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プロローグ

 墨を流したかのような夜空の中を、一つのコンテナがゆらりゆらりと下降してくる姿が、下からのサーチライトに照らされていた。丘の上では兵隊達が、早くそれが此処に降りてこないものかと、待ち望んでいたので、自分の作業に追われつつも、頭上が気になって仕方が無かった。


 その丘の上は、周囲を低い石積みの防壁で囲われていた。その中では、地面を掘ってその上に石積みや草木で建てられた粗末な小屋、薄いコンクリート製の家屋、厚いコンクリート製のトーチカ、そして縦横に塹壕が掘られていた。


 銃を肩から掛けヘルメットを被った男達は、緊張した表情で沈黙を守ったまま、丘の上を駆け回り、時折コンテナを見上げていた。


 待ち遠しい補給や給与の一部が降りてくるのであった。しかし、それは敵にとっては襲撃をする機会でもあった。相手にしてみれば、兵站を断つことは、今の戦況をより優位にできるからだ。


 そして、起こりえるべくして、突然銃声が闇夜を貫いた。その瞬間、丘にいた兵士の一人が倒れ、続けざまに応戦が始まった。


 敵の数は多くは無かった。


「もう他の地域では終わっているのに、なんでここばかり停戦にならないんだよ」やけくそとばかりに、一人の兵士が防壁から上半身を出して速射をかけた。その瞬間、防壁の前まで攻めて来た敵兵が無防備に銃を構えて突進して来たため、その敵兵はその弾を全身に受け斜面を転がっていった。


「やった」と喚起をあげる兵士は即座に壁の陰に隠れた。


「気を抜くな」と隣の兵士がよくやったといわんばかりに肩を叩いた。


 しかし、銃弾を受けて死んだと思われた敵兵は、ゆっくりと立ち上がると斜面を登り始めた。体からは、僅かな明かりの中で黒光りする血がどろどろと流れているのが見えた。その敵兵は銃を構えると照準器に目を合わせ、一人一人を確実に狙ってきた。


 どこからか発射された弾が、その敵兵に当たったが、一瞬体がぐらついただけで、銃創をものともせず敵兵は進み、ついには防壁を越えた。


「頭だ、頭を狙え」命令があちこちで飛ぶ。


敵兵達は、銃弾を身に浴びながらも、あちこちで防壁を乗り越えていた。


「ねぇ、どうなってんのよ」闇夜に女の声が響いた。


「弁当屋のねぇちゃん、とにかく動くな、伏せていろってば」兵士が、恐怖で今にでも駆け出しそうな女性の頭を掴み、地面に押しつけた。


防壁内では銃弾があちこちで飛びまくり、兵士が駆け巡っていた。まさに混戦状態である。


 その戦いの場の一角。縦穴式の小屋の中で、一人の男が小屋の中の壁に作った小さな窪みに、小さく細長い装置を置き、それに向って早口で語りかけていた。しかし、それを邪魔するように、一人の訪問者が小屋の中に入り込んで来ようとしている物音に気がついた。男は、直ぐにその装置を停止させるとポケットに仕舞いこんだ。


 彼が、小屋の狭い出入り口を不安げに見つめると、匍匐しながら一人の男が入ってきた。


「やぁ、未だ居たのか」と訪問者は、狭い小屋の中で身をかがめながら挨拶をした。「相変わらず酷い戦闘だよ」


「どうして、此処に?」男は訪問者の顔を見て表情を硬くした


「君の取材具合が進んでいるかなと思ってね」訪問者は、にやっと笑った。


「なかなかはかどらないですよ」彼は、冷静を装った。


「ふうん、武器庫で何か見つけたのじゃないかな?」訪問者は、首を傾げてみせた。「先日君が武器庫から出てくるのを見た奴がいてさ」


「あなたは・・・」冷静さが剥がれ落ち、恐怖が表情に浮かび上がった。


「そうだよ、俺は口封じに来たのさ」訪問者は、腰に手をやるとベルトにはさんでいた銃を手にした。


「まってくれ・・・」男は、狭い密室の中で後ずさり、何かを言おうとしたが、何発も撃たれた銃声に途絶えた。

 訪問者は、倒れた男の足首を持つと狭い小屋の入り口近くまで引きずり、自分が先に外に出ると、男の遺体を外まで完全に引きずり出した。銃声があちこちで響いていた。


その銃声に混じって、近くに声がしたため。訪問者は、遺体を放りだして闇夜に消えた。

やがて一人の兵士が敵兵の姿を探しつつ、男の遺体に気がついた。辺りでは銃声が鳴り響いたままだ。


「流れ弾でも当たったか・・・」兵士は、目を開けたまま死んでいる男の瞼を閉じさせた。


「こんな状況だ、今はこのままで勘弁してくれ」兵士は、遺体に両手を合わせた。「一段落したらちゃんと葬ってやるからな」そのまま、銃を構えて銃撃戦の中に飛び込んでいった。


しばらくすると、ごーんと大きな音がして、コンテナが降ろされた。


銃撃戦は、更に激化して行った。


「コンテナの中身を早く出せ」と命令が飛んだ。


すると、コンテナの周りに兵士達が集まり、周囲が固められた。


ロックが外され、扉が開くと真っ暗な空間だけがそこにあった。


「くそ!!、空だ!!」と悲痛な声が響き、兵隊達は、蜘蛛の子の様に散り銃撃戦が続いた。


逆境に強いのか、やけくそになったせいか、丘を守っていた兵隊達が、敵兵を押し始めた。


そして、明け方近くになると、ようやく丘の上に静寂が訪れた。


用済みとなったコンテナは、再び上空に運ばれて朝日の中に消えて行った。


「あれ・・・遺体がねぇぞ」男の瞼を閉じた兵士が、明るくなって遺体があった場所に戻ってきてから呟いた。


「どうした?」兵士に手伝ってくれと言われてきた男が訊いた。


「いやね、記者さんが流れ弾に当たったのか、死んじまってね。ここに倒れていたんだが」


「おおかた、敵に持って行かれたんだろ。あっちもゾンビー化する素材が足りないみたいだしね、記者さんと仲のよかった弁当屋のねえちゃんも運悪く死んじまったよ、そっちは遺骸はあったけど」


「ああ、やだやだ、ゾンビーなんて敵にしてさ」


「そういや、聞いたか?」


「何?」


「コンテナ、また空だったんだと」


「えー、おれの給与はどうなるんだよ。」


「海賊にやられちゃしょうがないが、全くこれで何度目だ?」


「弾だってねえし。」


「今度、退却する部隊のお下がりでも、また貰えるかもな」


「でも、レーションと弾だけじゃないか、俺たちの給与はどこに行ったんだよ。あー、俺たちもさっさと退却組にならねえのかな」


「今、交渉中だとさ・・・」


「停戦でも、休戦でも、終戦でもいいから、早くここから出してもらいてーよ」


兵士達は、遺体を墓地に運んでゆき、穴を掘って埋めた。そして、細い木の幹か、太い枝を持ってきて、その皮を削りとると、亡くなった者の名を書き込んで、地面に突き立てた。敵兵もまた無名の墓地に埋められた。


だが、一つだけ、遺体の亡い墓があった。墓碑銘には記者 リシャオと書かれていた。


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