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(31) 呪縛からの解放

 モニカは村を出る為の準備を始めた。村長と実家に挨拶をし、改めて荷物を整理する。案外母親もさっぱりと対応してくれたのでスムーズに準備は進んだ。少しだけ寂しい気持ちにはなったが、モニカはもう下を向くことはなかった。


 短い間に、いい経験をした。自分の中の視野が広がり、モニカはその景色をもっと見たいと思ったのだ。顔を上げ、胸を張るモニカ。まだまだ卑屈になる時もあるけれど、少しずつ変わっていこうと思った。クリスやプリシラのように堂々としていたい。そう決意するモニカの目にはしっかりとした光が宿っていた。


 その姿を見たロメオは、なんだか眩しいものを見る目でモニカを見守っている。妹のように思っていた少女が、今一人の女性になろうとしていた。サナギが蝶へと羽化するように、その瞬間は輝しく、あっという間だ。


「モニカ、今までごめんな。どう声をかけていいか分からなかった時期もあったが……お前が今、笑顔でいられて良かった」


 二人になった時を見計らってロメオはそう打ち明けた。モニカは急にそう言われてドギマギしている。やはり同世代の異性であるロメオ相手は緊張するようだ。え、ウィリアムはどうなのかって? それを聞くのは酷というものだ。


「お前がみんなから責められた時に守ってやらなくてすまなかった」

「……ううん、ロメオは助けてくれた。ずっと私のヒーローだった」


 何度ロメオに救われたか。モニカは今までを振り返って思いを噛み締める。男の子達に馬鹿にされても、女の子達に意地悪されても、ロメオだけは諫めてくれた。それがどれだけ嬉しかったか。


「あの時、ロメオが逃げろって言ってくれなかったら私今頃どうなってたか分からない。クリスさん達に会って、いろんな人と出会って、私はこの村に戻っても怖くなかった。きっかけをくれたのはロメオだよ」


 モニカがにっこりとほほ笑む。柔らかな彼女の髪が風になびき、それを見たロメオの心はざわめく。


「ロメオにずっとお礼を言いたかったの。でも機会がなかったり、あっても勇気がなかったり。……でも今なら言えるわ。今までありがとう、ロメオ」


 少女は精いっぱいの気持ちを込めた。今までの感謝の念をありったけ。その中に、こっそり抱いていた恋心を混ぜて、手放した。


「ありがとう」



 ◇



 スペラーレへ戻るという事だったが、同行するのはクリスとウィリアム、あと村を代表してロメオが一緒に来ることになった。プリシラも是が非でもと最後まで一緒に来ようとしたのだが、儀式の後祭りに巫女がいないのはさすがにまずい。置いてけぼりとなった。


「じゃあね、モニカ。べ、別に寂しくなったらいつでも遊びに来て良いのよ」

「うん、ありがとう」

「あっちで落ち着いたら手紙書きなさい。私がいつでも遊びに来てもいいようにしておきなさいよ」

「わかった。手紙書くね」

「絶対よ。いつかの女神ボアみたいに失踪なんかしたら、許さないわよ」

「うん、大丈夫だよ」

「……モニカ」


 プリシラがたまらず駆け寄り、モニカを抱きしめた。大きな胸が当たって潰れる感触に鼻血が出そうになる。必死に耐えつつモニカを堪能するプリシラだが、突然意識がつぅっと後ろに引っ張られた感覚がした。自我が後ろに引っ込む代わりに、何かが前に出てくる感じがして……


『――ボア。この馬鹿、やっと見つけた』


 ぎゅーっと抱きしめられたまま、ごく耳許で囁かれたのでこの声はモニカにしか聞こえなかった。プリシラの声のようだが、もっと神々しくもある。


「え?」


『気を付けろ、カリオン様はお前をまだ諦めておらん。お前を諭した蜘蛛と鬼も目の敵にされている』


 モニカは何のことかさっぱり分からない。さっきの神話の続きなのだろうか。しかし妙に迫力のあるプリシラに何も言葉をかけることが出来ず、目をぱちぱちと瞬くしかなかった。


『忌々しいがカラスを頼れ。神々はもう力を失いつつある。あいつなら……』


 プリシラが少し離れて両手でそっとモニカの頬を包む。その瞳は不安そうにゆらゆらと揺れている。


『……ボア』


 ゆっくりと近づくとプリシラは唇を寄せた。柔らかくしっとりしたモニカの唇にそっと口付ける。一瞬の触れ合いだが、それでも熱い想いがそこから流れ込んできそうだった。


『お前なんか……大嫌いだ』


 プリシラの目から一粒の涙がこぼれた。


 清乳&豊乳少女の禁断の口付けに、言わずもがなウィリアムは目を回して倒れている。クリスも唖然とした表情で見つめていて、いつもなら速攻で邪魔するはずなのに、この時ばかりは身体が動かなかった。まるで恐れ多くも女神が降臨しているかのような重圧があったのだ。


『またな、ボア』


 美しい笑顔だった。頬に添えられた手が離れていくと、そこで糸が切れたかのようにプリシラの身体から力が抜けていった。モニカの大きな胸になだれ込み、それからパッと意識を取り戻す。


「……あれ? 私もしかしてモニカの乳に圧死してた?」


 場違いにも思えるプリシラののんきな声に、クリスは安心した。先ほどまでの重圧は感じない。場の空気をあえてぶち壊すように、大きな声を出した。


「さっさと離れんかっ。わしだってモニカとぎゅーぎゅーしたい。そこを変われ!」


 ついでに伸びているウィリアムに蹴りを入れてやった。よく分からない状況に対する八つ当たりだった。



 ◇



 なんやかんやあったが、モニカ達は無事にテッテピッコル村を出ることができた。ロメオ用に馬が一頭当てがわれているが、それには荷物を持たせて四人は徒歩でスペラーレの街を目指していた。


 モニカはずっと上の空だった。


 初めてのキスの相手がまさかのプリシラだという事もあるのだろうが、色々考え事をしてしまって集中できない。クリスが一生懸命話しかけても生返事で、その八つ当たりとしてウィリアムがまたしても犠牲となった。


 途中の町で一泊する為に宿を取ったのだが、村長が多めにお金を出してくれたので三部屋とることとなった。クリスとウィリアムで一部屋、モニカとロメオはそれぞれだ。最初はクリスがゴネていたが、モニカの放心状態も治らなかったのでそっとしておくよう残りの二人から説得された。いざとなったらベッドに潜り込めばいいかと不埒な策もあったので、ひとまず了承したクリスだった。


 部屋に荷物を下ろすとベッドに座り、靴を脱ぐ。クリスは慣れた手つきで靴紐をほどきながらウィリアムに小さく声をかけた。


「のう、ウィリアム。あの時プリシラの様子が変わったの、気づいたか」


 ウィリアムは小さくうなずく。

 様子が変わったどころか妙に神々しいし、強烈なプレッシャーみたいなものを感じるし。馬鹿馬鹿しいと言われるのは分かっていても、女神チティティカがプリシラの身体を乗っ取ったとしか思えない。そう答えるとクリスも同意した。


「あの時女神は『ボア』と呼んでいましたね。古の女神の名を、モニカに向かって」


 実際に聞こえなくても口の形で内容は分かる。ウィリアムのその言葉は、やけに重く室内に響いた。

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