(10)ウィリアムは見た
二日ほど前から、新しく知り合った女の子と旅を共にしている。名前はモニカ。なにやら訳ありのようで、スペラーレの街まで同行してほしいとのことだ。聞くとそこには『未来や過去が見える占い師』がいるらしく、行ってみる価値はある。というか、なんに関心があるのか、お嬢がモニカ嬢を気に入っている。あれは良いオモチャを見つけたという感じだ。セクハラまがいの行動にひやひやさせられるが、いったい何を考えているのだろう。……うん、単に好みだからだろうな。あのモニカ嬢の、こう、女性的なスタイルは……やめよう。頭に血が集まってくる。
妙齢の女性が加わるというのは、いささか勝手が悪い。しかもこちらの事情を知られるわけにはいかないのでなおさらだ。しかしお嬢の退屈しのぎに付き合わされるのもたまったものではないので、案外モニカ嬢の存在はありがたい。彼女が加わってからというものお嬢のご機嫌が良い。楽しそうなのは良いことだ。チンピラに絡まれたりとちょっとしたトラブルはあるが、これまでの道中を考えると些細なことだ。最近はわりと食事に恵まれているし。……モニカ嬢と出会ってから食いっぱぐれることがないな。偶然だろうか。
今朝はやくマルバジオを出た。消耗品や食料はできるだけ補充したし、スペラーレまでの道中は問題なく過ごせるだろう。そういえば雑貨屋の前を通るとき、モニカ嬢は呼び止められていたな。聞けば昨日の昼にチーズとパンをくれた人らしい。別れの挨拶をかわし、そしてそこから3人でもくもくと歩いている。時おり地図をひらいて道を確認しつつ町の人間に聞けば、途中に小さな村がありそこを通り過ぎても夕方にはスペラーレに着くようだ。ただ簡易休憩であればなので、本腰すえて休んだり寄り道をした場合は無理だろう。その場合は野宿して一晩明かすしかない。
お嬢とモニカ嬢が手をつないで俺の前を歩いている。いつのまに。今は楽しそうにおしゃべりをしているが、なんだかうすら怖い思いがするのは気のせいだろうか。……そういえば「お嬢」という呼び方にもだいぶ慣れてきた。思えば二人旅を始めてけっこう日にちが経つ。事情が事情ゆえに、あの地から遠く離れることを第一の目的としてきたが、ここらでいったん落ち着いて探し人に専念するのも良いかもしれない。
適当な空き地を見つけたので、休憩をしようと声をかける。朝はなにも食べずにきたのでここらで軽食でも腹にいれとかないといけない。木陰に荷物をおろし、せりでた大きな木の根に腰をおろす。
「モニカ、きつくはないか?」
「ええ、だいじょうぶですよ。クリスさんはどうですか?」
「わしはぜんぜん平気じゃ!」
まあ嬉しそうなこと。いつのまにこんなになついたのやらと心配になるが、モニカ嬢の人となりをみると、なるほどお嬢が甘えるのも分かるような気がする。昼の時間までにはまだ時間があり、木陰にはいると気持ち良い風が吹く。荷物から携帯食をだし、お嬢とモニカ嬢に渡した。昨日のうちに買っていた硬めのパンだ。あまりおいしくはないが、水分がすくなく腹もちが良い。
「あ、そうだ」
モニカ嬢がごそごそと自分の荷物をあさりだした。彼女は今までいた村からでたことがなく、旅の必須アイテムなるものを全然持っていない。よくそれで故郷をでてきたなとあきれたが、周りにそういう事を教えてくれる人物はいなかったのだろうか。もしかして家出娘か。まあそれは本人の問題なので関係ない。とにかく、彼女の荷物にはほぼほぼ食べ物しか入っていないというのが衝撃だった。
「これ良かったらどうぞ」
そういって差し出したのは瓶詰のレバーのパテと、油紙でつつまれた昨日の芋の揚げ焼きだった。
「これは……?」
思わず頬がゆるんでしまった。いやだってあれはうまかったし。
「昨日、飯屋の店主に頼んで包んでもらったんです。今日の昼ぐらいまでなら大丈夫だって」
なにこの子。めっちゃいい子じゃん。いただきます。
「モニカ、わしこれ好きじゃ!」
お嬢は行儀悪く一人先に食べていた。パテの瓶にナイフをつっこんでパンに塗り、口に入れている。
「これはさっき、雑貨屋のおばあちゃんにもらったんですよ」
ほら。モニカ嬢がいるとなんだか食事が豊かになる。たんに偶然が重なっただけだろうか。芋はさすがに昨日ほどの美味しさはなかったが、さっきまで硬いパンだけで済まそうとしていたのだから上々だ。芋よ、お前にまた会えてうれしいよ。パテをのっけたパンもなかなかうまい。ニンニクもはいっているのか風味が良くて、レバーのこくがパンに合う。パン自体はアゴが疲れるくらい硬いが、これはこれで好きだから問題ない。よく噛んで味わって胃袋に入れることにする。その後デザートにリンゴまででてきて驚いた。
ひと息ついたらまた出発する。荷物を背負い直して、また街道をすすむ。分かれ道は左に進んだ。街道というにはいささか野性味が強いが、古くから人や荷の往来があるんだろう。草原の中に一本道ができている。周りには背の低い木が立ち並び、道端にときおりしおれ気味の花が咲いている。相変わらず土は乾燥しているようだ。雨がしばらく降っていないのだろう。季節的に乾季になるから仕方がない。それでも人間が生活するに困らないのは地下水が豊富にあるからだろう。雨が降らないにも限界はあるが。
もうすぐしたら村がある。もしかしたらお嬢が何かやらかすかもしれないから、心の準備だけはしておこう。
◇
「モニカ、ウィリアム! みろ、牧場があるぞ!」
木でできた柵がぐるりと牧草地を囲んでいる。そこにいるのは羊のようだ。みんな暑そうにモコモコしているが、何頭か毛を刈られている。きっと今が毛刈り時期なのだろう。柵の近くにたむろしていた羊の前を通ると、お嬢が撫でようと手をのばした。その瞬間、羊たちはびくりと体を震わせ一歩引いた。そして一斉に逃げ出した。まあ、無理もないと思う。動物ながらなにか感じ取ったんだろう。むしろ動物だからだろうか。お嬢は悲しそうな顔を一瞬したが、「逃げられてしまったな」と作った笑顔で笑っていた。
お嬢の境遇には同情する。本人も表面はおちゃらけているが、なかなかに根が深いものを抱えている。それをすこしでも減らせればと思うが、なかなか進展はない。
お嬢の羊への悲しみと憤りはどうやらモニカ嬢にいっているらしい。もし俺と二人旅のままだったら腹いせに殴られているところだった。ありがとうモニカ嬢。
「うわーん、モニカなぐさめてくれー!」
「あらあら。残念でしたね」
すごくわざとらしいが、本人もあえてやっている。モニカ嬢の……むむ、むむむ、むね、に飛び込んだ。ぽすん、とか、ぽわん、とか音が聞こえてきそうだ。よしよしと撫でるモニカ嬢の動きはどことなくぎこちないが、せいいっぱいお嬢のお願いを叶えてやろうとしているんだろう。あ、ちょ、どこに顔うずめてるんだ!
ちら。
お嬢がドヤ顔でこちらをちら見する。なんだろう、すごく腹立つ。「うらやましいだろう?」と顔にかいてあるぞこの野郎。そんなの思うわけないだろう。……そう、やわらかそう、とか、ふわふわしているんだろうな、とか。全然考えてない、し。……うわぁぁぁあああ! 思い出してないぞ! こないだのモニカ嬢の半裸とか決して思い出していない!! ばか俺の頭!!
頭に血が上りすぎて、思わず頭をかかえて座り込んでしまった。
そして次の瞬間、なにやらドドドドッと地面を豪快に鳴らす音が聞こえてきた。




