その男、探偵につき
自身の初連載作を、大幅にストーリーを変更して再挑戦します。生暖かい目で見ていただけると幸いです
2050年 東京
「こっちだ! 早くしろ!! 」
「そいつを逃がすな!! 」
薄暗い路地裏に銃声が響き渡る。濃紺の制服に身を包んだ警官らしき彼らは、全員が脚をタイヤに変え、高速移動が可能な身体となっていた。
一方の追われる側の服装はというと、一目見ただけではボロ布かと見間違うほどに裾が擦りきれたコートしか見られない。
「追い詰めたぞ! 応援をよこせ!! 」
「とりあえずこいつを捕まえろ! 」
行き止まりに男を追い詰めた警官たちが一斉に小銃を構える。手を挙げるよう指示したその瞬間、男の左腕が露になる。
「こいつ、まさか…… グアァァァ!! 」
「…… 」
刹那の出来事であった。そしてその場に残ったのは、無惨に蜂の巣となった警官の亡骸と無言で立ち尽くす男だけである。男は少しの間空を見上げ、道を塞いでいるビルをジャンプひとつで飛び越えていった。
翌日、警官4名が一人の男に射殺されたというニュースが日本中を駆け巡った。
「『レイヴンの生き残りか? 』ねぇ…… 」
そして、今カフェでコーヒーを片手に新聞を読む彼もまた、このニュースに関心を寄せていた。
「おっと、そろそろ事務所を開けないと。今日は二件も依頼が来るんだったわ」
急いで鞄を取り会計を呼ぶ彼の名は明智 次郎、元軍人であるにも関わらず、探偵業を営む変わり者である。
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都内某所 『明智探偵事務所』所内
「……で、俺にこの男を探せと」
「そうだ。出来るか? 」
事務所で一件目の依頼を聞く次郎。その内容はよくある人探しに他ならないのだが、依頼者の雰囲気や捜索対象の写真からただならぬ緊張を感じ取っていた。
「やろうと思えば出来るが…… あんさん、警察の関係者か? 」
「……何が言いたい? 」
「そりゃあ、そんな黒服で固めた男が明らか戦場慣れした目付きの男を探せとか言ってくれば……」
次郎が思いをぶちまけたその瞬間、依頼者の男は上着から拳銃を取り出して次郎に突き立てた。
「黙って探せ」
「そいつはできない」
相手が構えるか否かの刹那に拳銃のスライドを握る次郎。次の瞬間には拳銃は分解され、機関部が地面に落下した。
「なッ…… 」
「調べが足りんようだな。俺の出身は特殊部隊だぞ? 」
グリップだけになった拳銃を見つめる黒服。男は黙って拳銃をしまい、事務所を出ていった。
「……ふぅ、めんどくせぇ」
道路を走る自動車を眺めながら、次の依頼者を待つ次郎。葉巻に火を点けようとしたその時、事務所の呼び鈴が鳴らされた。
「はーい、どうぞ…… 」
「失礼します」
扉の向こうにいたのは、まだ成人すらしていないであろう少女の姿であった。セーラー服に通学鞄を携えている。
「……まぁ、座って」
ソファに少女を座らせる次郎。しかし彼の心の内には当然のように疑問が揺らいでいた。
「…… 」
「……やっぱり気になりますよね、私みたいな子供が来たら」
「そ、そりゃあなぁ」
コーヒーを差し出す次郎。少女は静かに一口飲むと、即座に口を開いた。
「人を探してます。端的にいえば兄の仇です」
「仇? ということは君の兄さんは警察官か」
目を見開く少女。「なんてことはない」と次郎は自分のコーヒーを淹れながら答える。
「あんたの前にも同じ依頼が来てた。それだけよ」
「ということは…… 」
「ダメだ。あれは首を突っ込んじゃいけない」
「なんでですか!」と少女は息を荒げたが、次郎は淡々と答える。
「お前の兄さん、『ブレイブ』なんだろ? その兄さんが負けた。後は分かるな? 」
うなだれる少女。警察官の中でも実力を認められた者は、身体能力を強化する目的で身体の改造を施される。彼らの事は『ブレイブ』と呼ばれ、尊敬の対象となっている。
「はい。やっぱりそうですよね…… 」
「大人しく警察が捕まえるのを待ちな。力添え出来ず申し訳ない」
「ありがとうございました」と一礼して事務所を去っていく少女の背中を見ながら、次郎は自分の左腕を眺めて呟いた。
「やはりこんなもの、使わないに限る」