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(5)マルバジオの町

 一行は荷物をまとめ、マルバジオの町を目指し歩き出した。目的地はスペラーレだが、マルバジオに寄り宿をとる。買い足しが必要なモノもあるし、クリスはベッドで寝たいとだだをこねた。

 

 街道沿いの林を抜けると、田園風景が並んでいた。ぽつぽつ民家らしきものがある。


「あそこの橋を渡ったらマルバジオの中心部のようです」

「ほう、なかなかのもんじゃのう」

「まず宿屋を探しましょう」


 通りに沿って家と畑が立ち並び、中心部に進むにつれて建物が増えていく。途中で小さな礼拝所も見つけた。そこにモニカにとって馴染みの紋様があったので、おそらくここも女神チティティカのシマなのだろう。たまに通行人がおり、いかにも旅人という格好をした一行をチラ見していた。どの人たちもテッテピッコル村と同じで、よく日焼けした肌色に黒目黒髪の容貌をしている。初めて見るよその町にモニカは心躍らせた。似ているようでやはり全然違う。でも違うようでやっぱり似ている。人の営みとは案外どこでも一緒なのかもしれない。

 だがその時だった。

 

「ねえママ、あの女の人わるいこといっぱいしたの?」

「しっ、だめよ」

 

 目の前にいた親子がモニカを見て慌てて横切った。


『悪い事したら胸が大きくなるのよ』


 モニカも母からさんざんこの言葉を言われて育ってきた。まさかこんなに自分の胸が膨らむとも思ってなかったし、これ以上大きくならないように品行方正であるべしとモニカは常に心がけてきた。しかし結果はこの通りのおっぱいだ。先ほどの言葉もテッテピッコルに居た頃よくかけられていた。その度に心に痛みを感じた。昨晩はクリスには肯定的に受け止めてもらえたが、やはり女神チティティカの目が光る所では尻のような胸は受け入れられない。モニカは自分の血がすーっと引いていくのを感じた。


「大丈夫か、モニカ。顔色が悪いぞ」

「……はい、だいじょうぶです」

「そうか。早く宿を見つけよう」


 クリスの細い腕が伸びて、モニカの手をつかむ。そのまま足早にその場を去った。小さな後ろ姿を見ながらモニカは手を引かれて歩いていく。握られた手は力強く、「お前の乳は立派だ」と言ってくれているようで思わず泣いてしまいそうだった。それは悔しさや悲しみの涙とは違う気がした。


 中心部にはあちこちに店があった。三人は町にひとつだけある宿屋を教えてもらい、そこで部屋を借りることにした。二階建てで、馬をつなぐ厩舎もある。そこそこちゃんとした施設のようだ。


「いらっしゃい」

「店主、ベッドのある部屋はあるか」


 受付に立つのはウィリアムだ。こう聞くのは田舎の宿屋にベッドがある事は珍しいからである。大抵は家具も何もない部屋で、文字通り素泊まりとなる。


「お貴族様用ならね。金払いの良い商人様用でもある。つまり、あんた達が使えるベッドはない」

「金は無いが貴族だと言ったら?」

「金あってこその貴族ってね」

「……それもそうだな」


 ウィリアムは振り返ってクリスを見た。クリスは「仕方ない」と小さく答え、結局ベッドも何にもない小さな部屋に泊まることになった。意外にも中にはきれいで、テーブルと椅子が二脚あった。


「はぁー、またベッドで寝れんかったか」

「仕方ないですよ。納屋に案内されない分まだましだったかもしれません」


 ウィリアムは部屋に着くなり荷物をおろし荷ほどきを始めた。クリスも目深にかぶったフードを脱ぐ。モニカはというと、壁際にそっと荷物をおろし、ビクビクと恐縮しきっていた。


(どうしよう、私がいるせいで部屋狭くなっちゃうし。でもお金もあんまり持ってないし……うう、どうしよう……!)


 しかしそんなモニカの心情を知ってか知らずか、クリスはにこやかに頼みごとをしてきた。


「モニカ。ちょっとお願いなんじゃが、このお金で昼飯を適当に買ってきてくれんか。ウィリアムと二人で話したい事もあるから、たっぷり時間をかけて選んでくれると助かる」


「は、はいっ!」


 モニカはすごい勢いで頷き、脱兎のごとく部屋を飛び出した。


「……モニカは分かりやすくて可愛らしいの」


 慌ただしく出ていったドアの先を見つめながらポツリとつぶやいた。


「お嬢、良かったんですか。一緒に連れてきて」

「仕方あるまい。あんな子があんな所であんだけの荷物しか持たずに……断るなんて出来ぬだろう」

「分かりますが……」

「断っていてもモニカは後ろを付いてきたよきっと。なら最初から面倒見たほうがこっちも楽じゃ」


 ふふ、と笑うクリスは少し愉しげだった。二人だけで旅をしていると、どうしても人恋しくなることがある。ウィリアムももちろんそういう気持ちがわかるので、口では諌めつつもモニカの存在が嬉しくもある。しかし二人の事情がアレな為に、見ず知らずの女の子と一緒に行動する事に一抹の不安が残るのもまた事実であった。


「さあウィリアムよ。店主に言って水をもらってきてくれ。モニカがおらぬうちにやってしまおう」

「はい、ただ今」


 人を使う事に慣れている威風堂々としたクリスと、それに従うウィリアム。時おり垣間見える気品と優雅さ。彼女らの服装を旅装束から美麗なドレスと仕立ての良いシャツに変えたのなら、誰がどう見てもそれは立派な貴族令嬢と侍従だっただろう。



 ◇



「どうしよう、二人とも何が好きなのかな」


 宿屋から出たモニカはお金を握りしめてぷらぷらしていた。ここは町の中心部だけあってそこそこお店が並んでいる。仕立て屋、家具屋、薬屋、雑貨屋。文字が読めない人でも分かるように絵のみの看板だ。


「うーん、食べ物屋さんがない……」


 せめて何かないかと雑貨屋の中に入ろうとした時だった。「ぎゃっ」と悲鳴が聞こえたあと、ドタすたバッタンと大きな物音が聞こえてきた。どうしたのかと慌ててモニカが店内に入ると、店主らしき老婆が脚立から転倒して、棚の製品があちこちに散らばっていた。


「大丈夫ですか?」

「あいたた……ちょっとドジ踏んじまったよ」


 老婆は痩せ型で髪は白髪の目立つグレーだった。手にはたきを持っていて、きっと掃除をしようとして足を滑らせたのだろう。モニカはお婆さんに手を貸し肩を貸して近くの椅子に座らせた。いかにも気の強そうなお婆さんといった感じだ。痛むのか顔はしかめたままだ。


「すまないね」

「いいえ。落ちているものを棚に直したら良いですか?」

「ああ、助かるよ」


 モニカは元の状態など知るはずもないので、落ちたものを適当に並べていくしかない。運良く木製の食器だったので破損はなさそうだ。


「あんた、ベラんとこの嬢ちゃんか?」


 腰を強く打ったのかさすりながら声をかけた。モニカの事を知り合いの娘と勘違いしているようだ。


「いえ、あの」

「じゃあグラッシのとこかい?」

「……いえ、テッテピッコル村の者です。さっきこの町に来ました」


 あらそうかい、と言いかけて老婆はつい目に入ってしまった。簡素なワンピースの上からも分かるモニカの立派な膨らみを。


「――あんた、なんて乳してんだい」


 驚きに目は見開かれたがしかし、その表情は深い悲しみに満ちていた。

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