(34)クリスの秘密
クリス達へギンギンに敵外心を抱いていたロメオは、なんとか休戦状態にまで落ち着いてくれた。最後にモニカが場を和らげてくれたおかげでギスギスした雰囲気も免れたようだ。
一旦解散し、夕食時に食堂でまた集まろうと決まったのでそれぞれの部屋に戻ることになった。
自分の部屋へと戻ったクリスはベッドに腰掛ける。野宿続きでベッドで寝るのは久しぶりだ。これで隣にモニカがいれば最高なのだが、と少しだけ肩を落とす。こんな後ではさすがにベッドに潜り込みに行くのはしのびない。
「お嬢、あの事は言わなくていいんですか」
ウィリアムがじとーっとした目をしながらそう告げる。思い当たることがあるのか、クリスはドキりと心臓が跳ねた。
「そ、それはまだ時期尚早というものじゃぞ」
「さっき若干言ってましたよね?」
「モニカの事を考えていたらつい」
ウィリアムはため息を吐くと、頭をがしがしとかいた。
「あとで怒られても知りませんからね」
「……うむ。じゃがそれよりもこの呪われた身体を説明するのが先じゃろう? わしらが常人とは違うのはモニカも薄々気付いているかもしれんが」
「うーんどうでしょう」
もし、もしもしもし、この先全てがうまくいってクリスの描く薔薇色の未来が訪れたとしたら……背にある大きな蜘蛛のようなアザも隠し通す事はできない。どこかでカミングアウトが必要なら、早い方が良いのではないかとも思う。クリスは指先を顔の前に差し出すと、そこに小さな赤い蜘蛛がピョンと飛び乗った。
「アカ、いつもありがとうな。呪われたとはいうが、お前のことは好きじゃぞ」
それに呼応するかのように、アカと呼ばれた蜘蛛がピョンピョンと跳ねる。
「ふふ、愛い奴め」
指先からバンジージャンプをしたりブランコをする小さな赤い蜘蛛を眺めながら、クリスはようやく心が落ち着いた気がした。ウィリアムは横でゴソゴソと荷物を整理している。こちらもすでに通常運転のようだ。
「ではお嬢、食事の前に我々の貴重な資金源の確保をよろしいですか」
「そうだな。あれは腹が空くから、今のうちだな」
ウィリアムに促され、部屋に備え付けられていた椅子に座ると、櫛で髪を丁寧に梳かれる。汚れを落として長い髪をゆるくひとつに結った。
「だすぞ」
フワッと二本の細い糸が頭のてっぺんから出てくる。クリスの眩いばかりの金髪とは違い、透明感のある白い艶のある糸で、それがしゅるしゅるとひっきりなしに出てくる。クリスとウィリアムはそれぞれ糸の先端を捕まえると、持っていた薄い手の平サイズの木の板に巻きつけている。それからひたすら二人はグルグル巻いていった。無言で手を動かす二人の絵面は非常にシュールだ。木の板がいっぱいになると次の板に巻き始める。糸でまん丸になった木の板が合計六つになったところで、作業は終わりとなった。
「あー疲れた。お腹すいた」
「お疲れ様でした」
ウィリアムはこの糸玉を売りに行き、旅に必要な現金を調達していた。ケチ臭い店でなければそれなりに良い値段で買ってくれるのだ。絹糸と遜色ないそれは、クリス達が旅を続ける為に必要不可欠なものだった。
「この身体で厭われてきたのに、今ではそれに生かされておる。皮肉なもんよな」
「使えるものは使わないと。俺のよりよっぽど勝手がいいですよ」
「人の良さそうな顔をして暴れ牛すら捻り潰すものな、お前」
「…………」
事実なだけに悲しい。
ウィリアムは光の灯らない瞳で笑った。
糸を操り蜘蛛を従えるクリスとは違い、ウィリアムは血の経口摂取による身体強化のみだ。しかも加減を違えると暴走する。この体質に目をつけたロクでもない大人たちが、小さなウィリアムを仄暗い犯罪に利用した。何回も何回も。身体が大きくなればそのまま組織に身を置き、ある日命じられたのがクリスの世話係だった。バケモノにはバケモノを、という事だったんだろう。しかも指示があればすぐに殺せと上役は言った。心がいまいち機能していなかったウィリアムはただ静かに頷いた。
「モニカの色っぽい姿を見て鼻血を吹き出すウィリアムの方がお前らしいよ。お前は面倒見がよくて優しいウブなDTじゃ。できれば、その力は使わせとうない」
聞き捨てならない単語を途中で挟まれた気がするがウィリアムはスルーした。しかし、「DTは大事にとっておけよ」とクリスが慈愛の表情を浮かべながら言うので、乗ってやるかと口の端をあげる。
これでもウィリアムはクリスを主人として敬っている。クリス本人はそんな堅苦しい関係などいらないというので、これはウィリアムの心の内だけだ。一緒に逃げようと手を取られたあの日を、彼は一生忘れないだろう。ぼろぼろに傷つき、悪意にさらされながらも決して目に光を失わなかったクリス。その小さな手がウィリアムを闇の中から救いあげた。
心を守る為のフィルターが外れ、今まで見てきた虚空な世界に、色や匂いや優しさを感じとれるようになった。ただその中で女性らしい女性が特に眩しく見えるだけだ。モニカがその最たるものだ。今のところ恋慕はないが、放って置けないし、なぜか存在が気になっている。
「ふっ。DTも守れないような男が、大事な人を守れるわけありませんからね。お嬢も覚えておくといいですよ」
「さすが、DTの中のDTじゃな。褒美としてDT守護騎士と名乗ることを許そう」
「はっ、有りがたき幸せ……なわけないでしょう。茶番はこれくらいにして、そろそろ食堂の方に行きましょうか」
こんなアホらしい会話ができるこの日々を守りたい。人間として普通に暮らしたい。これが二人の本心からの願いであり、旅の目的である。追手から逃れる為に移動を続け、ついでに自分達のルーツを探る。終点の地がどこにあるのかは分からない。できれば近いうちに見つかるといいと思う。
◇
だーかーらー、とクリスは盛大に眉間にシワを寄せた。
「なんでカラスがここにいるんじゃ!」
モニカ達と会う為に食堂まで行けば、なぜか異国風の服に身を包んだ黒髪の男がいた。モニカの肩に手を回し、機嫌よさそうにニコニコしている。どうしてこうも登場が急なのか。会ったら聞きたい事がたくさんあるのだが、心の準備ができていないのでクリスの頭は真っ白だ。
「僕に会いたいかなーと思って。それにモニカと一緒にいたら食いっぱぐれないからね。僕も美味しいご飯食べたいし」
思いっきり怪訝な目で見てるのはロメオだ。置かれた手とカラスの顔を交互に見ている。
「ねえ、まず食べようよ。モニカもご飯食べたいよね?」
「ええっと……お腹すきました」
モニカがそう言うなら仕方がないとばかりに、皆でテーブルを囲んでひとまず五人前の料理を頼んだ。カラスは遠慮なしにエールやチーズも頼んでいるので、この分はしっかり話を聞こうとクリスは心に決めた。




