還る
「おや、やっこさん今度は降りてくるぞ、なにかトラブルかな」
ラセルは、駐屯地の外れで盗んだトラックの運転席から上を見あげてつぶやいた
「運が向いてきたかもな」彼は、コンテナが進む方向にハンドルを切った
「どこに行くラセル」荷台に乗ったアリスがオートマターに頭を乗せたまま訊いた。
「何か言ったか?」ラセルは窓から顔を出した
「どこに向かってんだ!」アリスは大声を出したが喉に格納されたスピーカが発した声は割れるような音になっていた。
「上を見ろ、コンテナが降りてくる」
アリスは目玉をぎょろりと上に向けた。
「何があった?」
「知るかよ。それを確かめる」
やがて一つの炎が上空で立ち上がり、白い煙の尾を引きながら天空を進んでいった。それはコンテナを抜き去り地平線に沈んで行った。
「なんだ?」ラセルはじっとそれを目で追っていた。「シャトルにしては・・あのままのスピードだと中の人間が丸焦げだな」
「補給用降下コンテナじゃないかな」アリスは、目をつむり網膜に焼付いた画像を頭脳の中で拡大した。「急げ、たぶんあれが奴の元に届いたらまたクレーンが上昇するぞ」
「了解、ボス」ラセルは、嫌味たらしく言うと、アクセルを床に押し付けた
アリスの頭を乗せたオートマターが激しく飛び跳ねた。脚を一本やられ動かない体ではどうしようもなかった。触手を伸ばしトラックの荷台に必死にしがみついた。
振動で、頭から伸びオートマターと固定している細いワイヤー状のものが、切れそうに思えた。
再び、降下コンテナが上空をよぎった、そして激しい金属音が後から襲ってきた。
「流石に早いなぁ、次で着陸だな…」
軌道コンテナの方もまもなく、地面に到着しそうだった。
やがて先で砂塵が舞いあがった。
「くそ、間に合いやがれ」ラセルは無理とは知りつつもう踏み込めないアクセルにさらに力を入れた。
決してソフトランディングとは言えなかった。クレーンから吊り下げられたコンテナ内の荷のいくつかは崩れてたが中身までは出ていないのは幸いだった。高瀬は、ギョロが入ったポッドに付いているグリップを握ると体重をかけて引きずった。あまりの重さで僅かしか移動しない。風の影響なのか静止軌道にのったはずのクレーンが動いたのかコンテナがふわりと上に持ち上がり再び地面に落ちた。その衝撃で彼はよろけ、荷物やポッドが僅かに奥にむかってずれた。
「畜生」彼は立ち上がって、ポッドに再び手を掛けた。ずるずるとポッドは動いた。彼は脚を踏ん張り、歯をぎりぎりといわせた。腕の筋肉が異常に盛り上がった。負荷により筋肉繊維が痛みそれを補強するように、ゾンビー化した細胞が必要以上の増殖を行っていた。
高瀬に牽きづられたポッドの動きはどんどん早くなりとうとうコンテナの外に放り出された。
あとは降下コンテナを待つだけだった。そしてその姿はもう見えていた。それは近くで空中分解すると中から一つの荷を放り出した。荷はパラシュートを開きゆっくりと降下しながら彼に近づいてきた。と、同時に一つの車もまた近づいてくるのが見えた。
破片が雨霰と降ってきた。降下コンテナが空中で分解し、その破片が降り注いできたのだった。アリスは右だの左だの大声を張り上げて誘導しようとしたが、走行音がうるさすぎて届くはずもなかった。ラセルは、バックミラーやサイドミラーだけを頼りにハンドルを右に左に切った。それでも小さいものがガンガンと音を立ててトラックに当たった。アリスは、後ろを向いて破片が頭にぶつからないように体を動かしていた。
ドンと大きな音がして、大きな破片が脇に落下した。フロントガラスの向こうには、落下中のパラシュートの姿が見えた。何か小さいものがそれにぶら下がっている。そのフロントガラスにヒビが入った。続いて右のサイドミラーが落ちた。さらに後ろで大きなものが落ちて地面の上をバウンドしながら迫ってきた。ハンドルを切りよけたものの、何かが天井に当たって、大きなヘコみが天井にできた。それが最後だったらしい、破片の雨が止んだ。何か破片の一部が当たったらしく痛みがじわじわと腕から伝わってきた。それでもアクセルを踏み続けた。
バックミラーが明後日の方を向いてしまい、アリスの状態は確認できない。しがみついているのを信じるほか無かった。
ヒビの入ったフロントガラスの向こうでパラシュートが落ちた。見事な着陸としか言いようがない、落ちたすぐそばにはコンテナが見えた。そして高瀬の姿も見えた。高瀬は銃を構えていた。
その途端、フロントガラスが砕け散った。銃弾は頬を掠めていた。続けて放たれた銃弾は、彼が唐突にハンドルを切ったためにそれた。高瀬が膝をついた。
アリスは、一本の触手をトラックから離すとそれに装填されてあるレーザーを放っていた。オートマターに充電されていた電力が一気に低下したが、確実に高瀬の腹部に深いやけどを与えた。
「くそ、修復しねぇ」高瀬は、真一文字に焼き切れた軍服に手をやった。出血はあまりない。体の中では静かに確かに修復は始まっていた。しかし、炎症を起こした細胞は、そこに居続けるだけだった。
ブレーキ音をたててトラックが停止した。高瀬は銃弾をフロントグリルにぶちこんだ。発砲の反動で傷口が痛んだ。
「何を撃ちやがった?」弱弱しい声を出して、ラセルは車のドアをあけた。片手で脚を押さえていた。その掌の隙間からは血がどくどくと流だしていた。
「いや、普通の弾丸さ。それよりなんで未だ生きている、腹に穴を開けてやたのに、お前もゾンビーになったのか」高瀬は、不思議そうにラセルを見つめた
「違うわい、俺は一般人だよ。くそ出血がひでえ、血が不足する」どこかでカタンと音がした。風が吹いている。その風でコンテナに結ばれたケーブルがたわみ。コンテナがゆらいだ。
「その痛みを消してやろう」高瀬は銃口をむけた。
「なんで戻ってきた?」ラセルは、横に倒れこんだ。
「バカが一人、俺が使う予定のポッドに乗り込みやがった」高瀬はふっと外に出したポッドを目の隅でみた。そのポッドの蓋が開いていた。
「バカだって?」ギョロはいつの間にか高瀬の後ろに居た。そしてデリンジャーの銃口を高瀬の後頭部に当てると引き金を引いた
高瀬の脳漿と血がギョロの顔にかかった。
高瀬は体をぐるりと反転させるようにして地面に倒れこんだ。
ギョロは銃を構えたまま膝をがくりと地面に落とした。腕が震えた。ラセルが脚を引きずりながら近づいてきた。後を追うように、アリスがオートマターの上から降りてきた。頭の脇から伸びた触手を伸ばしてずるずる動く姿が不気味だった。
「気にしないで、大丈夫」アリスは触手の一本をギョロの頭に伸ばし、そうっと頭をなでた。
「なんなら、この記憶を消してもいいわよ」
ギョロは頭を振った。「消さなくていい、こいつは俺の仲間を殺した奴だから」
ゴーンと音が鳴り響き、コンテナがゆらりと動いた。
「させるか」ラセルは、高瀬が落とした銃を拾うとコンテナに向けて発砲した。
「ワイヤーがそんなんで切れるわけないでしょ」アリスは何もできない事に苛立った。
「そもそも当たらないよ…」ラセルは再び発砲をした。コンテナはゆっくりと持ち上がり始めた。もう一発。ゴーンと大きな音がするとコンテナの下部が開きながらコンテナは上昇を続けた。ドサ、ドサという音を立ててコンテナの積荷が地面に落ちてゆく。
「さて、アリスさん。俺の傷とかはなんとかできんかね?」ラセルが、地面に伏して言った。
「ちょっと血を止めてあげれば大丈夫でしょ、自分で修復できないの」
アリスは触手をギョロから外すとラセルの脚に回して傷口の手前に巻きつけた
「サンキュ、これで少しは時間を稼げる。まぁ吹っ飛ばされなくて御の字だ」
「不便な体ね。」
「お前と一緒にするな…」
「後で私を軍に戻してくれないかしら?このままじゃ辛いし、脳の栄養カートリッジの追加が無いのよ」
「車はお釈迦だし、俺もこの有様なんだがね」ラセルはギョロを見た。なにか良いアイデアでもないかとでも言いそうな目だった。
「移動手段がないですものね、でもとりあえず、ポッドが残っているからそれで休んではどうです?あのポッドに入ると自動で手当もしてくれるみたいです。アリスさんとラセルさんなら一緒に入れると思いますよ」ギョロは、自分の血まみれの脚を見せた。
「傷を癒すなら便利ね・・・で、それからどうする?」
「待てば、ラセルさんの仲間がやってくるのじゃないかと?思うのですけど」
「まぁ、確かに俺の仲間はあちこちうろついているけどよう、当てにならないぜ」
「いえ、来ますよ。あそこにお宝が沢山落ちているんですから」
「そこまで俺の仲間の鼻って利いたかな?」
「軍の鼻は利くわよ。上にある衛星はきっと見つけるわよ。」
「じゃあアリスさんはいいじゃないですか」
「高瀬は軌道クレーンの連中をつるんでいたわよね。奴の仲間が空のコンテナをみたら監視カメラからすぐにこのお宝を発見してすっとんでくると思うわ」
「あ・・・」
「まずいですね。とりあえず荷物は隠さないと」ギョロは、箱を両手で抱えるとよいしょと持ち上げて、トラックの荷台に運びこんだ。
「おいおい、丸見えだろ。」
「幌が荷台にあるから被せておきますよ」
「へぇ、そんなのあったか」
「それより、ふたりともポッドに入っててください、いま動かしますから」
ギョロは、ポッドに手をかけると体重をかけながらずるずると引きずってきた
「ありがとさん、暫くすれば俺も復活すっから」ラセルはアリスの頭を持ったままポッドの中に入りこんだ。
「頼みます」ギョロはさらに荷をトラックに積み、幌をかぶせると、ボンネットをあけて中を覗いた。上空を通るカメラからみれば普通の故障車だ。エンジンルームは、軍用らしく質素かつ頑丈そうだった、ラセルの脚をえぐった弾丸は、ただラセルを狙うためのものだったのだろうが、ラジエターと電装部分をしっかり壊してくれた。
電装周りを修理すれば、なんとか動かせるかもしれない。彼は切れたコードをひっぱりだして同じ色のコードをつなげればよいかなと思い、その作業をやってみたが、ねじってつなげただけではどう見てもすぐに解けそうだった。
ためしにイグニッションキーを回してみたものの、なにも起きなかった。
やがてワイヤーで吊るされた、ポッドのようなものが高速で通り過ぎて行った。きっと捜索が始まったのだろう。来るのは、高瀬の仲間か、アリスの仲間か、ラセルの仲間か
彼はタイヤに背を預け、オーロラがたなびき始めた空を見上げた。
ポッドの中では、内部の医療システムが二人の応急処置を続けていた。
「おい、リシャオってお前が放ったのか?」ポッドの中でラセルがアリスの頭に訊いた。
「いや、あれは潜入MPだ。連続する荷物の強奪事件に軍内部のものが関わっているらしいと密告があってね。その証拠を押さえに部隊に潜り込んだ。私は、あくまでも彼のバックアップとして雇われた組織のメンバーさ。途中で連絡が途絶えたので、私が潜入することになったが、むしろあのガキが働いてくれたよ。ちなみに、リシャオはどうやらあんたとも関係があったみたいだね」
「ミリアを伝令として仲間に引き込むからだ。ミリアは、俺の妹だからな。当然俺にも情報が流れる。だから、俺とは情報の売り買いをしていたよ、中隊長が何をしていたかは、おおよそ判っていたが、金をハーブに変えてから、どこに隠したのか判らなかった。」
「それで、リシャオを利用しようとしたのか」
「あれを奪えば、かなりの金になる。俺は、万屋もやっているからな。売れるものならなんでも仕入れるさ、お前さんらは、やつにライターを渡し、それに情報を入れてまた回収をしていたんだね。ミリアはライターを直接見せてはくれなかったが、最後のメッセージは奴なりに隠蔽するのに考えたようだ。まさか殺されるとはね、お悔やみを言うよ」
「ありがとう、しかし奴からの報告はかなり前に途切れてしまってね。遺体を捜していたら、あの坊やを見つけたんだが…それより、なんで情報がお前に行くようにしたんだろな、おまえ、何かリシャオに吹き込んだな」
「さぁ、こっちで暮らす人々の生き様とかは、雑談かねて教えてあげたよ」
「それで、あのハーブをお前にやる事に決めたのか…」
「そっちに渡れば没収だしな、あるいはあいつもおこぼれが欲しかったのかな」
「奴は、真面目一筋さ、で、ラセル、宇宙海賊を辞めてこんな所で何を狙っている。」
「まぁ、のほほんとした生活かな」
「ハーブは売るのか?」
「あれかい?確かに麻薬として売れば大儲けだが、使う量が少ない場合、この土地では無くてはならない医薬品なんだよ。多くの使役されるゾンビー達を…まあ死に損ないだけど…生きながらえさせる為には、どうしても必要なんでね」
「お前がどう売りさばくかしだいでは、私がまたしゃしゃり出るからな」
「おーこわ、さぁ、それよりもっと静かにしてくれ、眠くなってきた」
朝になっても敵も味方も来なかった。寒さに身を震わせながらようやく迎えた朝に、ラセルがポッドを自分で開いて出てきた。
「どうやら無事に朝を迎えたな」
「ええ…でも身動きもとれないですけどね」
「いや、まもなくラセルの仲間が来るさ」ラセルの肩の上でアリスが言った。
「おお、鼻だけは利くからな、相棒」
「だれが相棒だ。」
実際に山賊の部隊がひとつやってきて。動かない車の荷物をごっそりと持ち去って行った。やってきた山賊の大将はラセルは保護したが、アリスを蛇蝎を見るようにして言った
「軍につれて行けだ?バカいうんじゃねえ」
「じゃあ、もしあれば栄養剤くれないか?」
「あるわけないだろ、脳みそ機械が」
「あの、僕が連れてゆきます」ギョロが横から口をだした。
「どうやって?」
「もし、トラックを修理てもらえればですけど」
「あのガラクタをか?」
「いや、たぶんラジエターと電気周りしか壊れていないみたいなんだけど、分からなくって」
「おーい、モンキー、このボロトラック見てやりな」
「へい、おかしら。」と頭に鍔つきの帽子を被った男がやってくると、開いたボンネットを覗いた。」
「なんだいこりゃ、見た目より上物だ。直ぐに直りまっせ」
「じゃあ、さっさと直してこのガキに渡してやんな」
「えー勿体ないですぜ」
「かまわんさ、こっちは上物のブツを手に入れたんだからな」
「ギョロ、お前この御嬢さんを送り届けたら俺の所にこないか?」
ラセルは、ギョロ肩を叩いた
「あんたねえ…」ギョロの両手に抱えられたアリスが言った
「こんな若い子を犯罪者にする気かい?」
「俺なんか、この歳でやっていたけどなあ」
「あんた、こんな奴の仲間になる必要はないからね」
「でも、もう帰る所がない」
「そっか、あんたも海賊だったか…裏切りにあったんじゃ帰れないわねえ」
「そうだろ、一番うってつけは俺のところさ、軍が引いてくれれば、昔の稼業もまたやれるしな」
「いたいけな少年をそんな所に連れてゆくなら、私が預かる」アリスがぶすっと言った。
「軍の犬なんかやめとけ、な。」ラセルは、ギョロの肩に手を乗せた。
「おーい、ラセル出るぞ」山賊の大将が大声をあげた。
「ちっ、急かしやがって、お前ならいつでも歓迎するぜ」ラセルは、なんども振り返りつつ走って去っていった。
ギョロはアリスの頭を抱えて、トラックに乗り込みアリスの頭を助手席に置いた。
イグニッションキーを回すと、セルモーターが何度が回ったが、エンジンが掛らない、不安になりつつも、再度回すとようやくエンジンが回った。
するとアリスの触手がぐるりとギョロの首に巻き付いた。
「何!」
「気にしないで、ちょっとだけあなたから栄養を貰うだけだから、こうしないと低血糖で失神して、ナビができないから」
「でも、気持ち悪いです」
「これくらい、もう慣れたでしょ、大丈夫、大丈夫、さあ行きましょ」
「判りましたけど、道案内お願いしますね」
「前にも話したけど、道しるべを探しながらゆくわよ、道しるべを見つけたら私を外に出して。確認させて、あんた近眼なんだから見つけられないかも」
「はい」彼はアクセルを踏み込み、慎重にクラッチをつないだ。砂塵を巻き上げながらトラックが前進を始めた。




