第二十一話 『絵麻と朎花』
「まさかこんな石がなぁ⋯⋯。まるで頭ん中黒く塗り潰されるような感覚だったぜ」
オスプのオフィスで、刑事課長大狼が石の入った小袋を指でつまみながら呟いた。
最初こそ半信半疑だった彼が信じたのも、実際に自身の体で検証させたからだ。
「石を拾った少年は不登校が続いていて、毎日公園で時間を潰しては同級生にからかわれていた背景がありました。この件については生安も認知していたようです」
サクが石の入手経緯を説明している。
「そんな彼が常日頃抱いていた『馬鹿にされたくない』という思いが、石の波動によって増幅された。つまりこの石は持ち手を欲望で支配してしまうのです。 恐らく最近増えた一連の犯罪も⋯⋯」
そこへ、若手の刑事が息を切らせてやって来た。
「課長! 獅堂サクさんの言う通りでした。留置場の被疑者達のほとんどが石を触ったと言っています。特徴も一致していてまず間違いないかと⋯⋯」
「よぅし! これで少しはマシな調書が巻けるぜ。まぁ検事が信じるかは別の話だがな⋯⋯」
大狼が膝を叩いて喜んだ。
「石の検証をする時は俺を呼んでください。浄化できないと大変な事になる」
サクが言った。
「ありがとよ。世話になったな金髪!」
そう言って退室する大狼を見送った後、サクはゆっくりと振り返った。
「ところで⋯⋯なんであんたここにいるの。仕事はいいのか?」
会話の相手は当たり前の様にそこにいる絵麻だ。
「今日は明けなんだけどね、面白そうだから付き合ってるだけ!」
「あっそ。⋯⋯それでそっちのお嬢さんは?」
と、さらにその隣の朎花に視線を向ける。
「お兄ちゃんの事、まだ聞いてなかったから⋯⋯」
「そうそう、どうなの獅堂サク?」
そこへすかさず絵麻も便乗してくる。
「そうだったな。千光寺朔太朗⋯⋯彼の行方については今のところ何も判っていない」
失望に瞳を伏せる二人。
自分の安否を心配してくれる彼女達に嘘を言わなければいけない事に心が苦しんだ。
「⋯⋯ただ、こうやってオスプとして専任で捜査していけばいずれ必ず⋯⋯必ず手掛かりに辿り着ける。俺はそう思っている」
二人に危害が及ばないためにも、今はこう言ってあげるのが精一杯だ。サクは事実を打ち明けてしまいそうな弱い自分を克己する。
「ありがとう⋯⋯。ふふ、ちょっと意外だったな」
気を取り直した絵麻がそう言って少し笑った。
「何がだよ?」
「もっとクールだと思ってた。結構熱いんだね。行こっか朎花ちゃん」
「あの、お兄ちゃんを必ず見つけてください!」
朎花は去り際にペコリと頭を下げると小走りに部屋を出て行った。
「お前も大変だな。さてと、俺ももう上がるわ。お疲れ!」
二人に続くように鼠入もオフィスを後にした。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
「朔、本当に何処に行っちゃったんだろうね⋯⋯」
朎花を見送って庁舎の正面玄関を出た所で、絵麻が呟いた。夕まぐれに吹いた風が彼女の短い髪を揺らしている。
「絵麻さん、変な事訊いていいですか?」
朎花が振り返って言った。
「なあに改まって」
「絵麻さん、お兄ちゃんの事、好きですよね?」
「——えっ!」
唐突な質問に思わず声を裏返らせる絵麻。しかし朎花の真剣な眼差しに観念した様子で肩を落とした。
「朎花ちゃんには敵わないな。⋯⋯うん、好きだよ」
「私も絵麻さんがお姉さんになってくれたらいいなって思ってたんです!」
「いやっ、さすがにそれは飛躍し過ぎだって。⋯⋯でもね、全然そういう関係じゃないんだよ私達。朔は誰にでも優しいし、何考えてるか分からないし⋯⋯私はただの腐れ縁」
そう言った自分がなんだか惨めに思えて、絵麻は話を切り替える。
「この話はお終い。なんでそんな事訊いたの?」
「絵麻さん、あの獅堂サクって人どう思います?」
「どうって⋯⋯あの人、人間なのかな? 不思議な事ばっかりだよね」
すると、絵麻の答えに朎花が首を振った。
「そうじゃなくて、お兄ちゃんに似ているなって思いません?」
「やだ、確かに名前は似てるけど全く別人じゃない! 逆にどんな所がそう思ったの?」
絵麻にとっては考えた事もない話だった。
「公園の一件で獅堂さんに『朎花!』って怒鳴られた時、まるでお兄ちゃんを前にしているような気がしちゃって⋯⋯。でも、絵麻さんがそう言うならやっぱり気のせいですよね。あ——恥ずかしいっ!」
と、朎花は顔を赤らめた。
それから少し間を空けて、再び彼女が口を開く。
「絵麻さん、恥のついでにもう一つだけ聴いてくれますか?」
「え?」
「私⋯⋯あの人、夢の中で見た気がするんです」




