第六話 『初めての戦闘』
集落に近づくとその全体がおおよそ把握できた。
柵で囲まれた敷地内にはいくつもの建物が並び、その中央には一際大きな建物があるようだ。
周囲の広大な畑には小麦が豊かに穂を実らせており、朔太朗はその畑道を歩いて集落の西側に位置する門前に辿りついていた。
「こんにちは——。誰かいますか?」
朔太朗は挨拶しながら門をくぐる。 が、すぐにその場の張り詰めた空気を察知していた。
「今すぐ活動を止めろ! さもなければこの村を破壊する!」
「そんなことさせるものか! アガーテ離せ!」
「離しません! 殺されてしまいますお義父様!」
そこでは今まさに十人程の気の荒そうな男達と親子らしき二人が対峙しており、その様子を村人が遠巻きに見守っていた。
朔太朗はそのど真ん中に飛び込んでしまっていたのだ。
当然、両者も朔太朗に気付く。
「なんだテメェは? 邪魔だからすっこんでろ!」
「旅の人かい? すまんが見ての通り取り込み中なんだ。またあとで来てくれないか」
朔太朗は状況を把握しようと視線を巡らす。
——状況的に男達が加害者というところだろう。さて、この世界では警察官でもないしどうしたもんかな……。
と、悩んでいると男達が痺れを切らして暴力的な行動に出る。
「そこをどけ!」
下っ端風な男一人が剣を抜いて威嚇して来たのだ。
「仲間か? 面倒くせえ、やっちまえ」
それに続いてさらに二人が抜き身の剣を片手に近づいてくると、今度は本当に斬り掛かってきた。
「ちょっと落ち着いて!」
朔太朗はそれらを短距離ダッシュで軽く躱しながら冷静に相手の数を数える。
「……八、九、十、十一人か。ちょっと多いな」
朔太朗は困っていた。森で修行はしたが戦闘までは想定していなかったらだ。この力でどうやって戦えばいいのか判らない。
「剣が当たらねぇ。なんだこいつ!」
右に左に空中にと相手の剣を避けて的を絞らせない。そうやって時間を稼ぎながらしばらく思案した結果、朔太朗に出来ることは一つしかなかった。
「しょうがない。こちらは素手だし柔道でなんとかしよう。まずは目の前の三人からっ――」
朔太朗は一瞬で間合いを詰めると、一人目に膝車、二人目を小内刈、三人目は大外刈と目にも止まらぬ速さで技を仕掛ける。
朔太朗のキレキレの足技を受けて受け身も取れず三人が地面に叩きつけられる。
その隙に朔太朗は鮮やかに武器を取り上げると遠くへ放り投げてしまった。
「――ッ!」
仲間の男達は一瞬の出来事に目を疑う。
「次、そこの四人!」
双手狩で一人目に飛び込み足元からひっくり返すと、続けざまに大腰、払腰で投げ飛ばす。
四人目は朔太朗が間合いを詰めた瞬間殴り掛かってくる――。が、朔太朗はその腕を掴むと素早く反転して腰を支点に投げ飛ばしてしまう。
袖釣込腰だ。男が地面に叩きつけられ土煙が派手に舞い上がる。
「こいつ!」
直後、集団のリーダー格と思われる男達が朔太朗を囲んだ。
体格の良い顎髭の男、長身の美形の男、小柄で少年のような男の三人だ。その内の二人が同時に襲ってくる。
正面から長身の男が華麗な鞭捌きで朔太朗を後退させると、それに連携していつの間にか背後に回っていた少年がナイフを両手に飛び掛かる。
しかし、朔太朗は背後の少年に内股を仕掛けそのまま正面の男に投げ飛ばして対処する。
それを見透かしていたように隙のできた朔太朗を顎髭の男の剣が襲う――。
しかし朔太郎はそれすら想定内といった様子で一瞬で男の懐に入り込むと、相手の勢いも利用して豪快な一本背負いで片付けてしまっていた。
ゆっくりと気を失った三人の武器を取り上げてようやく一息つく。
「ふぅ、こんなもんかな。上手くいって良かった……」
朔太朗は柔道が特別強い訳ではない。現実では二段の実力なのでゴロゴロ居るレベルだ。
しかしイメージを体現する能力によって、その技のキレと威力は超人的なものになっていたのだ。
その時――、
「危ない!」
と、アガーテと呼ばれた少女が叫ぶ。
朔太朗は背後にヒヤリとするものを感じた。振り返ると最後の一人の手からボウガンの矢が放たれていたのだ。
その瞬間、朔太朗の見る世界がまるでスローモーションのように回り始める。
――なんだこれ? 時間が遅く感じる……。
朔太朗は素手で矢をキャッチすると、それを放った男に棒投げの要領で投げ返してしまう。
放たれた矢は爆音とともに男の足元の地面を粉砕した。
「ひぃぃ! お助け!」
その途端男は完全に戦意を喪失して土下座してしまっていた。
「すごい……」
アガーテと呼ばれた少女は現実離れした朔太朗の戦いを呆然と見つめていた……。