第十二話 『署長室』
サクは東都署に向かうパトカーに揺られていた。後部座席で左右を刑事と、乗車の際たまたま居合わせた絵麻が挟んでいる。
「ねぇ、あの化け蟹をやっつけたんでしょ? あなた何者?」
「⋯⋯あんたと同じ警察官だよ」
興味津々に話しかけてくる絵麻に、サクはぶっきら棒に答えた。
「あなたみたいな人知らないけど⋯⋯。どこの所属の人?」
サクはそれきり口を開かない。真実を告げたところで信じてもらえないばかりか混乱を招くのは明白だ。
「月岡を助けてくれたんだってな? 礼を言うよ」
とは、運転席の鷹木警部補だ。バックミラーをちらりと見ながらさらに言葉を続ける。
「ところで、強行犯はこの兄ちゃんをどうするつもりなんだ? 人助けしただけじゃねぇか。まさか公務執行妨害にでもするつもりか?」
「鷹さん、それが⋯⋯実のところ俺達も分からねぇんだ。署長のみぞ知るって奴だな」
サクの右隣の刑事が頭を掻きながら答えた。
東都署に着くと、刑事課のオフィス内にある取調室で待たされた。しばらくすると手錠を外され移動を促される。連れて行かれた先は一階奥の部屋——署長室だ。
案内の刑事が緊張気味に扉をノックする。
「失礼します。例の青年をお連れしました」
「ご苦労。君は下がって良い」
サクは刑事と入れ替わりに恐る恐る入室する。中では獅堂が額に飾られた署訓を見上げていた。そこへもう一人見慣れた人物が姿を現す。
「鼠入巡査長、お呼びにより参りました!」
「先輩! どうして⋯⋯?」
「揃ったな。どうした、座りたまえ」
獅堂は振り返るなり着席を促すと、自身もデスクに向かう。
「まずは『超常被疑者』を倒してくれてありがとう。奴が人ではないと確信してはいたが、まさかあんな化け物になるとは想像もしていなかったよ」
署長席に腰を下ろした獅堂が口を開いた。
「あの⋯⋯手錠はいいんですか?」
突然謝意を告げられサクは状況が呑み込めない。
「ああ。SATの面子のために調べをする意味はないからね。君は何も犯罪を犯してないだろう? それなら誤認逮捕で釈放でいい」
「ありがとうございます」
「それに、鼠入君から聴いたところ、君は東都署の署員だというじゃないか?」
「はい⋯⋯。信じてもらえないかもしれませんが、先日、通常点検でお叱りを受けました千光寺朔太朗です。訳あって顔が変わってしまっていますが⋯⋯」
「不思議な力もだろっ!」
と、鼠入が横槍を入れる。
「君が地域課の千光寺君? ⋯⋯念のため確認をさせてもらうよ」
獅堂は朔太朗が配属の際、署に提出していた個人データを元に質問を始めた。
しばらく二人の質疑応答が続く。
「なるほど。嘘は言っていないようだ。それにその手の光る痣には見覚えがある⋯⋯」
確信を得た表情で顔を上げる獅堂。それからサクを少し見つめた後、視線を隣の鼠入に向けた。
「鼠入君、少し外してくれるか?」
「えっ! は、はい⋯⋯」
突然、獅堂に退室を促され、鼠入は不思議そうに部屋を出て行く。
静寂に包まれた二人きりの室内に壁掛け時計の秒針の音が響いていた。
「一馬が言っていたよ。不思議な夢を見るとね」
「一馬って⋯⋯! 死んだ父を知っているんですか?」
衝撃の一言だった。
『一馬』とは朔太朗と幼少の頃に死別した実父『千光寺一馬』の事だ。同じく警察官だった父と獅堂に交友関係があったとしても不思議ではないのだが、サクにとって父はもはや遠い思い出と化しており、獅堂がその名前を口にするなど想像すらしていなかったのだ。
そんな父を突然リアルに感じ、サクは戸惑いを隠せない。
「ああ、一馬とは同期でね。若い頃、二人で夢を語り合ったものだ。実は幼い頃の君と会った事もあるんだよ。この署で君の名前を見つけた時には流石に驚いたがね」
「そうか、それで⋯⋯」
サクはなぜ自分がこの署長——父親と似た空気を纏い、全て見透かしたような眼差しを向ける男が苦手なのかやっと理解したような気がした。
「一馬の話では、その世界は独自の時間が流れ固有の歴史と文化の中で人々が暮らす異世界。彼はそこで異なる容姿と名で活動していたようだ」
「父さんが、俺と同じだった⋯⋯?」
「思った通りだ。君達親子は同じ境遇にあるらしい。こんな事になるのなら、あいつの話をちゃんと聴いておくんだったよ」
「仕方がないと思います⋯⋯」
サクは獅堂の後悔も無理はないと思った。こんな話、一体誰が信じるというのか。こうやって現実で証明出来る材料があって初めて耳を傾けてもらえる内容だろう。
「千光寺君、教えてくれ! 君がどんな経験をしてきたのかを。『超常被疑者』の正体を!」
ブクマ、評価、何でも待ってます!




