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(1)はじまり

 人々は多彩な魔法を使い、伝説の勇者は邪悪な竜を倒すべく旅に出た! ……なんてものは物語の中だけで、この世はわりと平々凡々としている。人間は魔法なんて使えないし、畑を荒らす害獣はおれど恐ろしい巨大モンスターはいやしない。


 一点、この世界の特徴を上げるとするなら。

 それは神の力がわずかながら生きていることだろう。


 現世に実体を持たなくても、(いにしえ)の神々はこの世に干渉できる力を持っていた。

 時に救い、時に怒り。

 多くの神々が今でも人々の暮らしを見守っている。


 ひと口に神と言ってもその性格は様々だ。とことん女好きな神がいたり、戦いが好きな神もいれば、勉学に励む神もいる。そんな神々が治める地域ごとに文化や思想で大きく毛色が違うのが常であった。時に恩恵を甘受し、時に振り回され、人間たちは神々と共に生きてきた。


 今ここに細い街道を一人で歩く女の子がいる。ほよんほよんと歩くたびに弾む大きな胸が目を惹く。これはそんな彼女が神々とその周囲に振り回される話である。



 ◇



 強い日差しを避ける薄いマント。肩から下げる大きな荷物。手にもつ重たそうなカゴの中には、美味しそうな果実がたっぷり。細い身体には不似合いの大きな荷物を持って、モニカは野性味あふれる細い街道を歩いていた。年は16になったばかりで、恋人なんてものはこれまでいたこともなく、下手すれば友達と呼べる者もいないかもしれない。


 モニカは今、生まれ育った村を出て行こうとしている。


 家に置き手紙を置いただけで、他には誰にも、何にも言っていない。言ったところで止める者は居なかったかもしれない。モニカは村で浮いていた。主に大きなおっぱいが原因で浮いていた。


 朝日が昇るだいぶ前。辺りはまだ真っ暗で、足元もよく見えない中、モニカは家を出て、それからひたすら歩き続けている。モニカは進むことだけ考えていたので、現在どこを歩いているのか、はたまた目的地まであとどれくらいかが全然分かっていなかった。今まで村の外に出たことがないからしょうがないと言えばそうかもしれない。一応、スペラーレという街を目指しているようだ。


「うう、荷物おもい……足も肩も痛い……」


 重たい荷物がモニカの細い肩に食い込む。おまけに重量のある大きな胸がさらに肩を重くする。


 そうこうしていると太陽が真上にきた。天気は良過ぎるほど良く、しかしサラッとした空気で日陰は涼しく過ごしやすい。辺りは背の低い木が生えていて、ずっと一本道が続く。民家のようなものは一切なく、はたして目的地に近づいているのか遠ざかっているのか分からない。モニカの中で不安がむくむくと大きくなった。


「……これ、ちゃんとたどり着くのかな」


 無知だった故に大胆に行動できた。行ったこともない街を目指すのに、地図も持たず遠足感覚の荷物しか持ってない。これで不安にならない方がおかしいものだ。しかし立ち止まって悩んでみても答えはでない。モニカは特別頭が良いわけでは無いので、ほどほどの所で諦めた。街道沿いの雑木林にちょうど良い木陰を見つけ、そこへ腰を下ろす。ついでにパンパンに膨らんだ肩かけバッグと手さげカゴも地面に降ろした。負荷がなくなって、肩が喜びの声をあげている。モニカの大きな胸がなければ、もっとこの肩は楽に生きれたことだろう。


 気持ち良い風が吹きぬけた。モニカは青い空を見上げてひとつ息を吐く。


「村の人、今ごろどうしてるかな……」


 自分が居なくなって清々(せいせい)されているだろうか。それとも少しは残念に思ってくれる人がいるだろうか。わからない。モニカはそんな考えごとをしつつ、カゴの中のオレンジを取り出した。橙色の甘酸っぱい柑橘類で、水分補給をかねて休憩だ。小さなナイフで切りわけ、口に入れる。じゅわっと果汁があふれ、さわやかな酸味とほどよい甘みが疲れた身体に染み込んでくる。


 それからちょっぴり休憩するつもりで木に身体を預け目を閉じた。ふわりと鼻をかすめる()ぎなれた草や木の匂いが少し安心させてくれる。遠くで小鳥がぴぴぴと鳴いた声が聞こえてきた。


 ちょっとだけ休憩するつもりだった。しかし体は思いの外疲れていたらしく、思考は落ちすぐさまスヤスヤと寝息を立て始めた。十分たっても、二十分たっても目覚める事なく、モニカは健やかに眠り続けた。



 ◇



 テッテピッコル村というのがモニカの住んでいた村の名前だ。村と言ってもそれなりに大きい集落で、町と言っても申し分ない。住民達は働き者で規律に厳しい者が多く、この辺りの守り神である女神チティティカ様を深く信仰している。


『女たるもの、慎ましやかな乳であれ』


 女神チティティカ様はとても美しく聡明で「大きな乳房は悪魔」と教えている。ツルペタこそ至上。巨乳は人間に嫉妬と色欲を(あお)る、悪魔のような存在だという事だ。よって住民達は幼い頃からそれを叩き込まれる。


「おっぱいが大きい女子はダメ」

「大きいおっぱいが好きな男子はダメ」


 説教はもっと丁寧に、遠回しに言われるが、ようはこういう事だ。村の平均バストサイズ(トップバストとアンダーバストの差)約14cmでアルファベットで表すとCよりのBカップだ。女神の教え的にはこれがギリであり、あとは大きければ大きいほどNGである。


「悪いことしてたら胸が大きくなるからね」


 これは村の女児たちが必ず言われる定番の脅し文句である。


 モニカに父はいない。モニカが生まれてすぐどこかに蒸発したらしい。そこから母と祖母の三人で暮らしたのだが、小さい頃はそれなりに楽しく幸せに暮らしていた。しかし、人並み以上に胸が成長しだした頃から、少しずつ周りの視線が変わっていった。

 友達だったはずなのに女子からは遠ざけられ、男子からはひどくからかわれた。大人たちも顔をしかめるばかりで、モニカの味方になってくれる人は少なかった。厳しい祖母はモニカに怒り、母親でさえもモニカの胸に驚いてどう接していいのか分かりかねていたが、最近はとうとう『問題児、厄介者』という目で見られていた。

 

「やーい悪魔め! 村から出てけよ!」


「あら、モニカったらまた大きくなったんじゃないの? 悪いことばっかりしてるからそうなるのよ」


「……ごめん、お母さんがモニカとは一緒に遊ぶなって」


 胸をサラシでキツく巻いて隠すようになったのはいつからだっただろう。モニカにとって食べる事は唯一の楽しみだったが、ご飯を食べる量も少なくして、これ以上乳に栄養がいかないように努力した。しかし大きくなる乳とは対照的に、手脚はほっそりしていくばかり。わざと大きめの服を着て、体型をできるだけごまかす事が精いっぱいだった。それでも胸が大きいという事実は変わらず、モニカはかなりツラい思いをしてきた。


「よう、モニカ」

「……ロメオ」


 村人の中にも良くしてくれる人はいた。特に近所に住む2つ年上のロメオは、乳が大きくて苦労しているモニカを案じていた。


「無理すんなよ」


 ロメオは村の女アンケート『絶対に抱かれたい男』ナンバーワンに選ばれる今村で最もアツい男だ。しかしそんな人が村のカースト底辺に優しくしようもんなら、色んな人が黙っちゃいない。


「ちょっとロメオ! だめよモニカとなんか話しちゃ。悪魔に魅入られるわよ」


 特に同性で同年代の当たりはきつかった。どこから見張っているのか、ロメオとモニカが二人で話そうとすると必ず邪魔を入れてくる。そして必ずモニカに追加の嫌がらせが入るから手に負えない。それはロメオが庇えば庇うほどひどくなった。そうして結果的にロメオとの距離もだんだんと遠のいて行ったのだった。


「ねえ、デカ乳モニカ。あっち行ってよ」


 昔はみんな仲良く遊んでいたのに、いったいどうしてこうなったのだろう。モニカが悩んでも苦しんでも、胸の成長は止まらなかった。


 ある日。村で一番のツルペタ貧乳美人プリシラとロメオの婚約が決まった。美男美女の二人の婚約にみんなが喜び、羨望の眼差しを送った。モニカはちょっとだけショックだったが素直に納得した。自分とプリシラは天と地ほど違いがある。ロメオが彼女を選ぶのは当然のことだ。


「……プリシラ、婚約おめでとう」

「あらありがとモニカ。あなたもちゃんとそういうお祝いの言葉が言えたのね」

「う、うん……ごめんね」

「何謝ってるのよ、バカみたい。それよりそのお尻みたいな下品なおっぱい早くどうにかしてよ。不愉快だわ」

「あ、ごめんっ」


 モニカはさっと両腕で自分の胸を隠した。恥ずかしくて、でも悔しくて、顔がかぁーっと熱くなる。


(もう、いやだ、こんな胸……)


 潤む視界で地面を見つめていると、ふと影がかかった。


「どうした」


 すぐに分かった。ロメオの声だ。しかしモニカが口を開く前に、プリシラが淡々と説明する。


「モニカが私達の婚約を祝ってくれたのよ」

「……そうか」


 ロメオの問いにモニカは下を向いたまま、コクコクと頷く。


 ロメオは何も言わずにモニカの頭を撫でた。その手の温もりに、モニカは思わず泣きそうになる。


「やっぱりロメオは優しいのね。でもそういう事すると、返ってモニカがかわいそうよ。それよりお父様が話があるって言ってたわ。もう行きましょう?」


 プリシラはロメオを連れて去ってしまった。

 

 村での常識しか知らない人々は巨乳に辛く当たる。なんせ立派な悪魔をふたつもぶら下げているのだ。ずいぶんと昔から巨乳は「災厄」の象徴とされ、村人たちから虐げられていた。大雨、日照り、流行り病に大きな事故。これらが起こると、女神チティティカ様がお怒りになっていると村人達は考えた。そして清らかな乳を持つ乙女を巫女として祀り、災いの根源である悪しき乳女を痛めつけるのであった。

 

 そして最悪な事に村には今、異常なほど雨が降っていなかった。夏真っ盛りの中の大日照りだ。村中の作物が枯れはじめ、川がどんどん細くなっていく。道端の草木ですらも茶色く萎れてきた。今はまだ地下水で何とかなっているが、それもいつまで持つか分からない。だんだんと人々の中に不安と焦りが募っていく。

 

 その矛先は、もちろんモニカに向かった。

 

 

 ◇

 

 

「おい、大丈夫か? しっかりするのじゃ」

 

 ぺちぺちと頬を叩かれて、モニカは目をさました。歩き疲れてだいぶ寝てしまったようだ。誰かに声をかけられたと思い、まだ焦点の合わない目をこらす。


 するとフードを目深にかぶった女の子が、心配そうにモニカをのぞきこんでいた。

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