第二十二話 『夕木晃平』
「はあ⋯⋯」
刑事課のオフィスで夕木晃平は深い溜息をついた。
彼は刑事ではない。対超常被疑者の捜査本部に地域課から参加し、その流れで犯罪増加で多忙を極める刑事課に応援という名目で残っているのだ。
応援といえば聞こえはいいが、若手なら誰でも構わない雑用係である。
それでも刑事志望の若手なら『チャンス』とばかりに喜んだだろう。そこで気に入られれば先の異動で引っ張り上げてもらえる可能性があるからだ。
しかし夕木は交通課志望。バイクが好きで、白バイに憧れて警察官になっただけに刑事課での毎日が苦痛だった。
「よし、やったぞ!」
そこへ調べ室から先輩刑事が戻ってきた。何やら少し興奮気味だ。
「どうしたんですか?」
と、思わず夕木が声を掛ける。
「獅堂サクさんが突き止めた『石』の情報がビンゴだったんだ。すぐに課長に報告だ!」
——またあの人か。
と、夕木は思った。
SATも歯が立たない化け物となった『超常被疑者』を消し去り、鳴り物入りで東都署にやってきた男。同じ巡査なのにあまりにも自分とはかけ離れた存在で、夕木はサクを好ましく思っていなかった。
巡査部長の先輩刑事がサクの事を『さん』付けで呼ぶのも不愉快だった。『超常警察官』という肩書きとオスプという独自の部隊を与えられた署長お抱えのスペシャリストなのは理解しているが、その特別扱いに納得がいかない。
モヤモヤしながら仕事をしているうちに、いつのまにか時刻は定時を回っていた。とはいっても、このまま帰宅できるほど甘い仕事ではない。
「少し休憩してきます」
夕木は外の空気を吸おうと一階に下りた。自動販売機で缶コーヒーを購入し正面玄関を出ると、庁舎の壁に寄りかかって風に当たる。
しばらくすると、そこへ絵麻と見知らね女子高生が現れた。
——あれ月岡?
その姿を視界に入れて夕木は自然と心を躍らせる。彼女こそ夕木が密かに想いを寄せる女性なのだ。
今までは絵麻が朔太朗に好意を抱いている事を察して、一歩引いた立ち位置で見守っていた。二人がくっつけば諦めもつくが、いつまで経っても鈍感な朔太朗に苛立ちを覚えたのも一度や二度ではない。
しかし朔太朗が失踪した今、落ち込んでいる彼女の心の隙間に入り込めるかもしれないという淡い期待を夕木は抱いていた。
そんな彼に気付かずに絵麻と女子高生が話し始める。夕木はいけないと思いつつも二人の会話に耳を立てた。
会話の内容から、女子高生は朔太朗の妹だろうとすぐに察しがついた。彼女の問いかけに真っ直ぐその胸の内を明かす絵麻。
直後、夕木は深い絶望に襲われた。絵麻の口から放たれたのは彼にとって残酷な言葉——朔太朗への一途な想いだった。
たまらずその場を走り去る夕木。
——月岡の心の隙間に入り込む? どうやって? 彼女の心の中には朔太朗が居るじゃないか。
「フフ⋯⋯」
あまりに自分が滑稽で夕木は自嘲ぎみに笑う。最初から解っていたはずだった。
虚ろな表情でふらふらと庁舎内を歩く彼を同僚が驚いて避けていく。
——うん、好きだよ。
絵麻の言葉が脳裏を離れない。
気が付くと夕木は刑事課のオフィスに戻っていた。
「夕木、いいタイミングで来てくれた。俺はこれから当直でな。すまないがこいつを証拠品庫に入れといてくれ!」
スーツから制服に着替えた先輩刑事が夕木を見つけて呼びかけた。
「おい、夕木! 聞いてるのか?」
「⋯⋯は、はい! 証拠品ですね」
その声に夕木はやっと正気を取り戻す。
「管理帳もつけとけよ。よろしく頼むな!」
そう言い残して足早に階下へ降りて行く先輩刑事の背中を見送った後、夕木はゆっくり視線を落とした。受け取った証拠品は小袋に入った石の欠片で、さらにプラケースで厳重に保護されている。
「これが例の石⋯⋯?」
それが先輩刑事の言っていた『石』だと察して思わず呟いた。石は中央で真っ二つに割れ綺麗な断面を見せている。
不思議なことに彼の声に呼応するよう石が掌の中で淡く明滅し始めていた。夕木はその光の心地良いリズムと優しい色にあっという間に魅入られてうっとりと夢見心地だ。
しかしそれも束の間、夕木を新たな感情が襲う。
「憎い⋯⋯。千光寺朔太朗が憎い!」
露わになったのは普段理性が抑え込んでいる秘めた想い——朔太朗に対しての激しい嫉妬だった。
「殺してやる。殺してやるゾォォォ——!」
燃えたぎる負の感情に支配されるがまま、夕木は東都署を飛び出していた。




