第八話 『アガーテ』
サクはしばらくアムネジアの村に滞在させてもらうことになった。
エニグマの好意でサクの宿も用意してもらったので、早速アガーテが案内している。
「村の東側がアムネジアの居住区になっているんですよ」
案内された一画には同じ造りの建物が並んでおり、アガーテはその内の手前の一棟を指差した。
「ここがサク様のお部屋です」
見ると、木造の洋風な平屋が建っている。無駄を削ぎ落としたシンプルなデザインがサクは一目で気に入った。
「へぇ、素敵じゃないか。俺、平屋って憧れだったんだよね」
「本当ですか? 嬉しい! これも私達が建てたんですよ。今扉を開けますね」
玄関を入るとすぐにリビングが広がる。そこに丸テーブルと椅子が二脚。テーブルの上にはランプが一つ置かれていた。その奥が寝室となっており、ベッドが二台設置されている。
リビングと寝室からは側面のテラスに出られる構造になっているようだ。
広くはないが集団生活の中で出来る限りプライベートを確保した部屋だろう。
「うん、いい部屋だね。ところでキッチンは無いのかい? トイレやお風呂も」
「はい、火を扱うのには危険が伴いますから。当番制で食堂を手伝ってもらいながら学んでもらうんです」
二人は部屋を出ると村の南側に向かって歩き出す。
「お手洗いと浴場は川沿いに共同の物を設置しています。もちろん浴場の火も当番制です。お手洗いは肥料として再利用する仕組みが備わっていて、落ち葉や雑草を混ぜ合わせて地中で熟成させているんですよ」
アガーテは進行方向に見えてきた二棟の大きな建物を指差した。
「あちらが浴場とお手洗いです」
「ありがとう。それでアムネジアはここでどんなことを学んでいるんだい?」
「まず文字の読み書きと、この世界の常識を勉強します。この国は識字率がそれほど高い訳ではありませんからそれだけで重用されるんです。それから食事や洗濯裁縫といった家事全般の仕事を交代制で務めます。それと平行して一年を通した農作物の栽培と収穫も経験してもらっているんです。家畜の世話も同様ですね。手先の器用な人は大工仕事や、ちょっとした工芸品作りをお願いすることもあるんですよ!」
「すごいや! 大変な仕事じゃないか。この村の運営はまさか親子二人だけではないよね? さっきの騒動の時たくさん人も居たし」
「もちろん。この村の出身者五名が手伝ってくれています。紹介しますね」
二人は村の中央に位置する煙突の生えた大きな建物にやってきた。
「ここが食堂です。広いでしょう」
食堂内はホールになっており長テーブルが二列置かれている。その両側に椅子がずらりと並び、ざっと百席程はありそうだ。
ホールには暖炉が設置されており暖かい部屋で皆が食卓を囲むことができるよう気配りが感じられる。
アガーテは食堂の入り口に置かれた手持ち鐘を鳴らす。
――カラン カラン カラーン
――カラン カラン カラーン
「この鐘は普段は食事の合図に使用するのですが、集合の合図も兼ねているんです。今鳴らした三連の鐘が集合の合図なんですよ」
しばらくすると食堂に人が集まってくる。スタッフの他にアムネジアも全員集合したようだ。
「どうしたんですか、アガーテさん」
「皆さんにお客様を紹介します。『来訪者』サク様です。この村を助けてくださった恩人ですので失礼の無いようにお願いしますね」
「来訪者? 絵本に出てくる? スゲ——!」
「俺見てたよさっきの戦い!」
アムネジアらしい男の子二人が興味津々に眼を輝かせる。
「あはは……。初めまして。サクといいます。ご縁があってこの村でしばらくお世話になる事になりました。この世界に来たばかりでまだ何も分からないので色々教えて下さると嬉しいです!」
「先程の戦闘見ておりました。速すぎて何が起きているのか解りませんでしたが、貴方様が特別な存在であるとは理解しています。私、食堂担当のマドレーヌと申します」
マドレーヌは膝を曲げて丁寧に挨拶をする。二十代後半位の大人の色気が漂う女性だ。
「この村で農業を担当してるポミエだよ。採れたての野菜をたくさん食べてってね」
「同じく農業担当のダゴンじゃ。ここの野菜は王都でも需要があるんじゃよ。よろしくのう英雄様」
ポミエは外見は高校生位の若い女性だ。可愛い顔が土で真っ黒で、ニヤけた口から覗く歯がやけに白い。とても活発そうな印象だ。
一方、ダゴンは腰の曲がった老人男性でどこかとぼけた印象がある。
「畜産担当のホゲットです。生き物相手の仕事を何よりも楽しんでおります」
長身の中年男性でベレー帽が洒落ている。
「大工仕事をやってるオクターだ。必要な家具があればいつでも声を掛けてくれ。腕には自信があるんだ」
色黒のガッチリとした男性でツナギ姿が職人らしい。この人がこの村の建物を作ったのだろう。
スタッフに続いてアムネジアも自己紹介を始める。
現在二十四名が生活しており、その年齢性別はバラバラ。
サクは全員の顔と名前を覚えきれなかったものの皆生き生きとしていたのが印象的だった。
全員の紹介が終わると解散となり、またアガーテと二人きりになっていた。
二人は食堂脇のベンチに腰を下ろす。
「私たちは基本自給自足ですが、スタッフには国からの補助金と収穫の売り上げから僅かですがお給金をお渡ししているんです。本当に感謝していますから……」
「アガーテさんはとても教養があるしこの村の設備も素晴らしいよ。全部エニグマさんが?」
「はい。お義父様はあらゆる分野に精通していて国の発展にも貢献しているんですよ。その功績のお陰でこの村の運営も任されることになったそうです。議会には反対者も少なくなかったようですが……」
「なるほどね……。それで、アガーテさんはいつからこの村に?」
「五歳の時にこの村に引き取られました。ですからもう十三年前になります。ここで教育を受けましたが自立といっても子供で行く宛もありませんでしたのでお義父様の養子にしてもらったんです」
「そうだったんだね……。ごめんね変な事訊いて」
「いいえ。私はお義父様の志とこの村の運営に誇りを持っています。アムネジアだからと差別を受けていた人たち全てが幸せになって欲しい。それが私の願いなんです」
先程までの柔らかな印象のアガーテとは対照的にその瞳には強い意志の光を宿している。
サクはその横顔を静かに見つめていた。