第十七話 『立川』
「いやぁ、空いてて良かったな!」
サクの隣を歩く鼠入が言った。早朝の郊外へ向かう電車は通勤ラッシュとは無縁といってよく二人とも余裕で座席に座る事が出来たのだ。
「そうですね。おかげで少し眠れました」
駅から少し歩くと目的地が視界に入ってくる。警視庁第四機動隊である。二人は総合訓練所を右手に道なりに進んだ先の正門で足を止めた。
「ここだ⋯⋯! ここだよな?」
鼠入が挙動不審にしていると、立番警戒中の隊員が近づいて来る。
「何か御用ですか?」
「東都署の者です。今日からここで訓練を受ける事になっているんですが⋯⋯」
鼠入が警察手帳を見せながら言った。
「なんだお仲間か。ちょっと待ってくれ」
と、隊員は後ろを向いて無線を入れる。
「確認が取れたよ。庁舎の受付に行ってくれ」
「ありがとうございます」
受付を済ませると二人は係員に案内された。途中すれ違った何人かの若い隊員は皆短髪で真っ黒に日焼けしており、一線署との違いを改めて感じさせる。
「⋯⋯なあ、訓練って俺たちだけ?」
案内された教場で鼠入が呟いた。広い室内に二人以外誰もいない。
しばらくすると二人の男性がやって来た。
「おはよう。今日君達に覚えてもらうのは自動式拳銃の構造だ」
三十代のガッチリ体型の男性が言った。
「マンツーマンでみっちり教えてやるから覚悟しろよ!」
それに続くのが細身の二十代の男性だ。強面だがこちらが部下に違いない。さしずめ二人だけの教官、助教といったところだろう。
配布された教範にはヘッケラー・アンド・コックのUSPと記載してある。
「すげえ! 俺昔これのエアガン持ってたわ。映画によく出てくるんだよ」
鼠入は興奮気味だ。
「その通り。この銃は各国の軍隊で正式採用されている。勿論SATも例外でなはない」
座学で学んだのは各部の名称と役割、そして発砲のメカニズムだ。仕組み的にはライフルに近く、発射時にガスの圧力で遊底を前後させつつ薬莢を排出し次弾を装填する。
まずは教範に書かれた操法を繰り返し暗唱するところから始まった。
なんだか初任科の頃に戻ったみたいでサクは内心楽しくなってきていた。
午後は実際にUSPを手にする事が出来た。思ったより小振りだがずしりと重い。
「構造が頭に入ったところで分解組み立てに挑戦してもらう」
教官はそう言うと早速レクチャーを始める。
「まず遊底を後方に少しずらしてフレームと遊底の溝を合わせる。次にスライドストッパーを抜き出して遊底を前方に取り外す。最後に遊底からリコイルスプリングと銃身を取り外せば基本的な分解は完了だ」
と、あっという間に分解して見せた。
「使用後は必ず分解して銃身をオイルで掃除しなければならないぞ」
「掃除しないとどうなるんですか?」
鼠入が助教に質問する。
「たちまちすすで錆びついて使い物にならなくなっちまうな!」
それから二人は数え切れないほど分解と組み立てを繰り返し、一連の動作を体に覚えさせたところで一日目が終了した。
二日目からは射撃場に場所を変え実弾訓練だ。
「クソ! 全然感覚が違う。当たる気がしねぇ」
数回射撃を繰り返したところで鼠入が声を上げた。リボルバーに比べてグリップが太く、遊底が前後する反動に苦戦しているのだ。
一方、その横では銃声がリズミカルに響いている。
「また全弾命中⁉︎ そんな撃ち方でか!」
助教が悲鳴に近い声を上げている。サクの素早い片手撃ちで銃口から放たれた弾丸は不思議と的に吸い込まれていくのだ。
「ちょっと超常警察官様ぁ! 弾曲がってんじゃねぇの? インチキだインチキ!」
「しょうがないじゃないですか。『心の目』で的を捉えたら外す気がしないんだから」
鼠入が憎まれ口を叩きたくなるのも当然だよなとサクは申し訳なく思った。
しかし、そんな鼠入も訓練最終日には格段に腕を上達させていた。修了検定では一度も的を外す事なく安定した射撃を披露したのだ。
——凄いや先輩。ガク引きを克服した時、何かを掴んだんだ。もう次のステージに立っている。
サクは鼠入の成長が自分の事の様に嬉しくなった。
「良くやった。お前なかなか才能があるのかもしれないな。合格だ」
「マジっすか! そうかぁやっぱ才能あるのかぁ。SAT志望しちゃおうかなぁ俺」
「次、俺行きます」
教官の言葉に舞い上がっている鼠入を横目にサクは両足を肩幅に広げ正面に銃を構えた。鼠入が身体を半身にするウィーバースタンスなのに反して、サクは基本に忠実なアイソセレススタンスだ。
弾丸は全て的の中心に少しも乱れずに命中した。
訓練を通して一度も的を外していないだけに、流石に教官はもう驚かない。
「よし合格だ。今日の姿勢を忘れないように。君は特別なのかもしれんが、何事も基本が大事だぞ!」
その時だった。
「——お前さんに銃なんかいらないんじゃないの?」
不意に背後から声がして振り返る。
「あんたは⋯⋯?」
そこには二十代後半の男性が立っていた。目を引くのはその厚い胸と太い四肢。鍛え上げられた肉体が服の上からも伝わってくる。
「ちょいと超常警察官に興味があってね。特別に許可を得て見学させてもらってたんだ」
「その声⋯⋯聞き覚えがあるぞ!」
サクはすぐに記憶から声の主を特定する。
「——あんた、この前SATにいた人でしょ?」
「さあ、どうだかな」
「言えなきゃいいけど。で、感想は?」
「なかなか面白かったよ。射撃の腕もバケモンなんだな。ところで『オスプ』っていうのは二人だけか?」
「そうだけど⋯⋯」
「お前さんをサポートするのがあいつ一人だけってのもなかなかキツイな」
男は浮かれている鼠入の方に視線を向けて言った。
「そんな事ないよ。ああ見えて努力家だから」
「そうか⋯⋯。聴きたかったのはそれだけだ。邪魔して悪かったな」
男はそう言って去って行った。
立川での訓練はこうして全て終了した。
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