第十三話 『超常警察官プロジェクト』
「つまり、こういう事だね?」
と、アストラでの一部始終を聴き終わった獅堂が口を開いた。
時刻は定時を悠に回り、東都署の一階には本日の当直班が陣取っている。
泊まり勤務が基本の地域課と同様、いわゆる警察署勤めの『内勤』も一定のサイクルで当直勤務に従事しなければならない。各課から最小単位で構成されたメンバーは、夜間のどんな事案にも対処可能な『小警察署』といえるだろう。組み合わせの面子によって各班毎に色が出るから面白い。
そんな当直班の一つ、『イケイケの当直一班』も、平時ならば帰宅している筈の獅堂が署長室に篭ったきり出て来ないのが不気味で、どこか落ち着かない様子だ。
「署長、まだ帰ってないの?」
「うん。例の青年とずっと話し込んでるみたい。何故か鼠入君も呼ばれてるのよね」
同班の女性巡査二人組が囁いた。
「全くあの金髪は何者なんだかなぁ。今朝の化け物騒ぎのお陰で問い合わせが後を絶たないし、表にはまだメディアが居るんだろ? やり辛くてかなわねえや!」
当直長の刑事課長大狼が苛立ちを見せている。
そんな扉の向こうの空気をよそに獅堂は話を続けている。呼び戻された鼠入はというと二人の話を欠伸をしながら聴いている始末だ。
「異世界アストラから人間界に迷い込んだ事で、世界の理から外れ超人的な力を手に入れた存在——それが『超常被疑者』」
「はい。ところが奴らが人間界に存在している限られた時間内に浄化しなくてはなりません」
「もし、それが出来なければ自ら崩壊し爆発——世界の境界線に影響を与えかねないと⋯⋯。それを阻止するため、君はアストラの王女アナマリアの力で、向こうの世界での存在『来訪者』サクと入れ替わったという訳だ」
「その通りです」
「しかし、だとすると千光寺君、君は元の姿に二度と戻れないという事になる」
「そうするしかなかったんです⋯⋯。だって、この世界が無くなったら意味がないじゃないですか。それに姿が変わったって俺は俺です。『俺がやらなきゃ誰がやる』ですよ!」
「その言葉は⋯⋯?」
「フフ⋯⋯これ、教官の口癖で、俺達同期の気合いの言葉なんです。だから、たまたま俺だっただけの話で、きっとみんなも同じ事をしたと思うんですよ」
「君ってやつは⋯⋯」
獅堂はそう言ってしばらく考え込んだ後、サクの瞳をじっと見つめた。
「千光寺君、君に酷なお願いをしてもいいだろうか⋯⋯」
「⋯⋯な、何でしょう」
柄にもなく躊躇いがちに切り出した獅堂にサクは思わず身構えた。
「——千光寺朔太朗は死んだ事にして欲しい」
「えっ!」
唐突な一言に、鼠入が思わず声を上げた。言われた本人よりも先に驚いている様子が可笑しかったが、そのお陰でサクは冷静さを保っていられた。
「少し極端な言い方だったかな。つまり⋯⋯君には別人として特殊任務に就いてもらいたいんだ。対超常被疑者の切り札——『超常警察官』としてね」
「『超常警察官』⋯⋯!」
「そうだ。何せ銃火器が通じない存在が相手だからね。新たな脅威に備えて体制を整えておくべきだろう。私はこの『超常警察官プロジェクト』を実現したいと思っている」
「そのために元の俺を捨てろという事ですね?」
「察しがいいね。特殊任務を遂行する上で個人が特定されれば関係者に危害が及びかねない。SATが覆面をするのも、家族にすら所属を秘匿にするのもそれが理由だ。その点、今の君はいわばこの世に存在しない人間だ。顔がバレても誰かが巻き込まれることもないだろう」
「巻き込むですか⋯⋯」
その言葉に、母と妹の顔が脳裏に浮かんだ。
——二人には悲しい思いをさせるかもしれないな。
家族ならきっと自分が朔太朗だと信じてくれるだろう。しかし、だからこそ真実を伝える事は出来ないと強く思うのだ。
「署長⋯⋯。元の俺は『失踪』ということにしてくれませんか? 『死んだ』っていうのはちょっと家族に刺激が強いと思うんで⋯⋯」
「——分かった。然るべき手続きを踏んでおこう。失踪の間は休職という事にしておくよ」
サクは静かに頷いて顔を上げた。
「俺、やります! この力が人の役に立つのなら!」
「よぉし! そうとなれば事は急を要する。プロジェクト実現に向けて奔走しなくてはな!」
獅堂は勢いよく立ち上がって鼠入に顔を向ける。
「鼠入君、悪いが千光寺君の寮から荷物を持って来てくれないか。今の姿で彼が寮に戻るのも目立つだろうからね」
「どこへ持って行けばいいですか?」
「すぐにホテルを手配する。あとでまた連絡するよ」
そう言い残して獅堂は署長室の扉を開けた。
「忙しくなるぞぞおぉぉ——!」
いつも以上にやる気満々の獅堂の様子に、面食らっている当直一班の面々。
「先輩、寮まで俺も一緒に行きます」
そんな一階の様子を尻目に、サクと鼠入は逃げるように庁舎を後にした。
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