「ちくしょう、ちくしょう」彼は狭いポッドの中で叫び続けた。発射管のロックが火薬により破壊される音と共にポッドはタグボートから離れ、近くにある重力井戸の底に向かって落ち始めた。




