第134話 母上との再会
僕は父上の後ろを歩き、母上がいるであろう一室の襖の前についた。
静けさが妙に心を慌だたせる。
「政宗。入るぞ」
「はい」
虫にような声で返事をし、父上は襖を音を立てずに開けた。
その部屋は一面畳が敷かれており、その部屋の端には、一畳だけ浮き上がっているような場所があった。そこに、政宗と鬼鶴に背を向けて座る華やかな女性。
「母上……なのですか」
「この声は、政宗!?」
政宗の声に驚き、平等院経は振り向いた。経の視界に入ったのは、耳で聞いた通り政宗であった。
経は急ぐようにして立ち上がり、政宗のもとへと駆け寄る。政宗の小さな体をしゃがんで眺め、そのまま勢いよく抱きついた。
「政宗。生きててくれて、ありがとう」
涙ながらに言う母上の温かさに、政宗は脱力していた。
今までの疲れが涙となって体の外へと流れ、政宗はその温もりび包まれたまま、深い眠りへと入った。
眠りへと誘われた政宗を抱えたまま、経は布団へと運ぶ。
「よっぽど疲れていたんだね」
「政宗は安倍晴明と戦ったらしい」
「そう……」
蝉の音にかき消されるような音量で話しながら、経と鬼鶴は政宗の寝顔を静かに見つめる。
「なあ経。夜鬼はどうした?」
息子を心配しての質問に、経は動揺を隠せずにいる。
鬼鶴は経の表情を見ただけで、夜鬼の身に何があったのかをおおまかに察する。
「経。夜鬼は、鬼に拐われたのか?」
「……うん」
息を吐いたかのような声の力なさを聞き、鬼鶴はその部屋の片隅に立て掛けられてあった刀を手に取る。
「経。政宗を頼んだ。すぐ戻ってくるから、待っていてくれ」
経が鬼鶴の背中へと手を差し伸べるが、彼女の手が鬼鶴の背中へ届くことはなかった。
雪が雪崩を起こすように畳にうつ伏せになって倒れ込み、政宗の呼吸の音だけが響くその部屋で、経は寂しく這いつくばる。
「鬼鶴……、今度の鬼は、鬼鶴じゃ勝てない……」
ささやかながらに呟かれた声は、既にその部屋を後にした鬼鶴には届かないことであった。
刀を握りしめ鬼の森へ進む鬼鶴は、道中で謎の二人組に会う。
一人の男が手を押さえて期に寄りかかり、もう一人の女は血が出ている男の腕へ手をかざし、傷を癒していた。
「何があった?」
恐る恐る声をかける鬼鶴に、二人は顔を見合わせ、事情を話した。
「実は、この先を行ってすぐにある森の中で、一匹の鬼が俺たちを急に襲ってきたんです。俺はなんとか戦ってはみたんですが、そいつの強さに圧倒され、逃げてきたという始末です」
痛みに耐えながらも話してくれた男に感謝し、鬼鶴は森の奥へと入っていく。
「駄目です。あれは、人が勝てる存在じゃない」
だが、心配する声に振り向きもせず、鬼鶴は森の奥へと進んでいく。
鬼鶴のまっすぐな背中を見て、二人は顔を見合わせて不思議そうな顔をする。
「あいつは一体、何者なんだ?」
「もしかしたらだけど、あの男なら、あの鬼を倒せるんじゃない」
淡い期待を寄せられていることも知らず、鬼鶴は森の深くへと入っていく。
そこには一つの神社のような何かがあった。その中恐る恐る入っていくと、そこには小さいながらも祭壇があった。
「そこの陰陽師。貴様は何故ここに来た?」
突如、何者かの声が鬼鶴に問う。
鬼鶴は一瞬驚きはしたものの、すぐに理解し、声を上げる。
「なあ、ここら辺で小さい子供を拐う鬼を見なかったか?」
「知らんな」
「そうですか……」
ため息のように鬼鶴は呟く。
その神社を出ようとした鬼鶴を、謎の声が止める。
「陰陽師よ、お前はどうして祈りもせずここへ入ってきた?」
その言葉には、明らかな殺意と怒りが込められていた。
鬼鶴は咄嗟に鞘を払い、刃をむき出しにさせた。ちょうど鬼鶴の身長と同じくらいのその刀は、銀色に光って輝いている。
「陰陽師、お前にはお仕置きが必要らしい」
そう呟くと、鬼鶴は小さな神社から出ており、いつの間にか森の中にいた。
周囲を見た限りでは、先ほど神社があった場所がここらしい。
「なるほど。あの神社は幻影か」
鬼鶴は自慢げに呟いていると、一人の鬼が空から降ってきた。
見た目は完全に人間である。だがしかし、頭からは人にはありえない二本の角が生えており、筋肉質なその体は鬼を擬人化させたかのような体質。
「その角、"金"で生やしているようではなさそうだな」
「私が鬼の神カグレ。今から貴様を殺す者だ」




