第159話 平等院政宗
「おやおや。まさか政宗、大人になったんじゃありませんか?」
子供の姿だった政宗は、大人の姿へと変貌を遂げていた。
「霊符でも使ったのか?」
「違う。これは源氏香に教えてもらった。五行の本質を。そこから学び、"水"で自らの体を成長させ、大人の姿にした。ただそれだけのことさ」
安倍晴明へ、政宗はそう語った。
それに安倍晴明も驚き、小さく拍手を送る。
「じゃあ始めようか。過去を変えてみなさい」
「変えてやるよ。俺は、何も変えられなかったお前とは違うからな」
「言うじゃないか。平等院政宗」
安倍晴明は憤怒を隠しつつ笑みを装いながら政宗へと歩み寄っている。そしてまだ政宗が油断しているであろうその一瞬で、安倍晴明は腕を振り上げた。
振動が屋根瓦を駆ける。だが政宗は一切動かず、その振動を無きものとした。
「な、なぜ!?」
「当然だ。その攻撃は"火"だろ。熱の膨張を利用し、一瞬にして膨大な威力を有する火炎を出現させ、そして一瞬の内に消す。だから急速に温められた風は振動と化し、次々に人を吹き飛ばした。だがな、それと同じことをすれば、その程度の攻撃は意味を成さない。つまりは、手詰まりだよ。安倍晴明」
政宗は自信満々で語った。
「もうたねが割れた時点で、五行を使わないなどと言って威張るのを辞めたらどうだ?」
政宗は安倍晴明へと手を向ける。その手には火炎が宿っている。
「おいおい。私が手詰まり?あり得ませんね。まだまだ、私には手はあるのですから」
安倍晴明の腕からは植物の根のようなものが生えてきた。
「ほう。お前も巨大植物を体に宿しているのか」
「ああそうだ。自由自在に"木"を使用できる」
安倍晴明は右手の腕から出現させた植物の根を操り、糸のように揺らしてその根を政宗へと進ませる。が、政宗も同じようにして安倍晴明の根を捕らえる。
驚く安倍晴明の瞳に映っているのは、政宗の腕から生えた植物の根。
「まさか……!」
「俺も巨大植物を体に宿しているんだよ」
根と根が絡まり、互いに一手を譲らない。
そんな状況の中、政宗は自分の手から生やしている根を燃やした。それに引火され、安倍晴明の腕から生える根も燃やされる。
安倍晴明は咄嗟に根を離し、後方へと引き下がる。
「ちっ。強い」
「当然だ。深い経験を詰み、俺は強くなった。対して俺は強くなった」
「私が弱いとでも言いたいのか?」
「ああ。実はな、一人の呪術師から聞いたんだよ。お前は一度、過去をやり直していると。だが結局何も変えられず、お前は闇に堕ちた。だからこの世界には、」
「安倍晴明は二人いる」
そう言って現れたのは、もう一人の安倍晴明。
彼は目の前にいる安倍晴明へ驚きの視線を向け、手に持って口を覆っていた扇子を音をたてて閉じた。
「さてと政宗くん、彼を倒そうか」
「邪魔だ。偽物」
過去を変えられなかった安倍晴明は、この世界の安倍晴明へ手をかざし、火炎の玉を放った。
この世界の安倍晴明は手を硬化させてそれを弾き、過去を変えられなかった安倍晴明の腹へと一撃をいれた。
「お前は私だ。つまりは、私がお前との決着をつけなければならない。ああ私よ。お前はここで撃つ」
この世界の安倍晴明は過去を変えられなかった安倍晴明へ駆け、その安倍晴明へと飛び乗った。過去を変えられなかった安倍晴明は倒れ、その上にこの世界の安倍晴明が乗っている。
「すまないな、政宗くん。手柄は私がとることになって」
「いえいえ。あなたしか変えられないんですから、あとは頼みましたよ」
「ああ」
これは、過去への制裁。
そして、未来への希望。
だから彼らは抗い続け、そして過去を変える。その物語ーー
「『毒迅』」
だが、過去は変えられない。
この世界の安倍晴明が成仏の霊符を取り出した瞬間、彼の背後から一人の男がこの世界の安倍晴明の心臓部を突き刺した。
心臓を突き刺された安倍晴明は倒れ、屋根瓦を転がる。
「安倍晴明様。大丈夫ですか?」
「ああ。何とか一命を取り留めた。さすがは我が弟子、狼毒だ」
全身を黒い布切れで覆い、右手には毒が塗られた鋭い爪がつけられている。顔を白骨化したかのような仮面で覆い、その男は現れた。
「私は狼毒。安倍晴明様へ仕える、一番弟子だ。特技は呪術。特に、鈴鹿御前に乗り移った時が最も気持ち良かった」
「まさか、鈴鹿御前に乗り移っていたのは……」
「政宗。それは私だ」
「『植滅』」
政宗は腕から生やした植物の根に火炎を纏わせ、それを狼毒へと走らせる。
「貴様を、殺す」




