エピローグ
「これって…」アリスの案内でたどり着いたのは、砂漠の真ん中にぽつねんと地面からぽっこり突き出した乳白色の半球形のドームだった。高さは背丈ほどで大きくはない。ドームの近くに一つの白骨死体があった。
「どこにも軍はいませんけど」ギョロは不安そうに周囲を見回した。永らく外での生活が続いたせいか、視力は改善したように感じてはいたが、見えるのはトランスポンダーだけだった。
「話はおいおいするから、私を早くあの中に入れて」ギョロはアリスの頭を抱えてトラックから降りるとドームに近づいた。
「はい、そのあたりでストーップ」アリスが言った。
どこからともなく、小型のドローンが現れて二人の回りを周回し、やがてドームに小さい出入り口が開いた。ドローンは、またどこかに行ってしまった。
出入り口の前で躊躇していると、「入って」とアリスが促したために、彼は腰を屈めて中に入った。僅かに下った短い通路の先には多くの計器が整然とならんでるフロアーがあった。壁も床も乳白色で汚れが一切ない。
ここは一体何?と思いつつその場で立ち止まったまま、周囲を眺めていると、そのフロアの中央の床に地下に降りる階段が目に入った。
その彼の視線を察したかのように「その階段を降りて」とアリスは彼に指示した。階段は長くは無かった。
下り終えると狭い通路が奥に伸び、左右にはドアが幾つも並んでいた。
「そのまままっすぐ、メデイカルルームがあるからそこに入って」ドアについている表示を確認しながら、その部屋を見つけて中に入ると。沢山の機械が寝台の周りや天井に設置されているのが目に入った。最新の治療装置だ。と彼は考えた。自分が暮らしていた宇宙船のは、既に故障していたが、これに似たものがあった。
「そこのベッドに私を置いて、それから奥にドクターが居るはずだから呼んできて」
「ドクター?他に人が居たんですか」彼は頭を白くて固いベッドの上に置いた
「人じゃないわ」
「はあ?」彼は部屋の奥に進み、ドクターと書かれたドアをあけた
そこでは、人の形をしたロボットが椅子に座り、デスクで書き物をしていた。しかし、俗にいうロボットのように人の肌に似せた外装に覆われてはいない、フレームに絡みついた配線、電源ユニット、中央処理装置、駆動系装置、センサーなどがすべて剥き出しになっている。そして、周囲が配線のコードで覆われ、それがまるで大脳皮質の皺に見える頭が、ぐるりと彼の方に向って回った。そして真ん中に付いている単眼が彼をみた。
「君はなんだ?」昔の合成音のような声が訊いた。
「あ、アリスさんがあなたを呼んできてくださいと…」
「戻って来たのは。分かっているよ、まったくいつもいつも…」機械が動き出すと、あちこちからプシュープシューと音が洩れてきた。機械は、人のように二本足でゆっくりと歩き部屋から出ると、アリスの頭が置いてあるベッドの傍らにきた。
「なんてザマだ」機械は、アリスの頭を見下げながら言った。「ボディはどうした」
「落とし穴の中よ・・・取りにいってくれる?」
「お前が、その姿で居るということは、既に自壊しただろう」機械は、淡々と言った。「始末書を書けよ」
「そんなことより、早く修理してよ」
「ボデイは何がいい?」
「今までのが、いいな」そしてギョロを見た。「ねぇ、イケナイ中毒を治してあげる約束だものね。素敵なお姉さんがいいよね」
ロボットは、ギョロに目を向けた。
「何かこいつと約束したのか?」
「搾精機に掛けられてしまって・・・しんどいんです」彼はもじもじとしながら答えた。「アリスさんが治してくれるって・・・」
「それなら、俺が正しい治療法で治してやる。こいつの治療を受けると、こんどはアリス中毒にさせられるぞ」
「なによそれ・・・それより、カラダぁ」
「あれは品切れだ。これから本部に注文を出すことになるから、暫くは首だけになってもらうぞ」
「じゃあメンズ以外ならなんでもいいわ」
「ふん、いっそ四輪車にでも付けようか」
「F1に出してもらえるならいいけど・・・仕事をするなら嫌」
「はいよ、でもレデイタイプのボデイも数は少ないからな、もう壊すなよ」
二人のやり取りを見ていた立っていたギョロにロボットが一眼のレンズを向けた
「ぼうず、一寸手伝いをたのむ」
「はい?」彼はいきなり声をかけられてどきりとした。
「この姿が怖いか?」とさらに言われ返事に困った。「まぁいい、これからメモするものを倉庫から持ってきてくれ、品物はすべて品番がついているから照らし合わせて持ってくればいい」
ロボットは、身を屈めると、ペンを持って器用に紙に手書でメモを書き始めた。
「ギョロ、倉庫はこの部屋を出て右に行った突き当たりよ。倉庫の中に台車もあるからそれに積んでもってくるといいわ」アリスが彼に声をかけた。「この人は、ドクター・メゾ、ロボットみたいだけど、実態は別室にいる人間の脳よ」
「余計なことは言うな。ほれ、小僧。これを頼む。もってくる間にこのビッチの応急手当をせんとな」
機械から渡された一枚のレター用紙には、ぎっしり文字が書かれていた。余りの多さに目を丸くしている彼にメゾはペンを渡した。
「これでチェックしながら台車に積め。在庫はあるはずだ。よし行け」
彼は、紙を眺めながら部屋を後にした。自分の故郷でも紙ベースで色々と情報のやりとりをしていたけど、こんな最新の設備がありそうな船でも、なんで紙なんだろ?と首を捻っていた。
「さて、とりあえず現状をチェックしつつ応急手当するからな」
「頼むわ、そろそろ意識を失いそう」
「それを早く言ってくれ」機械がベッドのボタンを押すと天井からいろいろなケーブルが垂れてきた。それを次から次へとアリスの頭に接続をしてゆく、
「ボロボロじゃねぇか、よくまあこれだけこき使ったもんだ。一瞬で儲けが消えちまったってところだな」
「云わないで、またアドルフに怒られる。」
「報告書の地獄がまっているしな」
「分かっているわ、いっそこのまま死んだ方が楽かも」
「ま、夢の中でゲラでも書いていろ、しばらく寝てもらうぞ」ロボットが、一つのケーブルをアリスの頭にあるジョイントに差し込むとアリスは深い眠りに落ちて行った。
眼を覚ますと、まだベッドの上だったが身動きが取れない状況だった。
その様子に気が付いたのか、メゾが動くんじゃねえと大声言った
「まだ、完全に繋がってねぇんだからな」
「暇だ」アリスはケーブルだらけの天井を見ながら言った
「報告書はできたか?」メゾは機械のスイッチをあちこちさわりながら不機嫌そうな声で訊いた。
「いや、今やっと意識が戻ったからな、夢の中で書いたつもりだったけど、もう文面を忘れた」アリスはあっけらかんとした口調で答えた。
「あんな無茶な壊し方をするから、こっちは不眠不休だ。」
「そんな急ぐこともないだろう。一応結果は出したんだ、レポートも待ってくれるさ」
「レポートぐらいなら、俺もあの小僧も休んでいる」
「小僧も働いているのか?」
「思ったより賢いやつだ」
「で、急いでいるのはなぜだ?」
「ミッションが入ったんだよ。お前さんが眠った途端にね」
「うそだろう、ミッション後は240時間の休暇が適用されるはずだ」
「例外規定が適用されたらしい。で、今は宇宙を移動中」
「で、ミッションの内容は?」
「お前さんの、PSSS(PARSONAL SECURE STORAGE SERVICE)に格納済だとさ、一応私も権限の範囲で参照させてもらったよ」メゾは、何かの操作をしたらしく、ピクリと指先が動いた。
「体が動く前に、今回のレポートを作って送信した上で、次のミッションの内容を把握しとけってさ」
「この体破壊してくれないか?なにか妙に甲高い声が気になるからさ」アリスは、ため息をついた。
「それを壊すと在庫の関係で、次の体はマッチョなお兄さんだよ。」
「それだけは勘弁してください、お願いですメゾ様」




